34.問い掛けと心の闇
「彼のことはこの際おいておくとして、まだ問題の彼は見つからないのでしょうか?」
ティアナ王女は、アストのことは一旦放置することにした。先にこの場に集まった案件を片付けることにしたようだ。
「まだ部下達から何の音沙汰もきやがらねぇから、見つかってねぇんじゃないか?」
アイオンのこの意見に、バオンとイストーンは同意見で頷いた。
「何を言っているんだお前達?星夜ならもう見つかっているだろう」
「あん?」「はあ?」「あ~?」「あら?」
四人はシオンのこの発言に、揃って疑問符を覚えた。
「何を言っておられるのですアークライト伯爵。私達が捜しているのは、今話ていた星夜という人物ではなく、アストという人物ですよ」
「そうだぜ伯爵様、何言ってるんだよ?」
「そうだそうだ!」
「あら?でも待って。ひょっとして・・・」
ティアナ王女達三人は人違いだろうと思っていたが、イストーンは別の可能性に気がついた。
「それが正確だ、セイントニード最高司祭殿。アストというのは、星夜の偽名だ。いや、ニックネームというか、別名の方が合っているな」
シオンはイストーンの予想を肯定した。
「やっぱりそうなのですか。よくよく考えてみると、私達は名前と外見くらいしか彼の情報を持っていませんでした。なら、その情報が何処まで正確であるのかもわかりませんものね」
「そうだろうな。あいつはあまりこの街を出歩かない上、本人はそれで問題が無いからな」
実際、アストがゴーシェルの街に滞在してから、アストの姿を見たものはほとんどいなかった。
アストの姿と名前を知っていたのは、異世界人組を除けば、アストが宿泊していた宿屋の人間。
アストの姿だけを知っていたのは、アリアやウ゛ェルドと一緒にいるのを見かけた街の人々。
その程度のものだった。
今回神殿の出来事で、それなりの数アストを知っている人間が増えたが、それでも百人にも満たないのが実状である。
「街を出歩かなくて問題が無いというのは、先程アークライト婦人が言っていた、転移のせいかしら?」
「それもあるだろうが、星夜の奴はこの街や住人達に興味が無いからな。わざわざ関わるような行動を採らない」
「人見知りか、他人に関心がない方なのですか?先程の会話からすると、後者だと思われますけど」
イストーンは、先程のアストの発言から、そんな印象を持っていた。
「いや、そのどちらでもない。なんというか、星夜は諸事情で特定の人種を毛嫌いしているのだ。あるいは、憎んでいるとも言える」
「人嫌いならわかるが、特定の人種を憎んでるって・・・。人種差別的な考えの奴なのか、そいつ?」
「差別とは違う気もするな。別にあいつは、その人種をおとしめたり、危害を進んで加えるわけではないからな」
アイオンの嫌悪を含んだ言葉を、シオンは肯定しなかった。
シオンの知っている限り、アストはこの世界の住人達に敵意に怒り、憎しみを募らせていたが、自分から復讐しに行くような様子は見られなかった。
少なくとも、相手が敵対しない限りは、アストからは先に手を出さないだろう。
ティアナ王女一行を助けたことや、近衛騎士達の命を救っていることからも、そうなのだろうとシオンは思っている。
「じゃあなんでその人種を憎んでいるんだ。いや、そもそもその憎んでいる人種はどんなやつだ。ヒューマン種のような種族か?それとも特権階級のような特定階級や立場の奴らのことか?」
「憎んでいる理由は、星夜がその人種の起こしたある出来事の間接的な被害者だからだな。それと、それがどんな人種かというと、俺もはっきりとは知らない」
シオンは、アストが異世界人召喚をした者達に強い感情を抱いていたのは知っていたが、それがどこまでなのかまでは把握出来ていなかった。
シオンが知っている限りでは、異世界人召喚を行った者。それを行わせる民意を示した平民達を憎んでいるまでは知っていた。
だが、それ以外も含め、誰にどれだけの感情を向けているのかは、わかっていない。
「ああ、犯罪者に身内を殺されて憎しみを持っちまったタイプか?」
アイオンは、今度はそれなら仕方がないという顔をした。
傭兵ギルドのマスターであるバオンも、アイオンと似たような表情をしていた。
「いや、殺人ではなくて誘拐だな。が、それでも別々の時期に五回以上されているからな。しかも相手は全て同じ人種」
「それはそれでひでぇな。だがその誘拐回数からすると、そいつは獣人とかの奴隷階級にされちまう奴らの傍にいたってことなのか?」
「いや、それは・・・」
シオンはどう答えたものか迷った。
こっちの世界に召喚されて三十年。
奴隷にされている異世界人勇者を見たことがあるだけに、アイオンの言葉を否定しずらかったのだ。
「・・・異世界人」
「あん?」
シオンが返答に悩んでいると、今まで沈黙していたアストの平坦な声が応接間に響いた。
「俺が憎むのは、この世界の人類種全て。その中でより許せないのは、異世界より人を誘拐し続ける愚かな者達。お前達はどちらだ?」
「「「「ぐっ!?」」」」
アストが続けてそう言った直後、応接間にいたティアナ王女達四人に謎の重圧が襲い掛かった。
四人はその重圧に堪えられず、床に押し付けられた。
四人が重圧に抗いながら視線をさ迷わせると、いつの間にかシオン達の傍に新たな人影があった。
それはシオン達の友人。それはティアナ王女達四人が捜していた人物。
彼は、異世界の人類種を憎む者。
星夜ことアストであった。
「もう一度聞こうか?お前達四人はどちらだ?」
アストは四人を見下ろしながら、先程の問いの答えを彼らに求めた。
「「「「・・・」」」」
問われた彼らは何ごとか言おうとしたが、重圧が強くてまともに言葉に出来なかった。
「答えない、か。まあ、どうでもいい話か。なあ、お前達は考えたことがあるか?平穏な日常の中、突然友人、知人がいなくなる恐怖を。いつまでも続くと思っていた当たり前の日常が壊され、あじあう喪失感を。流れゆく日々の中で、消えていった者達がただの思い出になってしまう悲しさと寂しさを。原因であり、元凶である者達がわからず、誰にも吐き出すことの叶わい鬱憤を。そして、そのさらった者達の事情や、その理由の愚かさに感じる怒りを、憎しみを、敵意と殺意を。お前達は一度でも考えたことがあるか?」
アストはかつて想った感情を想起しながら、ゆっくりと彼らに語りかけた。
しかし、語りかけがゆっくりとしたものであるだけで、その言葉に篭められた思いは、物理的な圧力となって四人に届いていた。
下手をすると、言葉だけで人を圧殺してしまえるレベルだ。
他方、シオンやアリスの方も、アストの抱えていた心の闇を目の当たりにし、精神的なダメージを受けていた。
なんせ、アストが抱いているこの感情の一部は、自分達が召喚されていることが原因だからだ。
シオンとアリスは、自分達が召喚されて勇者や貴族をやって、親にまでなってしまっている間に、友人がここまでの感情を溜め込んでいるとは考えたこともなかった。
そのことに申し訳なさと、罪悪感が込み上げてきていた。
「・・・この問い掛けも無意味だったな。この世界の住人達に、そんなまともな感性があるわけもない。もしもあるのなら、三重連縛に囚われることも、見捨てられることもなかっただろうしな」
しばらく彼ら四人の答えを待った後、何の答えも示さない彼らから、アストは視線を外した。
どうやらアストは彼らに興味が無くなったようだ。
これによって、彼ら四人がアストの言葉と感情に圧殺される可能性は無くなった。