3.ウ゛ェルド・覚悟する
あの日、俺達の世界は移り変わった。
俺、この世界に連れて来られる少し前からウ゛ェルドと名乗っている俺は、あの日は彼女。アリアと依頼をこなして仲間達のもとに帰る途中だった。
俺は最近冒険者になったばかりの新米剣士で、腕前は拙いの一言。よくても二流だ。
だから、あの日は俺の手伝いを冒険者ギルドの先輩であり、魔術師であるアリアが買って出てくれて、二人だけで街の外に出ていた。
依頼自体は簡単に終わって、二人でのんびりと帰路についていた。
なのに、帰る途中で現れた魔法陣に運悪く捕まってしまったのが運の尽きだった。
魔法陣から脱出しようとした時にはもう遅く、俺とアリアはこの見知らぬ世界に召喚。いや、誘拐されてしまった。
誘拐されてからも散々だった。
突然この世界のとある王国の王宮にほうり出された上、多数の人間達に囲まれて勇者がどうのこうの要領の得ない情報を大量に浴びせられた。
あの時は俺と一緒に誘拐されていたアリアが交渉してくれてなんとか難を逃れることが出来た。
あの後、アリアが聞いた情報を要約して俺に教えてくれたが、人間の話は俺にはいまひとつわからなかった。
とりあえず、俺は簡単なことだけ理解している感じだ。
まず、この世界は《ドリーム》という名前であること。
現在この世界では無数の魔物。俺達の世界で魔獣と呼ばれているような存在と、ナイトメアと呼ばれる漆黒の影のような化け物が各地を荒らし回っていること。
この魔物とナイトメアは別物なのかとアリアが彼らに聞いたところ、この世界の人間達は別物だと判断しているらしい。
理由としては、魔物とナイトメア双方人間と敵対しているが、両者が対面した場合だと魔物が一方的にナイトメアを排除するからだそうだ。その理由はこの世界の人間達も知らないらしいが、一方的な点で別物だと判断しているらしい。
その両者に襲撃を繰り返されているこの世界の各国は、それぞれが異世界から現状を打破する為の人材。勇者の召喚(誘拐)を行っていること。
それが理由で俺達が誘拐されたこと。
誘拐した上で支援がどうのこうの言ってきたが、アリアはそれに応えるつもりがないこと。
俺一人だと流されて頷きそうだったが、アリアがそう判断したのなら俺はそれに従う。
はっきり言って俺は剣の腕前以上に頭が悪いので、自分で判断するといつもろくなことにならない。
最後に、俺達が帰る為の方法が不明なこと。
彼らいわく、送還の術式はかつては存在していたが、現在は伝わっていないそうだ。
この時点でアリアは完全に彼らに見切りをつけ、城から脱出することを決定。
その日の内に彼らの隙を突き、俺とアリアは城から脱出した。
その後はきのみきのまま、二人であの国の国境を越え、今はあの国の二つ隣の国に潜伏している。
国境を越える前までは追っ手の追跡もあったが、この国に潜伏してからは追っ手の気配はなかった。
脱出してから一ヶ月。今俺達は、《ドライド王国》の《ゴーシェル》という街を拠点に定め、帰る為の方法を探している。
アリアいわく、かつて存在していたのなら、まだ何処かに送還の方法が残っている可能性があるとのこと。
それが俺達に今ある唯一の希望だ。
ゴーシェルの街に潜伏した俺達は、まず最初にこの世界にも冒険者ギルドがあるのかを確認した。
やはり、やり慣れた仕事の方がやりやすいし、俺達の世界の冒険者と活動が似ているなら、情報収集と街から街への移動の際の手続きが楽になる。あとは単純に金策だ。俺達は無一文で城を脱出したので、当時は懐が寂しかった。
まあ、そんな理由で冒険者ギルドを俺達は探したわけだが、結果は空振り。
この世界に冒険者ギルドは存在していなかった。
その代わりというか、傭兵ギルドや護衛ギルドなんてものがあった。
傭兵ギルドは俺達の世界にあったものと同じで、依頼料をもらって戦争の兵隊から貴族の護衛や私兵まで、だいたい金で納得出来ることはなんでも斡旋するギルドだ。
対して護衛ギルドは、名前のとおりの護衛を請け負うギルドだ。
個人は王族から平民まで。集団なら国から村まで、こちらも依頼料と折り合いがつくならたいていの護衛を引き受ける。ただし、あくまで護衛や防衛を専門としているので、傭兵ギルドのように戦争への参加などはあまりせず、参加しても防衛戦ぐらいらしい。
だから護衛ギルドの敵は、もっぱらモンスターにナイトメア、犯罪者達だそうだ。
だから、俺とアリアはとりあえず護衛ギルドの方に職を求めることにした。
そして現在、俺とアリアはゴーシェルの街を守る立場にいる。
ギルドに所属するまでのあれこれは、ほとんどアリアが対応してくれたので、その辺りの過程を俺は把握しきれていない。
それでも無難に時は流れ、今日も俺達は普通のギルドの仕事に勤しむはずだった。
だが、今日はそうはならなかった。
ナイトメアの大群が街の付近で発見されたのだ。
この街の護衛に入ってから今日までの交戦履歴としては、魔物がベースで一日三十体程度倒す感じだった。その合間にナイトメアと戦うこともあったが、ナイトメアは週に一回一体だけ戦う程度。
ナイトメアの戦闘力は、一体で魔物数十体分。これで何故魔物達に一方的にやられるのか謎だとアリアが零していた。
実際に戦ってみて俺もそう思ったが、その理由は考えてもわからない。
だが、そんなナイトメア達が千体近くもこの街に向かって来ている。
それに対するのは、俺達護衛ギルドのメンバーと街の防衛軍、あとは戦闘経験のある有志の街人達。総勢五百名からなる防衛戦力だ。
戦力比では、明らかに俺達が負けている。
とてもこれだけの戦力では、ナイトメア達から街を守りきれない。
俺が本来の姿になれればもう少しマシになるのだが、こっちの世界に来てからは身体の一部を部分的に戻すことしか出来なくなっている。
アリアの方も使い魔を呼び出せなくなっていたりと、俺達二人に関してだけでも元より戦力が低下している。
それでも街を守る為に戦わないといけない。
本当ならアリアだけでも逃げてほしいが、治癒魔法の使えるアリアは絶対に参加すると言って聞かなかった。
そんな俺達の作戦行動は、全滅覚悟の時間稼ぎだ。
さすがにナイトメア達の発見が遅く、街の住人達の避難も行われていない。
俺達はまず、住人達が街から避難するまでの間時間を稼がなくてはならない。
住人達の避難が完了したら、住人達とある程度の距離を空けながら俺達防衛戦力も後退を開始する。
そして、なんとか隣街。駄目ならさらに避難先の方角にある街に協力を頼み、ナイトメア達を迎撃する。
もう早馬が隣街に現状を伝えにいっている。
さすがにあの数のナイトメア達の迎撃に隣街が協力してくれるかはわからない。それでも現状では俺達に他に採れる選択肢は無かった。
この作戦に参加する全ての者達が、死を覚悟していた。
作戦が決まった後は、皆が迅速に行動を開始した。
俺達は街の外側に急造の防衛線を敷き、住人達は最低限の食料や物資を持って一斉に隣街に向かった。
風の噂では、今隣街にはこの国が喚んだ異世界人。勇者が来ているという話があった。
俺とアリア以外の者達は、その勇者に希望を持っているらしい。
その反面、俺とアリアは弱体化している自分達の現状を鑑み、その勇者とやらに希望が持てなかった。
この時は街の誰もが想像だにしていなかった。この騒動が、どんな解決を迎えるのか。