27.天災とエスディオス
「さて、後はゆっくりと待つばかりだ。己らの愚かさを思い知り、滅びゆけ」
一仕事終えたアストは、精霊王国が滅びるのを楽しみに待つことにした。
アストの持つ種族能力が一つ、《天災》。もう一つの種族能力である《天恵》と対をなす能力で、その効果は任意対象から天恵。いや、恩恵を剥奪する能力である。
恩恵を剥奪する。それがどういうことかというと、自然災害には人の生活を破壊する猛威の部分と、自然環境の循環の結果として、人に豊かな実りといった恩恵をもたらす部分がある。
それらは表裏一対。コインの裏表。観測者の主観によって変化するものだ。
《天恵》と《天災》は、その片方を能力と同じ色に染め上げる能力。
メリットとデメリットをメリットだけ。デメリットだけにすることが出来る。
例を出すなら、状態異常と体力回復効果がある魔法があるとする。その場合は、体力回復効果だけが無効化され、状態異常効果のみが適応されるということである。
今回の場合は、精霊王国アウ゛ァロンの自然環境が能力の対象となっている。
これから何が起こるのかというと、未曾有の大災害。
彼らが精霊と呼ぶ存在達にもどうすることも出来ない、自然の脅威がアウ゛ァロン全土で猛威を振るっていくのだ。
アストが能力を解除するまで、その猛威が終わることはない。
なぜなら、アストは世界法則のルールにこの天災を盛り込んでいるからだ。通常の魔法やスキルのように、発動コストも維持コストも必要としない。
まさに、環境設定等を構築出来るゲームマスターならではの能力である。
「心配か?」
ハイ
アウ゛ァロンの末路を想像した後、アストはガイストの傍にいる光に話し掛けた。
ガイストの記憶によれば、この光はある日突然ガイストの前に現れた。
いや、あえていえば、ガイストに精霊使いとしての才能が無いとわかった日か?
それはともかく、この光はガイストの前に突然現れ、それからは常にガイストと共にあった。
ガイストが親族に虐待を受けていても自殺などをしなかったのは、この光がガイストの心を支え続けていたからだ。
そんな好感が持てる光だが、ガイストの記憶によると、年々弱っているらしい。
ガイストが最初にあった五歳頃はサッカーボール大だったのが、今ではテニスボール程度の大きさしかない。
年々小さくなっていき、ガイストはそれが不安で堪らないのだ。
この光を失う時が、ガイストの絶望の時になる。
アストは、そう確信してしまった。
「お前はガイストの傍に居たいか?」
ハイ。デスガ、ワタシニハモウ・・・。
アストの確認に、光は弱々しい明滅と意思しか返せなかった。
「俺の祝福を受けるか?俺の加護を宿せば、少なくとも今よりはマシになるはずだ」
アストラルサマノゴカゴヲ!?イエ、モウシワケアリマセン。ワタシゴトキニハ、モッタイナクゾンジマス。
光はアストの提案に驚愕した後、自分にはもったいないと辞退を表明した。
「もったいないか。別に気にする必要は無いと思うが?」
イエ、ワタシニハアストラルサマノゴカゴヲエルシカクガアリマセン。
「資格が無い?」
ハイ
「どういうことだ?」
ソレハ・・・
アストの質問に、光は意思を途切れさせた。
「話さないのなら、直接見させてもらうぞ」
エッ!?
アストは光が話そうとしないとわかると、今度は光に対して時空間干渉による記憶の確認を始めた。
「・・・お前は!?お前の正体は!」
ガイストとは比べものにならない程の記憶を確認し、アストは光の正体を知った。
・・・
光はアストが自分の正体を知ったことを知り、申し訳なさそうに明滅した。
「・・・そんな反応をする必要は無い」
エッ!
アストの優しさを含んだ声に、光は驚いた。
「お前は与えられた役割をちゃんと果たそうとした。結果的に役割を果たせなかったのだとしても、お前は俺を。俺達を裏切ったわけではない。だから、俺に対してそんな申し訳なく思う必要は無い」
デスガ!
「くどい。俺が良いと言っているのだ。だから、それで良い。わかるな?」
・・・ミココロノママニ。
アストの言葉に、光はなんとか自分の心に折り合いをつけることにした。
「それじゃあ早速始めるとするか!」
エッ?
「えっ?じゃない!早速お前に祝福を与える」
イエ、デスガ!
「ですがでもない。お前の正体がわかったいじょう、俺がお前に祝福を施さない理由は無い。黙って受け入れろ!」
・・・ハイ。
光はアストに逆らうことが出来ず、了承の意思をアストに伝えた。
「くるくるくるくる廻り廻れ。時は流れ、空間は広がり、星は巡る」
アストを中心に、金色の光が部屋中を舞った。
「星が照らし、竜が見守る」
部屋中で舞っていた金色の光は、ガイストと傍にいる光に振り注ぐ。
「天地を流れる力は渦を成し、彼の者達を守護する」
金色の光は淡雪のようにガイスト達の身に溶けていき、ガイスト達の身体と魂に染み込んでいく。
「我、星界竜アストラルの名において、彼の者達にとこしえの加護よあれ《ブレス》(祝福)」
アストが能力の終止を告げた瞬間、金色の光は消え、ガイストと光に見えない刻印が刻まれた。
こうして二人は、アストの庇護下に入った。
『あの、アストラル様?』
「どうかしたか?」
『これはどうなっているんですか?』
祝福を終え、アストがガイストが起きるのを待っていると、元光が困惑した様子で話し掛けてきた。
現在元テニスボール大の光は、ガイストと同じくらいの銀髪碧眼の女の子の姿になっていた。
「俺の祝福を受けた結果だな」
『いえ、それはわかっているんですが、なぜ本来の姿からこんなに幼くなっているんです?』
「それはおそらくだが、お前の願望だな」
『わたくしの願望ですか?』
「そうだ」
アストの言葉に、元光はますます困惑した。
「お前、ガイストを愛しているんだろう?」
『なっ!?・・・た、たしかにわたくしはガイストの魂に惹かれておりますが・・・』
アストの確信を含んだ言葉に、元光は顔を真っ赤に染め、もじもじしだした。
「その思いが、ガイストと釣り合いのとれる姿を無意識に望んだんだろうな。お前の本来の姿だと、今は母親と息子にしか見えないからな」
『・・・言われてみると、端からはそう見えてしまいますわね』
元光の本来の姿は、二十代前半の容姿をしており、七歳くらいの見た目のガイストと並ぶと、親子。よくても兄弟にしか見えない。
これがガイストの本来の年齢である、十四歳くらいの見た目ならもう少し話は違ってくるのだが・・・。
『あの、アストラル様』
「なんだ?」
『その、わたくしとガイストの仲を・・・』
「認めている。お前はある意味俺の娘だからな。娘の幸せを普通に願っているよ」
『本当ですか!』
元光は顔を嬉しそうに綻ばせた。
「嘘言ってどうする。それに、お前はガイストに対して責任があるからな」
『責任、ですか?』
元光は、綻んでいた表情を今度は不思議そうなものに変えた。
「そうだ。ガイストはもうお前無しでは生きてはいけない。お前という支えを失った時、ガイストの心は絶望で死ぬことになる」
『それは・・・』
思い当たることのある元光は、アストが何を言いたいのか理解した。
「彼をそこまで依存させたんだ。お前はその責任を果たさなければならない。わかるな?」
『はい、わかっております。このエスディオス。我が名と存在にかけて、ガイストの生涯に寄り添うことを誓います』
「よろしい」
元光。エスディオスの誓いの言葉に、アストは満足したように頷いた。




