25.ポーションと奇跡
「余計な回り道をしたが、本来の予定を消化しよう」
ティアナ王女一行と別れた後、アストは宿屋に戻って来ていた。
そして、当初の目的であったポーションの作成に取り掛かった。
今アストの目の前には、自分が集めた分の薬草がある。
「《召喚》」
アストはその薬草を、召喚したゲーム時代の調合機材の一つである器の中に入れた。
ゲーム時代は、錬金術師や調合師の生産系職業についているか、今アストが召喚したような特定の器。アイテムを利用しなければ、ポーションの作成が出来ないという制約があった。
現在この世界にポーションが存在しない理由には、おそらくこの制約も関係している。
「《召喚》エレメンタル、魔力水を頼む」
次にアストは青いエレメンタルを召喚し、魔力のこもった水をさっきの器とは別の器に注ぐように命じた。
ポーションの作成は、最低限薬草と水だけで出来る。そして、より効果の高いポーションを作成する場合は、制作者の腕。熟練度を上げることも手だが、水や薬草の品質などを上げることでも上がる。
今回は魔力のこもった水を採用し、アストはポーションの品質向上を試してみる。
ゴリゴリ ゴリゴリ
アストは器と一緒に召喚した棒を使い、薬草をすり潰していく。
少しすり潰しては魔力水を加え、またすり潰すのを繰り返す。
すると、だんだん器の中の液体が緑色から青色に変化していく。完全な青色になるのを目標に、アストは薬草をすり潰し続けた。
あれから三十分。薬草は綺麗にすり潰され、器の中の液体は完全な青色になった。
「これで完成っと」
アストは出来た液体を器から適当な瓶に移し替え、蓋をした。
「後は効能確認だな。手順に問題は無かったし、完成品の見た目もゲーム時代と一致している。だけど、ゲーム時代のような鑑定は手持ちにないから、実際に使用してみないと効果の程がわからないんだよな」
アストは何で効能検証をしようか考えた。
まず自分は対象外だ。たとえポーションが失敗作でも問題は出無いが、効能があっても効果の程がわからない。
今はプレイヤー体だが、本来はチート仕様のボスモンスター体。最低位のポーションでは、効能があっても実感が持てないだろう。
これでHPバーでもあれば話は違ってくるが、無い以上アスト自身が使う案は無い。
次に思いつくのは、護衛ギルドの仕事をしているウ゛ェルド達か、契約しているモンスター達。
どちらかといえば、ウ゛ェルド達の方がより効能を試す相手としては正しいか?
ウ゛ェルド達は仕事の関係で怪我をする可能性が高いし、アリアの治癒魔法以外にも回復手段があるのは良いことだ。
ポーションがあれば、アリアは治癒魔法に使う魔力を別のことに使うことが出来るようになる。
アストは、そっちの方が良いかもしれないと考えた。
よくよく考えてみると、ポーションを使用する相手は基本的に人間。先に人外のウ゛ェルドで様子を見て、アリアで本番。
アストはそれでいくことにした。
「・・・」
アストは早速ウ゛ェルド達の居場所を探り、街の神殿にいることを知った。
アストはポーションを亜空間にしまい、神殿に向かった。
「誰か早く布を!」
アストが神殿に到着して中を覗くと、神殿内はかなり慌ただしい様子だった。
おそらくだが、重傷か重病の人間が運び込まれたのだろう。
時間遡航で無くした日の内、【救世者】達との戦いの後の神殿の様子がこんな感じだったなぁっと、アストは少し前のことを思い出した。
ここは出直すべきかともアストは考えたが、この騒動にウ゛ェルド達が関わっていなかを確認してからにすることにした。
アストは時空間干渉で自分の周囲の空間を弄り、慌ただしく走り回っている神官達にぶつからないように神殿内を移動した。
「いた」
神殿内を見て周り、少ししてアリアの姿を見つけたアストは、ゆっくりと彼女に近づいて行った。
アストが近づいてみると、彼女はちょうど重傷者の治癒を行っているところだった。
しかし、容態はあまりかんばしくないようだ。
アリアの額からは無数の滴が落ちている上、アリアの苦々しい表情からはかなりの必死さが見て取れた。
どうやらアリアの治癒魔法でも助けられない程に重傷らしい。
何とは無しに、アストは重傷者の顔を確認した。
「うん?」
アストの口からは、思わず疑問の声が漏れた。
その理由はというと、アリアが治癒している重傷者の顔に見覚えがあったのだ。
アリアが治療している人物は、先程アストが別れたティアナ王女の護衛をしていた人物だった。
グレーボアの突進からティアナ王女の乗っている馬車を身を持って守り、重傷を負っていた人物の一人。
よくよくアストが周囲を確認してみると、他にも馬車の護衛だった人間の姿が神殿内のあちこちにあった。
どうやら彼らは、ティアナ王女一行が領主館に到着した辺りに、ここに運び込まれたのだろう。
移動中も辛そうにしていたし、よくよく考えてみれば、重傷者を病院。神殿に運び込んで治療を受けさせるのは当たり前のことだ。
アストは少しの間その場で耳を澄ませ、神殿内にいる人々の声から情報を収集した。
「ふむ」
その結果わかったことは、今アリアが治療している人物を含め、ほとんどの人間が助からないということだった。
この世界の医療は地球のように発達しておらず、代わりとなる魔法もゲーム時代よりも効果が落ちている。
その為、今神殿内に横たわっている重傷者達を救うことは不可能に近かった。
少なくとも、彼らが知っている既存の方法では無理だ。
アストは視線をアリアと重傷者達の間でさ迷わせた。
そしておもむろに亜空間に手を突っ込むと、先程作成したばかりのポーションを取り出した。
もはやこれでも駄目な可能性もあったが、彼らにはもう後が無い。
ポーションが失敗作であったとしても、安楽死させたとアストは思うことにした。
「アリア」
「アストさん!?」
アストがアリアに声をかけると、アリアは驚いてアストを見た。
なぜアストがここにいるのかわからない様子だ。
「少しごめんな」
「アストさん、何をするんです!?」
アストはそう言ってアリアを押し退けると、重傷者の上からポーションを一滴垂らした。
それを見たアリアは、アストが何をしようとしているのかわからず、声を上げた。
アリアの声は喧騒に包まれていた神殿内にもよく響き、神殿内にいた首を動かせる者達が、一斉に何事だとアリアの方を見た。
そして彼らは、奇跡の目撃者となった。
彼らの見守る中、アストの垂らしたポーションの一滴が重傷者の身体に触れた。
次の瞬間、重傷者の身体が淡い青い光に包まれた。
その場にいた全員が驚きながら状況を見守っていると、その光はやがて重傷者の身体から剥離を始め、徐々に虚空に溶けて消えていった。
そのある種神秘的な光景の後に残されていたのは、先程まで生死の境をさ迷っていたとは思えない元重傷者の姿だった。
死にかけで青を通り越して土気色だった顔は赤みをおび、グレーボアの突進を喰らって出来た腹部の傷もすっかり癒えていた。
また、突進の衝撃で折れ曲がってしまっていた手足も完治した上、外からは見えない部分の骨折、神経断裂、臓器損傷も軒並み治癒されている。
アスト以外の者達からみれば、もう助からないと思っていた人間が突然完治したのだ。皆等しくその光景に見入り、突然起きた奇跡から目が離せなくなった。
皆が魅入られている中、アストはポーションの効能に問題が無いと確信した。
そして、ついでとばかりに他の重傷者達にもポーションをかけて回った。
魅入られた者達が気づいた頃には、神殿内にいた全ての重傷者達が治療されていた。
全員が慌ててこの奇跡を成したアストの姿を捜したが、すでに神殿の中にアストの姿はなかった。
アリアとウ゛ェルドの二人以外は、今のが幻だったのだろうかと。まるで白昼夢を見たような心境になっていた。
だが、全快した元重傷者達の身体が、それが夢ではなく現実に起こったことだと周囲の人間達に知らしめていた。




