15.領主一家対エレメンタル3
領主一家とエレメンタル達との戦いが始まってから、およそ二十分。
両者の戦いは、膠着状態となっていた。お互いに相手へのダメージソースが足りない為、いつまでも決着がつかないのだ。
いや、それはあくまでも領主一家の方の話かもしれない。
エレメンタル達の方は、領主館で増殖してからは一度もその数を殖やしていないのだ。
明らかに戦力を出し惜しみしていた。
「これはどうしたものか」
「私達では攻めきれませんわね」
「そうだな。切り札を切れば倒せるとは思うが、それはさすがにマズイからな」
「ええ。威力が強すぎて、周囲を巻き込みますから。それに、今はある意味馴れ合いの最中です」
「そうだな。相手は手を緩めることはないが、殺傷目的の攻撃はしてこないからな。せいぜいが牽制だ」
「ええ。というか、もともと私達が仕掛けた戦いです」
「たしかに。その上、相手に手心を加えてもらっているのに、こちらが切り札まで切ると、相手がどうでるかがな」
「普通に手加減を止めて、殺傷目的でガンガン攻撃してくるのでわ?」
アリスとしては、相手にそこまでされてこちらに配慮する理由は無いだろうと思っていた。
「だよな。・・・俺達なんでこんなことしているんだろうな?」
「シオンが剣の主を呼び寄せる為に、あの子供達に攻撃を仕掛けたからでしょう」
アリスは、呆れた顔でシオンを見た。
「いや、たしかにそうなんだが、ここまでことが激しくなるとは、俺も予想外なんだぞ」
「まあ、シオンを止めなかった私も悪かったけど。シオンは【直感】に頼り過ぎじゃない?」
シオンは普段【直感】で解答を得ていた為、それが封じられた状態のアクシデントに弱かった。
「そう、だな。最近はスキルに依存し過ぎていたな」
「それで、この現状を何処に落としこむつもりなの?はっきり言って、あの魔物に交渉は通じないと思うわよ?」
エレメンタルに魔法を使う知能は見受けられても、耳や口、目といった各器官が見受けられない為、会話が成立するとはアリスには思えなかった。
「それはやはり、あの二人に仲介を頼んでだな」
「聞いてもらえるかしらね。あの二人にも、あの魔物にも、本来呼び寄せようとした相手にも、ね」
アリスは、あの子供達二人はともかく、残る二者については難しいだろうと考えていた。
あの子供達。少女の方には、貴族の私達に対する畏敬があった。
少年の方はまったく見受けられなかったけど。
まあ、異世界の貴族相手には微妙でしょうしね。
その点を利用すれば、少女の方は仲介を引き受けてくれる可能性は高い。
だけど、今戦っている相手がこちらの交渉に応じるかは別問題。
非はこちらにあり、向こうに譲歩する利点もない。
あのナイトメア達を簡単にあしらった剣の主ならば、私達を全滅させるのも、私達の街を陥落させるのも難しい話ではない。
対応を誤れば、今日が私達と街の最期の日になる。
それは避けたくても、このまま進めば確実にたどり着く未来。
「領主様!」
アリスが自分達の終わりを想像していると、街の方から無数の声と大量の金属音。そして、軍靴の足音が聞こえてきた。
シオンとアリスが音のする方を見ると、そこには二日前の戦いで軽傷だった兵士達と、アリア、ウ゛ェルド二人が居た。
「何故来たお前達!」
「そうです!あなた達は他の者達に比べては軽傷だったとはいえ、まだあの戦いの傷が癒えていないのですよ!」
シオンとアリスは、完全武装をしている兵士達を見て、彼らが戦いに来たことを悟った。
しかし、彼らは二日前の戦いでなんとか生還した者達。
自分達が原因で起こっている今の戦いに、無関係な彼らを巻き込むわけにはいかなかった。
「領主様、奥方様。我々ゴーシェル領主軍一同、これより参戦致します!」
「止めよ!これはお前達が手を出すような戦いではない!」
「そうです!これは私達家族の戦い。あなた達は下がっていなさい!」
「そのご命令は聞けません!我々一同、領主様方を守る為ならば、捨て石になる覚悟でここに参りました」
シオン達が必死に兵士達を下がらせようとするが、兵士達はシオン達を庇うようにシオン達とエレメンタル達の間に布陣していった。
「前隊、盾構え~、進め!魔術師隊は魔法障壁を展開!前隊の負担を軽減せよ!」
盾を持った兵士達が前衛を固め、その後方で魔術師達が魔法障壁を展開していく。その後に他の部隊が続き、各部隊が足並みを揃えつつ、エレメンタル達に向かって行軍を開始した。
「止まれお前達!」
「そうです、無理はいけません!」
彼らの後方でシオン達が必死に呼びかけているが、彼らはそれに構わずに前進を続けた。
それにエレメンタル達が反応しないわけがない。
エレメンタル達は、攻撃目標をシオン達から兵士達に切り換え、魔法を発動させた。
「逃げろお前達!」
「逃げなさいあなた達!」
突然攻撃目標から外されたアルフレッド達から、兵士達に向かって警告の声が上がる。
だが、兵士達がその警告に従っている暇はなかった。
若草色の円とエレメンタル達から複数の竜巻が一度に放たれ、隊列を組んでいた兵士達を薙ぎ払った。
「「「「くっ!?」」」」
兵士達の多くがその場に倒れ、倒れなかった者達もバランスを崩して立ち往生した。
「何故魔法障壁が効かない!」
倒れた兵士からちらほらとそんな疑問の声が上がったが、その疑問に答えられる者は誰もいなかった。
「急いで立て、お前達!」
そんな兵士達に向かってエレメンタル達が追撃の魔法を放つと、間一髪シオンとアリスの魔法障壁が飛んできた魔法を防いだ。
だが、兵士達を庇ってシオン達が動けないと見たエレメンタル達は、魔法を連続で発動させていった。
無数の魔法が魔法障壁に命中し、魔法障壁の耐久値をガリガリ削っていく。
「くっ!あまり長くはもたんか。お前達、さっさと後退しろ!そう長くは防いでおられんぞ!」
「動ける者は倒れている者に手を貸しなさい!動けない者は這ってでも逃げなさい!」
シオンとアリスから命令された兵士達は、自分達が領主様達の足手まといになると理解した。
そして、二人の命令通り後退を開始した。
立てる者は一部の者に肩を貸し、よろよろと歩いて行く。
立てない者は、歩腹前進でアリスの命令通り這って撤退した。
「うん?・・・領主様大変です!!」
撤退している途中、兵士の一人が街の北側からこちらに向かって来るものを見つけ、大きく叫び声を上げた。
その兵士の切羽詰まった声に、この戦場にいる全ての者の視線が集まった。
「いったい何事だ!」
「あれをご覧下さい!」
シオンが兵士にどうしたか尋ねると、兵士は答えている時間もないとばかりに、先程から自分が見ている方向を指差した。
全員の視線が、今度は兵士が指差す方を一斉に見た。
「いったいなんだというんだ?・・・アレは!」
「貴方!」
「「「領主様!」」」
その方向に居たものを見た全員から声が上がった。
そこにいたのは、二日前に街を危機に陥れた相手。
ナイトメア達だった。
「ありえん!二日前にあれだけの数が攻めて来たばかりなのだぞ!何処にこれだけの数がまだ残っていたというのだ!」
シオン達の眼前にいるナイトメア達の数は、およそ五百。
二日前に攻めてきた数の約半分。
しかし、普段は一週間に一体を相手にすることを思えば、二日前と今目の前にいるナイトメア達の数は、異常の一言では済まされないことだ。
「そりゃあ、人類がいる限りいくらでも沸いて出るからな」
シオン達が現実の理不尽さに憤っていると、現在の緊迫した状況にそぐわない、落ち着いた声が戦場にいた者達の耳朶を震わせた。
誰もがその声の主を捜してキョロキョロしていると、今までアルフレッド達と戦っていたエレメンタル達が、一斉に街の側に居たアリア達の方に移動を開始した。
「えっ!?」「おっ?」
「お帰り」
全員の視線がエレメンタル達の後を追って行くと、アリア達の傍で突然ある変化が起こった。
アリア達の足元の影が立ち上がり、人の姿を形作ったのだ。
そして、その影はやがて完全な人の姿に変わり、先程皆の耳朶を震わせたのと同じ声が放たれた。
「アストさん!」「アスト!」
影の中から姿を現したのは、シオンが招こうとした相手。
剣の主であり、異世界人であるアストだった。