4.アリア・出会い
丘の上、数多の黒い影を見ながら私達は迎撃の準備を整えた。
私の名前はアリア。こことは違う世界から無理矢理連れて来られた異世界人の一人です。
ちなみに、無理矢理連れて来られたのは私だけではありません。
私が誘拐された時、私と一緒にいた仲間のウ゛ェルドさんも一緒でした。
ウ゛ェルドさんの方が仲間内では一番新参でしたが、年齢は一番上ですから私はウ゛ェルドさんと呼んでいます。
そのことを知らない私のお姉ちゃんや他の仲間達は呼び捨てです。
これはしかたがないんでしょう。だって、皆はウ゛ェルドさんの正体を知らないんですから。
けれどウ゛ェルドさんの正体がばれるとマズイので、私達二人だけの秘密です。
それはそうと、今回の私達が誘拐された理由についてです。なんでも勇者として喚んだそうです。ですが、私達はそれをお受けせずに逃亡しました。
あんな理不尽な要求を聞くわけありません。勝手に誘拐したあげく、戦いを強要するなんて、どんな神経をしているんでしょう!
そうしてあの国から旅を続け、今は《ゴーシェル》という街にいます。
でも、現在そのゴーシェルに危機が訪れようとしています。
危機の名前はナイトメア。私達を誘拐した人達が私達に戦わせようとした相手。
私達の世界にいた魔獣の数十倍の強さを持ち、この世界の住人達に苛烈な敵意を向ける謎の黒い影。今のところ確認出来ている形状は獣、鳥、虫、爬虫類、魚、植物の六つ。
ナイトメアとは別に、この世界の住人達と敵対している魔物達とは違い、人型に類する姿形をしたものは確認されていません。
そんなナイトメア達が、現在この街に大挙して押し寄せて来ています。
その数ざっと千。この街の防衛戦力ではとても太刀打ち出来ない数です。
だから私達。この街を守る皆は、篭城戦は選ばず、全滅覚悟の迎撃戦を選択しました。
私達が時間を稼いでいる間に街の人々を逃がし、そして隣街から援軍を呼んでもらうか、私達が少しずつ後退して隣街の戦力と合流する。
そんな希望が無いよりはマシだけど、勝ち目の薄いそんな策。
それでも私達はそれに賭けることにしました。
本来なら私達にここで命を賭ける理由はありません。
けれど、一般の人達を見捨てることは出来ませんでした。
私はあの国の人々には怒りを覚えています。ですが、それがこの街の人達を見捨てる理由にはなりません。
数週間という短い間でしたが、私はこの街の人達と触れ合い、ここの人達を故郷の人達と同じように守る対象として見るようになっていました。
でも、本当はウ゛ェルドさんだけは逃げてほしかった。
私がこの街の人達を守りたいと思ったのは、異世界とはいえ同族意識が無いとはいえません。
けれど、ウ゛ェルドさんは本来は人ではありません。むしろ、故郷の世界では人に敵対する種族です。
そんなウ゛ェルドさんが私やお姉ちゃんと一緒に居てくれるのは、私達の両親とウ゛ェルドさんが種族の垣根を越えた親友だったからです。
ウ゛ェルドさんは人間の一般常識が欠落しているせいか、ウ゛ェルドさんの本性を知らない人々からは、ものを知らない若者に見られます。
ですが、それはあくまで人間の側面です。
ウ゛ェルドさんの本性の方では、ほとんど並ぶ者のいない程の力を持った強者であり、種族のいろいろなことを知っている物知りさんです。
ウ゛ェルドさんのその知識に、私やお姉ちゃんが助けられたことは一度や二度ではありません。
だから、今の弱体化した状態のウ゛ェルドさんを死地に立たせている状況は、不本意でなりません。
けれど、それでもウ゛ェルドさんは前線に立ちます。
私も、使い魔を喚べるのならウ゛ェルドさんと一緒に前線に立てるのに、こちらの世界に来てからは一番弱いものさえ喚べません。
しかたがないので、後方で治癒魔法を使った支援を行います。
願わくば、この絶望的な状況から二人揃って生還したいです。
「魔術師部隊、撃ち方始め!」
私がそんなことを願っている間にも状況は動き続け、とうとうナイトメアと私達防衛戦力との戦端が開かれました。
まずはこの街の領主様の号令に従い、この街にいた攻撃魔法を使える魔術師達がナイトメア達に先制攻撃を仕掛けました。
無数の火や水、風や土の弾がナイトメア達に向かって一斉に降り注ぎます。
その後放たれた魔法は、ナイトメア達を中心に着弾。地面から大量の土埃を空に舞い上げさせました。
しかし、これはあくまでも牽制。ナイトメア達は、この程度の攻撃で倒せる程やわではありません。
それは、数回とはいえナイトメア達と戦った経験から理解しています。
それは私の周囲の人達も同じようです。前衛の皆さんは武器を構え、領主様の合図でいつでも突撃出来るようにしています。
後衛の皆さんも、土埃で視界が遮られていてもナイトメア達が居た場所から視線を外そうとはしません。
そんな皆が緊張する中、いちじんの風が戦場を吹き抜けました。風は舞い上がっていた土煙をさらい、私達にナイトメア達の姿を見せます。
土煙が晴れた場所には、魔術師達の攻撃で多少のダメージを負ったナイトメア達の姿がありました。やはりというべきか、全てのナイトメア達が五体満足で、ほとんどの個体に怪我や傷は見受けられません。
「来るぞ!」
私達がその現実に悲壮感を漂わせていると、ナイトメア達が進行を開始しました。
全てのナイトメア達が一斉にこちらに向かって来ます。
「魔術師部隊!投石部隊!第二射放て!!次いで前衛部隊、突撃!」
領主様は、そんなナイトメア達に再び魔法を浴びせかけます。今度は攻城兵器である投石機も使い、ナイトメア達の分断をはかられました。
魔法や大岩が宙を舞い、ナイトメア達の中央辺りに次々着弾していきます。
そして、後衛がナイトメア達の後ろ半分を押さえている間に、ウ゛ェルドさん達前衛に突撃が命じられました。
私達後衛を守る最低限の人員を残し、ウ゛ェルドさん達前衛部隊は真っ直ぐにナイトメア達に向かって駆け出して行きます。
その直後ナイトメア達と接敵。人とナイトメア達がぶつかり合う音が戦場に響き始めました。
戦闘が開始されてから約一時間。
戦況は私達防衛軍劣勢の様相をていしています。
最初からわかっていたこととはいえ、数も個体の強さも向こうの方が上。
本来複数で囲んで倒すべきナイトメア達を、現在は個人が複数のナイトメア達を抑えようとするというあべこべな状況となっています。
その為、いくら戦術を用いて一度に相手をするナイトメアの数を制限しても、刻一刻と犠牲や負傷者が増えていきます。
そして負傷者達を後退させると、その人達が抑えていたナイトメア達が他の人達の戦いに流れ込むという悪循環。
そしてそれが続いた結果、私達の側はすでに半数近くの死傷者を出していて、もう防衛線がいつ崩壊しても可笑しくない段階まできています。
「ウ゛ェルドさん!」
そんな絶望的な状況の中でも、誰もが諦めずにナイトメア達と戦っている。
そんな中、当然最前線で戦っているウ゛ェルドさんのところにも、ナイトメア達の凶爪が襲いかかっていた。
ウ゛ェルドさんは私からかなり離れていて、遠目にしか状況がわからないけれど、かなりの窮地に立っているようでした。
現在ウ゛ェルドさんは、多数のナイトメア達に周囲を取り囲まれています。
ただ、遠目にだからこそわかるんですけど、ナイトメア達のウ゛ェルドさんに対する行動に、幾つかのパターンが見受けられます。
まずは、積極的にウ゛ェルドさんを攻撃しているナイトメア達。
基本的にこのナイトメア達がウ゛ェルドさんを窮地に立たせています。
次に、ウ゛ェルドさんを認識して何か困惑している様子のナイトメア達。
このナイトメア達は積極的にウ゛ェルドさんとは戦わず、流れ弾が当たったら攻撃に参加する感じで、それまではただウ゛ェルドさんと仲間達との戦いを傍観しています。
困惑しているようなのは、ウ゛ェルドさんの正体に薄々感づいているからでしょうか?
最後に、ウ゛ェルドさんをまるっと無視して他の人達に襲いかかるナイトメア達。
このナイトメア達は、別にウ゛ェルドさんを認識していないわけではないようです。
なぜなら、必ずウ゛ェルドさんを一瞥してから他所に流れていくからです。
ただ、なぜそうしているのか理由はわかりません。
私がそんな疑問を持っている間にも、ウ゛ェルドさんの状況は悪くなっていきます。
ウ゛ェルドさんと接敵したナイトメア達が全て戦闘に突入しているわけではなくても、それでもウ゛ェルドさんが一度に戦う数が増えていっているからです。
今はウ゛ェルドさんの並々ならない身体能力と、自己治癒能力の高さでなんとかなっている状況ではありますが、それがいつまでも持つわけではありません。必ずじり貧になります。
その証拠に、ウ゛ェルドさんの服や防具、剣等に傷がどんどん増えていっているようです。
「かはっ!」
そんな危うい状況の中、均衡の崩壊は別の場所から始まりました。
ウ゛ェルドさんの周囲で戦っていた護衛ギルドの一画がナイトメア達に突破されたのです。
護衛ギルドの人達を突破したナイトメア達は、一気に後衛の魔術師部隊や投石部隊に襲いかかります。
多くの人達が慌てて逃げようとしましたが、ナイトメア達はとても俊敏で、多くの人がナイトメア達の餌食となっていきました。
また、ナイトメア達を分断していた後衛部隊が戦線を維持出来なくなったことで、今まで足止めされていたナイトメア達が一気に私達の方に駆け出して来ます。
「ウ゛ェルドさん」
それを見た私は、自分の持ち場を離れて真っ直ぐにウ゛ェルドさんのもとに走り出しました。
もう戦線を維持出来ない以上、せめて最後はウ゛ェルドさんの傍にいたかった。それに、少しでもウ゛ェルドさんの生存率を上げようと思えば、治癒魔法の使える私が彼の傍に居た方が良かった。
私もまた、ナイトメア達のように前線にいるウ゛ェルドさんのもとに真っ直ぐ走りました。
途中で接敵したナイトメア達は、運の良い?ことに私のゆくてを阻むことはせず、私は難無くウ゛ェルドさんの近くまでたどり着くことが出来ました。
「どいて!」
「アリア!?危ないから来るな!」
「ウ゛ェルドさん!」
私がウ゛ェルドさんを囲むナイトメア達にそう叫ぶと、ナイトメア達とウ゛ェルドさんが一斉に私の方を見ました。
私はウ゛ェルドさんの無事な姿を確認すると、堪らずに走る速度を上げました。
ナイトメア達も空気を読んでいるのか、私を素通りさせてくれました。
おかげで私は無事にウ゛ェルドさんの所までたどり着けました。
「ウ゛ェルドさん!」
「アリア!」
「「「「Guraaa!!!!」」」」
私がウ゛ェルドさんのもとに到着した瞬間、ナイトメア達が一斉に襲いかかって来ました。
「下がれアリア!」
「下がりません!」
私を庇おうとしてくれるウ゛ェルドさんを退け、私の方がウ゛ェルドさんの前に出ます。
「アリア!」
「!」
迫るナイトメアの爪牙にウ゛ェルドさんが悲鳴を上げ、私はナイトメア達を睨みつけながら攻撃を受ける覚悟を決めました。
「退け」
「「「「GUgyaaa!!!」」」」
しかし、私がナイトメア達に引き裂かれる瞬間は訪れませんでした。
突然私達の傍から聞き覚えのない人の声が聞こえてきたと思えば、それと同時に発生した黒い波がナイトメア達をまとめて吹き飛ばしたからです。
「なっ!なんなんだ、いったい!?」
「わ、わかりません!?」
その突然の出来事に、私もウ゛ェルドさんも非常に混乱しました。
訳も分からず、周囲を二人でキョロキョロしてしまいました。
「大丈夫か?ウ゛ェルド、アリア」
「「!?」」
私達が落ち着きなくそうしていると、先程と同じ声がまた私達の傍でしました。
私達が揃って声のした方を見ると、見知らぬ。けれど何処か懐かしさを感じる少年がいつの間にか私達の傍に立っていました。