14.領主一家対エレメンタル2
「領主様?領主様達だ!」
領主館から放り出された領主一家は、若草色の風に巻かれながらゴーシェルの街上空を飛ばされ、街の外に向かって押し出されていた。
彼らの眼下では、そんな領主一家を見つけて叫び声を上げる、街人達の姿があちこちで見受けられた。
「領主様!」
そんな街人達に通報された。あるいは、自分で見つけた街中の兵士達が、領主一家の救援の為に彼らを追いかけて街中を移動して行く。
街人達も領主一家を案じ、兵士達の後を遅れてついて行く。
現在、ゴーシェルの街の住人達の大移動が、街中のあちこちで見られた。
「馬鹿者!持ち場を離れるのではない!」
それを見たシオンの制止の言葉は、彼らに届くことはなかった。
空中で身動きがとれないシオンは、そのことにただはがみした。
そんなことは関係無いとばかりに、風は吹き続ける。
領主一家は、瞬く間に市街地を抜け、街壁も飛び越えて街の外にまで連れ出された。
最終的に領主一家がたどり着いたのは、二日前に行ったナイトメア達との戦場跡だった。
そこには、あの時の戦いで出来た穴等が今だに空いていて、あの激戦がまだこないだのことなのだと主張していた。
「奴らはここで戦うつもりなのか?」
「そのようですわね」
「わざわざここまで俺達を連れ出したのですしね」
「それに、本来なら私達を地面に叩きつけることも出来たはず。なのに、私達を丁寧にここに降ろしました。私達を殺すつもりが無いのだとしたら、私達の人となりを調べたいのかもしれません」
「その可能性は高いだろうな。あの部屋で戦っていた場合、私達はあれ以上の攻撃は出来なかったからな」
「そうですわね。あのまま戦っていたら、いつまでも決着がつかないか、私達が疲労で動けなくなっていたでしょうし」
「なら、今の状況はお互いにとって都合が良いですね」
「そうね兄さん。外で障害物も無く、これだけの広さがあるんですもの。今度は全力を出せるわ!」
「お前達、油断はするな。それは向こうも同じことだ」
「はい!」「わかっています、お父様!」
「良し!ならば行くぞ!」
「「「おう!」」」
シオンの掛け声に合わせ、四人は一斉にエレメンタル達目掛けて疾走した。
エレメンタル達は、そんな四人を先程の比ではない攻撃で迎え撃った。
空中に無数の円が描かれる。そして、その円と同色のエレメンタル達から無数の魔法が放たれた。
赤い火。青い水。若草色の風。茶色い土。黄色い雷。透明な氷。白い光。黒い闇。
数多の属性攻撃が、シオン達四人に襲い掛かる。
自分達に向かって殺到するその攻撃を、シオンとアリスは魔法障壁で防ぎ、残るアルフレッドとアリシアは体術でそれをかわしていった。
そして、徐々に全身してエレメンタル達との距離を詰めて行く。
「《火よ猛れ 万象を灰燼と成せ 我が意を受け 地を駆けよ》【フレイムストーム】!」
その道中、シオンはエレメンタル達の攻撃の間を狙い、火の魔法を放った。
シオンの正面に火柱が立ち上り、火の竜巻がエレメンタル達目掛けて直進した。
「《風よ吹きすさべ 万象を切り裂け 我が意を受け 空を駆けよ》【ウインドカッター】!」
そんな夫を支援するように、妻であるアリスは風の魔法を発動させた。
アリスが放った風の刃は、シオンの放った火柱を追い抜き、エレメンタル達に命中した。
キィーン!
魔法の命中したエレメンタルからは、そんな甲高い音が周囲に響き渡った。
そしてその直後、風の魔法を受けた赤いエレメンタル達は、遅れて来た火の魔法に追撃を受けた。
赤い竜巻がエレメンタル達を焼き尽くそうと、周囲に大量の熱気を撒き散らす。
しかし、今度はエレメンタル達から甲高い音がすることはなかった。
それどころか、火の魔法は効果時間がまだ残っているにもかかわらず、途中で四散してしまった。
「どういうことだ?私のフレイムストームが散らされただと!?」
「私の風の魔法は効いているようでしたから、あの魔物には火を退ける能力があるのではないでしょうか?」
「そうか。その可能性はあるな。ならば、属性を変えるとしよう」
アリスから魔法の属性について指摘されたシオンは、使う魔法を火から別のものに切り換えることにした。
「《水よ踊れ 万象を貫け 我が意を受け 空を駆けよ》【アクアアロー】!」
シオンは、次に水の魔法を発動させた。複数の水の矢が放たれ、エレメンタル達に向かって飛翔する。
「では私も。《風よ吹きすさべ 万象を切り裂け 我が意を受け 空を駆けよ》【ウインドカッター】!」
そんなシオンに合わせ、アリスも再び風の刃を放った。
水の矢と風の刃。今度は二つの魔法が同時に赤いエレメンタルに命中しようとした。
だが、今回はエレメンタル達の迎撃があった。
水の矢は、透明なエレメンタル達に凍らされた後に砕かれた。
風の刃は、若草色のエレメンタルが放った風に吹き散らされた。
「むっ!」「防がれましたわ」
シオンとアリスは、自分達の魔法が防がれたことに危機感を覚えた。
あの魔物達には、魔法の属性を見極めて対処出来ることがわかったからだ。
何処まで魔法に対処出来るかはわからないが、これで魔法の火力をあてにするのは難しくなった。
そんな危機感を覚えている二人目掛けて、エレメンタル達はお返しとばかりに魔法による攻勢を強めた。
威力と範囲の広がった無数の魔法が、魔法障壁を展開している二人を後退に追いやる。
二人は、されるがままにエレメンタル達から距離をとるしかなかった。
「父上、母上は支援をお願いします!」
「道は私達が切り開きます!」
魔法で攻撃したシオン達が攻めあぐねているのを見たアルフレッド達は、自分達がこの流れを変えようと行動を起こした。
エレメンタル達の注意が両親にいっているのを逆手にとり、アルフレッドとアリシアは一気にエレメンタル達の傍まで接近した。
エレメンタル達の攻撃は、後衛のシオン達に集中していた為、アルフレッド達は難無くエレメンタル達の傍まで接近出来た。
「今度はダメージを与えてやるぞ。【スラッシュ】」
「はい、兄さん!【スラッシュ】」
エレメンタル達に接近した二人は、狭い部屋の中では使えなかったアーツを発動させた。
二人の剣が淡い光に包まれ、二人はそのまま剣でエレメンタル達を切り付けた。
エレメンタル達は攻撃手段が魔法しかないのか、今回はなんの迎撃もせず、そのまま二人の剣に切り付けられた。
キィン!
だがエレメンタル達は素の防御力が高いらしく、二人の剣を自前の硬度だけで弾き返した。
「硬っ!」「くっ!」
二人は反動で腕を痺れさせながら、後方に跳びのいた。
「なんて硬さだ」
「今回はお父様達みたいに魔法で防御されたわけでもないのに!」
「だが敵も無傷というわけではないぞ」
「え?」
「よく見てみろアリシア」
「うん。・・・あれは!」
アルフレッドに言われ、アリシアがエレメンタル達を注意深く見てみると、エレメンタル達の表面に微細な傷を見つけた。
どうやら硬いとはいっても、まったくダメージが入らない程ではなかったようだ。
「兄さん!」
「ああ。諦めずに何度も行くぞ!」
「はい!」
アルフレッド達は、再びエレメンタル達に突撃した。
「・・・マズイな」
「ええ、貴方」
そんな子供達を見て、シオン達両親組は難しい顔をした。
「相手の攻撃力はナイトメア達程高くはない。だが」
「ええ。防御力はナイトメア達以上ね。ナイトメア達相手なら十分なダメージを与えられるあの子達の攻撃を受けて、あの程度の傷しかつけられないなんて」
「このままだと、室内の時同様のじり貧になるか?」
「いえ、私達の方はじり貧でも、向こうはそうはならないと思うわ」
「どういうことだ?」
シオンは疑問のこもった目をアリスに向けた。
「シオンも見たでしょう?あの魔物達が殖えるところを。たしかに、相手の攻撃力はナイトメア達よりも低いわ。だけど、その点を数で補えるのなら、それは向こうの欠点ではなくなるわ」
「なるほど、な」
シオンはアリスの言葉に納得した。
エレメンタル達の殖える基準、方法、限界はわからない。だが、だからこそそれらの上限は最悪を予想しておかなければならない。
領主一家とエレメンタル達の戦いは、まだ始まったばかりだ。