やる時はやる人達
その映像は時々ブレたり、途切れたりと、決して綺麗とは言い難かった。
それでも、そこには確かにエレインに捕らえられた男が騎士の青年に向けて魔法を放っている姿が映し出されていた。
「こんな……違う、これは……」
「何が違うのですか? 確かに、あまり綺麗な映像ではありませんが、これは紛れもなく私が見た事柄ですわ。あの水晶は映像を記録する事は出来ても、偽りを見せる事は出来ませんわ。それとも、グランダラ王国の魔具に問題があったとでもおっしゃるのですか?」
もはや土気色の顔で譫言の様に否定の言葉を口にするリリィート王国の国王に対してエレインが可愛らしく小首を傾げて問う。
動作こそ可愛らしいが、その足元を見れば件の男が逃げられない様に踏みつけられているのだから恐ろしい。
それに加えて先のエレインの言葉である。
魔具の製造に特化しているグランダラ王国。他国に出回っているのは"映像魔法"の魔方陣などと言った生活や軍事活動の補助的役目を担う道具が殆どだが、自国では攻撃特化型の魔具も多く保有し、騎士達はその扱いに長けている。小国ながら他のどの大国にも劣らない軍事力を持っている国、それがグランダラ王国である。
国民性は基本的に穏やかであるとされているが、自分達の作り出す魔具に対しては高いプライドを持っており、不当な評価に対しては分かりやすく嫌悪を示すとも言われている。
シルクーラの様に実用実験として使った訳でもない者が、ただ己の保身の為に自分達の魔具へ意見したなどと知れれば、彼等の怒りを買う事に繋がるかもしれないのだ。
リリィート王国の国王は恐怖から来る震えを隠すことも出来ずに、それでも何とか逃げ道を探す。
そうして、エレインに取り押さえられている男と、そこから少し離れた所で困惑ぎみに事を見守る騎士の青年を交互に見やり、次いで自身の後ろに居る宰相と、事態についてこられず唖然とこちらを見る娘の姿を見た。
切り捨てるべきはどちらか、など聞くまでもない。
「そ、そいつが、その男が全て勝手にやった事だろう! 私は知らん!!」
「国王様!?」
自国の王の言葉に悲鳴の様な声を上げたのはエレインに取り押さえられている男だ。
リリィート王国の国王はすがり付く様に言葉を発しようとする男を遮り次に騎士の青年へと目を向けた。
「大方、自分の実力では勝てないと思ったそこの騎士が頼みでもしたのだろう! 汚い奴め!!」
「何をおっしゃいます国王様!?」
急に矛先が自分に向いて驚く騎士の青年が国王へ言い募ろうと動いたのを隣にいたマースが止めた。
「何を、」
「大丈夫だよ」
「しかしっ!!」
未だに自分と取り押さえられている男に対して、卑怯だ、下劣だと貶める言葉を放ち、アイト達へは自分に非が無いことを力説している国王。
何が大丈夫だと言うのか。
自分は今、例えその実力に天と地程の差があろうとも正々堂々と真っ正面から決闘した騎士としての誇りを、自国の王に踏みにじられたというのに。
ギリッと歯を噛み締めた騎士の青年にマースが再び大丈夫だと言う。
「ギルドの皆はね、」
「え?」
必死に喚き散らすリリィート公国の国王を静かに見ながら、マースは話し始めた。
「本当に困った人達ばかりで、ほぼ毎日問題ばかり起こすし、直ぐに手が出るし、物は壊すし、笑顔で他国の要人を殴っちゃうし、魔法の練習とか言って無人島一つ消しちゃったりするし、当然みたいな顔して出来るでしょって言って見習いに無理難題押し付けたりするんだけど」
でもね、と言葉を切ってマースは騎士の青年を見上げた。
揺るぎ無い信頼が宿っている瞳に騎士の青年は息を飲む。
「やる時はやる人達なんだよ」
「……」
「まぁ、普段は本当にどうしようもない、困った人達ばかりだけどね」
「それがいったい、」
今の自分にどう関係するのか、と問おうとして口を閉じた。まだ、彼の話しは終わっていないと感じたからだ。
「ほら、来たよ」
「え? あれは……」
マースの視線を辿り騎士の青年が見たのは、遠くの空に僅かに視認出来る程に小さな"何か"がこちらに向かって近付いて来ている光景だった。
次第に近付いて来るそれらがはっきりと目視出来る距離になった所で、その"何か"が双翼の剣の者達が"使い魔"と呼んでいた存在であると理解した。
計七匹のそれらはそれぞれの背に一人か二人、人を乗せている。
それらの姿形は様々だが、背に乗っている者達は二人を除き皆が揃いの制服を身に付けていた。闘技場に居る双翼の剣の者達も着ている制服である。
「あれは……あの方達は、ディルス殿下とグリーティア様!?」
「うん、そうだよ」
闘技場へ降り立った使い魔の背から制服を着ていない二人の人物が降り立った。リリィート王国の王太子ディルスと、第一王女グリーティアである。
他国へ留学中であるはずの二人の登場に国民達がざわめき、リリィート王国の国王と宰相、そして第二王女であるキャローナが狼狽える。
「なんて馬鹿な事を仕出かしたのですか、父上」
「本当に。全くもって笑えませんわよ、お父様」
平淡な声音と張り付けた笑顔。闘技場から国王達が居る席を見上げてそう言った彼等は、ただ静かな怒りをその身の内に抱いていた。
ご指摘ありましたので、国名を変更しました。
リリィート公国→リリィート王国




