21.アストは実行する・時間遡航
「さて、話題をもう一つ戻そうか。今言った内容がさらに酷くなるから、俺としてはシステム外の方法は採りたくないわけだ」
「たしかに、わざわざ魔物を大量発生なんてさせたくないですよね」
「そういうことだ。だから、蘇生は正規の手順でやる。で、シオン。システムの適用を望むか?」
「それは出来るなら頼みたい。だが、システム的に出来るのだとしても、葬式をすでにしてしまっている。その辺りはどうしたものか?」
シオンは蘇生には乗り気のようだが、死者が蘇った結果の方で悩んでいた。
「その辺りは時間遡航という手があるぞ」
そんなシオンに、アストはすかさずそう提案した。
「時間遡航?時を巻き戻すということか?いくらなんでも、そんなことは不可能だろ?」
シオンは、アストの提案をあまり信じてはいなかった。
これは他の面子も同じで、全員が半信半疑だった。
「いや、むしろ死者蘇生よりも簡単だ。なんせ、アイテムではなく自分の能力で行使出来るからな。いちいちアイテムを作成したり、準備する必要もない。それに、ゲーム的にもセーブとリセットの関係でやりやすい。シオン達にならわかるだろう?」
「たしかに、時間遡航というのよりはわかりやすいが」
「言われてみると、ゲーム的にはそれで時間遡航をしているわよね。こう、ゲームオーバーになったら電源を落として、セーブしているところから再開するみたいな」
シオンとアリスは、アストの言葉で納得しつつあった。
この辺りは、実際にしたことがないとわからない感覚だろう。
その証拠に、アリア達四人は話から取り残されそうだった。
「なら、もう時間遡航の方で良いか?よくよく考えてみれば、いちいちアイテムを準備するのはかなり面倒だ。が、時間遡航なら一括処理ですぐに終わる。ゲーム法則の適用は、時間遡航の後に適用させても良いわけだし」
「星夜がそれで良いのなら、俺達は構わないが、問題とかは無いのか?例えば、俺達の再会がやり直しになるとか?」
シオンは、二日前のナイトメア達との戦いの前にリセットすると、この再会もなかったことになるのではないかと思った。
「その辺も大丈夫だ。お前達の記憶を、時間遡航する前に保存しておけば良い。それで、今の記憶を保持したままでいられる」
「なら俺としては問題無いな。お前達の方はどうだ?」
「私も問題無いと思うわ」
「私は少し気になることがあります」
シオンの確認に、アリアが手を挙げた。
「気になること?それはなんだ?」
「記憶は保持されるらしいので良いんですけど、その他はどうなるんですか?例えば、時間が戻った時の私達の居る場所。あと、アストさんが前言っていた経験値とかドロップアイテムについてはどうなるんですか?」
「ああ、そのことか。時間が戻った先は、その時間軸で君達が居た場所。経験値やドロップアイテムについては、俺が吸収したままの状態が維持されることになっている。というか、俺は時間遡航の対象範囲外だからな。時間遡航の影響を俺は受けない」
「そうなんですか?」
「当然だろう。時間遡航の術者が俺なんだ。俺が行使する能力なのに、俺にまで遡航が及んだら、能力が途中でキャンセルされてしまうんだから」
「・・・言われてみればそうですね」
アリアはアストの説明で納得した。
「さて、シオン達が納得してくれたんだ、早速やってしまうか」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
アストの突然の宣言に、皆驚いた。
「次の合流は、そちらの都合の良い時で良いから。俺はしばらくウ゛ェルド達にくっついているよ」
「ちょっ!待っ!」
「くるくるくるくる廻り廻れ」
シオン達は慌てアストを停めようとしたが、時すでに遅し。
アストは能力の行使を開始し、シオン達は動けなくなってしまった。
「時は流れ 空間は広がり 星は巡る」
アストを中心に魔力が渦を巻き、それはやがて時計を模した魔法陣の形状になった。
「太陽は昇り、沈む 月は沈み、昇る 星々は流転し、世界は移ろい行く」
魔法陣の歯車を模した部分が回転を始め、時計の針が逆回転を始めた。
「在りし日の因果は解け、新たな刻が刻まれる」
逆巻く針に合わせ、周囲の景色が移り変わる。
アストの近くに居たシオン達の姿が掻き消え、ナイトメア達との戦いで出来た地面の穴も次々と消滅していった。
「さあ、新たな日々が訪れる 過ぎ去りし過去を泡床の夢とし、未来を紬だそう【タイムリーブ】」
アストが詠唱の終止を唄いあげると、世界は完全に二日前の過去に回帰した。
「成功したか」
アストは能力の結果を確認し、満足気に頷いた。
「さて、ウ゛ェルド達と合流するか。いや、それともあちらに戻る方が先か?・・・まあ、良い。さっさと合流しよう」
アストはそう言うと、空間転移でウ゛ェルド達のもとへ向かった。
「なんだ今の奴?」
「わからん。だがあの気配、ただ者ではなかったな」
アストが去った後、戦場に姿を現した者達が二人いた。
片方は二十代前半の赤髪の青年。
もう片方は、四十代前半の禿頭の男性。
「今の奴、ここで何をしてやがったんだ?」
「わからん。わからんが、随分大規模な魔力を行使していたようだ。かなりの魔力残滓がこの辺りに滞留しておる」
男がアストの居た地面を調べながら、そう青年に教えた。
「かなりってどれくらいだ?」
「ふむ?【精霊魔導士】や【災厄】、【沈黙の聖女】と同格かの?いや、むしろその三人を合わせた以上かもしれんな」
「嘘だろ!?」
青年は男の言葉が信じられなかった。
なぜなら、男があげた称号の人物達は、この世界で上位に名を連ねる面々だったからだ。
「たしかに少し言い過ぎかもしれん。が、少なくとも儂にはどちらが上か判断がつかんのは事実だ」
「親父でも判断がつかないのかよ」
青年は立て続けに衝撃を受け、精神が疲労してきた。
「どうしたものかのう。あれほどの存在を発見したんじゃ、あのお方に報告せねばなるまい。しかしのぉ」
「どうしたんだよ親父?」
「今は隠密任務の途中じゃ。計画の実行も近いことじゃし、この街から離れるわけにはいかん」
「たしかにそうだよな。報告に戻っていたら、計画に間に合わなくなっちまう。なら、計画が実行された後に報告すれば良くないか?」
「そうしたいのは山々じゃが、あやつがあの街に潜伏していた場合、邪魔される可能性が捨てきれんぞ?」
「それも言えてるな。なら、どうするんだ親父?」
「うーむ・・・」
青年の問い掛けに、男は答えあぐねた。
「とりあえずはアークライト伯爵様に伝えておくとしよう。伯爵様に人手を割いてもらえれば、儂らは計画の方に集中出来るじゃろう」
「了解だ親父」
青年と男は、ゴーシェルの街の領主館に向かって行った。
それを見ている存在が複数いた。
彼らは勢力的には同じだったが、個別に行動しているもの達だ。
彼らは男達の行動を監視して、問題が無いことを認識した。
そして彼らもまた、二人の男達が去ったのを見送った後にそれぞれ四方に散って行った。
彼らが騒ぎを起こすのは、これから少し経ってからのことだった。




