リリィート王国の王子と王女
リリィート王国には優秀な王子と王女がいる。
王太子であるディルスと第一王女であるグリーティアだ。
あらゆる面で優れていた二人は国民達からの人気も高く、一部の貴族達からはディルスが成人を迎えた時から現王に対して王位を早々に譲るべきだという意見が出る程であった。
対して、リリィート王国現国王であるベラントはプライドが高く、野心家であった。
第三王子という立場であったにも関わらず王座に就けたのは、二人の兄をあらゆる手段で蹴落としたからに他ならない。
そんなベラントが自身の地位を脅かす者を許す筈がなかった。例え実子であったとしても、ディルスとグリーティアの存在はベラントにとって目障りであり脅威であったのだ。
そんな二人に比べて末娘のキャローナはとても扱いやすい、いい娘であった。
上の二人には頃合いを見て消えて貰い、キャローナにそれなりの地位の男と結婚させて自身が死ぬまでは玉座を明け渡さないつもりでいたベラントは、ディルスとグリーティアを他国へ留学させ、そこで二人には"事故死"して貰う計画を立てていた。
だが、その計画は二人が留学して三年経った今でも成功していない。
「何故、お前達がここに居る?」
「アイト殿が報せてくれました。私達は自分で双翼の剣に依頼として護衛を頼んでいましたので、その人達経由で情報をくれたのです」
「私達が何も知らないと思っておいででしたの? お父様が私達を消そうとしている事くらい分かっておりましたわ。分かった上で、見識を広げる為に他国へ行っておりましたのよ。お父様がつけて下さった護衛など信用出来ませんでしたので、早々に解雇してギルドの方達に長期護衛を依頼しましたの。皆様とても優秀でいい方達ばかりですのよ」
「な、なんの事だ? 可愛い我が子を消すなどと……」
グリーティアの言葉にひきつった笑みを浮かべ、それでも取り繕おうとするベラント。そんな自身の父に二人が向ける視線は冷たい。
「まぁ今はそんな話はどうでもいいのです。父上、今すぐアイト殿及び今この場に居るシルクーラの方達に謝罪をしてください。そして、自らの罪を認めて罰を受けてください」
「何をバカなっ!! 一国の王がそう易々と頭を下げられるか!! そもそも何を謝れと言う!?」
「……本当に分かっておられないのか?」
怒鳴り散らすベラントにディルスは信じられないと頭を抱えた。
そうして、深い溜め息をついた後に一人の男の名を呼ぶ。
「ドライト」
「はい、こちらに」
ディルスの呼び掛けに応えたのは執事服を身に纏った一人の男だ。
「頼んでいた物は手に入ったか?」
「はい」
ドライトと呼ばれたその男は手にしていた物をディルスへと手渡す。それは一枚の紙であった。
「これは、キャローナの誕生パーティーの際にアイト殿が提示した招待状です」
「それがなんだと言うのだ?」
招待状はパーティー会場へ入る際に提示する様に招待客には周知していた。アイトへ送った招待状をアイトが提示したとて何の問題もない筈だ。
わざわざこの場へ持ち出して話題にする程の何があると言うのかと、ベラントはディルスが持つ招待状へと視線を向けた。
「父上、あなたはアイト殿に二枚、招待状を送っていますね? 一枚は双翼の剣のギルドマスターであるアイト殿へ。もう一枚はシルクーラの代表者であるアイト殿へ」
「あぁ、そうだ」
そこまで言ってもベラントは気が付かない。宰相であるマーダルはディルスが言わんとしている事に気が付いたのか、今にも死にそうな顔色をしている。
「アイト殿はあの日、シルクーラの代表者として誕生パーティーに出席しています」
「あ、」
その言葉にベラントは漸くディルスが言わんとしている事に気が付いた。
遅すぎる気付きに最早先程までの威勢はない。全身の力が抜け、椅子に深くもたれ掛かり項垂れる自分の父親の姿にディルスはただ静かに息をついた。
事態はこれで終息へ、とならなかったのは蝶よ花よと育てられた箱入りで世間知らずな第二王女キャローナの全く状況を把握していない頓珍漢な言葉のせいである。
「お父様どうされたのですか? お兄様、お父様を苛めるのはお止めください。お父様が何をしたと言うのですか」
「……」
ディルスの周りの温度が2度程下がったのはきっと気のせいではないだろう。彼が持っていた招待状がグシャリと音を立てて握り締められた。
ドライトが慌ててその手から招待状を救いだす。折角見つけた証拠品だ。粗末にされてはたまらない。
「キャローナ、元はと言えばお前の我が儘がこの様な事態を招いたのだと自覚しているかい?」
腹が立っても自分の妹だ。優しく、優しく、と心の中で唱えて笑顔を作って声を出す。笑顔がひきつってしまうのは仕方のない事だ。それでも今出来る精一杯の優しい声音で言った言葉に、キャローナは不思議そうに首を傾げた。
「私が何をしたと言うのですか? 私はただジン様と結ばれたいだけですわ。お父様が叶えてくださると言いましたもの」
「だから決闘か? キャローナ、君にも分かるように説明してあげるよ。君と父上が決闘を申し込んだのは、シルクーラの代表者であるアイト・ブルランテ殿だ。つまり、君達はシルクーラという一つの国に対して宣戦布告してしまったんだよ。アイト殿が一騎討ちを申し出てくださったから大規模な戦闘にならなかっただけなんだよ」
「けれどお兄様、我がリリィート王国の方が大きいし、騎士達も沢山居るのですよ? シルクーラなんて小国に負ける筈がありませんわ」
「キャローナ!!」
妹のあまりにも愚かな言葉に流石のディルスも咎める様に名を呼ぶ。
「口を慎め!! 数が多ければいいという単純な話ではない。現に、我が国一番の実力者であるスウェンがまだ見習いのマース殿に負けたんだ。シルクーラは世界に名が知られている傭兵ギルド、双翼の剣が本部を置く独立国家で、そのギルドマスターであるアイト殿は国の代表者の一人でもある。だから、国の有事の際は双翼の剣の人達はそのままシルクーラの兵士となるんだ。分かるかい? それぞれ個人が一騎当千以上の実力を持ち、二つ名持ちの人達であれば2、3人で国一つ落としてしまえるとまで言われているギルドの人達が、そのまま国の戦力になるんだ。アイト殿が今すぐこの国をとれと言えば、今ここに居るシルクーラの人達だけで1日もかからず国はとられてしまうんだよ」
そんなバカな、とキャローナは笑った。
キャローナだけが、笑った。
先程までどうにか自分達の思い通りに事を運ばせようとしていたリリィート王国の国王ベラントも、宰相のマーダルも、観戦に来ていたリリィート王国の国民達も、皆がただ顔色を青くして冷や汗を流しながら事を見守っている中で、もうお前一言も喋るな、と皆がキャローナに思っている中で、当の本人だけが自分が正しいと信じて疑っていなかったのだ。
そうして彼女は、双翼の剣の逆鱗に触れてしまう。
「お兄様、私を怖がらせたいのならもう少しまともな嘘をついて下さいな。お兄様が言う"アイト殿"とは、そちらの方でしょう?」
チラリと、視線をアイトの方へ向けたキャローナが鼻で笑った。
「こんな、細身でヘラヘラ笑っている様な方がマスターをしているギルドなど高が知れているではありませんか。どうせ名前だけが一人歩きしている大した実力もない野蛮な者達ですわ。私はそんな者達からジン様を救い出して差し上げたいのです。きっとジン様はそこのアイトとかいう者に騙されているのですわ。きっと下賎な身の上なのでしょう。ジン様を騙し、いいように扱うなど、許される筈がありません。今すぐ捕まえて殺してしまうべきですわ」
キャローナが言い終わると同時だった。
ディルスがキャローナを諌める言葉を紡ぐよりも早く、国王達がアイトへ謝罪するよりも早く。
沢山の何かが壊れる音が響くと同時に、膨大な量の魔力が闘技場全体を一瞬にして覆い、悲鳴を上げる間もない程の速さでキャローナがジンによって地面に押さえつけられ、闘技場を覆った魔力はそのままクラリナの手によって外への逃亡を阻止する強固な壁となり、ベラント、マーダル、ディルス、グリーティアの4名はそれぞれシルティーナ、レイン、エレイン、マースによって動きを封じられた。
「死にたいのなら、そう言えばいい。なるべく苦しませて殺してやる」
全ての感情を削ぎ取ったかの様な無機質な声音で無表情に言ったジンの言葉が、今この場に居る双翼の剣の者達の総意であった。




