10.ウ゛ェルド・戦いの後
「あっという間だったな」
「そうですね」
俺とアリアは、アストが居た場所を見ながら、しばらくその場にただ立たずんだ。
「おーい、二人共無事か!」
俺達がそうしていると、鎧を着た男がこちらに声をかけてきた。
その男の鎧には、この街の領主の紋章が描かれいたので、おそらくは領主軍の兵士なのだろう。
「ああ。俺達は無事だ。そちらこそ無事か?」
それは彼のことであり、彼の居た部隊についてだ。
「俺の方はなんとかな。だが、仲間達の多くは・・・」
「ああ。かなりの被害が遠目にも見えたからな」
仲間達のところで言葉を途切れさせる男に、やはり大きな被害が出たのだとあらためて実感した。
俺のところにアリアが来る前に、前線の一部が破られてナイトメア達が後方になだれ込んでいたんだ、途中でアストの奴がこの戦場に現れなければ、俺もアリアも、そしてこいつも生き残れなかっただろう。
「あの、本隊や他の皆さんの状態はどうですか?」
「本隊は半壊。あとは、各部隊や護衛ギルドの人間達が個別に生き残っている状態だ。今は生存確認を優先しながら、生存者に本隊への合流を要請している。お前達は自力で移動出来る様子だから、自分達で本隊に合流してくれ」
俺がアストに感謝していると、アリアが兵士の男に他の人間達の様子を尋ねた。
アリアに聞かれた男は、俺達を捜していた理由を告げ、俺達に本隊との合流を要請してきた。
「わかりました。行きましょうウ゛ェルドさん」
「ああ、わかった」
アリアに呼ばれた俺は、本隊の方に向かって歩き出そうとした。
「いや、ちょっと待ってくれ。一つ確認を忘れていた」
が、すぐにまだ居た男に呼び止められた。
「確認?なんですか?」
「お前達は先程の現象について心当たりはないか?あの大量に出現した剣の群れ。あれがナイトメア達を殲滅してくれなければ、我々は全滅し、全員生きてはいなかっただろう。それゆえに、領主様があの奇跡を起こしてくれた者を捜しておられる。是非感謝を直接のべたいそうだ」
「ああ、なるほど」
たしかに、領主がアストに礼を言いたい気持ちはわかるな。
「それだったら、ア「ウ゛ェルドさん!」」
俺がそう思って男にアストのことを話そうとしたら、アリアに大きな声で止められた。
「それだったら?お前達、先程の現象を起こした者に心当たりがあるのか?」
「ありません!あんな現象は、魔法にしろ魔術にしろ心当たりがありません!というか、どうしてあの現象に礼を言える相手がいるなんて話になったんです?誰かが術者でも確認したんですか?」
俺の言葉を遮ったアリアは、まくし立てるように男にそう言った。
だが、たしかにアリアの言葉にも一理ある。
あれだけのとんでも現象を見て、よく人為的なものだと想像出来たな。
直接アストが行使するところを見た俺でも、ありえないと思ったのにな。
「領主様のスキルのお力だ」
男はアリアの様子に釈然としない表情をしていたが、アリアの疑問ももっともだと思ったのか、理由をそう口にした。
「領主様の?」
「そうだ。領主様のスキル【直感】が、先程の現象を人為的なものだと判断したのだ。むろん我々もそれを聞いた時はありえないと思ったが、領主様が偽りを口にする理由は無く、領主様の【直感】の精度にも疑う余地はない。だからアレは、たしかに人為的なものだと判断したのだ」
「領主様のスキルは、そんなに精度が高いんですか?」
「ああ。領主様の【直感】が外れることは滅多にない。それが領主様ご自身がその目で確認されたことならなおさらな」
「そうなんですか」
【直感】か。随分便利なスキルがあるもんだな。
「呼び止めて悪かったな。早々に本隊と合流してくれ」
兵士の男はそう言うと、本隊とは反対側に歩き出した。
おそらく、他の生存者をまた捜すのだろう。
「ウ゛ェルドさん、駄目じゃないですか!なんでアストさんがここから離れたと思っているんです!こちらの世界の面倒ごとに巻き込まれない為なんですよ!」
「わ、悪かったよアリア」
俺の背中が見えなくなると、アリアに強く叱られた。
たしかにアストがそう言っていた。
俺、そんなアストに面倒ごとを持ち込もうとしたんだな。
「もう、ウ゛ェルドさんたら。ウ゛ェルドさんに嘘がつけるとは思いませんけど、人の秘密は黙っておくのがマナーですよ。これからは、あまりむやみに人の秘密を喋ろうとしないでくださいよ?」
「わ、わかった。これから気をつける」
「本当に気をつけてくださいね。・・・それじゃあ、そろそろ本隊に合流しましょう」
「あ、ああ。わかった」
またアリアに迷惑をかけてしまった。
俺が反省していると、アリアがやれやれといった表情で俺の手を引いてくれた。
そのまま俺達二人は、防衛戦力の本隊と合流した。
本隊と合流した俺達は、それから慌ただしく動きだした。
まずは今生き残っている生存者達の確認と、この戦いで亡くなった人間達の遺体や遺品の回収。
ナイトメア達がまだ周囲に残存していないかの確認や、ナイトメア達の集団行動による影響と、その原因の調査。
壊れた投石機の片付けに、街を脱出させた領民達への連絡。応援を要請しようとした隣街への報告等など。
やることはいくらでもあった。
俺は生存確認や戦場の後片付けに走り回り、アリアは怪我人の治療の為に野戦病院の方に掛かり切りになっている。
そうして今日という日は過ぎ去っていった。
後日アリアから聞いた話では、防衛戦に参加した総勢五百人の人間達の内、三百人がナイトメア達との戦闘で死亡。
六十人近くはナイトメア達との戦闘では生き残ったが、その戦闘中に受けた攻撃がもとで、その後の治療のかいなく死亡。
八十人近くは戦闘で負った怪我が原因で、全治六ヶ月以上の重傷でもっか入院中。
五十人近くは、あの激戦の中なんとか軽傷で済み、現在は死んだ仲間達や、ベッドから動けない仲間達の代わりに徹夜で仕事に奔走しているそうだ。
残る十人については、俺とアリアを含めた五人がほぼ無傷で日常に復帰。
アストに助けられた俺とアリアはともかく、よく三人も無傷の人間がいたものだとアリアから最初に話を聞いた時は思ったが、なんてことはない、無傷だったのはこの街の領主、その妻、最後に後継ぎの息子だった。
こういうと、戦わなかった腰抜けか卑怯者に聞こえるが、実際は三人の戦闘能力が人間を辞めているだけだ。
俺を除けば、前線でもっともナイトメア達を抑えていたのはこの領主一家で決まりだろう。
実際のところ、この三人がいなければアストが出て来る前に防衛線が壊滅していたと言い切れるのだ。
人間の可能性というか、個体差は本当に激しいと心の底から思った。
最後に十人中残る五人についてだが、こちらは行方不明となっている。
普通ならあのナイトメア達の進行による混乱からの敵前逃亡を疑うところだが、その五人は今回の防衛戦参加者の中でも特に勇敢な上、避難させた住人達の中に家族もいる。
あの混乱が原因なら、誰も敵前逃亡は責めない。実際、敵前逃亡一歩手前の奴らも普通に帰って来ている。
彼らだけがいつまでも姿を現さない理由は、彼らの同僚達によればなかった。
それならばすでに彼らが死亡しているのではないかという話もあったが、ナイトメア達がアストに倒される少し前までは生存が確認されている。
生存確認直後にアストがナイトメア達を殲滅しているので、彼らがナイトメア達の餌食になった可能性はほとんどなかった。
まったく行方不明の原因がわからないという結論に落ち着くわけだが、とりあえずは五人の行方を捜索するという方針でこちらも行動が開始されている。
あのナイトメア達との戦いから二日後。俺達は領主から呼び出しを受けた。