41.アビス(奈落)
「世界の滅亡が始まる?それはいったいどういうことなんです!?」
アルフレッドの悲鳴が周囲に響き渡った。
「言葉通りだ。奴らは現在あるものを所持している」
「あるもの?」
「見た目は手の平に収まるくらいの銀色の石で、その正体は異世界【ライフ】に存在している【アビス】と呼ばれる鉱物生命体だ」
「アビス?鉱物生命体?」
アルフレッド達には、鉱物生命体と言われてもすぐには想像がつかなかった。
「この世界でいえば、ゴーレムやリビングアーマーの近縁種にあたる」
「「「ああっ!」」」
アストに実例を上げられた面々は、今度は理解が出来た。
ようするに、石や金属でできた魔物なんだと。
この世界の住人達はそう理解した。
「セイヤさん。そのアビスがゴーレム達の親戚的なことは理解しました。ですが、ゴーレムやリビングアーマーに世界を滅亡させるのは無理なのでは?」
アルフレッド達は次に、ゴーレムやリビングアーマー達が世界を滅ぼせるのか考えた。が、結果はNO。
アルフレッド達の知っているゴーレム達には、そこまでのスペックはなかった。
「お前達が知っているのは、この世界のモンスターのことだろう?アビスはそいつらの近縁種とはいえ、異世界の存在だ。お前達の知識や常識は通用しない」
「それはまあ、そうでしょうが」
アストが、アビスを異世界の存在だと最初に言っていたことを思い出し、アルフレッド達はそれもそうだと思った。
未知の相手なら、自分達の理解出来ないことをしてくることもある。
戦士であるアルフレッド達は、そのことをよく理解していた。
「それと、さっき言っていたことだがな」
「さっき?」
「ゴーレムとリビングアーマーがというやつだ」
「ああ、たしかにさっき言いました。ですが、それがどうかしましたか?」
「出来るぞ」
「はっ?」
「だから、最上位種のゴーレムやリビングアーマーなら、数十年から数百年の時間はかかるが、人類滅亡くらいは可能だ」
「ええっと、冗談ですよね?」
「事実だ。最上位種のゴーレムやリビングアーマーなら、魔法やスキルに対する耐性、素の防御力は、この世界の人類の力を軽く凌駕する。ゴーレム達を倒せる力が無い以上は、いつかは人類が全滅する。短期的な脅威ではないが、長期的な脅威にはなりえる」
「・・・たしかにそう言われると、そうですね」
アルフレッド達は、アストの話した条件でなら、そうなるだろうと頷いた。
「ちなみに、アビスは短期から始まる脅威に分類される」
「「「へっ?」」」
「アビスの行動パターンを説明する。まずは先程言った銀色の石の姿。これが第一形態。この姿でアビスは突然世界の何処かに出現する」
「突然世界の何処かに出現って・・・」「文字通りの出現だ。ランダムに突然沸いて来る。ちなみにこの状態のアビスは、基本的には休眠状態だ」
「休眠?眠っているんですか?」
「ああ。そしてアビスが休眠状態から目覚めると、食事を始める」
「食事?鉱物がですか?」
「そうだ。アビスの食料は、生物の持つ生体エネルギー。魔力やその他諸々だ。アビスは最初は石の状態だから、始めは近くの植物から生体エネルギーを奪うパターンが多い」
「パターンが多いということは、別のパターンもあるんですか?」
「数は少ないが、生物の体内に直接出現した場合や、他のものと一緒に食べられて、その食べた生物を養分にしたケースがある」
「寄生虫?」
「その理解で良い。そして、あの賊達の現状がこれだ。あいつらは今アビスを持ち歩いている。アビスが休眠状態から目覚めれば、真っ先にアビスの餌食になるだろう」
「ああ!だから自滅なんですか!」
アルフレッド達は、賊が自滅する理由を理解した。
「そうだ。そしてアビスは、ある程度の生体エネルギーを得た後に、第二形態に移行する」
「第二形態?」
アルフレッド達の世界では、あまり聞かない言葉だった。
「アビスの第二形態は、その時摂取していた生体エネルギーの持ち主の姿の中から選ばれる。つまり、植物型になるのが普通だ。そして、ここまでが被害が少なく済む最後のラインだ」
「最後のライン」
「そう。これより上。第三形態以降は、全て自力で移動が可能となり、アビスの行動範囲が一気に広がる。そしてそれは、アビスによる被害も一気に広がることを意味する」
「どれくらい被害が広がるんですか?」
「その時々で変わるが、第三形態の生体エネルギー吸収能力なら、最低でも一時間で村一つ分を捕食出来るはずだ」
「一刻で村一つ分!」
そのあまりの早さに、アルフレッドは悲鳴を上げた。
「あくまでも最低でだ。姿にもよるが、さらに早く、範囲が広くなる場合もある」
そんなアルフレッドに、アストは追い打ちをかけた。
「・・・」
アルフレッドは、ただ絶句するしかなかった。
「次に第四形態。この形態の姿は一律で、マネキンのような顔の無い人型だ。この段階になると、アビスは計略や罠といった知的行動に加え、魔法やスキルのような特殊能力を使えるようになる」
【ライフ】の【アビス】達は、ここから人間達と本格的に敵対してくる。
第三形態以前の【アビス】達は、手当たり次第に生体エネルギーを求めて生物を襲うが、第四形態以降の【アビス】達は、知的生命体の感情という名の生体エネルギーを好んで吸収しようとするようになるからだ。
その結果、ここから人間の死亡率が増加の一途を辿る一方、他の生物の死亡率は皆無となる。
そして、これはアストにとって都合が良いことだ。
アビスがこの世界の人類種を片付ける。
自身の手を汚さずに復讐が出来る。
アビスが誘拐された異世界人達を片付ける。
そして、肉体を失った魂をアストが回収すれば、こちらもアストが手を汚さなくて済む上、異世界人達を救うことが出来る。
どちらの場合でも、アストにはメリットがある。
だからアストとしては、現状放置でもかまわない。
賊を餌にアビスが覚醒し、この世界を暴れ回ってくれるなら、願ったり叶ったりなのだ。
むろん、アビスがシオンやウ゛ェルド達に手を出すのなら、アストもアビスを排除するつもりではある。
だが、おそらくそうはならない。
アリア達同様、アストはアビスについて詳しく知っている。
ゆえに、アストにとってアビスを誘導することはたやすい。
アークライト伯爵領にはアビス避けの結界でも張って、アビスを餌(敵)に少し誘導してやれば、それでなんの問題も無い。
よしんばアビス達がこの世界を食い尽くしてしまっても、どうせ百年も経たずに滅びる世界。
アストにとっては、早いか遅いかの違いでしかないのが実状だ。
「アビスには第五形態以降も存在するが、今は説明する必要が無いので止めておく。それよりも、とうとうアビスの覚醒が始まるようだ。アルフレッドは、賊の出がらしを回収出来れば良いか?それとも、何人かは生け捕りにした方が良いのか?」アビスの説明の途中で、賊の側で動きがあることを感知したアストは、アルフレッドに賊をどんな状態で欲しいのかを聞いた。
アストは、アルフレッドが賊を欲しがるのなら今すぐに取り寄せて彼に渡すつもりだ。
ちなみに、出がらしでも良いとアルフレッドが言った場合は、賊は全員アビスのご飯になるので、賊としては後者を選んでもらえればまだマシな感じである。
まあ、どうせ尋問やらされた後は、奴隷行きか処刑が待っているだろうから、あまり変わらないかもしれないが。
「えっ!?もう覚醒するんですか!」
「ああ。現在は、所持者の生体エネルギーをゆっくり啜っている段階だ。アビスが完全に目覚めるまで、後十分といったところか?」
「それってつまり、世界の滅亡もすぐに始まるってことですか!」
「そうなるな」
アストは無情にも、アルフレッドの言葉を肯定した。