第4話 転機
角から出てきたのは、転校生の折井碧太くんだった。
「なんでここに…………?」
「ぎゃー! 不審者!」
「いや、折井くんだよ。不審者じゃなくて転校生の」
「そういことじゃないわよ!」
えー! なんで怒られたの!?
ちょっと怒られた理由も、土佐が折井くんに怯えてる理由も分からないけど……彼にも下に降りるように伝えなきゃ!
「折井くん!」
僕が折井くんに呼びかけ、下に降りるように伝えようとしたが、彼は僕らに向けて微笑み、
「俺に任せてくれ」
すれ違い様に僕らに言った。
彼は朝、僕が見える人だと気付いていた。
つまりそれは彼も僕と同じ境遇の人間であり、今の発言は死んだ人が見える者として対処の仕方を知っているということ…………?
「ちょっと涼一、なんで足を止めてるの!?」
土佐に言われて気付いた。
僕は階段には向かわず、その場で足を止めていた。
なぜ…………?
恐らくは、折井くんを置いてはいけない気持ちと、彼がこれからする行動を僕は、見ておかなければいけない気持ちになっていたからだと思う。
「ごめん土佐、彼が何をするのかこの目で見ておきたいんだ」
女の子の霊は、標的をそのまま折井くんへとシフトチェンジし、とって食うかの如く襲いかかった。
「あなたも私をいじめるの!?」
「これはいじめなんかじゃない」
飛び掛かってきた女の子の両手を、まるで今までに何度も同じことをしてきたかのように左手で右にいなした彼は、同時に渾身の右ストレートを女の子の顔面にぶち込んだ。
「ぎゃああああああああ!」
女の子の吹っ飛び方はまるで、伸びきったゴムが切られた人形のようだった。
「うああ…………ああ……あがっ!」
元々血だらけだった顔をさらに血だらけにしながら呻いている彼女に折井くんは近づき、なおも蹴りを入れた。
…………正直、さっきまで襲われそうになっていた僕から見てもかなりエグい光景だ。
この場面だけを抜き取れば、折井くんがただの非道な人にしか見えない…………。
現に土佐は、彼の行動を非難するかのような目で見ている。
助けられたのは間違いないんだけどやっぱりこれは…………。
「君がどういう霊なのかは聞いたよ」
どういう霊って…………どういうこと?
地縛霊とかそういう話かな?
「あ…………朝千春と茜が話してた怪談話に似てる……」
「怪談話?」
「うん。なんでもイジメられて苦の挙句自殺しちゃったってことらしいけど…………それ以降、校内を徘徊してるって」
「じゃあ彼女は……イジメてきた復讐相手を探してるってこと?そうだとしたらすこし可哀想な気も…………」
「イジメられていたとか、そんなのは関係ないね」
バッサリ切り捨てた!
「君が生前いじめられ、どんな苦しい生活を送っていたのかは知らないが、霊となって人を襲った時点でそんな事は関係ない」
折井くんの言っている言葉一つ一つが形のない攻撃として霊にダメージを与えているように見える。
「私のキモチなんて何も分からないくせに! イジめられたことがないからそんな事が言えるのよ!」
「ああ、分からない。それでも君のようにイジめられ、助けてくれる人が誰もおらず、苦しみながらも心が折れることなく必死で生きてる人はいるんだよ。少なくとも俺はそういう人達を今までに見てきた」
「うがあああああああ!」
折井くんの言葉をかき消すように女の子の霊が折井くんに襲いかかった。が、首を押さえつけられ再度地面に叩き伏せられた。
「なんで私が…………私ばっかりがこんな目にあうのよ!」
「百歩譲って君がイジメられてきた人間に対してのみ危害を加えたのなら、俺もここまでやらなかったろう。だけど君は無関係の人にまで手を出した。俺のクラスメイトにまで危害を加えようとした」
そして折井くんは一呼吸置き、彼女に告げた。
「死んだ人間が生きてる人間の足を引っ張るな。死んでから復讐を果たそうなんて不条理は…………俺が許さない」
それは今まで霊に怯えていた僕を尊敬させるには充分な言葉だった。
「いやだ……私はまだ……まだ……」
「同情はするけど容赦はしない」
グシャッという鈍い音と共に、折井くんの拳が女の子の顔面へと突き刺さる。
かなりショッキングな映像のため、土佐はその瞬間目を背けていたが、その実、女の子は白い光の粒となり、弾けて霧散していった。
「彼女は…………どうなったの?」
「彼女の魂がどこに行ったのかは俺にも分からない。それでもこの世からは消えて、除霊されたと俺は思ってるよ」
除霊……。
霊を殴ることで除霊することがてきるなんて今まで知らなかった。
いや、知っていたとしても僕には真似できないと思う。
兄妹ゲンカなんかもたびたびあるけど、妹と殴り合うなんてことはないし、他人とケンカなんてもってのほかだ。
「色々聞きたいこともあると思うけど……とりあえず今はこの学校を出ることを優先しよう。いつまた別の霊が現れるかも分からない」
「そうだね………。土佐、僕達もここから…………」
見れば、土佐は沈黙したまま動こうとしない。
あまりのショックで放心してしまったのかな……。
「土佐……?ショックだったのは分かるけど……早く出ないと」
「ええ……すこぶるショックだわ……」
「腰を抜かしてるんだね?だったら僕が手をかすから……」
「矢野君、恐らくそういう事じゃないと思うよ」
そういう事じゃないって……じゃあなんなんだ?
「霊が怖かったんじゃ……」
「はぁ…………さっきから涼一は勘違いばっかりね。不審者の方がまだ理解してるじゃない」
「ちょっと待ってくれ。まだ俺はその認識なのかい?」
「今の出来事以上にショックな事って…………え?全然分かんないんだけど……」
ホントになんのことかサッパリだ!
折井くんは何か別の事だって気付いてるみたいだし、イケメンってこういう女の子の心情にいち早く気付くことができる人のことを言うのかぁ。
僕が焦っていると土佐が再度ため息をついた。
「ホントに今日は悩まされる一日ね……。今あったことも十分にショックだったよ。霊がいるとか……できることなら今でも否定したいし、怖かったし…………。でもね涼一、それ以上に私は…………涼一が今までずっと、今日のような目に何度もあってるって知ったことが一番ショックなの」
土佐が悲しい顔を僕に向ける。
憐れむような顔ではなく、本当に心配している人の顔だった。
「涼一君、君は霊が見えることは他の人に話していないのかい?」
「こんなこと…………言えるわけがないでしょう。誰も信じてなんかくれないし……気味悪がられて終わりだよ」
「そんな事ない! 私は信じたよ!」
「信じられても困るんだよ。僕と一緒にいることでその人にも危害が加えられるんだから…………」
「なるほどね……確かに涼一君の言うことも一理ある。霊は霊感が強い人に惹きつけられるから」
折井くんの追撃で土佐は唇をキュッと固く結んだ。
しかし、その顔は納得してはいないようだった。
「…………それでも私は言って欲しかったよ。無視なんてしてほしくなかった」
「仕方がなかったんだ! 僕といると土佐も危ない目に合うって分かったから!」
思わず声に熱がこもる。
当時、土佐にこの事を話せれば今までの僕はどれだけ救われたか。
だが話してしまえば僕が救われても土佐は救われない。
話さずとも近くにいればお互いが救われない。
この葛藤を…………今までの僕の苦悩を彼女に分かって貰おうと、話す言葉に怒気が含まれてしまう。
「僕といると辛い目に…………!」
「涼一に無視されことのほうがよっぽど辛いよ……」
……………………。
…………何も言い返せなくなった。
さっきまで胸の中でゴチャゴチャしていたものが全て取り除かれたような、視界がクリアになったようなそんな感覚を今の一言によってもたらされた。
僕は俯き、唇を噛み締めた。
油断すれば目に涙が溜まりそうだった。
土佐が僕の事をそこまで思っていたという事実が、緊張していた心の紐を解き、目頭が熱くなる。
「涼一…………私に隠し事はもうやめてね? 涼一が潰れたら……私はホントに悲しいから…………」
「…………うん」
かろうじて返事はできたものの、とてもだらしない姿を見せているなと思ってしまった。
早くここから立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
「話はまとまったみたいだね? さぁ、ここから早く出るよ」
素晴らしいタイミングで折井くんが移動を促してくれた。
本当に彼はイケメンだね。
僕らは学校を出て校門の側までやってきた。
外は当然のように日が落ちており、街灯はないものの校舎の電気でほんのりと校門が照らされていた。
折井くんが僕の元へと寄ってくる。
「さて、とりあえず君達はこのまま帰宅してもらえるかい?」
「折井くんは?」
「僕はまだやることが残っているからね。申し訳ないけど、ここで一旦お別れだ」
「でも僕は折井くんに聞きたいことが……」
折井くんは僕の言葉を遮り、口に人差し指を当てた。
「君の言いたいことも分かるけど、まずは君のすべきことがあるんじゃないかな」
「すべきこと…………?」
折井くんはニヤリと笑って土佐の方を見ると、僕にだけ聞こえるように耳打ちした。
「彼女を無事に家まで送り届けてあげないと」
彼はどこまでイケメンなんだろうか。
僕は自分のことばかり考えていた事がとてつもなく恥ずかしくなった。
「彼、なんて言ったの?」
キョトンとした顔で土佐が聞いてきた。
「なんでもないよ。ただやることがあるから先に帰ってくれって」
「ふ〜ん。なんだかんだ折井にも助けられたし………お礼は言っておかないとね」
そう言うと土佐は折井くんの元へと駆け寄っていった。
…………。
僕はこの先のあり方について考えなければならない。
霊が見えるという秘密を土佐に知られ、彼女を今後巻き込んでしまう可能性が高くなってしまった。
関わらないって選択肢もあるのかもしれないけど、さっきの彼女のあんな顔を見た後にそんな行動がとれるほど、僕のメンタルは図太くはない。
であるなら…………霊に対して精通しているであろう折井くんに相談するのが一番良い案なのかもしれない。
大切な人を守れるように…………失わないように…………より一層の努力が今後は必要だ!
僕は1人、心の中で決意を固めた。
人ならざるものから目を背けたりはしないと。
土佐が折井くんと話し終わったようで、こちらに戻ってきた。
「それじゃあ2人共、帰り道に気を付けて帰ってくれ。涼一君なら霊と出会いにくい帰り道なんかも分かっているんだろ?」
折井くんがウインクしたのに対して、僕は右手を上げて返した。
「折井くん、本当にありがとう。折井くんが来てくれてなかったら僕らは無事じゃ済まなかったかも」
「気にすることはないよ。誰かが傷つかなくて良かった。それに涼一君、俺のことは折井じゃなくてアオタと呼んでくれ。やっぱり名前呼びの方が個人的にしっくりくるんだ。転校が多い俺にとってはすぐに仲良くなれそうだし。明里さんもね」
「…………分かったよアオタ。それだったら僕も君付けじゃなくて大丈夫だから」
「ああ、ありがとう」
「……不審者アオタ」
「不名誉な二つ名はご遠慮願いたいんだが」
土佐の中での折井くん……もといアオタはなんでそんなに評価が低いんだろう……。
僕の知らないところでなんかあったのかな……。
「それじゃあ、また月曜に会おう。聞きたい事はその時に頼むよ」
「うん。またね」
「私も聞きたいことあるんだから月曜ちゃんと来なさいよ」
「強気だねぇ。逃げも隠れもしないから安心してくれ」
アオタはハニカミながら僕らとは反対方向に歩いていった。
僕は土佐と2人で夜道を歩き始める。
僕らは2人共徒歩で通学している。
自転車で通学したほうが速いのかもしれないが、鷹山高校が丘の上の方にあるため、行きがほとんど上り坂になってしまう。
帰りは反対に下り坂一本のため楽なのだが、朝にこの坂を自転車で登ってくることを考えたら徒歩で通学する人が多いのも仕方のないことで、自転車で来るのはよほど遠い人か、運動部系の部活に入っているストイック男子くらいだと思う。
もちろん僕は家が遠いわけでもなく、ストイック男子でもないので徒歩を選択。
だけど一つ残念なのが…………青春の象徴たる女の子との自転車二人乗りができないことにある。
そりゃまあ人と関わるのを避けてきたんだからそんな機会求めるのはおかしいとは思うけどさ、僕だって高校生なんだよ?
憧れを持つこと自体はそりゃあるでしょ。
現にこの状況! なんの因果か土佐と2人で歩いて帰ってんだよ?
昨日の僕だったら考えも及ばなかっただろうね。
今もまだ久しぶりすぎて何話していいのか分かんないし。
…………というよりさっきからずっと沈黙!
考察やら自分語りは心の中でゴチャゴチャうるさくしてるけど、現実世界では歩き始めてからずっと沈黙だからね。
さっきまで色々テンパってたから勢いで話せてたけど、落ち着いたら逆に何話していいのか分からなくなってきた。
キッカケがあれば話しやすいんだけど…………うわぁ僕ってこんなに話せなくなってんの⁉︎ ただのコミュ障じゃん!
「涼一」
「ふぁい⁉︎」
ああああああダサい返事したぁ!
落ち着こう! 落ち着けば今からでも会話が成立するから頑張れ僕!
「私の家、着いたんだけど」
「え? …………ああ本当だ」
チェックメイト。
学校から土佐の家までの20分ずっと沈黙だった…………。
「……なんか、すごい濃い一日だったね」
僕にとっては日常の1ページに過ぎなかった。
が、それでも土佐に秘密がバレたというのはやはり予期してなかったことで、土佐の言葉に無言で頷いた。
「涼一…………明日から無視するなんてのはもう無しだよ?」
「…………うん。善処するよ」
「善処じゃダメ。約束ね」
土佐がニコッと笑顔を僕に向ける。
今までの僕の対応をなかったことにし、僕に対してこの笑顔を向けてくれる彼女の期待を裏切ることなんてできるのだろうか。
いや、できない。
「約束です」
僕も彼女に対して笑顔で返した。
「それじゃあ……また月曜だね」
「あ、それと涼一」
僕が自分の家へと歩き始めようとすると、土佐に呼び止められた。
「なに?」
「その長い髪ダサいよ」
グハッ!
予想外の攻撃すぎる…………。
なんで去り際に精神攻撃を……やっぱりまだ怒ってたりする……?
「涼一はさ、もっとサッパリした髪の方が似合ってると思うから。ただそれだけ! じゃあね!」
そう言って土佐は家の中へと入っていった。
1人残された僕はただただ呆然と立ち尽くしていた。
なんという飴と鞭なんだろう……。
使い分けが上手すぎて危うく堕ちる所だった……。
なんだか無性に学校へ行くのが楽しみになっちゃったよ月曜日が待ち遠しいなぁ。
僕は顔をだらしなく綻ばせながら帰路へと着いた。




