13.領主一家対エレメンタル
「君達には先に謝罪しておく。すまない」
「「「「ええっ!?」」」」
シオンのその唐突な言葉に、事情を理解していない四人から疑問の声が上がった。
しかし、シオンはそれに構わず、火の魔法をアリアに向かって放った。
「きゃっ!」
「アリア!」
「父上!?」「お父様!?」
四者三様。アリアは驚き、ウ゛ェルドは案じ、アルフレッドとアリシアは父であるシオンの正気を疑った。
シオンが放った火は、そんな四人をいにかいさずに狙い違わずアリアに向かって突き進んだ。
誰もが、アリアが火に焼かれる姿を幻視した。
キィン!
だが、実際にはそうはならなかった。
火がアリアに当たる直前。火はアリアではない別の何かに命中して、四散した。
「「「「「「なっ!?」」」」」」
六者二様。その予想外の事態に、応接間にいた全員からそれぞれ驚きの声が上がる。
アリアとウ゛ェルド。それにシオンとアリスからは、アリアを守った存在が本来予想していたものとは違う、予想外のものだったことに対する驚きの声。
アルフレッドとアリシアからは、現れた存在が完全に予想外のものであったがゆえの驚きの声。
六つの視線が、件の存在に注がれる。
それは、空中に浮かぶ虹色のクリスタルの姿をしていた。
大きさはサッカーボールくらい。形状は六角柱。表面は鏡のように光を反射し、その鏡面の色彩は、時が経つ毎に移ろっていく。
この世界で魔物と呼ばれる存在。
されど、《デイドリーム》に住まう人々の誰もが、いまだかつて見たことのない存在。
この世界にこの存在を知る者はただ一人。
その彼が呼ぶ、この魔物の名は、レギオン・エレメンタル(R・エレメンタル)。
「なんだこれは?これが私の【直感】が警戒していた相手なのか?」
予想外の事態に僅かに硬直してしまったシオンだが、そこはこの場で最年長。すぐに落ち着きを取り戻し、目の前の存在を注視した。
「!・・・」
だが、その取り戻した冷静さもすぐに失われることになった。
シオンの持つ【直感】が、今までにない程強く警告を発し始めたのだ。
その直後、今まで空中に静止していたエレメンタルにも、動きがあった。
エレメンタルを中心に、虹色の粒子が周囲に広がり、やがてそれらは特定の流れを形成して、部屋の中に渦を生み出した。
「これはいったい?」
「何が起こるんだ!?」
シオンとアルフレッドが疑問を持った直後、渦がシオン達領主一家に襲い掛かった。
渦はその形を変え、無数の『腕』を成してシオン達に殺到する。
「むっ!」「来るか!」
シオンとアリスは魔法を、アルフレッドとアリシアは剣を抜いてその『腕』を迎え撃った。
だが、四人の攻撃は思うような効果を上げることはなかった。
シオンとアリスは、室内ということで魔法の威力を抑えていた。だが、それでもたいていのものを破壊出来るだけの破壊力は残してあった。
にもかかわらず、『腕』に命中した魔法は、エレメンタルの登場時同様当たった傍から四散していった。
傍から見ても、エレメンタルは無傷だった。
まったくダメージを受けた様子がない。
両親の魔法が効いていないと理解すると、アルフレッドとアリシアは、己の剣撃を激しくした。
二人は、両親の魔法がことごとく四散するのを見て、エレメンタルが魔法に対する耐性が高い相手だと判断した。
このタイプの相手は、魔法への耐性が高い半面、物理攻撃への耐性が低いことが多い。
ゆえに、自分達がダメージソースになろうとして前に出た。
だが、エレメンタルは物理攻撃にたいしても高い耐性を持っていた。
狭い室内で剣を振るスペースがあまり無く、二人の動きが制限されているが、エレメンタルは二人の攻撃を無数の『腕』を使って寄せ付けなかった。
領主一家の攻撃は、その全てがエレメンタルに届いていなかった。
魔法は弾かれ四散する。剣による斬撃は、『腕』に弾かれ逸らされる。
一方的な攻防が十分程続き、領主一家が僅かに疲労してきたタイミングで、エレメンタルに動きがあった。
「なんだ?」
エレメンタルの周囲を流れる粒子が、複数の円と球体を形作っていく。
「いったい何が起こるんでしょう?」
「わからん?」
その光景を、アリアとウ゛ェルドはエレメンタルの背後から見ていた。
突然始まった領主一家とエレメンタル達の戦いを、二人は先程から観戦していた。
その理由は簡単で、二人にとってはどちらも敵とは言えなかったからだ。
アストを呼び寄せる為にアリアに攻撃を仕掛けたシオン。
アリアを守るように現れ、実際にアリア達には攻撃を仕掛けて来ないエレメンタル。
どちらも二人が戦う相手ではない。
その為、二人はどちらにも手を貸さず、観戦していることを選んだ。
エレメンタルを中心に、無数の粒子が色とりどりに光輝く。
「綺麗」
アリシアの口から、思わずそんな言葉が洩れた。
それがきっかけとなったわけではないだろうが、その言葉が室内に零れた瞬間、無数の球体が一斉に強い閃光を放った。
「「くっ!」」「「きゃっ!」」
その突然の閃光に、エレメンタルを注視していた四人は、目を眩ませた。
「これは・・・」
「殖えた!?」
領主一家が動きを停める中、閃光の影響を受けなかったアリア達の眼前では、驚くべき光景が展開されていた。
なんと、先程閃光を放った球体が消滅し、水晶玉サイズの無数のエレメンタル達が新たに出現したのだ。
その数ざっと二十。単純に考えれば、エレメンタル側の戦力が二十一倍になったということだ。
「「「「なっ!?」」」」
アリアとウ゛ェルドの言葉を聞いた領主一家は、眩んだ目を擦りながら、慌ててエレメンタルの状態を確認した。
そこには、ウ゛ェルドの言葉通り大量に殖えたエレメンタル達の姿があった。
それを見た領主一家は、自分達の圧倒的な不利を理解した。
エレメンタルが一体の時でも倒せなかったのだ。それなのに、それが一気に二十体も殖えた。
明らかに戦力は向こうの方が上。その上、向こうはまだ攻撃らしい攻撃はしてきていないのだ。
領主一家の額からは、嫌な汗が流れ始めていた。
また、彼らの内心では嫌な予感が膨らむばかりだった。
そして、その予感が正解であることはすぐに証明されることになった。
消滅した球体と一緒に出現し、今まで沈黙していた円の内、若草色をした円が一斉に回転を始めた。
それと同調するように、新たに出現したエレメンタル達の内、同じ若草色をしたエレメンタル三体も明滅を開始した。
「むっ!?」
領主一家が警戒する中、エレメンタル達の魔法が発動した。
若草色の円とエレメンタル達から、若草色の風が溢れ出し、領主一家に襲い掛かった。
「くっ!?」
パリィン!
領主一家はその場に踏み止まろうとしたが、風圧が台風並だった風に吹き飛ばされ、応接間の窓を突き破って外に放り出された。
「領主様!」
それにアリアが声を上げる中、エレメンタル達も領主一家を追って、窓の外に飛び出して行った。
あとに残されたのは、アリアとウ゛ェルドの二人だけだった。
だが、二人もいつまでも応接間に残ってはいなかった。
二人も慌てて領主一家とエレメンタル達を追いかけた。
その道程で、領主館にいた兵士達に声をかけ、領主一家の援軍をどんどん引き連れながら外に向かう。
この時彼女達は気がついていなかった。自分達の足元の影が、揺らめいていることに。




