36.ポーションは手札
「それで、用件はなんだ?」
現在シオンとアストは、向かい会うようにソファーに座っている。
それぞれの隣には、アリス、アリア、ウ゛ェルドの姿もある。
残ったティアナ王女達四人はというと、アストの時空間干渉で応接間を拡張した後、召喚したベッドにそれぞれ寝かされていた。
まだ圧力で受けたダメージは回復していないが、とりあえずは会話に参加出来る程度には意識がはっきりしているので、その状態で話に参加する運びとなった。
「俺の用件は二点だ。一つは、お前がティアナ王女殿下達を助けてくれたことに対する礼。もう一つは、お前が神殿で何をしでかしたのか聞く為だ。それで、お前は神殿で近衛騎士達に何をしたんだ?」「ただ治療しただけだが、何か問題があるのか?」
「いや、近衛騎士達を治療したこと自体には問題が無いんだが、治療した方法と状況に問題がな」
「やっぱり劇的過ぎたか?」
アストは、やはりポーションの効果が高すぎたのが原因か?っと、思った。
「ああ。重傷を負っていた近衛騎士達を一瞬のうちに治癒させるなんて、普通はありえないからな。それが、治癒魔法を使える術師達が匙を投げた患者達なら尚更にな」
「やっぱり効能が良すぎたか。品質は低い方が良いな」
アストは、やはり品質は高いのは駄目だと判断した。
「品質?」
アストの言葉に、アリアが首を傾げた。
「ああ。あれは材料を工夫して品質を通常品より向上させたものだったんだ。そのせいか効能が本来のものより高くてな。本当だったら、せいぜい体力や疲労がある程度回復するくらいのポーションだったんだがな」
「ポーション。話題の液体はポーションだったのか?」
「ああ。早速制作してみた」
シオンの確認にアストが頷くと、シオンとアリスは驚きを覚えた。
まさか本当にゲームに出てくるようなポーションがこの世界で作成でき、しかもそれが重傷者を瞬く間に治癒させたのだ。
驚かないわけがなかった。
「ゲーム時代だったらそのまま普通に使えばよかったんだけどな。現実で品質や効能が高すぎる以上は仕方がない、対処しないとな」
「どうするんだ?」
「方法としてはそんなに多くない。単純に品質を最低まで下げるか、水でも混ぜて希釈して、薄めることで効能低下と嵩増しをはかる方法だ。少数生産なら前者。大量生産なら後者だな。ポーション一滴で全快するんだ。後者の場合だと、ポーション一瓶で何百か何千人分かにはなる。商売をするなら、大儲けが出来るな」
「「「売るの」か!」ですか!」
アストが冗談のつもりでそう言うと、応接間にいた大半の人間がそれに反応して声を上げた。
シオン達夫婦はもちろん、ベッドの上で寝ている四人もである。
アリアも少し反応していたが、こちらは声を上げるまではいかなかった。
ウ゛ェルドにいたっては、完全な無反応であった。
「どうしたんだ、突然そんな大声出して?」
「おい星夜!ポーションを売るつもりなのか!」
「いや、そんな気はないが?」
「「「「「えっ!?」」」」」
アストの言葉に、声を上げた面々は固まった。
「当たり前だろう?俺はこの世界の人類種にはさっさと滅んでもらいたいんだ。自分からわざわざ手を下すつもりはないが、わざわざ命を救ってやる理由も無い。俺の立場なら、モンスターにポーションを与える方が正しい行動だしな」
「いや、まあ、そうだろうが・・・なら、なんで近衛騎士達の命を救ったんだ?」
シオンはどんな意図があったのか、アストに尋ねた。
「元々は、アリア達に使ってもらおうと思って神殿に行ったんだ。そうしたら、知った顔がアリアに治療されてるところだった。第二王女の近衛騎士ってことは、貴族出身だろう?」
「まあ、そうだな。基本的に近衛騎士といえば、貴族階級の出だ」
アストの確認に、シオンは頷く。
「そんな人間達が紫苑の領地で死ぬ。それで紫苑に難癖をつけてくる貴族がいるかもしれないと思った。だから、ポーションの効能実証もかねて彼らにポーションを使った。彼らが生存すれば、難癖をつけれなくなるし、紫苑が恩を売る手札にもなると考えたんだ」
「ああ、そういう理由か」
アストが本人の感情と矛盾した行動を採っていた理由に、シオンは納得がいった。
「話はわかった。それについては、有効に使わせてもらう」
「ああ。好きに役立ててくれ」
アストは、シオンにこの件の後を任せた。
「それで話は変わるんだが・・・」
「うん?」
「本当にポーションを売るつもりはないのか?」
話が一段落した後、シオンは重々しい雰囲気を出しつつ、アストにそう話を切り出した。
「ないな。ポーションを売れば金にはなるだろうが、別段金には困ってないしな」
アストはそう言うと、虚空に手を翳した。
次の瞬間には、アストの手に数枚の金貨が握られていた。
「金なんていくらでもモンスターからドロップする。それに、たとえそれがなくても、俺ならいくらでも自前で召喚が出来るし、この世界の金山や採掘ポイントの場所だってほとんど把握出来てるんだ。いくらでも、好きなだけそれらを入手出来る。わざわざ面倒な商売に手を出す必要性は皆無なんだ」
「・・・そうか」
そのアストの取り付くしまもない言葉に、シオンは肩を落とした。
シオンとしては、ポーションがとても欲しかった。
シオンの領地は、近隣の他の領地よりも安全性や利便性が高かったが、それでも世界的、時代的な死亡率の高さとは無縁ではなかった。
魔物やナイトメア達に襲われ、または戦い亡くなるもの。
街や山中、森の中に潜む犯罪者達の手にかかるもの。
不作で税を納められず、餓死するもの。
医療技術が低く、子供の出生の際に母子共に亡くなるもの。
流行り病や不治の病に冒されるもの。
アークライト伯爵領でも、それだけの理由で死者が出ていた。
だがここで思わぬチャンスが現れた。
アストのポーションである。
外傷だけとはいえ、重傷者を瞬く間に治してしまう驚きの回復力。
普通ならこんな話は信じるにも値しない笑い話。だが、そこにアストが関わっているのなら話は違ってくる。
アストは、時間を巻き戻すという規格外なことを実際に行っている。
そのアストが製造した回復ポーション。
これなら効能及び製造者に対する信頼性、安心感は文句なしだ。
ならばアストと取引するのが為政者の務め。
シオンはアストと交渉し、ポーションを定期購入したいと考えていた。
しかし、アストにはポーションを売買するつもりがカケラもなかった。
これでは交渉の余地がまったくない。
シオンは落ち込まざるをえなかった。
「どうかしたのか?」
「・・・いや、なんでもない」
シオンは、アストにそう返すしかなかった。
話を聞いていた他の面々も、アストに交渉が通じないと理解出来てしまい、シオン同様に肩を落としながら落ち込んだ。
まあ、元々望み薄ではあった。
アストが自分達に向ける感情を知ってしまっていた四人は、そう思うことでポーションの入手を諦めようとした。
しかし、アストの次の言葉で一縷の希望が生まれてしまった。
「ひょっとしてだが、ポーションを俺から買おうとでもしてたのか?」
「・・・ああ。領民達や兵士達の為に、購入交渉をしたいと考えていた」
シオンは正直に内心を告白した。
「なるほど。それならお前は落ち込む必要はないぞ」
「何?」
「ポーションの一本や二本、好きなだけ用立ててやる。元々ポーション自体、お前の為に作成したんだからな」
「えっ!?だってお前、さっきはポーションを売るつもりはないって?」
「売るつもりはないぞ。この世界の住人達にはな。が、お前の手札になるならいくらでも用意してやる」
アストはそう言って、シオンに向かって笑いかけた。