笑顔という名の……
「それで? 他に何かつける言いがかりがあるのなら聞きますのでどうぞ」
にっこりと笑って言うアイトに意を決して口を開いたのはまたもやリリィート王国の宰相だ。
「つ、使い魔とかいうモノを連れていただろう? そいつ等の力を借りれば、火球など簡単に放てるのではないか? 先程も、変なヤツが火を消したり傷を癒したりしていただろう」
「あぁ、あれは魔法でも何でもないですよ。ただ、レインさんの使い魔であるアクラナさんが、いつも持っている水瓶の中の水を騎士の青年にかけただけですから。まぁ、少々特殊な水で治癒効果もありますが、魔法でもなんでもありません」
「だが、他の者の使い魔ならば火球を作る事が出来る奴もいるだろう?」
「まぁ、居るには居ますが……もし、ここに居る双翼の剣の子達の使い魔があなたの言う様に火球を作ったとして、それはどれだけ威力を押さえて作ったモノだとしても、この会場の半分程を破壊する威力を持っていると思いますよ」
「バカな。そんな事、あるわけがないだろう」
「そう言われましても事実ですし……そうですね、クラリナさんお願い出来るかな?」
言って信じて貰えないのなら実物を、と一人の名を呼ぶ。
アイトに名を呼ばれた当人は心底面倒くさそうな顔をしながら事も無げに腕輪を破壊して競技場に降り立った。
長い漆黒の髪と黒の瞳。"先見の魔女"の二つ名を持つクラリナ・ハミューリーだ。
「ここでマイラを使っちゃうの? 半分どころか壊滅させちゃうと思うんだけど……」
「でも、火属性の使い魔はマイラさんしか居ないからね」
仕方ないよ、と笑うアイト。
そんなアイトに溜め息をついて、クラリナは自身の使い魔を呼んだ。
クラリナの後ろに青と赤の炎を纏った巨大な鳥が現れる。"不死鳥"のマイラ。それがクラリナの使い魔である。
「何用ぞ?」
「えーっとね、最小火力で火球をお願い」
「……ここら一帯吹き飛ぶがよろしいか?」
「だよねぇ。やっぱりそうなるよねぇ。ほらマスター、だから無理だって」
「うーん、困ったねぇ。どうしましょうか? ここら一帯吹き飛ばしてもいいのなら実践しますが?」
にっこりと笑って問うアイトに宰相が怒りに肩を震わせて怒鳴った。
「ふざけるのもいい加減にしろ!!」
「ふざけてはいないんですがね……」
困ったと言わんばかりに溜め息をついたアイト。そんな彼の横でマイラを撫でていたクラリナが呆れた様に口を挟んだ。
「というより、マイラを見ても分かる様に使い魔とはそもそも人とは異なる姿形をしているモノ。そんなモノ達が、こんなに人間が密集している所に紛れて魔法を使うなんて無理に決まっているでしょう。アクラナちゃんみたいに人に近い形をしているモノも居るけど、やっぱり人とは異なるモノだもの。分からない筈がないよ」
まぁ、人にも動物にも成ってしまえるモノもいるけれど、とは言わない。
チラリと見上げた視線の先、シルティーナの膝で欠伸をしている黒猫がそうだとも、決して言わない。
そもそも彼は規格外なのだから、言わなくても問題ないだろう。
「……」
クラリナの言葉に言い返す事も出来ずに唇を噛み締める宰相。
漸く静かになったリリィート王国の面々にアイトがさて、と笑顔を向ける。その笑顔に顔色を青くさせたのはリリィート王国の国王と宰相だ。
「決闘に横槍を入れた魔法に、それを我等の罪と糾弾したあなた方の一連の言動。我々はこれをシルクーラへの宣戦布告と受け取る事も出来るのですが、それについて何か弁明があるのなら今のうちにどうぞ?」
「そ、それは……その、魔法については、我等も誰の仕業か分からず……その、だから、あなた方を疑ったと言いますか……」
「『誰の仕業か分からない』ですか、なるほど。では、犯人を連れて来てもらいましょうか。エレインさん」
「何を……」
リリィート王国国王の言葉にアイトの笑みが深くなる。スッと上げられた右手と呼ばれた名前にリリィート王国国王が怪訝そうに言葉を発したその時、 観客の中から応える声があった。
「ここですわ、マスター」
柔和な笑みを浮かべてアイトに向かって手を振ったエレインはもう一方の手で男を捻り上げている。
その細腕のどこにそんな力があるのかと問いたくなる程に軽々と男を競技場へと投げ入れたエレイン自身も軽い身のこなしで競技場に下り立つ。
「こ、この男がなんだと言うのだ!?」
「この男こそが、魔法を放った人物ですよ」
「何を根拠に……」
「全て、私が見ておりましたわ」
「そ、そんなの証拠にならないだろう!!」
「あらまぁ、でしたら映像記録用の水晶に全て撮ってありますので、ご覧になりますか?」
掌サイズの水晶を持ったエレインがにっこりと笑った。
「え、映像記録用の水晶だと? 何だそれは?」
「グランダラ王国からお借りしている魔具の一つですよ。これもまだ実用実験段階の物ですが、使用者がその水晶に魔力を込めた瞬間から、使用者が見ている物を、その目を通して一定時間映像として記録し、水晶を割る事で記録した映像を再生する事が出来ます。因みに、エレインさんにはもしもの事があった場合を想定して、町の中央にある時計台で待機して貰っていたんですが、それが功を奏しましたね。その水晶にきっと全てが映っていますよ」
「ま、待て……その女は時計台に居たのだろう!? ならばここが見える訳がない!! 適当な証拠をでっち上げようというのならこちらにも考えがあるぞ!!」
「適当だなんてとんでもない。そうですね、ではきちんと紹介しましょうか。彼女はエレイン・ヒューナー。"微笑みの銃姫"の二つ名を持っています。彼女について、噂くらいは耳にした事があるのでは?」
「微笑みの銃姫……あらゆる物を見通すという、あの?」
唖然と呟いたのはマースの決闘の相手であった騎士の青年だ。
「"あらゆる物"というのは語弊がありますわ。私が見る事が出来るのは半径五キロの範囲だけですのよ」
「……」
笑って訂正されたその言葉に、リリィート王国の者達は一様に驚愕して言葉を無くす。
「先天性的な能力ですわ。半径五キロの範囲でしたら、望めば何でも見る事が出来るのです。壁も魔法も、全て意味をなさず、私が見たい物を見れますわ。この水晶には、私が時計台から見た出来事が記録されています。ご覧になりますか?」
先程と同じ問いを口にして、そうしてエレインは何の躊躇もなく水晶を地面へと叩きつけた。




