第28話 出会い&出会い
俺達はそれぞれ別の書物がある所に散っていった。
全部で3階まであるこの図書館、一先ずは館内を散策することにするため、俺は1階から探して回ることにする。
1階はどうやら雑誌や歴史書、地図、産業、工業、哲学といった調べ物に関する書籍が置いてあった。
恐らく、今回の目的である鷹山市の事件に関する記事は1階にあるのだろう。
しばらく歴史書の近くを探していると芸術、スポーツのコーナーに明里がいるのを見つけた。
見ているのはもちろんバレーに関する本だった。
「勉強熱心だね」
「アオタ。勉強熱心っていうより、こういう雑誌とか見るのが好きなのよね。なんか見てるだけで気分が高揚するっていうか…………」
「自分もやりたくなるみたいな?」
「そうそうそんな感じ! な〜に? アオタも話が分かるタイプ?」
明里が嬉しそうに話す。
周りにあまり雑誌を見たりする共感できる人がいなかったのだろうか。
「球技じゃないけどね。俺も格闘技とか結構やったりしてるから、テレビでプロの試合とか見ると気持ちが昂ぶったりするんだ」
「そういえば格闘技が趣味とか言ってたわね……」
「お、自己紹介の時にしか言ってないのによく覚えてたね」
「いや、自己紹介の時はアオタの話全く聞いてなかったわよ」
「聞きたくなかったなその情報」
「千春から聞いたのよ。知ってるでしょ? 同じクラスの」
「ああ、斉藤千春さんだよね。もちろん知っているさ」
クラスメートのフルネームは既に覚えている。
斉藤千春さんとはまだあまり話したことはないが、明里とよく一緒にいるのを見かけていて、ハキハキと話す明るいイメージがある。
「アオタは何の格闘技やってるの?」
「色々取り組んでいるよ。空手、柔道、剣道、ボクシング……その他にもいくつかかじっているしね」
「格闘技が好きなの?」
「いやまぁ好きというか、身体を鍛えておかないと、俺の活動上奴らにやられてしまうからね」
「奴ら……? あっ」
明里は最初、俺が何を指しているのか分からなかったのか怪訝な顔をしたが、すぐに幽霊のことだと気が付いた。
「除霊するのに直接奴らとやりあうからね、もしも負けた時は死に直結する場合もあるかもしれないし」
「改めて聞くと嫌な話ね……ほっとけばいいんじゃないの?」
「向こうがほっとかないんだよ」
なるほどと明里が納得したように頷く。
「じゃあ俺は引き続き探すから。明里もしばらくしたら頼むよ」
「そうね。せっかくの初部活動だもんね」
俺は明里と別れ、2階に上がった。
エスカレーターもあるのには驚いた。
2階を見渡すと本の種類がガラリと変わっており、いわよる小説関連の本が置いてあった。
「しばらく小説も読んでないな……」
一時期、ミステリー小説や恋愛小説なんかにもハマっていたころがあり、その頃はよく小説を買って読んでいたが、最近はめっきり読まなくなった。
せっかくだし、何か小説を借りていくのもアリだな。
ミステリーもいいが、何かパニック系やSF系もいいかもしれない。
ホラーは………………読むまでもないからね。
事実は小説よりも奇なりを現在進行形で体験してるから、いまいち話の中に没頭できないんだよ。
軽くフロアを見回っていると、ふるじゅんを発見した。
「ふるじゅん」
「おー折井。なんだ? 折井も結構こういうの読んだりすんの?」
「こういうの? 普通の小説じゃないのか…………?」
よく見ると、ふるじゅんがいるコーナーは普通の小説とは違うものが置いてあるところだった。
端的に言えば……そう、表紙にアニメの絵が書いてある。
なんというものだったか……確か世間一般に呼ばれている名称があったはずなんだが…………。
「いや、すまない。俺はそういった本は読んだことがないんだ」
「なんだよ残念。結構面白いからさぁ、折井も読んでみろよ」
「こういう小説? のことってなんて言うんだっけか。確か呼び方があったよな?」
「ああ、ラノベだろ? ライトノベルで略してラノベ」
なるほど確かにそんな名前だった気がする。
そういったことに縁がなかったから、あまり興味も湧かないんだが…………せっかくふるじゅんが勧めてくれているんだし、一度読んでみるのもアリなのかもしれないな。
食わず嫌いよりも、何事も経験していたほうが自分の見える景色の幅が広がるしね。
「ふるじゅんは結構こういうのを読んだりしてるのかい?」
「おお。漫画から読み漁ってて、好みの話が書かれたものがないかネットで探してたら、これにたどり着いたってわけよ」
「ネットサーフィンってやつか。そんなに面白いのかい?」
「いわゆる俺つえー物なんだけど、厨二心をくすぐられるものがあるんだよなぁ」
物凄く楽しそうに話すふるじゅん。
人は好きなものを話すときに饒舌になるというが、まさしく今のふるじゅんを指すのだろう。
「しばらくしたら、記事を探すのも手伝ってくれよ?」
「オッケーオッケー。任しといてくれよ」
ふるじゅんが言うと軽く聞こえるから不思議だ。
信用出来ないわけじゃないんだが……まぁまだ正式な部員になったわけじゃいし、いいか。
手伝ってくれると言って、ここに来てもらっただけでもありがたいからね。
俺はライトノベルを読み耽っているふるじゅんを置いて3階に上がった。
3階はガラリと変わり、子供向けの本や漫画コーナーとなっていた。
1階と違い少々騒がしいのは、ここにいる人達の年齢層が低いからだろう。
幼稚園児ぐらいの子から中高生まで、この階にはそういった若い人向けの本が置いてある。
「漫画があるということは、恐らく涼一がここにいるんだろうな」
俺が思った通り、涼一は漫画を何冊かテーブルに積み重ね、椅子に座って随分とリラックスした様子で漫画を読んでいた。
時折ニヤニヤしているところを見るに、一度没頭すると周りの事は気にならないタイプなのだろう。
その幸せそうな顔を見ていたら、声をかけるのをやめた。
出会ったばかりの頃の涼一からは考えられない表情だ。
恐らくは本来、ああいった表情をよくしていたのだろうが、霊が見えるようになってからは笑うことが少なっていたんだろう。
彼がああやって笑えるぐらいに気持ちに余裕が出てきたってのは、俺としても凄い嬉しいことだね。
とりあえず俺は涼一を置いてその場を後にした。
全ての階を見て回ったが、やはり鷹山市に関する記事が置いてあるのは1階が濃厚のようだ。
例え書籍でなくとも、昔の新聞記事のようなものでも置いてあるといいんだけどな……。
俺は再度1階に降り、歴史コーナーで鷹山市のニュース記事が書いてある書籍や、新聞記事といった昔の事件が書かれている物をいくつか取り出した。
どこかに座って読もうかと思ったのだが、先ほどまでは空いていたハリー◯ッターに出てくるような長テーブルの席は、ほとんど埋まってしまっていた。
(タイミングが少し悪かったか)
俺は席がどこか空いてないか探しつつ、奥の方へと向かって歩いていった。
そして一番端まで来たとき、端から2番目に座っていた人が立ち上がり、席を離れようとした。
「すいません、こちらの席を使ってもよろしいですか?」
「え? ああはい。大丈夫です」
立ち上がった人は笑顔で快く席を譲ってくれた。
どうやら丁度本を読み終えたようだ。
(さて、そしたら一冊づつ調べていくか)
俺が持ってきた本を読もうと思った時、ふと俺の右隣、つまりは一番端に座っている女性に目が惹かれた。
その女性は、恐らくは俺と同じくらいか少し上の人だろう。
光を反射しているかと思うほど綺麗な長い黒髪に、整った目鼻立ち、透き通るほど白い肌。
静かに本を読んでいるその姿は、一枚の芸術作品といっても過言ではないだろう。
モデルや芸能人と言ったテレビに出てくる人達に普段あまり興味のない俺でも、思わず息を呑む美しさだ。
だが、俺が目を惹かれたのはその美しさからではない。
彼女の身体の周りに少々強めのオーラが見えたからだ。
このオーラの濃さから言って、まず間違いなく俺や涼一の影響を受けずとも霊が見えるレベルだ。
流石に特殊な感覚があるほど強くはないようだが、それでも充分すぎるほどの霊感をこの人は持ち合わせている。
…………めちゃくちゃ気になる。
もしこの人が霊に困っているんだとしたら、俺は是非とも助けになりたいが、余計なお世話になりそうな気もする。
そこらへんの駆け引きが昔から難しいんだ。
同じ学校にいた生徒とかならばいくらでも声は掛けられるのだが、街中のこういった場所で見かけた時は最終的に見て見ぬフリというケースが多かった。
流石に知らない人にいきなり声を掛けるのはどうかと思うしね。
どうしたものか…………。
「…………あまり見られると困ってしまうのですが…………」
「ああ、すいません」
俺が迷っている間に、彼女から声を掛けてきた。
どうやら俺が悩んでいる間に、彼女は不快に思ってしまったようだ。
「そんな見るつもりはなかったのですが……少々気になることがあったので」
「気になることですか…………?」
さて、どうしたものか。
霊のことについていきなり話して大丈夫なのか疑問だ。
霊が見えるほど霊感が強くても、地域によっては霊を見たことがない人というのも、今まで無くはなかった。
鷹山市は少々異常なレベルで霊がいるから可能性は高いのだが…………。
「ええっと…………その読んでいる本についてです」
回避することにした。
例え今その話をしたところでここは図書館で、出会い頭に霊の話をする場所ではない。
なので俺は方向性を少し変えて話すことにした。
「これですか?」
「ええ。その『100回目の恋』という本。かなり前に読んだことがありまして。あまり有名ではなかったと思うのですが、他に読んでいる方を初めて見たので思わず……」
「あら……あなたも読んだことがあるのね。確かに相当な本好きでないとこの本は読まないと思うわ……。でも私はこの本が好きで、何回か読み直しているの」
恋愛小説にハマっていて読み漁っている時、偶々目について読んだことがあったのだ。
確か内容は…………。
「1ヶ月経つとその1ヶ月の記憶がなくなってしまう病気にかかった少女が、その都度自分を助けてくれる幼馴染の男の子に何度も恋をする…………って話でしたか?」
「そうね。何度も初恋を味わう女の子の心理描写がとても丁寧なのがいい所かしら」
「それに、幼馴染の男の子も、自分には女の子との思い出があっても、女の子は何一つ覚えていないという切なさが読んでいて悲しくなりますよね」
「ふふ……そうね。その2人の間に生まれる溝も、最後にはうまくハッピーエンドにまとめているところが、この作品の1番の見せ場ね」
「もう少し有名になってもおかしくない作品だと思いましたが……」
「中々意見が合うわね……。私もそう思っていたわ」
彼女が見る人を魅了するかのように微笑む。
なんとか話を合わせよう、なんて思っていたがそんな必要はなく、素の状態で彼女とは話が合った。
「私もこの本を知っている人は初めて見たわ……。ねぇ、あなたのお名前は?」
「俺は折井 碧太って言います。鷹山高校に通ってるんですよ」
「あら……奇遇ね。私も鷹山高校に通っているのよ」
「同じ高校の方でしたか。俺は1年なんですが、あなたは?」
「私は2年よ。2年B組の海野 葵。先輩になるのかしら」
「先輩でしたか……。せっかくの機会ですし、今後も本のことについて話しませんか? ここではあまり話すのも周りの迷惑になりそうですし」
「そうね……。それじゃあ私の連絡先をあげるからあなたのもちょうだい?」
「もちろんです」
俺と海野先輩は連絡先を交換し、一先ず会話をやめてそれぞれ本を読むことにした。
過程はどうあれ、結果的には知り合えたのだから上出来だろう。
これで彼女がもし心霊現象に困っていたとしても、力になれることができる。
あとは話出すタイミングだけだ。
俺は切り替えて持ってきた本から調べ物を続けることにした。




