一騎討ちの決着
あの、何かが壊れる音は双翼の剣がつけていた魔力遮断の金環だったのだと、その破片が眼前に落ちるのを地面に押さえつけられながら見ていたディルスはどこか冷静な頭でそう理解した。
「あー、やっちゃったねぇ」
何が起きたのか未だに理解が追い付いていない者がほとんどの中、場違いと言えるほどに暢気な声をあげたのはアイトである。
「アイ、ト殿……っ、」
喘ぐ様に名を呼べば押さえる力が強くなった。
自分より小柄で力も弱い筈のエレインに押さえつけられ、それでもディルスは彼女を振り払う事が出来ないでいた。無理に動こうとすれば関節が嫌な音を立てる。
魔法も使っているのかもしれないが、最小限の力で最大限の拘束を行っているのは、それをされている当事者として身をもって実感出来た。
「口を噤んでくださいませ。残念ながらあなたに与えられたチャンスは終わりましたわ。お馬鹿な身内を持つと大変ですわね」
憐れみがふんだんに含まれた声音でそう言われる。
そう、与えられたチャンスは一度きり。
そのたった一度のチャンスで、ディルスは最低でも父と妹から彼等へ謝罪の言葉を引き出さなければいけなかったのだ。
「申し訳ありません、ディルス王子。私としても貴方達までそのように押さえ付けてしまうのは心苦しいのですが、残念ながら貴方達の身内が彼等の逆鱗に触れてしまったのです。即座に殺されなかっただけでも奇跡だと思ってください」
誰だって、家族を貶されたら腹が立つでしょう。と、アイトは朗らかに笑った。
目が一切笑っていないその笑みに、ディルスだけでなく多くの者が恐怖を感じた。
「まぁ、けれど、私達は別にこの国を滅ぼそうと思って来た訳ではないので。そうですねぇ……」
グルリ、と一同を見渡したアイトがただただ唖然と事の成り行きを見ていた騎士の青年、スウェンに視線を定めた。
「えっと、君、名前は?」
「……スウェン・オーブナーと申します」
「そう、スウェン君。動かなかった……いや、動けなかった、が正しいのかもしれないけど、まぁ、下手に手や口を出さなかっただけ賢い選択だと言えるね。さて、そんな賢い君に僕達が望んでいる事が一つあるんだけど、分かるかい?」
「……」
全てが一瞬の内に起こり、スウェンが何が起こったのか認識出来たのはジンの言葉が終わってからであった。
アイトの『動けなかった』という言葉は紛れもない事実である。
騎士として情けないと思う反面、もし反応出来ていたとしても、きっと自分は彼等に対して刃を向ける事は出来なかっただろうとも思っていた。
自分と彼等との間には圧倒的な実力差が存在している事は身をもって知っているし、何よりも、自分は今日ここに"一騎討ち"をしに来たのだ。
一対一で、正々堂々、己の実力だけでの勝負をしに来た。それを台無しにして、スウェンの誇りを踏みにじったのは他でもない自国の王だ。
そんな国王達を何故守らなければいけないのかと、スウェンは先ほどからずっと自問していたのである。
そうして気がつけば、国王達は双翼の剣の者達に取り押さえられていた。
彼等の怒りが大気を震わし肌を刺す。
仲間を、家族を、侮辱された事へ対しての純粋な怒り。
至極正当で、尤もな怒りだ。スウェンでも自分の家族や仲間を侮辱されれば怒る。当然である。
だからこそ、スウェンは何が起きたのか認識出来てからも動かなかった。
リリィート王国の国王達は、自らが招いた事態で、自らを守ってくれる筈の騎士から見捨てられたのだ。
静かに、アイトから向けられた言葉の意味を飲み込んだスウェンは第一王女であるグリーティアを押さえているマースの元へと歩を進める。
マースの正面に立ったスウェンは剣を地面に置き、片膝を折って膝まずいた。
「降参致します」
「え、あの……」
「リリィート王国代表スウェン・オーブナーはここに負けを認め、シルクーラ代表であるマース殿の勇姿に称賛と敬意を表します。あなたの勝ちです、マース殿」
「あ、えっと……」
膝まずいて頭を下げるスウェンの姿にマースがチラリとアイトへと視線を向ける。
アイトが頷いたのを見て取ったマースが押さえていたグリーティアの上から降りて笑顔を溢した。
「えっと、まぁ、途中で邪魔が入っちゃったけど、あなたと戦えて良かったです。ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
お互いに握手を交わした二人に双翼の剣の者達がワッと歓声を上げた。
グリーティアの拘束が解かれるのと同時に解放されたディルスがその歓声に困惑を顕にする。
「一騎討ちの勝敗を決する事に今更なんの意味があると?」
意味が分からないと本気で困惑しているディルスの元にグリーティアがやって来るが、彼女の表情にも困惑が浮かんでいた。
「あぁ、意味なんてないですよ」
「は?」
ディルス達の疑問にあっけらかんと答えたアイト。
彼がスッと右手を上げれば、未だに取り押さえられていたベラント、マーダル、キャローナもそれぞれ解放される。
「酷いですわジン様! どうしてこのようなっ!?」
解放した途端、ジンに向かって騒ぎ立てたキャローナの首を容赦なく掴んだジンが吐き出した溜め息は重い。
「殺したらダメだよ、ジン君」
「……あぁ」
不承不承で頷いてキャローナを離したジンに苦笑したアイトがまぁ、と場を仕切り直して話を続けた。
「一種のけじめとでも言いましょうか? 私達は今回、一騎討ちの決闘をしに来たのです。色々と横槍が入りましたが、それの決着はきとんとつけておかないと。後でごちゃごちゃ言われても嫌ですからね」
そう言ったアイトがベラントに向き直る。
「リリィート王国国王、ベラント様。決闘は我等シルクーラの勝利と相成りました。決闘を受けた時に提示した通り、あの時のあなたの言葉の撤回をお願いします」
「あ、あぁ。申し訳なかった。あれは私の失言だ。取り消そう」
「はい。ありがとうございます。それともう一つ、今後一切この様な下らない事での招待は辞めて貰うという件もよろしくお願いしますね」
「あぁ、分かった」
しっかりと頷いたベラントにアイトも満足そうに頷く。
だがここでディルスは気が付いてしまった。
顔から血の気が引くのが分かる。このままではいけない。撤回、若しくは訂正させなければリリィート王国に未来はない。
「ま、待って下さい!!」
叫んだ視界の端、同じように顔から血の気の失せたグリーティアの姿を認めてディルスは自分の考えが間違っていないのだと確信した。
先月アップ出来なかったので、近いうちにもう1話アップします。




