9.アスト・今後について
「さて、それじゃあこれからについて話そうか。二人は今後何か予定があるか?」
パーティーを結成した後は、次に目的や目標、行動指針の決定だ。
俺はまだなんのしがらみも無いが、一ヶ月この世界で暮らしていた二人には、この世界での今の暮らしというものがあるはず。
俺の方が二人の行動に合わせた方が、角が立たないだろう。
それに俺の方は、後百年以内に目的が果たせれば良いんだから、そこまで急ぐ必要も無いしな。
「予定かぁ。護衛ギルドの仕事がまだあるか?」
「そうですね。この戦いの後始末もありますし、あの街の護衛契約期間がまだ後一週間程残っています」
ウ゛ェルドとアリアからは、この戦場や護衛ギルドとやらの話が出てきた。
護衛ギルドというのはなんだろうか?
「なあ、護衛ギルドっていうのは何なんだ?俺が知っているこの世界の知識には無いんだが・・・」「護衛ギルドというのは、任意対象を任意の期間護衛する契約を斡旋するギルドのことです。私達としても、本当なら冒険者ギルドに所属したかったんです。冒険者ギルドはわかりますか?」
「ああ。二人の物語を読んで、二人の世界の冒険者ギルドについては把握している。それで、なんで冒険者ギルドに所属しなかったんだ?」
「この世界には冒険者ギルドがなかったんです。あったのは、冒険者ギルドと似たもので護衛ギルドと傭兵ギルドの二つだけでした」
「冒険者ギルドが無い、ね。ナイトメアなんていうモンスターがいるから、普通にあると思っていたんだけどな」
「私も、この世界に来たばかりの頃はそう思っていたんですけど、一ヶ月もの間この世界で暮らしていると、冒険者ギルドが成立しなかったことに納得がいきました」
「というと?」
「この世界、冒険者ギルドがあっても採算が合わないんです」
「どういうことだ?」
採算が合わなくて冒険者ギルドが成立出来ない?それはどういう構図なんだ?
「まず前提としては、この世界にいる人類の外敵である魔物、ナイトメア達は、倒されると霧散して跡には何も残しません」
「俺の場合はドロップアイテムや経験値になっていたが、そちらの方が特殊なんだよな?」
先程の会話ではそう聞いた。
「はい。私はそんな事例は、今回のアストさんのこと以外噂でも聞いたことがありません」
「・・・それで、それが前提として、どんな理由で冒険者ギルドが成立出来なかったんだ?いや、採算が合わないという結果は先程言っていたから、途中の過程についてか?」
「そうですね。たぶん過程の説明になります。と言っても、それほど難しい話じゃありません。私達冒険者達の収入は、ギルドから請けた依頼の達成報酬と、その依頼の途中で倒した魔獣の素材や、入手したアイテム等を売買して出来る副次収入の二つが主なものになります」
「ああ、なるほど。モンスター達の死体が霧散するということは、副次収入のあてがないってことか。素材も遺さなければ、ドロップアイテムも落とさない。副次収入の発生のしようがないな」
「そうなんです。それに加えて、遺体が残らないから討伐証明が出来ないという点も、冒険者ギルドが成立出来なかった理由の一つです」
「ああ、その問題もあるな。たしかに、討伐したことをちゃんと証明出来ないのに、それで金銭のやりとりをする組織はないな」
自己申告なんて、あてにするようなものじゃないからな。
「アストさんの言うとおりです。冒険者ギルドは、国や地域の集団で運営される組織です。きちんとした運営が出来ないような組織、誰も所属しようとしません」
「ブラック企業でも、運営自体は出来るものだしな。最低限の箇所は押さえておかないと、すぐに倒産してしまうし」
「はい。そんなわけで、この世界の冒険者ギルドは成立せずに終わりました。ちなみに、異世界召喚された人達がその都度冒険者ギルドを設立させようとしたそうですが、今まで話した内容のせいで設立する前に断念したそうですよ」
「あー、たしかに内の世界の連中なら、テンプレの為とか言って取り組みそうな案件だな」
せっかく異世界に来たのに、冒険者ギルドが無いとか聞いたら、自分達でギルドを立ち上げようとするのもある意味お約束だしな。
「そのテンプレというのはわかりませんが、私の世界の人達でも、行動力のある人なら同じようにしそうですね。やっぱり冒険者ギルドがないと便利が悪いですし」
どうやら、アリアの世界の人間達も、内の世界の人間達と似たような行動をするらしい。
「まあ、冒険者ギルドが無い理由とかはわかった。とりあえず、一週間はこの街を拠点に行動するってことで良いか?」
「はい。一週間経てば、契約期間が終了しますから、一緒に旅に出られるようになります」
「なら、その一週間はこの世界の情報収集に努めるのが良いか」
「はい、それが良いと思います」
とりあえず今は、その流れで予定を組むことにした。
まずはこの世界に喚ばれた友人や同僚達の居場所を把握しなければならないし、現在の立ち位置を確認する必要もある。
まともに勇者をしていた場合、接触すると厄介なことに発展することも有り得る。
もともと情報を集める必要はあるのだから、一週間程度この街に留まることに問題は無い。
あえていえば、この街の近くにダンジョンがあってくれると嬉しい。
冥夜の話では、死んだ異世界人達はこの世界の歪みを吸収して災厄となり、ダンジョンに封印されていると言っていた。
あまり考えたくはないが、何人かはすでにこの世界で亡くなり、ダンジョンボスになっているかもしれない。
または、内の世界からさらわれた人間達は全員無事だが、ウ゛ェルドやアリアのような他の異世界人達が封印されている可能性もある。
その中には当然、二人のように俺が知っている人物達が紛れている可能性がある。
どちらにしろ、ダンジョンボスが誰なのか確認しておく必要がある。
だから、情報収集とダンジョン攻略が同時に出来ることが望ましい。
「さて、そろそろ俺はいったん隠れるとしようか」
「隠れる?なんで隠れるんだ?」
「二人を助ける為とはいえ、かなり派手に動いたからな。この世界の住人に目をつけられると面倒だし、早々にこの場から消えておきたいんだ」
戦場での活躍は、富や名声と引き換えにリスクやトラブルを招くことが多い。
漫画や小説系の知識ではあるが、人の想像することは実際に有り得る可能性。現実味があるようになっているのが普通だ。
ゲームの世界が現実になっている以上、高確率で嫌な想像がテンプレ的に現実になりえる。
ゆえに長居は無用。さっさと離脱するにかぎる。
「たしかにそうですね。アストさんは単独であれだけの数のナイトメア達を倒しました。この世界の人達が、アストさんを戦力として欲しがるのは想像に難くないです」
「だろう。というわけで、二人の状況が落ち着いた辺りであらためて合流するよ」
「わかりました。けど、私達の状況が落ち着いたかどうかなんて、どうやって把握するつもりなんですか?」
「その点は大丈夫だ。広域探索系の魔法が手持ちにあるからな」
「それならたしかに大丈夫そうですね」
「ああ。それじゃあな」
二人に別れを告げ、時空間干渉に転移を発動させた。