16.アストと救世者
「ご苦労様」
影の中から現れたアストは、自分のもとに戻って来たエレメンタル達を労った。
そして、視線をシオン達に向けた。
「久しぶりだな紫苑に亜璃子。その見た目だと、そっちからしたら三十年近くぶりになるのか?」
「君は誰だ?私達を知っているのか?」
アストのフレンドリーな言葉に、シオンもアリスも困惑した。
「当たり前だろう!俺にとっても十年ぶりになるが、元クラスメイトなんだからな!」
「元クラスメイト?嘘よ!たしかに私達がこの世界に喚ばれて三十年近く経っていて、向こうの世界のことは古い思い出になっているわ!だけど、それでもその思い出の中にあなたの姿なんて無いわ!」
アストの二人との再会を喜ぶ言葉を、アリスはばっさりと切って捨てた。
「それに、あなたはさっき十年ぶりだと言ってたわよね?なら、あなたは今二十六のはずよね。その姿はどういうことなの!どこからどう見ても十代後半の少年じゃないの!」
アリスは、アストの言葉を切って捨てた後に、アストの言葉の矛盾を指摘した。
このアリスの指摘については、彼らの会話を聞いていた誰もがたしかにそうだと思った。
「さすがは亜璃子、すぐにそこに気がつくとはな。その理由は簡単、今の俺のこの姿はゲームのアバターだからだ」
「「ゲームのアバター?」」
「そう。お前達がこの世界に誘拐されてから向こうでは十年も経った。それだけの年月が経てば、いろいろと社会にも変化が起きる。これもその一つ。かつては存在せず、小説などの空想の中にのみ存在したゲーム、VRMMO。それが今年ようやく発売されたんだ。というか、そのゲームをプログラムしたのが、俺の就職した会社なんだけどな」
「「はぁ」」
シオンとアリスの二人は、故郷のその変化になんと言って言いかわからなかった。
「おいおい、反応が薄いじゃないか。昔は二人ともいつかやってみたいとよく言っていたじゃないか」
「・・・お前ひょっとして星夜か?」
「えっ!星夜君!?」
アストのそのヒントに、シオンは昔よくその話をしたクラスメイトの顔を思い出した。
「ピンポン!大正解!けど、口調とかは変えていないんだから、もう少し早くわかると思ったんだけどな」
「無茶言うな!俺達にとっては三十年ぶりなんだからな!」
「それもそうか。たしかに三十年も経っていたら、仕方がないな」
「・・・それで、二日前の剣やその魔物達はお前の仕業なのか?」
「ああ、そうだ。二日前の剣は、こいつらの【召喚】の能力で呼び出したものだ。そしてこいつらは、俺が作成した自作モンスターのレギオン・エレメンタルだ。なかなか強かっただろう?」
「ああ、たしかに強かったよ」
再会してから驚き通しだったシオンは、ようやく今もっとも聞きたかったことを星夜に確認した。
アストはそれにあっさり頷くと、自分の子供達のことをシオン達に自慢した。
「まあ、お前達二人が相手だったから、かなり手加減させていたんだがな」
「・・・手加減?あれでか?」
「あれでだ。こいつらが本気を出していたら、この辺り一帯すでにさら地になってるぞ」
「手を抜いてくれているとは思ったけど、そこまでのものなの?」
「スペック上は十分可能だ。ただし、それはゲーム上のスペックでしかない。現実だとどこまでやれるかは、まだ確認してないからな。まあ、それは今から確認すれば良いことだ。相手もすぐそこに大量にいるしな」
「「「!」」」
アストがそう言ってナイトメア達を見ると、シオン達はアストの登場で視界の外に追いやっていた、ナイトメア達のことを思い出した。
いや、どちらかといえば、ただ現実逃避していたかっただけだが。
二日前の戦いで街の戦力は半分以下に減り、今この場にいる兵士達も、普通に怪我人ばかり。
とてもではないが、ナイトメア達に鎧袖一触されて終わる光景しか、アスト以外には想像が出来なかった。
「【救世者】、御役目ご苦労様。だが、これから彼らのことは俺が引き継ぐ。今まで紫苑、亜璃子、アリア、ウ゛ェルド。いや、多くの異世界人達を救おうとしてくれたことに、心からの感謝を言わせてくれ」
「「「「えっ!?」」」」
周囲の者達が絶望する中、アストは場違いな感謝の言葉をナイトメア達に送った。
そのアストの言葉には、今まで話をしていたシオンやアリスだけではなく、三人の話を周囲で聞いていたアリアやウ゛ェルド、兵士達も驚きを隠せなかった。
「私達を救う?それはいったいどういう意味ですか、アストさん!」
アストの言葉にアリアは困惑したが、それでもアストに事情を尋ねた。
「うん?言葉通りの意味だぞ。アリア達がナイトメアと呼んでいるあいつらの正式名称は、【救世者】。その役割は、異世界人達をこの世界の住人達から救いだすことが一つ。この世界の住人達に復讐することが一つ。最後に、この世界を存続させる為の礎になること。この三つがあいつらの目的であり、役割だ」
「「「「はぁっ?」」」」
アストのその説明は、今まで襲撃されてきた彼らにはとても理解出来るようなものではなかった。
「理解出来ないか・・・。まあ良い、いずれはわかることだ。さて、お前達はこれからどうする?ウ゛ェルド達に手を出させるわけにはいかないが、それ以外のことなら容認するぞ。お前達がそこにいる兵士達と、あの街の住人達をどうしようと俺は手を出さない」
「「「「なっ!?」」」」
シオン、アリス、アルフレッド、アリシア、アリア、ウ゛ェルド。アストの力を内心当てにしていた六人が、息を呑んだ。
「星夜!」「星夜君!」「ウ゛ェルドさん!」「ウ゛ェルド!」
「それとも、他所の異世界人達を救いに行くか?あるいは、今すぐに世界の礎となるか?お前達は何を選び、何を成したい?」
シオン達四人の声が聞こえていないように、アストはナイトメア達の選択を問う。
「「「「「ワレラ、オンミノ、カテニ!」」」」」
問われたナイトメア達から、一斉にその言葉が唱和された。
「「「「なっ!?ナイトメア達が喋った!?」」」」
唸り声ではないナイトメア達の声を聞いた者達は、一様に驚愕した。
今までのこの世界の常識に、ナイトメアが喋るなどという事実はなかった。
この場に立ち会った者達こそが、ナイトメア達の言葉を始めて聞いた存在だからだ。
元々人間と彼らの間に、会話が不要だったのだからそれは仕方がないことではあるが。
だが、彼らとしても【世界管理者】であるアストに対しては返事をしないわけにはいかない。
それがゆえの現状である。
そして、彼ら【救世者】達の意思は、アストに示された。
「それがお前達の意思か?ならばその意思を尊重しよう。ちょうどこいつらの全力を試してみたかったところだしな。さあ、世界と俺の糧になってくれ、【救世者】達!」
「「「「オンミノ、ミココロノママニ!!」」」」
アストの宣言に、ナイトメア達は一斉に返答の咆哮を上げた。
「俺と共生しろお前達!」
それを確認したアストは、次にそう命令を出した。そしてそう命じると、アストの周囲を旋回していたレギオン・エレメンタル達が一斉にアストの身体に飛び込んでいった。
アストの体表面が波打ち、エレメンタル達の姿が全てアストの中に消えていった。
「俺の準備はこれで良し。あとは・・・」
アストは次に、この場にいる人間達に視線を向けた。
「お前達は邪魔だな」
アストは兵士達を怒りと憎しみ、敵意に殺意の宿った瞳で見た後、時空間干渉でゴーシェルの街中に全員飛ばした。そして、外の様子がわからないように街に結界を張って閉じ込めた。
この場に残されたのは、異世界人とその子供の六人だけとなった。
「さて、それじゃあ開戦だ!」
全ての準備が整ったアストは、ナイトメア達に向かって駆け出した。




