32.進化する多頭水蛇と心ある混合合成生物
「次はヒュドラだな」
アストはエレメンタルを下げると、今度はヒュドラを手招きした。
「こいつの名前はエウ゛ォリューション・ヒュドラ。名前の由来は、進化する多頭水蛇だ」
「ヒュドラが進化するんですか!?」
アリアの故郷の世界にも、ヒュドラという魔獣は存在していた。
アリアの知るヒュドラの特徴としては、九つの頭に、致死率の高い猛毒持ち。急所を貫かなければ何度でも再生する底無しの生命力などが挙げられる。
普通に討伐難易度最高位の魔獣である。
そんなヒュドラが進化すると言うアストの言葉に、アリアは顔を青くした。
「ああ、アリアの故郷にもヒュドラがいるから、ヒュドラが進化する危険はすぐにわかるか。なら、ヒュドラの部分は説明する必要が無いな。ならご希望通り、進化するという部分について説明しよう」
「お願いします!」
アリアはヒュドラをチラチラ見ながら、そうアストに言った。
「このヒュドラの進化というのは、耐性、スキル、身体の三つに対して発揮される」
「耐性、スキル、身体ですか?」
「そうだ。まずは耐性。このヒュドラは、受けた攻撃に対して耐性を得る能力がある。剣に切られれば、剣耐性を得て次からは剣によるダメージを軽減出来るようになる。スキルなら受けたスキル、魔法なら同じ属性の魔法に対する耐性を得られる。ヒュドラの元々持っている再生能力と併せれば、戦闘時間が長くなればなる程に鉄壁になっていく」
「なんですかその厄介さ!それって生まれた時に見敵必殺でもしないと、討伐は不可能じゃないですか!」
アリアは思わず悲鳴を上げた。
はっきり言って、アストが説明したヒュドラは、それだけ理不尽な存在だった。
時間経過であらゆる耐性を得ていくヒュドラ。とてもではないが、人間が敵う相手ではなかった。
「いや、あくまでも得られるのは耐性だ。攻撃の無効化までは出来ないから、ヒュドラの再生能力を上回るか、それなりの威力で一つしか存在しない心臓部を破壊されたら、普通倒される」
が、さすがに不死や無敵ではないようだ。
「・・・それでも人の及ぶ相手ではないですよね?」
アリアを安心させようとするアストに、アリアは懐疑的にそう尋ねた。
「アリア達のステータスが向上すれば、そうでもない。どんなものにも、存在する限り長所と短所があるからな。自身の腕を磨き、武器を揃え、経験を糧にすれば、やってやれないことはない」
アストはゲームを参考に語ったが、本心からそういうものだと思っていた。
「・・・」
アリアもそれがわかったのか、今はアストのその意見を受け取るだけに留めた。
「次はスキルについて。このヒュドラは、頭の数が増える度にスキルを一つ得られる。ただし、これは分裂ではなく成長の時に限られる。さすがに無制限にスキルを増やすのは反則気味だし、現実になった今だと魂の容量が足りないからな」
「魂の容量ですか?それっていったい?」
アリアは、魂の容量という聞き慣れない言葉が気になった。
「それはまだ秘密だ。少なくとも、すぐに必要な知識じゃないからな」
「・・・わかりました」
「最後に身体の進化。これは普通の進化だな」
「普通の進化?」
「そう。進化と退化は、環境と見方によって変わる方の進化。自分の周囲の環境。あるいは、状況に合わせてその都度適応、最適化を繰り返す感じだ。相手が空を飛んでいるなら飛翔し、相手が深海にいるのなら潜水能力と深海圧に堪えられる身体になる感じだな」
「・・・どんな魔獣ですかそれ?」
アリアは、アストの説明にとうとうついていけなくなってしまった。
はっきり言って、アリアの脳内では現在進行系で、未知の怪物が闊歩していた。
もはやアリアのよく知るヒュドラの姿は無く、まるっきり人知の及ばぬ何かに成り果てていた。
「多分、口で説明するよりも今後直に見た方が間違いがないぞ」
アストにはそう言うしかなかった。
ヒュドラの進化先は千差万別。
とてもではないが、予想が立てられない。
「・・・そうですね。そうかもしれませんね」
とうとうアリアの目が虚ろになってしまった。
「ヒュ、ヒュドラはここまでにしよう。次はこいつだ」
アストは慌ててヒュドラを下がらせると、アリアの目の前に抱っこしていたキメラを突き出した。
「ほらアリア、モフモフだぞ!」
「・・・モフモフ?」
「そうモフモフ」
アリアは虚ろな目でキメラを見た後、アストからキメラを受け取り抱っこした。
そしてキメラの毛皮を撫で撫ですると、少しずつではあるが、アリアの目の中に光が宿っていった。
「少しはマシになったか。それじゃあ、次はキメラについてだ。ハート・キメラの名前の由来は、心ある混合合成生物」
「・・・心ある混合合成生物?」
「そう。普通物語のキメラは、複数の生物を混ぜ合わせた結果、闘争本能の塊になる描写が多い。だから俺は、このキメラには吸収ではなく共生という能力を与えた。この能力は、相手の同意があって始めて発動出来る。キメラの身体を家として、その家の部屋をルームシェアする感じだ。複数の存在が一つの身体で共存共栄をはかる力。キメラは他の生物の強さを得て、他の生物はキメラという住家兼守護者を得る。お互いにギブアンドテイクの関係を築く。互いの心が混ざらないから、闘争本能の塊になることも無ければ、暴走の危険も無い」
「それが心あるということですか?」
「ああ。だって、全ての心が保たれているんだ。間違っていないだろう?」
「そうですね。けど、ヒュドラに比べるとかなり普通ですね」
「グル!」
アリアの正直な感想に、キメラは異義ありと吠えた。
「普通ねぇ?キメラが普通かと言われると、あまり普通じゃないと思うが?」
「存在自体は普通じゃないと私も思いますけど、先程のヒュドラに比べると、どうしても理不尽さが足りない気がするんですよね」
「そんなもの家の子供達に求めないでくれ」
「まあ、そうなんでしょうけど、先程のインパクトがかなり強かったですしね」
「そういうものか?」
「そういうものみたいです」
「そうか。インパクト、インパクトねぇ?キメラに何かあったかなぁ?・・・あっ!」
「何かありましたか?」
「アリアの期待にそえるかはわからないが、インパクトがあることはキメラにもあった」
「それはなんです?」
「このキメラは、共生した相手の能力を得るだけではなく、共生した相手の質量や身体構造も再現出来る」
「つまり?」
「極微細な微生物から、超大型の魔獣まで自由に変身出来る。ウイルスのように感染しながら相手を攻撃することも、巨大化して街を踏み潰すことも出来るんだ」
「街を踏み潰す魔獣。たしかにインパクトがありますね」
アリアは納得して一つ頷いた。
「三匹の紹介はこれくらいだな。他にも自作のモンスター達はいるが、現在この世界に顕現して俺と行動を共にしているは、この三匹だけだ」
「顕現?」
「リアライズ。または現実化と言い換えてもいいな。ともかく、他のモンスター達は別の世界に留まっている」
「こちらの世界に呼び出せないんですか?」
「レベルを上げれば可能。それ以外の方法だと、冥夜に送り込んでもらうしかないな」
「そうなんですか」
アストがそこまで話すと、アスト達は森を抜け、開けた場所に出た。
「エスディオス、グリム、あそこで留守番しておいてくれ」
「「『うわ~!』」」
そして、アストが指差したものを見た面々からは、一様に驚きの声が上がった。
アストが指差した先にあったのは、ゲームに登場しそうな西洋風の城。
ゲーム時代のアストのホームであり、ゲームマスター専用ゾーン(領域)。
【循環の星城】アリアンロッドである。
「城にあるものは好きに使ってくれ。案内はエレメンタル達がしてくれる。それじゃあ、アリア、ウ゛ェルド、行くぞ」
アストは二人のことを使い魔達に任せると、アリア達を連れて転移した。