プロローグ
光が舞う。
幾つも幾つも視界をうめつくすほどに。
舞う光が形作るのは、無数の幾何学模様。
俗に魔法陣と呼ばれるものと同じだろうか?
現在ではフィクションの中で描かれるのが大多数だと思われるもの。
この世界ではありえない現象。
それらがやがて俺の視界を完全にうめつくす。
次の瞬間、一際強い閃光が魔法陣から放たれた。
光が俺の仕事場を白く染め上げ、その状況がしばらく続いた。
そして、ようやく光がおさまった時には、今まで仕事場にいた俺以外の同僚達の姿が全て跡形も無く消失していた。
こうして俺は、人生で五度目のこの世で起こりえない異変の現場に立ち会うこととなった。
さて、こんな異変が起こった今日を現実逃避も兼ねて振り返ってみる。
俺は、俺達は、明日世界で最初に発売されるVRMMOー《デイドリーム》の最終調整の為に全員が仕事場に集まっていた。
朝、いつも通りどの作業を誰が担当するのかをそれぞれ割り振り、あとは各々の机で作業を開始した。
俺の担当は、ゲームで出現するモンスター達の出現率や配置の確認等だ。まあ、他にも個人的にやることがあったが。
「ふむ、とくに問題は無いか。まあ、明日発売なのに問題があってもらっても困るけどな。さて、通常業務はここまで。残り時間はお楽しみタイムだ」
仕事を開始してから半日。ようやく延々と列ぶプログラムの羅列とのにらめっこが終わった俺は、パソコンの画面からいったん目を離した。
そして、しばらく疲れた目を休ませた後、かばんから私物のメモリーを取り出してパソコンに差し込んだ。
「さてさて、メモリーの中身を読み込ませてっ、と」
メモリーの中身を読み込ませると、パソコンの画面に幾つもの新しい情報が表示されていった。
最初はただの文字と数字だったその新しい情報は、ある程度の時間が経過すると、モンスターのグラフィックやステータスへと変化していった。
「先輩、何やってるんです?」
読み込ませた情報をいじっていると、後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、一期下の後輩が立っていた。
「これのことか?」
「はい。そんなモンスター達はゲームに出現しなかったはずですよね?」
俺が後輩に画面を見せると、後輩は画面を確認して頷いた。
「ああ、今のところは出現させる予定はないな」
「今のところ?つまり、バージョンアップ時にでも出現させる予定のモンスターってことですか?」
「ああ、まあ、そうなる可能性はあるな。けどまあ、今はまだ俺の趣味の段階だ」
「趣味って、先輩仕事は良いんですか?」
「俺の担当分はもう終わったよ。それに、これについてはちゃんと上から許可をもらっているから問題は無いさ」
さすがに仕事場で遊ぶようなことはしない。
「よく趣味で機材の使用許可が出ましたね」
「それは、これが俺に支払われる報酬の一部だからな」
「報酬の一部ですか?」
後輩が首を傾げているが、まあ、ある意味現物支給なだけなんだよな。
「ああ。もともとこのゲーム本体の開発者が幼なじみでさ、俺は自分の想像を形にしてみないかって誘われてあいつが立ち上げたこの会社に入社したんだよ。だから、雇用契約書にもちゃんとこれは報酬として明記されてあるんだぞ」
「へぇー、そうなんですか。ちなみにどんなモンスターを作成したんです?」
俺の説明にとりあえず納得した様子の後輩は、さらに話を突っ込んできた。
「そうだなぁ、最近だとこの三体だな」
俺はパソコンを操作して、三体のモンスターを後輩に見せた。
パソコンの画面に表示されているのは、それぞれ蛇型、結晶型、キメラ型のモンスターだ。
「意外と普通ですね。スキルとかが特殊なんですか?」
「まあ、そうだな。今のこいつらはLevel1の初期状態だ。ここからLevelが上がっていくと、外観が変化したり能力が増えていくんだ。例えばこの蛇型だと、Levelが10増える毎に頭が増えていって、だんだんヒュドラみたくなる感じだ」
「先輩それって、最初からゲームに登場するヒュドラのデータを使いまわした方が良くないですか?」
「いや、こいつらには成長要素を与えたいんだよ。だから、初期は普通が良いんだ」
「ああ、先輩はそういうこだわりがあるタイプですか。育成ゲームとかが好きなんですか?」
「ああ、モンスターを育てるタイプのゲームをよくするな。それはそうと、何か俺に用があったのか?」
後輩にそう答えた後、ふと後輩が俺のところに来たことを疑問に思い、何か用があるのか俺は尋ねた。
「ああ!そうでした。すみません先輩、少し俺の仕事を手伝ってもらえませんか?」
「今日のお前の仕事っていうと、たしかエリアの接続や環境データの確認だったか?」
「はい。ちょっと環境設定にバグが見つかっちゃったんです」
俺が後輩の仕事を確認すると、後輩はかなり申し訳なさそうな顔でそう言った。
「わかった、さくさく修正してしまうぞ」
「ありがとうございます先輩!」
俺がそう言ってやると、後輩は表情を一変させた。
なんというか、かなり現金な気もしないではなかったが、頼られるのは素直に嬉しかった。
「じゃあ先輩、よろしくお願いしますね!」
「ああ。うん?」
そして、俺が後輩の後について行こうとして、すぐに異変に気がついた。
なんと、後輩の足元に見知った光が踊っていたのだ。
気がついた時にはもう遅く、次の瞬間には回想前の状況になってしまっていた。
「さて、これからどうするかな?」
回想を終え、現実逃避をやめた俺は、これからどうすれば良いのか悩んだ。
通常であれば、後輩達同僚の失踪を上司に報告するのが俺が採るべき行動だ。しかし、今まで見た四度の異変の前例を考えると、それは駄目だ。
プルル!
「うん?もしもし?」
俺が悩んでいると携帯が鳴った。
『星夜、聞こえているか?』
「冥夜か。どうしたんだ?」
電話の相手は、会社の設立者であり上司兼幼なじみの冥夜だった。
『そちらで何か変わったことが起きていないか?』
「変わったこと?具体的には?」
変わったことなら先程目の前で起こったが、それを冥夜が知っているとは思わなかったので、俺は具体例を要求した。
『そうだな。例えば空間が割れるだとか、床に突然穴が出現するだとか、はたまた突如魔法陣が現れたとかだな』
「・・・なんで知っているんだ?」
具体例を要求しておいてなんだが、いやにあっさりと具体例が出てきた。しかも、あまり現実的ではないのが三つも。さらに言えば、最後の一つが当たりなことに激しい違和感を覚えた。
『やっぱりか。さっき次元境界に揺らぎを感じてな。またどこぞの馬鹿が禁忌を犯して異世界召喚を発動させたんだろう』
「異世界召喚?それじゃあさっきの魔法陣は?というか、なんでお前にそんなことがわかるんだ!?」
『まあ、いろいろと副業があるのさ。それでだ、お前に頼みたいことがあるんだが』
次元境界なんてものが関係ある副業っていうのはいったいなんだ?
「・・・いろいろと言いたいことも聞きたいこともあるが、なんだ?」
疑問は後回しにして、とりあえず冥夜の話を聞くことにした。
『お前少し異世界で遊んでこないか?』
「異世界で遊ぶ?どういう意味だ?」
『今しがた次元境界を調べた結果、異世界召喚をした世界を突き止めたんだが、お前も知っている世界だったんだ』
「俺の知っている異世界?俺は異世界なんて知らないぞ」
というか、異世界なんてものが実際にあること自体知らない。
『いや、わりと知っているぞ。今は自覚がないだけでな。まあ、それはさておいてだ。その異世界の名前は《デイドリーム》というんだ。この名前なら知っているだろう』
「《デイドリーム》?・・・それが今日完成予定のゲームと同じものなら、たしかに知っているな。だがそうなると、あいつらはゲームの世界に召喚されたってことか?」
小説の展開としては有りがちだが、現実味は限りなく薄く感じざるをえなかった。
『別にゲームの中に召喚されたわけじゃない。ゲームの異世界ももちろん実在するが、今回禁忌を犯したのはゲームと現実を足したかかけたような同名大異の並行世界だ』
「同名大異?」
『ああ。初期の環境や法則はお前達が作成していたゲームと完全な同一だった。だが、向こうの時間で三千年程前から住んでいる人類がいろいろやらかしていてな。今では完全な別物とまではいかないが、かなりズレた歴史を辿った世界になっている』
「そんな世界になんで俺が遊びにいかないといけないんだ?」
冥夜の意図がまるでわからなかった。
『いやな、その異世界は度重なる禁忌の技術を使用した結果、創造主に見捨てられて後百年程で滅亡するんだ』
「ますます俺が行く理由がわからないんだが?」
そんな滅亡が間近な世界に何故遊びに行く必要があるのやら?
『さらに調べてみた結果、今回の召喚以外にも星夜の知り合いが飛ばされた痕跡が見つかったんだ』
「なに?」
今回以外となると、小、中、高、大学で行方不明になった奴らか?あるいは、別の場所でここ以外にも魔法陣が出現して誘拐されたのか?
『内心を読んで悪いが、どちらも正解だ。今までの行方不明者とさっき別の場所で召喚された連中が揃っている』
「・・・つまり、遊びに行かないかというのは比喩かなにかで、正確には皆を助けに行かないかってことか?」
俺の内心を読んだことも今は置いておこう。
懐かしい顔に会いたいと思うが、冥夜はなぜ比喩的な表現をしたんだ?その辺りの理由がよくわからない。
『いや、本当にただ遊びに行かないかという誘いだ』
「あ~?」
じゃあ、今の話はなんだったんだ?
『遊びに行けば星夜の友人もいると教えただけだ。それに、お前の友人達は助けられないからな』
「どういう意味だ?」
『先程言った禁忌の異世界召喚は、本来は召喚と送還の魔法陣がセットで存在していた。だが、召喚した異世界人達を逃がさない為に、送還の魔法陣の方は随分昔に破棄され、術式自体を歴史から抹消されてしまっている。異世界召喚された者は、その対となる送還陣からしかこちらの世界には生身で戻って来れない。ゆえに、お前の友人達がこの世界に帰還することは不可能だ』
「・・・そうか」
誘拐したあげく帰り道も潰してあるとは、その世界の住民は性格というか、性質が悪人や傲慢に偏っていそうだな。
「・・・うん、生身では?」
『そこに気がついたか。ああ、魂なら連れ帰れるぞ。ただし、お前が彼らを殺害した場合に限るがな』
「なんで俺が!?」
なんで連れ帰るのに俺が殺すなんて条件が付くんだ!?
『しかたがないだろう。向こうの世界にとって彼らは完全な異物なんだ。召喚されれば世界の境界を揺らして天災を巻き起こし、向こうで戦闘を行えばその余波で世界を傷つける。さらには知識チートなんてものを実行されると、完成品の成果だけが溢れることになり、本来その途中の試行錯誤で生まれるはずだったものや、危険にたいする備え等の安全策も未熟か存在が確立出来なくなる。知識チートっていうのは、向こうの人類にいつ爆発するかもわからない時限爆弾を仕込む行為と変わらないんだ。最後に、向こうで彼らが死ぬとその魂は世界の歪みを吸収して災厄となる』
「いろいろと酷いが、災厄になるってどういうことだ?」
徹頭徹尾異世界人が異物扱いだな。
『それは生きた災厄。憤怒と憎悪に染まりし異世界人達の成れの果て。世界に終焉をもたらすものにして、異世界にある全てに復讐するもの。その在り方ゆえにダンジョンに封印されたる者達。その名は、《ディスペア》(絶望)。向こうの世界の住人の呼び方であれば、ダンジョンボスだ』
「ダンジョンボス」
誘拐され、利用され、死んだらモンスター化したあげくダンジョンに封印されるのかよ!
『というわけで、星夜が肉体を破壊して魂を回収しない場合は、時間経過でダンジョン内で延々と復活を繰り返すことになるわけだ。お前が彼らを友人と思うなら、彼らが狂うか壊れる前に殺してやるのも優しさだぞ』
「・・・嫌な優しさもあったものだな」
だが、他に救いようがない話であるのも確かだよな。
『そうだ。少なくとも故郷には帰って来られるんだ、まだ彼らに救いがある話だ。もっとも、お前が行かないなら無くなる救いだがな』
「・・・はあ。わかった、行くよ」
『おお!行ってくれるか』
「だが、俺はどんな扱いと方法で向こうに行くんだ?それと、こっちでの扱いはどうなる?」
行くのを決めたのはいいが、その辺は心配だ。
さすがに自分が災厄を撒き散らすのも、帰って来れなくなるのも嫌だ。
『そこは安心してくれ。星夜の場合はお前自身が特殊である上、俺がサポートするからこちらに帰れなくなるなんてことはないし、こちらとあちらの時間をズラしておくから、こちらのことは気にしなくて良い』
「おい、今のどういう意味だ?」
俺が特殊だとか、こちらとあちらの時間をズラしておくとか、気になるワードが出てきた。
『自覚がなかったのか?お前、毎回異変の中心にいて無事じゃないか。自分が普通だとでも思っていたのか?』
「いや、たしかにそれは・・・」
あらためて言われると、たしかに俺は特殊っていえるか。
『それと時間関係だが、向こうの創造主と俺にツテがあるんだ。それくらいなんとでもなる』
「・・・そんなものか」
たしかにその世界の創造主。神様ならそれくらいは可能か。
パァー!!
冥夜の言葉に納得していると、後ろから謎の光が照射されてきた。
「うん?いったいなんだ」
振り返って見ると、背後にあったパソコンの画面が発光していた。
『ああ、さっきのお前からの了承発言で向こう側が動き出したみたいだな。詳しいことは向こうで調べてくれ。その辺のヘルプはお前の能力に加えておくから、自分の好きな時に確認すれば良い。じゃあ、行ってこい』
「ちょっと!まっ」
カッ!!
俺が声を上げた瞬間、パソコンから一際強い閃光が放たれ、俺は気を失った。