戦士到着
決闘はリリィート王国の王都の端にある闘技場で開催される事になっていた。
決闘当日、闘技場の観客席は"双翼の剣"の者達に用意された一部を除きリリィート王国の国民達により埋め尽くされていた。
「開始まで一時間をきってしまいましたわ、お父様。双翼の剣の方達は……ジン様は本当に来られるのですか?」
心配を露に口にしたキャローナにリリィート王国の国王は笑う。
「何も心配はいらない。全て上手く行く」
「しかし、このまま現れなければ決闘が出来ませんわ」
「それこそ好都合だ。彼等がこのまま現れないのなら、不戦勝という事で我等の勝利だ。つまり、ジン殿はお前の婚約者になるのだからな」
「流石お父様ですわ!」
リリィート王国の国王が愛娘の賛辞に機嫌良く口角を持ち上げたその時だった。
それまで明るかった闘技場に影が差したのだ。それも一つではない。
頭上を見上げた国民達から悲鳴とも歓声ともつかない声が上がる。
「……なっ!?」
「お父様、あれ等はいったいなんですの!?」
見上げた先、本来空が覗いている筈のそこには、見たこともない多くの生き物が居た。
青と赤の炎を纏った巨大な鳥や、伝説上の生き物である筈の龍にドラゴン、上半身が鷹で下半身がライオンの生き物、翼の生えた白馬に、九本の尾のある狐に、四肢に青い炎を纏った白虎。
他にも巨大な鳥や獣の姿をした生き物達が十匹程、そこには居た。
そして、それぞれの背に乗る漆黒の装いをした者達。
唖然と空を見上げていたリリィート王国国王の前にドラゴンが舞い降りて来る。
白銀の鱗を持ったそのドラゴンから降りて来たのは、満面の笑みを浮かべたアイトだった。
「リリィート王国の皆様、遅れてしまって大変申し訳ない。しかし、決闘の開始には間に合いましたよね?」
「ア、アイト殿……これはいったい……」
「あぁ、彼等は私のギルドの者達の使い魔です。何の手違いか、決闘の開催日の報せを持って来た貴国の使者がつい3日前に我が国に到着しまして。シルクーラからこの国までは馬と船で合わせて十日以上の道のりです。何かの間違いだろうと幾度となく確認したのですが、間違いはないと返されるばかり。困りましたので、使い魔の力を借りて馳せ参じたという訳です。お騒がせして申し訳ない」
「い、いや……そうか、それならば仕方ないだろう。報せを持って行った使者には帰国後、こちらでも詳しい話を聞こう。何か手違いがあったに違いない」
「あぁ、いえ、その必要はありませんよ。こちらでじっくりとお話は伺いました。今は残して来た者達に手厚い歓迎を受けているでしょう。なぁに、心配は要りません。彼はただ、王命に従っただけなのですから。責められる訳がありません。それに、私達はこうして間に合ったのです。その過程がどうであれ、どんな妨害があったのであれ、間に合ったのならば関係ない。さぁ、あなたの望んだ一騎打ちの決闘を始めましょう」
「……」
終始にこやかに、どこまでも穏やかな口調で話すアイトに対してリリィート王国国王の顔色はどんどん血の気が無くなり、終いには蒼白になった。
そんな国王の隣でオロオロと成り行きを見ていたキャローナは、使い魔の背から降ろされた一人の人物を見て小さく声を上げて顔を綻ばせた。
「まぁ! あの子が戦うのですか? とっても可愛らしわ」
「はい、そうですよ。我がギルドの見習いメンバー、マース君です」
アイトに促され彼の隣に並んだマースがペコリと頭を下げる。
「マースです。よろしくお願いします」
「見習いメンバー?」
「はい。彼はまだ幼いので今は見習い期間ですね」
「その様な者を決闘に出すと?」
「何か問題が? 彼はあなたが提示した条件を満たしている筈です。まさか、年齢制限を設けるつもりですか?」
「いや、そちらがいいなら文句はない。……本当にいいのだな?」
「ええ。見習いとは言っても彼の実力は確かですから」
アイトの言葉に厳かに頷いた国王の顔に血色が戻る。口元には笑みさえ浮かんでいる。
数分前とはうって変わって、勝利を確信した者の顔だった。
「15分後に決闘を始める。双翼の剣の方達の為に観覧席を取ってある。移動して貰えるか?」
「分かりました」
「アイト殿とジン殿の他に数人分なら私達の隣に席を用意する事が可能だが、どうされる?」
「ならば連れて来た二つ名持ちの子達の分をお願いします。三人居るので」
「分かった」
アイトの指示により使い魔から降りてゾロゾロと移動する者達の中からジンを初めとした二つ名持ちの者達が出てくる。
「紹介しておきましょうか。"偉才の騎士"の名を持つジンさんと、"深淵の令嬢"ことシルティーナさん。"先見の魔女"ことクラリナ・ハミューリーさんに、"神雷の槍使い"ことレイン・ナナセイトさんです。まぁ、皆結構な有名人なので、二つ名くらいは聞いたことがあるかと思いますが」
「あぁ、どれも聞いたことのある名だ。……ん? その揃いで着けている腕輪は何だ?」
国王の言葉に四人は自分達の右手首に嵌まっている腕輪を見た。皆が揃って着けているのは何の変哲もない金環だ。
「あぁ、これですか。"魔具"と言う物を知っていますか?」
「確かグランダラ王国が主に製造している魔力の籠められた道具だったな。"映像魔法"の魔方陣が描かれた紙や、夜道を照らす灯りに使われている光る石なんかがそうだと聞いている」
「その通りです。この腕輪はその魔具の一つでして、装着者の魔力を遮断して魔法が使えない様にする物です。まだ試作段階だそうですが、今回の決闘にはうってつけの物だと思ったので実用実験という名目でグランダラ王国から特別に貸して貰ったんですよ」
「魔力を遮断……」
「はい。完成すれば罪人や、国家の要人達の集まりにでも用いられるでしょう。この決闘は魔法禁止ですし、もし何かあった時に少しでも私達が疑われる可能性を減らしたいので連れてきた全員がコレを嵌めています」
「……全員が?」
「あぁ、マース君は着けていません。戦いの邪魔になっても可哀想なので」
「そうか」
お互いに笑みを浮かべるアイトと国王。
斯くして戦いの火蓋は切って落とされた。




