11.アリア・領主一家との対面
「ウ゛ェルドさん、あまりキョロキョロしないでくださいね」
「ああ、気をつける」
ウ゛ェルドさんは人間の作法なんて知りませんから、とても不安です。
現在私とウ゛ェルドさんは、このゴーシェルの街の領主様の館に招かれています。
あの戦いから二日。避難していた街の人々も全員が問題無くこの街へ戻って来ています。
また、あの戦いで亡くなった人達の合同葬儀も昨日執り行われました。
もっとも、亡くなった皆さんの遺体は遺族の人達と再会する時にはすでに焼かれて骨となっていましたが。
どうやらこの世界には、私達の世界には実在していなかった幽霊やお化けが、アンデットという名前の魔物として存在しているらしいです。ですので、戦死者の遺体は即焼却の上、近日中に墓に埋葬するのがこの世界の常識だそうです。
この時、死者の魂が昇天しているかを確認し、死者の魂がまだ残留していた場合は、教会の神父様の祈りで強制的にあの世に送り出すそうです。
世界が違うと葬儀の意味合いも違うようです。
私達の世界の葬儀には、強制的なんて言葉は出てきませんし。
そして葬儀の次の日。今日は、朝早くから領主様からの呼び出しがかかりました。
おそらくはあの戦いでの報奨関係だと思うんですけど、それにしては迎えが仰々しかったのが気になります。
普通平民である私達相手には、伝令兵や使者の方だけが来るはずなのに、何故か領主軍の兵士の方達が一部隊も一緒に来られました。
明らかに呼び出し方が強制的でした。
ひょっとしてですが、私達の異世界人であるという素姓がばれたのでしょうか?
それだと、いつでも逃亡出来るようにしておかないとマズイですね。
私は、領主様の館の応接間で領主様を待ちながら、逃走方法を思案し始めました。
「待たせたな」
私達が応接間に通されてからおよそ30分後。ようやく領主様がやって来ました。
また、来られたのは領主様だけではなく、その奥方様。ご子息とご息女もご一緒でした。
平民の私達と面会するにしては、些か過剰な面子の気がします。
「私がこのゴーシェルの街の領主である、シオン=フォン=アークライト伯爵だ」
私がそう思っていると、領主様が自己紹介を始めました。
領主様は、白の混じり始めた黒髪に落ち着いた印象を与える青い瞳を持つ、品のある顔立ちをした四十代前半の男性でした。
「そして隣の彼女が私の妻のアリスだ」
「ご紹介に与りました、アリス=フォン=アークライトです。本日はシオンが無理を言ってごめんなさいね」
次に領主様に紹介されたご婦人は、やはりというか領主様の奥方様でした。
艶やかな亜麻色の髪に、穏やかな若草色の瞳を持った三十代前半くらいに見える麗しい女性の方でした。
美男美女のご夫婦ですね。見た感じお二人の中も良好なようで、私達の世界に居た一部の政略結婚で冷めた貴族の人達とは雰囲気からして違います。
「そしてこっちが息子のアルフレッド。その隣にいるのが娘のアリシアだ」
「アルフレッド=フォン=アークライトだ」
「アリシア=フォン=アークライトです。よろしくお願いいたしますわ」
次に領主様が紹介したのは、ご子息様とご息女様のお二人です。
ご子息様は、艶やかな黒髪に領主様よりも黒みがかった涼しげな青い瞳をされています。
顔立ちも領主様によく似ていらっしゃって、端正で男らしい感じです。
身体付きも引き締まっていて、現在着ておられる騎士の制服がよく似合っておられます。
隣におられるご息女様は、奥方様より明るい亜麻色の髪に、好奇心を宿されたエメラルドに近い若草色の瞳をしています。
現在の服装はご子息同様に騎士の服装ですが、ドレスに着替えれば奥方様同様に華があると思いました。
「お前達はもう下がってよいぞ」
「かしこまりました」
領主様一家の自己紹介が終わると、領主様は部屋にいた侍女達に退出を命じられました。
侍女達が一斉に応接間から出ていき、応接間に残ったのは私とウ゛ェルドさん、領主様一家の四人だけです。
「さて、これで話を聞くのは私達だけだ。これから話すことは秘密にせねばならんからな」
「「「「秘密?」」」」
侍女達を下がらせた後、領主様は周囲を見回してそう言われました。
ですが、その領主様の秘密という言葉に、私達と領主様のお子様二人が反応しました。
どうやら、お二人については領主様が私達二人に会う目的を伝えていなかったようです。
たいして奥方様は知っていたらしく、ゆったりとお茶の準備を始められました。
「父上、秘密とはどういうことです?今回は彼らの報奨の話をするのではないのですか?」
「私もそう聞いて来たのですが?」
やはりお子様二人は、私が最初に想定した内容で呼ばれたようです。
「むろん、報奨の話もするとも。ただ、その報奨の取り決めの為に幾つか別の話もせねばならん。そして、その別の話の一部は秘密にせねばならん」
「それは何故でしょう?」
「私の【直感】が警鐘を鳴らしているからだ。今から私達がする話が不特定多数の者達に知られるのは危険であると、な」
「なるほど。それならこれは必要な措置ですね」
領主様が自身のスキルを根拠に挙げると、お子様二人は納得したように頷きました。
どうやら領主様の【直感】というスキルは、全幅の信頼を寄せられる程に強力な能力のようです。
「ふむ。君達二人は私のスキルについて知らないようだな。ならば私のスキルについて少し説明しておこうか」
「よろしいのですか?」
そのスキルが警鐘を鳴らしているのに、私達にスキルの説明などして?
「君が考えていることはわかる。しかし、私のスキルは効果を知られても対策が立てられるようなものではない。また、効果を知られていた方が有効な場合がある。君達の場合はそれだ。それにだな、私のスキルが警鐘を鳴らしているのは、君達が相手ではない。私のスキルが警鐘を鳴らす程警戒しているのは、これから招く相手の方だ」
「これから招く相手ですか?」
「そうだ」
今から招く。つまりは今はこの場にいない人。そして、私達の報奨に関わりがあり、領主様のスキルが警戒するような相手。話の流れからすると、アストさんのことでしょう。
しかし、アストさんは現在何処かに隠れているはず。領主様はどうやってアストさんを招くつもりなんでしょう?
「それで私の【直感】についてだが、単純に言えば二択の答えがわかる能力だ。攻撃が来る、来ない。嘘を言っている、言っていない。隠し事をしている、していない。選択肢が複数の場合は個別に処理していかなければならないが、ほとんどの場合正解か誤りかを教えてくれる便利なスキルだよ。おかげで貴族の化かし合いから、二日前のような戦闘でも重宝しているよ」
「たしかにかなり有用なスキルですね」
つまり先程の領主様の発言は、私達に嘘や隠し事をしてもわかると伝えていたわけですか。
「それって反則じゃないか?」
「ウ゛ェルドさん!?」
私がそう思っていると、ウ゛ェルドさんが何気なく領主様に不敬な発言をしました。
私は慌ててウ゛ェルドさんを嗜めました。
「すみません領主様。ウ゛ェルドさんはこういう場に慣れていなくて」
「いや、構わんよ。私自身、自分のこの能力はかなり反則だと思っているからね」
そして、領主様の顔色を伺いながら謝りましたが、領主様は笑って許してくださいました。
「昔から思っていたが、やはりチートな能力と言えるな」
「「チート?」」
ですがその後、少し難しい顔をなされて私達の知らない言葉を呟かれました。
チートとはなんなんでしょう?
「気にしないでくれ。それではそろそろ本題に入ろうか」
領主様はそう言うと、この状況の目的を話始めた。