28.ガイストからグリム 未来へ
「・・・」
アストとエスディオスが話をして二時間くらいすると、ベッドで寝ていたガイストが身をよじった。
「エスディオス、光体に戻っておけ。最初はそちらの方が良い」
『わかりました』
エスディオスはアストの言葉に即座に従い、女の子の姿から光の姿に戻った。
「・・・」
ガイストは身をよじった後、緩慢な動きでベッドから起き上がった。
そして、焦点の合わない目で天井を見上げ、しばらくはぼおっとしていた。
アストは刺激しないように様子を見た。
だんだん頭がはっきりとしてきたのか、ガイストはゆっくりと頭を動かし出した。
ここが何処なのか把握しようとしているようだ。
「・・・」
『ガイスト』
「・・・!」
ガイストがそうしていると、エスディオスがガイストに近づき、声をかけた。
すると、ガイストは勢いよく手を伸ばし、エスディオスを捕獲。
両腕でぎゅっと抱きしめた。
それからしばらくの間、ガイストは動かなくなった。
『アストラル様』
「・・・」
アストがそっと状況の推移を見守っていると、ガイストがようやくエスディオスを解放した。
『とりあえずの状況説明は行いました』
「・・・」
エスディオスがアストにそう言うと、ガイストはエスディオスの陰に隠れて、チラチラとアストの様子を伺った。
ガイストは度重なる虐待により、失語症及び軽度の対人恐怖症を患っていた。
見知らぬアストのことが怖いが、エスディオスから説明を受けているので、自分の命の恩人だとはガイストも理解していた。
「そうか。まずは自己紹介からだな。俺の名前はアストラル。今お前が隠れているエスディオスの父親か、親戚といった関係の者だ」
「・・・!?」
アストの自己紹介を聞いたガイストは、驚いた表情でエスディオスを見た。
どうやらまだ、その辺りは説明されてなかったらしい。
「エスディオスがどこまで説明したかわからんので、ざっとお前の現状を説明する。お前が負っていた致命傷及び、大小全ての傷は癒してある。服の方も寝ている間に着替えさせておいた。身体に違和感や後遺症は感じられるか?」
「・・・」
ガイストは自分の身体をあちこちぺたぺた触った後、首を振った。
「問題は無しか。次にお前の現在地だが、お前の故郷から三つ程隣のウ゛ァレリオン王国。その国にある、アークライト伯爵領ゴーシェルの街だ」
「・・・?」
家に軟禁されていた上、勉強も中途半端な所で辞められたガイストには、地図が思い描けないようだ。
「かなり遠くだと思っておけば良い。もうお前の元家族に会うことの無い程のな」
「・・・!」
アストの言葉に、ガイストは家族に殺されそうになったことを思い出し、震えだした。
そんなガイストを、エスディオスがよしよしと慰めた。
アストは言葉選びを間違ったと反省した。
アストとしては、ガイストが家族に再会するような距離ではなく、国ごと滅びるから二度と会うことはないという意味で言った言葉だった。
次は気をつけようと、アストは思った。
「落ち着いたか?」
「・・・」こくり。
少し待つと、ようやくガイストの震えが治まった。
「あと、エスディオスのことなんだが、お前の嫁になることになった」
「?・・・!?」
ガイストはその脈絡の無い話に驚き、アストに詰め寄った。
「エスディオス。人型になれ」
『はい』
そんなガイストを押し止めながら、アストはエスディオスにそう命じた。
「・・・!?」
ガイストが後ろを振り返って見ると、そこには光体から女の子の姿に変身中のエスディオスの姿があった。
「とまあ、そんなわけで、そいつ女なんだよ」
「!?!?」
ガイストは再びアストに詰め寄ると、どういうことかと声無き声で必死な様子で説明を求めた。
「いやな、そいつお前に惚れてるんだよ」
「?」
ガイストは、アストの言う惚れているということの意味がわかっていないようだった。
ガイストはこの手の知識も不足していた。
「好き。恋している。愛している。惚れている。共にありたい。どれでも良いが、そいつはお前をそういう目で見ている」
「・・・!」
『・・・』こくり。
ガイストが確認すると、エスディオスはもじもじしながらもはっきりと頷いた。
これでガイストも理解が出来たらしく、エスディオスと一緒に顔を赤らめさせた。
「そんなわけで、そいつはお前の嫁になる。お前もそいつにどっぷり依存していることだし、お前の生涯に寄り添い添い遂げることになった。まあ、よろしくやってくれ」
ガイストとエスディオスは、しばらくお互いに見つめ合い続けた。
「この辺りが今までのことになる。後残っているのは、未来のことだな」
「『?』」
「まずは新しい名前から決めよう。かつての名も、性も、記憶も、思いも全て忘却の彼方に捨て去り、新しい明日を生きよう」
「・・・」こくり
アストの提案に、ガイストは頷いた。
ガイストにしても、嫌なことは全て捨て去ってしまいたいのだ。
「どんな名前が良いか、希望はあるか?」
「・・・」ふるふる。
ガイストは首を横に振り、希望が無いことを示した。
「そうか。それならそうだなぁ?・・・グリムアル。グリムなんて名前はどうだ?」
「・・・?」
『グリム。何か由来はあるのですか、アストラル様?』
アストが提案した名前に、ガイスト達は不満はないようだったが、どこからきた名前か気になったようだ。
「うん?由来か。グリモワール、グリモリオ。異国の言葉で、魔術書、秘された力、途切れぬ繋がりを意味する言葉だ。自分的にはなかなか良い名前だと思うんだが、どうだ?」
「・・・」こくり
アストが尋ねると、ガイスト。グリムは頷いて、その名前を受け入れた。
『よろしくね、グリム』
「・・・」こくり
嬉しそうなエスディオスに、こちらも嬉しそうにグリムが頷いた。
「最後はこれからについてか?」
『これからについてですか?』
「?」
「そうだ。まずは身体を本来の年齢に持っていく。これは原因であるストレスと栄養をどうにかすればなんとかなるはずだ。グリムはまだ十四歳。成長期真っ盛りだ。まだまだ挽回は出来る」
『具体的にはどうされるんですか?』
「?」
「食事は三食栄養バランスの取れるものをきっちり食べさせて、あとはパワーレベリングをする。強くなってストレスの原因が気にならなくなれば、それで問題のほとんどが片付くからな」
アストとしては、ガイストの家族は自分が始末するいじょう、グリムがそれに囚われ続けないようにしたいのだ。
『たしかにグリムにはご飯が必要ですよね』
「?」
エスディオスは納得したが、グリムは栄養失調を引き起こすような食事が普通だった為、アストの言葉がピンとこないようだ。
「エスディオス」
『なんでしょう?』
「お前は料理の特訓な」
『へっ?』
「お前には料理技能なんて与えてなかったからな。グリムの為に、愛妻弁当や料理を作れるようになれ。もっとも、食材の修正からしないとならんがな」
『食材の修正?食材がどうかされたんですか?』
エスディオスは首を傾げた。
「お前は飯を食わんからしらんよな。まあ、俺もこの身体だと飯が必要無いから、初日などには気づかなかったんだがな」
『?』「?」
アストは何かを思い出すように遠い目をし、二人はそれを訝しんだ。
『あの、アストラル様?』
「この世界の動植物達がな、三千年前の例の事件の時から人類種相手に兵糧責めをしているんだよ」
『兵糧責めですか?それはどういった意味でしょう?』
「文字通りの兵糧責めだ。この世界の動植物達、人類種に食われないように自分達の味がまずくなるように進化したんだ。今じゃあ、この世界にある味は、喉の粘膜が焼けるような辛さ。涙が止まらなくなる程の酸っぱさ。吐き気を及ぼす程の苦味。最後に無味。これだけしかない」
アストの説明に、エスディオスは頬を引き攣らせた。




