22.アストは助成する・森の馬車
アストが時間を巻き戻した次の日。
「アストさんは今日どうしますか?」
「今日か。せっかくゲーム法則を適用したことだし、ポーションの製造でもするかな?」
「そうですか。私達の方は、今日も街壁の所で護衛のお仕事です」
「了解」
アストが時間を戻した結果、アリア達の街の護衛期間が九日に延びた。
その為現在アストは、アリア達と同じ宿屋に宿泊し、二人の契約期間が終わるまでの間、一人で時間を潰していた。
ちなみに宿泊の代金については、召喚でざっくざくである。
別に偽金というわけではないので、領主であるシオン達も何も言えなかったりする。
「それじゃあ行ってきます」
「いってらっしゃい」
アストは宿屋でアリア達を見送り、自分は街の近くの森に向かった。
今回は暇潰しを兼ねている為、転移はしないで徒歩の移動である。
ただし、脚力が人間離れしている為、移動速度は通常よりも格段に早いが。
「さて到着っと。早速ポーションの材料を探すとするか」
街から歩いて十分。
アストは目的地に到着した。
「まずは薬草からだな。最初期のポーションは、とりあえず水と薬草があれば出来ることだし。絶対に必要なものから押さえていこう。《召喚》」
アストは探すものを決めると、早速緑色のエレメンタル達を召喚。薬草の探索に当たらせた。
「さて、俺は寄り道しながら探すかな。《召喚》」
エレメンタル達を見送ったアストは、今度は植物図鑑を召喚して森の中を歩き始めた。
「意外と普通の薬草、見つかるものだな」
アストは足元の草を抜き取り、図鑑で確認しながらそうひとりごちた。
アストが薬草を集め始めて一時間。今までに採集した薬草の数は、五十を超えている。
別にそこまで密集して生えているわけではないのだが、アストはよく薬草を見つけることが出来た。
採集した薬草はまとめて亜空間に収納され、その鮮度を保っている。
これで長期間の保存も、楽々安心確実だ。
「ふんふん♪おや?」
アストが鼻歌混じりに薬草を集めていると、アストの耳に何かが聞こえてきた。
アストはそっと耳を澄ませ、音の正体を探った。
「あっちか」
そしてアストは音源を特定すると、発信源に向かって歩き出した。
「あれが音の発信源か。来るんじゃなかったな」
目的地に来てすぐ、アストは来たことを後悔していた。
その理由は、アストが聞いた音の正体が、戦闘音だったからだ。
現在アストの目には、豪華な馬車。それを守る上等な装備の複数の人間達。多分騎士とか、その手の階級の人間。
それを取り囲むモンスター達の群れという組み合わせが見えていた。
はっきり言って、厄介事の匂いが強くしている。
豪華な馬車というのがくせ者だ。
そして、それを守っているのが騎士階級だろう人間達。
どう少なく見積もっても、あの馬車の中にいるのは貴族以上の人物だ。下手をすると、王族などが出てくる可能性もある。
異世界召喚を執り行う立場の王族貴族は、アストが嫌悪する大敵だ。
そして彼らを襲っているモンスター達は、世界の歪みを修正する存在。
立場的には、アストはモンスター達に加勢して人間達を殺すのが正しい。が、こんな街の近くの森でそれをすると、シオンの領民達に見られる危険がある。
本来なら口封じをすれば済む話だが、アストとしてはシオン達と険悪になるのは避けたい。
だから、口封じの類いは出来ない。
ならばどうするのか?
一番問題が無いのは、この事態を見なかったことにして、薬草採集に戻ることだ。
自分の手をわざわざ汚す必要も無いし、彼らを助ける選択は始めからない。
そう判断したアストは、森の中に戻ろうと歩き出そうとした。
「そこの少年!すまないが加勢してくれ!」
が、時既に遅し。アストは人間達に発見されてしまい、助成を請われてしまった。
「・・・」
アストは判断に迷った。
ここで逃げるのもありだが、彼らが貴族関係の場合、生き残ったらシオンと接触する可能性がある。いや、この近辺に街はシオンが治めるあそこしかない。彼らは、ほぼ確実にシオン達に助けを願うだろう。
なら、アストが採るべき行動は一つだ。
「・・・」
アストは黙って剣を抜き、森から一歩踏み出した。
それに反応するように、馬車を襲っていたモンスターの半数が、アストに向かって来た。
アストはそのモンスター達を誘導するように動き、馬車から霞んで見える程度の距離でモンスター達を迎え撃った。
今回のアストの戦い方は、身体能力任せの双剣による攻撃が主体だ。
これは、彼らに手の内を見せない為である。
アストは気持ちゆっくりと剣を振り、一撃ではなく少しずつモンスター達を片付けていった。
ちなみに現在戦っているモンスターは、グレーボアという、灰色の猪型モンスターである。
特技かつ必殺技は、定番の突進だ。
《デイドリーム》では、初心者プレイヤーが戦うクラスのモンスターである。
なんせ相手は猪。突進を始めたらしばらく直進しか出来ないので、左右に避ければノーダメージでの勝利も可能なのだ。
アストは、グレーボアが突進を開始したら回避行動をとり、すれ違い際に切り付けるという方法で現在ノーダメージだ。
もっとも、アストの防御力なら突進を直撃されても無傷で済む。
では、なぜ馬車の人々が苦労しているのか?
それは、馬車のせいである。
馬車もグレーボアと同様に小回りが利かず、グレーボアの突進を回避出来ない。
ならばどう対処するのか?
答えは簡単。護衛の人間が馬車の盾となっているのだ。
生身でグレーボアの突進を受け止めるのは、困難を極める。なんせグレーボアの必殺技だ。
β盤テスト時、面白半分に試した猛者がいた。
見事に失敗し、吹き飛ばされて死に戻りという結果になった。
つまりはそういうことである。
グレーボアが突進する毎に、護衛の人間が重傷か死亡で数を減らしていく。
アストが半数を受け持ち、戦況は楽にはなっているが、今だに予断が許されない状況のままだ。
「・・・」
アストが相手にしていたモンスターが全て倒されると、またグレーボアの半数がアストに向かって来た。
アストはただ黙々とグレーボアを倒し、その経験値とドロップアイテムを回収していった。
「ブモォ~!」
アストの参戦から三十分。
ようやく最後のグレーボアが馬車側で討伐され、霧散した。
アストはそれを確認すると、森の中に改めて戻ろうとした。
「待ってくれ少年!」
が、また先程助成を頼んだ声に呼び止められた。
「・・・」
アストが振り返ると、馬車側から一人の人物がこちらに向かって歩いて来た。
「助成に感謝する、少年」
開口一番、その人物はアストに礼を言った。
アストの好感度が少し上がった。
これで文句等を言ってくる相手だった場合、アストの嫌悪度が上がっているところだ。
「気にしないでください。それでは、これで失礼します」
アストは一礼すると、後腐れなく別れようとした。
「待ってくれ!」
「何か?」
が、相手はまだ用があるようで、アストをまた呼び止めた。
「まだ助けてもらった礼をしていない。それに、私の主がこたびの助成に直接礼を言いたいとのことだ。少し時間をもらえないだろうか?」
「・・・礼は不要です。そんなものが欲しくて助けたわけじゃありませんから。それと、あれほどの馬車の主と対面するのはご遠慮願いたいです。おそらく貴族の方だと思いますが、そのような方と接する礼儀作法は知りませんので」
アストは丁寧だが、自分の問題を前面に押し出し、きっぱりと対面を断った。




