第7話 豆腐メンタルの主人公
「う〜ん、これで大丈夫なのかな?」
鏡で身だしなみチェックを行う。
土佐のアドバイスを受け、土曜日に髪を切り、目元まで隠していた髪の長さはサッパリとしたものとなった。
簡単な話、美容師さんが用意してくれたカタログに沿っただけなんだけど……。
でもこれで土佐ともう一度仲良くなれると思い、今までの僕ではありえないほどドキドキしながら朝を迎えた。
………………この表現だとまるで乙女みたいだよね……。
ウキウキ? うん、ウキウキしてた。
実際リビングに向かったら、既に朝食をとっていた妹の音葉が「急に髪切ったと思ったら……朝からなんでニヤニヤしてんの? ちょっと気持ち悪い」と怪訝な顔をして言ってきた。
昔はよく僕の後ろにくっ付いてきていたが、ここ数年で僕の株価は大暴落したらしい。
しょんぼり。
そんなこんなで土佐にどんな顔して会おうかとか、なんて言ってくれるだろうか、なんて考えながら鷹山高校に登校してたんだけど…………道中、同じ高校の人達からの視線を感じた。
最初はもちろん僕のことなんか見てる人なんかいるわけないし、気のせいだよねと思ってたけど、高校についたら勘違いなんかじゃないと徐々に分かった。
僕が教室に向かうまでに、僕の方を指差しながらヒソヒソ話している人があとを絶たなかった。
…………そんなに変な髪型なんだろうか。
家を出る前に鏡で整えた時は普通に見えたけど……僕のオシャレセンスが風化して周りの人とズレているんだろうか。
ヤバい泣きそう。吐きそう。
みんなが僕を見て笑ってる気がする。
こんなので土佐にお披露目?
仲を取り戻すどころか、笑われるか引かれるんじゃないだろうか。
考えれば考えるほどネガティヴ思考に陥る……。
でも、ネガティヴ思考はそこで打ち止めされた。
教室に到着してしまったのだ。
時間ギリギリに家を出たせいで、もうすぐ授業が始まっちゃうし……さすがに今から引き返すという選択肢もどうかと思う。
授業はサボれない。
ちゃっかり皆勤賞だし。
僕は一つ深呼吸をした後、意を決してドアを横に引く。
入ってすぐ左、彼女がいた。
土佐明里。
土佐は2人の友達と話していたが、教室に入ってきた僕にすぐ気づいた。
「涼一」
彼女に名前を呼ばれた瞬間、あれほど気になっていた周りの声が入ってこなくなり、僕の心臓が早鐘を打っているのが分かる。
緊張……してるのかな……。
「土佐…………どうかな。昔の時と同じぐらいまで髪、切ってきたんだけど…………」
手汗がすごい。
ここに来るまでに感じた視線通りの反応を土佐がするかもしれないと思うと…………。
「うん。やっぱり涼一はそっちのほうが似合ってるよ」
そんな僕の心配を裏切るかのように、土佐は微笑みながら言った。
照れくさかった。
そんな言葉を期待していたはずなのに、いざ面と向かって言われると恥ずかしくなる。
そしてちらりと周りを見てみると、クラス中の視線が僕の方へと向いている!
なんで皆んなそんなに見てるの!?
面白い所なんか一つもなくない!?
ええ……どうしよう。
「涼一、おはよう」
「あ、アオタ。おはよう!」
ベストなタイミングでアオタが声をかけてきてくれた!
この前から救世主すぎる!
「是非ともこの名案を…………」
この後、突然アオタが突拍子もない提案をしてきたが、本当に突然過ぎたので、救世主に対して苦笑いしかできなかった。
そして1限目が終了して休み時間、僕は非常に困った状況に身を置いている。
「矢野くん、何で急に髪切ってきたの?」
「すごい似合ってるよ!」
「土佐と何の話してたの?」
「矢野くんも今日一緒に遊びに行く?」
ナニコレ……。
なんか凄い色んな人に囲まれてる……?
というか似合ってたんだ、髪切って良かった。
じゃあここに来るまでに感じてた視線は気のせい……?
キングオブ自意識過剰!?
うわぁ! 恥ずかしい!
ていうか皆んな僕の名前知ってたんだ! 初めて呼ばれた気がする!
嬉しくてはしゃぎたくなるなぁ!
「チッ」
…………。
舌打ちが聞こえた。
やっぱり良くない風に思ってる人とかもいるのかなぁ……。
あんまりはしゃぎすぎたりすると、あらぬ所から非難買ったらしそうだから、調子に乗るのは控えたほうがいいかも。
「あ! そうだ! 連絡先交換しようよ! 矢野くんの持ってないし!」
「いいねそれ。NINEとかのトークアプリやってる? 招待するからグループに入ってよ」
「う、うん。一応やってるし、連絡先もみんなが良ければ是非……」
「やった!」
凄いキャイキャイしてる……。
遂に僕のNINEの中にも家族以外のメンバーが追加されるんだ……。
「今時NINEも入れてないとかありえな。ダサすぎ」とか言って、無理矢理僕の携帯にNINEをインストールした妹。
あの時は靴下を全部裏返してタンスにしまうという、こすい仕返ししてゴメンね。
今度ケーキ買ってくから許して。
「これでオッケー!」
無事に連絡先やNINEの交換をすることができた。
だけど奇妙なのがこの中に男子のクラスメイトの連絡先はないということだ。
これじゃあまるで僕が女好きの人種みたいじゃないか……。
「それで矢野君、今日折井君や陽介達と遊びにいくんだけど一緒に来る?」
そう言って誘ってきてくれたのは長船さん。
陽介……っていうのは確か夏野君だったかな。
長船さんと夏野君は、僕が見ていた限りではクラス内におけるリーダー……って感じではないけど、クラスを盛り上げるような、発言力のある2人に見えた。
実際の所、夏野君を筆頭によく集まってるグループと、長船さんを筆頭に集まってるグループは、一緒に遊ぶことが多いのか仲がいい。
「え〜と…………」
誘われ慣れていない普段の僕なら即答でオッケーしていたと思う。
でも今日に限って言えば、珍しく放課後には予定があった。
その予定の相手である折井君も遊びに行くことになっているのは、ちょっと意味が分からないけど……。
「その…………今日はちょっと予定があって…………」
「おい、愛莉。勝手に人を増やすなよ」
僕が断りを入れようとした最中、夏野君が不満気な雰囲気を撒き散らしながら近づいてきた。
「え〜人が多いほうがいいでしょ?矢野君とも遊びに行ったこととかないし」
長船さんが夏野君に対して返した。
どうやら愛莉というのは長船さんの下の名前らしい。
既に下の名前で呼び合う関係になってるなんて、素直に凄いと思った。
「俺は折井を案内してやるために人を集めたんだ。大して話したこともない奴を誘うつもりはないぞ」
「そんな言い方はないでしょ?この機会に一緒に遊んだらいいじゃん」
「急にイメチェンなんかして……遅めの高校デビューのつもりか?」
夏野君が睨みつけるようにこちらを見てきた。
(高校デビューじゃなくて、スタートに戻っただけなんだけど……。)
もちろんそんなことは口には出せない。
僕はただ、彼から視線逸らすように俯いた。
「陽介……そんな邪険にしなくてもいいじゃない。格好から変わるのって、結構勇気いることなんだから」
食ってかかる夏野君に対して、他の女の子達は少しハラハラしながら見ているようだったが、長船さんが至って普通に返しているため、周りの空気的には張り詰めているような感じはしない。
もしかしたら日常的にこんなことがあるのかもしれない。
ただ、女の子にフォローされている僕の立場は落ち着かない。
隙さえあればこの場から急いで離れたい気持ちでいっぱいだよ。
と、ここで試合終了のホイッスル、もといチャイムが鳴った。
僕の周りにいた人達はそれぞれ自分の席へと戻っていく。
長船さんも切りがいいと感じたのか、自分の席へと戻っていった。
なんとかこの地獄的状況を切り抜けれたぁ。
さ、次の授業の準備をば…………。
だが、ここで問題の夏野君が自分の席へと戻ろうとしない。
僕の前に立っているままだ。
……どうやら先生が来るまでのロスタイムが彼の中にはあったみたいで……。
「おい矢野、俺はお前の事は誘ってねぇからな。愛莉が誘いてぇって言うから、今回は勝手に付いてくるのは構わねーけど、俺たちに話しかけんなよ」
彼は威圧するように僕に言い放った。
まるでイジメっ子のように、無色だった人間に色がついたとみるやいなや、再度脱色して無視するつもりらしい。
「…………もちろんだよ」
行くつもりは元からない。
この言葉を最初から言えていれば、こんなにも絡まれることはなかったのかもしれない。
でも、その言葉を吐き出すのが難しいからこその僕だ。
見た目が変わったからといって中身が変わるわけじゃない。
あるいは、人と関わるのを避け始める前の僕なら言えたのかもしれないが、現在の僕は自分から見ても内気だ。
同意する一言を発するだけで精一杯だった。
夏野君は最後に一睨みすると、自分の席へと戻っていった。
結局、お誘いに対して明確に断ることができないまま、放課後へと突入してしまう。




