20.アストは語る・バグ、ウイルスとワクチン
「バグ取りって、この世界バグなんてあるのか?」
アストとアリアの話しを聞いていたシオンは、いやにコンピュータ的なその単語が気になった。
「あるぞ。なんせ基本骨子にゲーム法則を適用しているような世界だからな。というか、現状すでにバグってる」
「例えば?」
「そうだなぁ?例えば、異世界人達が召喚される度にモンスター達が大量発生するとか」
「「「「はっ!?」」」」
そのアストの聞き捨てならない言葉に、全員が硬直した。
「そ、それはいったいどういうことだ!?」
「どういうって、言葉通りだが?」
「もっと詳しく!」
「詳しくか。そうだなあ、少し言い方を変えるのなら、ウイルスとワクチン的な話になるか?」
「「「「?」」」」
さらに話がゲーム的になって、全員が首を傾げた。
「この世界はゲームとほぼ同じ。つまり、ゲームのプログラムと同じソフトで動き、それで問題無く回っていた。しかし、三千年前から人類が異世界召喚を始め、この世界の枠組みの外にある存在を持ち込んでいった」
「俺達のことだな」
「ああ。今まで誘拐された異世界人達のことだ。彼らはこの世界の住人ではない。つまり、この世界にとっては完全な異物。ウイルスと同じ立ち位置だ」
「そう言われるのは嫌だが、たしかにそう見えるな」
「そうね」
「異世界人達は、異なる法則、知識、概念にもとずき行動し、この世界に未知と混沌をもたらした。これは世界に負荷を与え、歪みやバグの原因となった。本来は存在しないものが存在しているのだから、そうなって当然だ」
「まあ、言われてみればたしかにそうだよな」
シオンは、アストの話に納得した。
「それで、そのことがどうさっきの話に繋がるの?」
「慌てるな。当然世界は、自浄作用。あるいは、自己保存や保全を開始することになった。手段としては、発生した歪みを別の形に変換する方法が採用された。モンスター。いや、この世界の住人達の言葉で言えば、魔物という形にして」
「「「「・・・魔物」」」」
シオン達の頭の中では、今まで戦った魔物達の姿が再生された。
「元々この世界では、魔力の偏りや自然界における歪みを、モンスターという形に変換し、歪みを矯正するシステムがあった。それをそのまま流用している形だな。ただ、その規模は本来のものよりも、かなり大規模になっているがな。だが、それも無理もない。本来は局地的な問題に対処するシステムを、世界規模の歪みを矯正する為に使っているのだから」
その結果、三千年前と現在では、モンスターの発生数が二百倍以上の倍率となっている。
単純計算で、過去に一体発生する期間で、現在は二百体のモンスターが発生している。
なんで人類が滅んでいないのか、不思議でしょうがない。
「つまり、この世界に魔物が多いのは、私達のせいなんですか?」
アリアや異世界人組は、顔が青ざめていた。
「間接的にはな。だが、それをアリア達が気にする必要は無い」
「気にする必要が無いって!そんなわけないじゃないですか!」
アリアには、アストの言葉が信じられなかった。
それは他の人間達も同じだった。
「ああ、あいつらが死んだのは・・・」
「あの子達が死んだのは・・・」
シオンとアリスは、この世界で三十年もの間暮らしてきた。その間には、魔物に家族を奪われた者を、魔物に復讐しようとして散った者を、魔物のせいで何もかもを失った者を。
魔物によって不幸になった者達を、数限りなく見てきた。
その不幸の一端を。いや、その不幸の原因が自分達のせいだと知って、シオン達は自責の念と後悔に苛まれた。
「本当に気にする必要が無いんだがな。なんせ、お前達を召喚(誘拐)したのはこの世界の住人達自身。ただたんに、盛大に自爆しただけの話なんだからな。自業自得で、同情する余地も価値もない。本当に気にする必要は無いと思うぞ」
相変わらずアストは、この世界の住人達に対して厳しかった。
本来なら、ただの被害者である平民達にくらいは同情しても良いはずなのに、十把一からげで切り捨てている。
「アストさん。たしかに自業自得なのは否定出来ませんけど、でもそれは召喚を行った人達の話でしょう?なら、他の被害者の人達に負い目を感じるのは、必要無いことではないと思うんです」
「アリアは優しいな。が、やっぱり負い目とか感じる必要は無いな」
アストはアリアを優し気に見つめたが、自分の意見は変えなかった。
「・・・なんでそこまで頑ななんです?いくらなんでも、被害者の人達に対して酷くありませんか?」
アリアには、アストがなぜそう考えるのかが理解出来なかった。
「酷い?それに被害者だって?被害者は召喚された異世界人達だけだよ。この世界の住人達は、揃って加害者だ!」
「それはどういう意味ですか?だって、平民の人達までは召喚には関わっていないでしょう?」
「関わっているぞ。そして、多くの異世界人達を不幸に追いやった」
「「「えっ!?」」」
アリア達は、アストの言葉が信じられなかった。いや、信じたくはなかった。
「当たり前だろう。三千年もあれば、為政者にも召喚を悪とする真ともなのや、その危険性に思い到る、頭が回るのは当然いた。そんな為政者達を動かし、異世界召喚を行わせたのは、民意。為政者達が守らねばならない民の声だ。だから、平民達が無関係なんてことはありえない。彼らの意思は、たしかに召喚に関わっている」
「・・・言われてみればそうですね。私達の世界でも、王様や貴族の方が、民衆の願えに応えて軍等を派遣してくださいます」
アリアは故郷のことを思い出し、アストの言葉が的外れではないと思った。
「だろう。それに、召喚に関わっていなかったとしても、彼らの言葉は異世界人達を不幸にする。その事実も揺るがない」
「平民達の言葉がか?」
「そうだ。今は貴族をやっているんだ。お前にもある程度想像はつくだろう、シオン?」
「・・・思い当たることが無いでもないが」
シオンは、自分の領民達のことでいろいろと想像した。
「平民達は基本的に無力だ。戦闘能力など無く、金銭や地位といった類いの力もない。だから強者を頼り、縋る。それはある時は数の暴力となり、またある時は異世界人達の善意を利用する力となる」
「いや、たしかにそういう見方があることは否定しないが、物事の一面だけを強調し過ぎていないか?」
シオンは、さすがにアストが偏り過ぎていると思った。
「あいにくと俺は、全面を見た後に一面を強調している。だから、俺は意見を変えるつもりはない。少なくとも、全体的な印象はこれで間違っていない。個人に対する印象なんかは、その個人によるが、今は対象がいないから関係無い。俺が知っているこの世界の住人達は、冥夜からもらった情報の中と、お前の領地の兵士達だけだ。だが、会話もしたことが無い相手の印象なんて、たいていは初見の印象か又聞きの情報に依存される。今はそうとしか言えないな」
「なんとも否定しずらい意見だな」
シオンもさすがにアストの意見を否定しきれなくなってきた。
というか、アストの方が情報量が多いので、感情論以外は論破される可能性が高かった。
「話が逸れてきたな。話しを少し戻すが、モンスター達はこの世界の歪みを発散する為に発生する。そして、モンスター達は歪みの根源である異世界人達と、その召喚を行った者達を駆逐しようとする性質を持っている。この辺りがウイルスを駆逐しようとするワクチン的な行動になるな」
「たしかにそう聞くと、魔物は薬と同じなんですね。あるいは、世界を守る抗体ですか?」
治癒魔法を使えるアリアは、その辺りが他の人間よりも想像がしやすかった。




