24.神託の儀式と第二王女
「勇者召喚か?たしかに大事な儀式ではあるが、今回はそれではないな」
「そうですか」
どうやらアストの予想は外れたようだ。しかし、そうなると今回の重要な神事とはいったい何だろうか?
「じゃあ、正解はなんですか?」
「正解はだな、神託の儀式だ」
「神託?神様の声を聞くんですか?」
「そうだ。私達の国神である時の神。クロノーム様に、未来に国に起こる災難を予言していただく大事な儀式だ。これによって国は災難の対策を行い、いくつもの災難から国を存続させてきた」
「そうなんですか。(時の神クロノーム、ね)」
誇らしげに語るアストライアに相槌を打ちつつ、アストはその知らない(・・・)神について少し考えを巡らせた。
「その儀式はいつやるんですか?」
少し考えた後、アストはそうアストライアに質問した。とりあえずは、もう少し情報を収集することにしたのだ。
「ラジェールの街に入ってだいたい三日後の予定だったな。しかし、今回の戦いで護衛の数が半数以下になってしまったからな。ティアナ様の安全確保の為に、予定を前後させる可能性が出てきた。だから、今は未定の状態だな」
「そうなんですか。大変ですね」
「そうだな。あんなアクシデントは予想もしていなかったからな。これがあのグレーボアでさえなければ、普通に完勝していただろうに」
「そうですね。あいつら、あまり小回りが利きませんから。あの突進を避けることが出来るなら、倒すのは難しくないですし」
「そうだな」
それからもアストとアストライアは、他愛もない話を続けた。
「街が見えてきましたね」
「そうだな。君と合流してからは、魔物がまったく出て来なくてなって助かった。おかげで、残りは誰も欠けずにここまで辿り着けた」
「そりゃあ、街の近辺にはあまりいませんよ」
アストはそう常識的に言っているが、もちろんそんな理由ではない。モンスターが出て来なかった本当の理由は、アストがそう命じていたからだ。
「いや、森の中にはそれなりに潜んでいるものだぞ。騎士団の訓練を森でやると、すぐに魔物達が襲って来るからな」
「へぇー、そうなんですか。なら今日は運が良かったですね」
「運が良かった、か。まあ、今はそう言えるか。前半と後半で運の差が激しいが」
「人生そんなものですよ」
「たしかにそんなものか」
アストとアストライアは、話をここで一旦おしまいにし、街に入って行った。
街への入場手続きを終えたティアナ王女一行は、その足で領主であるアークライト伯爵の館に向かった。
「街に着いたことですし、ここで別れですね」
その途中で、アストは役目の終了をアストライアに言った。
「迷惑をかけたな。この護衛分の報酬は、王宮から支払われると思う。いや、支払われるように申請しておくよ。君は今どこに住んでいるんだ?そこに報酬が届くように手配しよう」
「今は宿屋暮らしですけど、報酬はそちらではなく、領主様の所にお願いします」
「アークライト伯爵の所にか?」
アストライアは、アストがアークライト伯爵の所に報酬を届けるのを願ったことを、不思議に思った。
「ええ。領主様とは古い知己なんです。随分と会っていなかったんですけど、この街に来て久しぶりに再会しましてね。奥様とも面識があって、最近よく会うんですよ。ですので、報酬は領主様のところにお願いします」
「わかった。アークライト伯爵にも、そのことはこちらで伝えておく」
「お願いします。それではまた、機会があればいずれ」
アストはそう言って、ティアナ王女一行と別れた。
「彼は行ってしまいましたか、ライア?」
「はい、ティアナ様」
アストと別れた後、アストライアは馬車に乗り込み、ティアナ王女と向かい合っていた。
「彼、結局私とは話をしてくれませんでしたね」
「そうですね。なんというか、ティアナ様とあまり関わりあいになりたくないといった感じでしたね」
「そうなのよね。私、彼に何かしたかしら?」
「さあ?少なくとも、私は彼と会った記憶はありませんから、ティアナ様も会ったことがないはずですよ」
「そうよね」
アストライアはティアナ王女の幼なじみであり、護衛である近衛騎士である。ゆえに、公務からお忍びまで二人はいつも行動を共にしている。
その為、基本的に片方だけがアストと面識があるということはないはずである。
「もっとも、ティアナ様個人ではなく、王族を忌避している可能性もありますよ。少年は、最近この街に来たと言っていました。ひょっとすると、別の国の王族と何かあったのかもしれません」
「その可能性はあるわね。ねぇ、ライア」
ティアナ王女は、アストライアの推測にそうかもしれないと思い頷いた。
「なんでしょう?」
「あの子、貴女の好みのタイプだったわね」
「ゲフ!ゴフッ!?な、何言っているのよティア!?」
ティアナ王女が突然振ったその話題に、アストライアは咳込み、王女の方を見た。
「中性的な顔立ちに、引き締まった身体つき。グレーボアを単独で数十体倒せる実力。それに、貴女のことをちゃんと女性として扱ってくれてたわよね」
「た、たしかにそうだけど、なんで突然そんな話をしだすのよ!?」
「そりゃあ、同じ悩みを抱えている幼なじみとしては、貴女の幸せを願っているからよ。貴女、婚期をのがして、もういき遅れになっているじゃないの」
「言わないでよ!気にしてるんだから。ていうか、それならティアの方ももうすぐいき遅れじゃないの!貴女はどうするつもりなのよ!」
この世界の貴族女性の結婚定齢期は、十四から二十二である。
ティアナ王女の見た目は十二歳。
アストライアの見た目は十六歳くらい。
どちらも定齢期を過ぎているような年齢ではない。
それなのに、二人の中では自分達はいき遅れているらしい。ウ゛ァレリオン王国の結婚定齢期が、早目なのだろうか?
「それは貴女も知っているでしょう!私達ウ゛ァレリオン王国直系の王女は、二女がいき遅れるって!」「それはだいたいの話でしょう!だって、三世代前の第二王女様は、当時の王女様達の中で最初に隣国に嫁いだじゃない!」
「それは政治的なあれこれの結果でしょうが!」
それからも、しばらくの間ティアナ王女とアストライアの言い合いは続いた。
「ハァ、ハァ、ハァ。・・・不毛ね」
「ハァ、ハァ、ハァ。・・・そうだな」
「・・・もうこの辺にしておきましょう」
「・・・わかった」
それからしばらく言い合った二人は、息切れしてきたので休戦した。
「だが、蒸し返すようで悪いが、本当にティアはどうするんだ?私は公爵令嬢とはいえ、いち貴族。婚期を逃しているのは不名誉ではあるが、無理して結婚する必要性は無い。しかし、ティアは王女様だからな」
「そうなのよねぇ。これで私が王子なら、臣籍降下して新しい家でも立ち上げれば済むんだけどね。さすがに、いき遅れて城で余生を過ごすのは避けたいわ。兄さんにも迷惑をかけるし、国の財政にも要らないダメージを与えることになるし」
「・・・現在のティアの婚約者候補は、誰だったか?」
「・・・遠方の変態爺か、近隣の俺様第三王子。あるいは、国内の悪徳貴族正妻、よ」
「・・・」
アストライアは、ティアに同情した。ろくな婚約者候補がいなかったからだ。
「もうこの際、平民にでも嫁ぎたいわね。収入はともかく、人間性は当たりを自分で選べるし」
「・・・そうだな。歴代の第二王女様の中には、そのパターンも結構あったそうだし」
アストライアは、ティアが本気で言っていないことはわかっていたが、一応そう言っておいた。
それを最後に二人の会話は途切れ、そのまま二人の乗った馬車は領主館に入って行った。
ただ、その間際。ティアナ王女は願いを込めてあることを呟いた。
「今回の神託で、この呪いが解ける方法がわかるといいわね」




