23.アストと第二王女
「いや、私の主はそのようなことを無礼だなどとは思われない。どうか主と会ってもらえないだろうか?」
騎士は引き下がらず、アストの説得を続けた。
「そう言われましても・・・」
相手のこの対応に、アストはどうするか悩んだ。
もう頭の中では、転移で逃げようか考え始めていた。
「ほんの僅かな時間で良いのだ。礼儀作法に問題があるというのなら、ただ主からの礼の言葉を受け取ってくれるだけで良い。それでも駄目だろうか?」
「それならまあ・・・」
ここまで真剣に頼まれると、アストはさすがに譲歩するべきかと考えた。
「わかりました。こちらが口を開かないことを条件に入れてくれるのなら、その要望にお応えします」
「そうか!その条件で交渉するゆえ、少し待っていてくれ」
騎士はアストの了承の言葉に頷くと、主の待つ馬車に向かった。
「待たせたな。先程の条件で良いと主が納得された。さあ」
馬車で十分程交渉し、騎士がアストのもとに戻って来た。
そしてアストを促し、ともに馬車の傍に向かった。
アストが到着した先では、十二歳くらいの長い金髪の少女が、生き残った護衛達に守られながら、死んだ護衛達に祈りを捧げていた。
「・・・」
それをアストは黙って見守った。
「お待たせしました。貴方が私達を助けてくれた方ですね?」
それから少しして、祈りを終えた少女はアストの前に立ち、そう確認した。
アストはこれにただ頷き、声を発そうとはしなかった。
「本当に口を開かないつもりなんですね。いえ、そういう条件でしたね。無理を言ったのはこちらですし」
少女はアストの行動に思うことがあったようだが、自分が無理を言って対面しているので、それ以上は何も言わなかった。
「始めまして。私はティアナ=ジスト=ウ゛ァレリオン。このウ゛ァレリオン王国の第二王女です」
「・・・」
少女。ティアナは、ドレスの裾を持ち上げ、優雅に一礼しつつそう名乗った。
それにアストは嫌な想像が現実になったと思ったが、とりあえずは片膝をつき、手を胸にやって顔を伏せた。
これはゲームのイベントで、平民や貴族が王族に謁見した時にするポーズだ。
むろん、この礼儀作法が合っていない可能性はあったが、しないよりはマシだろうといった気持ちでアストはしてみている。
「面を上げてください」
ティアナから許可を得たアストは、ゆっくりと頭を上げた。
「この度は助けていただきありがとうございました。心より感謝しています」
「・・・」
ティアナの言葉を、アストは黙って聞いた。
「それでですね。助けていただいた御礼をしたいのですが、何か希望はありますか?」
「・・・」
ティアナのこの問い掛けに、アストは首を横に振ることで答えた。
アストとしては、彼女達から何かをもらうなど、御免被りたかったからだ。
「希望は無いということですか?」
「・・・」
ティアナの確認に、アストは頷いておいた。
本当は貰いたくはないが、断りの言葉を口に出来ない制約下では、こうするしかなかった。
「わかりました。私の方で良さそうなのを選ぶことにします」
「・・・」
ティアナのこれにもアストは頷いた。
アストとしては、ここで別れて終わるのが最良の結果だ。
「あの、助けていただいた直後に申し訳ないのですが、一つお願いがあるのです。聞いていただけませんか?」
「?」
アストはもう話が終わると思っていたが、ティアナはまだ話。お願いごとがあるようだ。
「その、今の戦闘で護衛の三分の二が戦えなくなってしまったんです。ですので、この近くにあるゴーシェルの街までの護衛をお願い出来ませんか?」
「・・・」
やはり彼女達は、シオンに会うつもりのようだ。
アストはシオンの評価の為、ここはすぐに頷いておいた。
「引き受けてくださるんですね?ありがとうございます!」
そうして話がつくと、護衛の人間達は仲間の死体をそそくさと焼却し、重傷者達を担いで移動の準備を開始した。
やがて全ての準備が整い、ティアナ王女を乗せた馬車はゴーシェルの街に向かって移動を開始した。
「・・・」
その直後アストは、馬車の隣を歩きながら森に放っておいたエレメンタル達に、新たな命令を送っておいた。
内容としては、しばらく薬草を集め、適当なところで帰って来いというものだ。
「少年、すまないな」
「何がです?」
「いや、ほとんど君に護衛してもらっている今の状態がな」
現在アストは、最初に話した女性騎士と会話しながら歩いている。
女性騎士の名前は、アストライア=フォン=ティターン。
フォンがついていることからわかるように、貴族の出で、ティアナ王女の近衛騎士をしている人物だ。
ちなみにティターン家の爵位は公爵であり、そこの三女とのこと。
なんでそんな高位の貴族の令嬢が騎士をしているのかアストが聞いてみたところ、第二王女の幼なじみなのが主な理由だそうだ。
ちなみに、外見はティアナ王女よりも四つ程上の十六くらいで、凛としたたたずまいの絵になる女騎士といった容貌をしている。
年頃の女子に騒がれそうなタイプだ。
さて、それで彼女が気にしている現状だが、馬車を襲おうとしているモンスター達を、アストとアストライアの二人で片付けている状況だ。
その理由はと言うと、他の人員は馬車の操作と重傷者の移送で手が離せないからだ。
あの時アストが頼みを断っていたら、あそこで立ち往生し、ティアナ王女一行は新たなモンスターに襲われていたことだろう。
そんなわけで現在、ティアナ王女一行は完全な人員不足。
それゆえ、護衛を引き受けたアストと、アストと最初に交渉したアストライアが馬車前方の露払いをすることになっている。
アストライアは、それを申し訳なく思っているのだ。
「気にしないでください。どうせ帰り道ですから」
「少年はゴーシェルの街から来ていたのか?」
「ええ。ちょっと薬草を採りに。アストライアさん達は王都からですか?」
「ああ、そうだ。王都から、ゴーシェルの街の向こうにあるラジェールの街に向かっている途中だ」
「へぇー、そうなんですか。ちなみに行く理由はなんです?その街で何か催し物でもあるんですか?」
アストは興味本意と、情報収集を兼ねて何気なく聞いてみた。
「おや?少年は知らないのか?」
「何がです?」
「ラジェールの街で行われる儀式についてだ。この国の民なら、全員知っていると思っていたのだが?」
「知りませんね。俺は昨日ゴーシェルの街に来たばかりなんです」
「そうなのか。・・・一つ聞いても良いだろうか?」
「・・・何です?」
アストの答えを聞いたアストライアの雰囲気が、少し変わった。
「君は他国のスパイか?」
「・・・なんでそんな質問を正面からするんです?俺がそうだった場合、普通にとぼけますよ?」
アストには、アストライアの意図がよくわからなかった。普通、そんなことを聞かれて正直にはいそうですなんて言う、スパイはいない。
「いや、違うとは思ったのだが、一応聞いてみただけだ。というか君の場合、それだけの実力があるのだ、スパイなんていういわゆる裏稼業をする必要性は無いだろうしな」
「・・・こちらも聞いておきますけど、なんでそんな疑惑が突然出てきたんです?」
アストライアに何がそう思わせたのか。それがアストは気になった。
「ラジェールの街でティアナ様が行うのは、この国にとって。いや、周辺諸国にとってもかなり重要な神事なのだ。そのタイミングで近場の街に現れた実力者。職業柄、一応は確認しておかなくてはならなくてな」
「ああ、そういうことですか」
申し訳なさそうにアストライアが説明した内容に、アストは納得がいった。
「けど、一つ以上の国が関わる重要な神事なんて、どんなものなんです?ひょっとして、勇者召喚とかですか?」
もしそうなら、その儀式は絶対に阻止しなければならないと、アストは思った。




