30.大捜索と三ギルド
「あっ!アストさん、どこ行ってたんです?」
「どうかしたのか、アリア?」
グリムのレベルが二になり、目標が達成されたのでアスト達が転移で宿屋に戻ると、アリアとウ゛ェルドの二人が宿屋のアストの部屋にいた。
「どうかしたのか?じゃ、ありませんよアストさん!」
「?」
そのアリアの剣幕に、アストは本当にどうしたんだと思った。
「今、街中アストさんを捜して大騒ぎになっているんですよ!」
「街中が俺を捜して大騒ぎ?なんでまた?」
アストには、自分が捜されている理由がわからなかった。
「アストさんが神殿で奇跡を起こしたからですよ!」
「奇跡?」
アストは、アリアの言う奇跡と言う言葉がピンとこなかった。
「わかりませんか?アストさんが重傷の人達を治した、アレですよ」
「うん?アレが奇跡扱いされてるのか?」
「はい」
「なんでまた?」
アストは、ただポーションを試しただけなのに、なぜアレが奇跡扱いされるのか不思議でしょうがなかった。
「それは当然ですよ、アストさんが治療しなければ、あの人達はみんな遅かれ早かれ亡くなっていたはずです」
「まあ、たしかにそうなっていただろうな」
「そんな人達が一斉に全快したんですよ!これが奇跡じゃなくて、何が奇跡なんです!」
「・・・まあ、そうかもしれないな」
アストは、予想以上のアリア達の反応に、内心冷や汗を流した。
「そうかもしれないな。じゃ、ありません!間違いなく奇跡ですよ!」
「まあ、あれが奇跡扱いされているのはわかった。それで、どう街中が大騒ぎになっているんだ?」
アストはとりあえず、話を奇跡から大騒ぎの方に移すことにした。
「そうです!今、街中がアストさんを捜しててんてこ舞いなんですよ!領主様の配下の兵士さん達に、何故かこの街にいた第二王女様配下の近衛騎士さん達。神殿の神官さんや巫女さん。神殿の信者の人達や、私達の所属している護衛ギルド、傭兵ギルド、商会ギルドのメンバーの人達。これだけの勢力の人達が入り混じりながら、アストさんを捜して街中を走り回っているんです」
「多いな」
アストは話を逸らしても、面倒な話がきたと思った。
「多いですよ。全部で五百人以上は捜索に動員されていますから」
「なんでまたそんなに。というか、紫苑に王女様、神殿関係者は俺を捜している理由はだいたいわかる。が、なんで俺と接点なんて無いギルドが三つも俺を捜してるんだ?」
アストは、ギルドが自分を捜している理由を思いつかなかった。
「護衛ギルドの目的は、アストさんが使用した液体のはずです」
「液体。ポーションか?」
「はい。私達護衛ギルドの仕事は、魔物やナイトメア達と戦う命懸けの部分があります。だから、即効で重傷を治癒するような道具は、喉から手が出る程欲しいんです。生存率がぐっと、違ってきますからね」
「まあ、生存率を上げたいのはわかるな。となると、傭兵ギルド辺りは護衛ギルドと同じ生存率の向上目的か。商会ギルドの方は、ポーションが金になると考えているのか?」
「おそらくはそうです。命を買えるのなら、大枚をはたく人は普通にいますから」
「そうだな。この世界、死亡率が普通に高いことだしな」
世界のあちこちをモンスターが闊歩し、街に盗賊山に山賊、海には海賊も普通に存在している世界。
車にはぶつからないが、旅などすれば普通にそれらに遭遇してしまう世界。
さらに世界観は中世ヨーロッパ。流行り病に、医療技術の未熟さ。
現代と比べるまでもなく、この世界には死が溢れている。
「まあ、ギルドの目的はそれと仮定しておこう。で、俺を発見したアリアとしては、これからどうするんだ?」
アストは、話をこれからのことにまた移した。
「本来の所属としては、護衛ギルドに連絡するべきです」
「するべき?連絡しないのか?」
アストは、アリアの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「はい。アストさん、領主様がお呼びです。領主館に向かってください」
「わかった。エスディオス、グリム、お前達は留守番しておくか?」
アストはアリアに言われるままに転移しようとして、二人をどうするか迷った。なので、二人に直接どうするか聞いた。
『そうですね。私達はお留守番しております』
「・・・」こくり
エスディオスとグリムは、居残ることを選んだ。
「わかった。なら留守番を頼む。アリア達はどうする?」
「私達も一緒にお願いします。けどアストさん」
「なんだ?」
「その子達って、どこの子ですか?」
アリアは不思議そうに、エスディオスとグリムの二人を見た。
「そういえば紹介していなかったな。女の子の方がエスディオス。男の子の方がグリム。関係としては、俺の親戚といったところか?」
「アストさんの親戚ですか?それじゃあ、その子達も異世界から?」
アリアは痛ましそうに、見た目幼い二人を見た。
「いや、二人はこの世界の住人だ。エスディオスの方が人間じゃなくて、俺の関係者。グリムの方は、諸事情によりエスディオスの旦那になる予定だ」
「旦那?それって二人を結婚させるってことですか?いくらなんでも婚約するにも若すぎませんか?」
アリアは、アストの言葉にかなり困惑した。
「見た目そんなんだが、エスディオスは万の時を存在している。グリムの方も、栄養失調からくる発育不全で幼く見えるが、実年齢は十四歳だ。別段問題は無い」
「「えっ!?」」アリアとウ゛ェルドは、驚き信じられないといった感じで何度もエスディオス達を見た。
「驚く気持ちはわかるが、深く追求するな。雰囲気が暗くなるか、話がややこしくなるからな」
「わ、わかりました」
アリア達はとりあえず、今はアストの言う通り深く追求しないことにした。
「それではあらためて・・・あっ!?」
アストは転移しようとしたが、ある懸念を思いついて慌てて転移をキャンセルした。
「どうかしましたか?」
「「?」」
アリアを筆頭に、アストがなぜ転移を止めたのかを四人は訝しんだ。
「アリア達に一つ聞きたいんだが、この部屋って安全か?誰かに見張られているとか、誰かが襲撃をかけて来る可能性はあるか?」
アストは、街中が自分を捜しているのなら、当然自分の宿屋の部屋を押さえている可能性に思い到った。そうなると、不特定多数の人間が部屋に入ってくる可能性も出てくる。それだと、いくらエスディオスが一緒だとはいえ、人間不信気味のグリムをこの部屋で留守番させておくのはマズイ。
「「あっ!」」
アリアとウ゛ェルドから声が上がった。
「・・・その反応、可能性があるか、すでに起こった。あるいは、現在進行系で見張られているってことか?」
「あの、その、・・・はい。それぞれの勢力が、一回はこの部屋にアストさんがいないか確認に来ています。おそらくですが、この部屋を見張っている人達もいると思います」
アストの懸念を、アリアは言いにくそうに肯定した。
「そうか。なら、この部屋は引き払うとしよう」
「引き払うんですか?」
「これだけ大騒ぎになったんだ、この部屋を拠点として使い続けるのは、問題があるだろう。というか、対人恐怖症のグリムがいるんだ、不特定多数の人間と会う可能性のあるこの拠点は、グリムには負担になる。これからせっかく紫苑に会うんだし、不良物件でもいいから、何か紹介してもらおう」
「不良物件をですか?なんでわざわざ不良物件なんて?領主様なら、普通の物件を紹介してくれると思いますよ?」
アリアには、アストの意図が計りかねた。
「俺は別に不良物件でも問題無いからな。家の建て直しだろうが、悪霊の始末だろうが、自前で出来る。なら、交渉で格安にしてもらえる不良物件の方が助かる」
「そんなものですか?」
「そんなものだ。さて、というわけで二人には別の場所で留守番してもらうことになった」
アストはアリアからエスディオス達の方に向きなおった。
『わかりました』
「・・・」こくり
『それで、どちらで留守番をすればよろしいので?』
「今から案内する」
アストがそういうと、アストの影が突然拡大し、部屋の中にいた全員を声を上げる暇も無く飲み込んだ。
次に影が晴れた時には、宿屋の部屋からは全ての人影が消失していた。




