第4話 幸運の装備品
世界樹と呼ばれる樹の根元、そこに栄える街はその樹と同じくユグドラシルと呼ばれている。
この街に来たセロはユグドラシルへの入国の為に、詰所で手続きを行っていた。
「これで終いですか?」
「そうだね、お疲れ様。確認するから、座って待っといてくんな。」
セロから受け取った書類に不備がないか目を通すジローナ。
記載漏れ等もなさそうだからと、書類を持って立ち上がり自分のデスクへと向かう。セロは何が行われるのだろうと、興味深気にジローナの挙動を見守っていた。
所詮、事務手続きではあるのだろうが、異世界での処理方法が元の世界と同じとは限らない。
そこには未知なる力を用いた何かしらがあるかもしれない。
セロは期待の目を輝かせる。
「何見てんだい?」
「いや、こっちの世界は知らんことばっかで面白いんですわ。」
「そうかい。まぁ、変な気でも起こさなけりゃ、アタシは構わないよ。」
セロの熱気溢れる視線が気になりつつも、ジローナは退屈な事務処理に入る。
机の上に置かれた水晶に触れ、それが輝き出したことを確認すると、セロが記入した書類を、水晶の下に備え付けられた差し込み口に入れる。
自動販売機のお札入れのように書類は差し込み口に吸い込まれていく。すると、書類を飲み込んだ水晶から光りが飛び出した。
その光りの中では、ホログラムによって用紙のようなものが映し出され、そこにセロの個人情報が描かれている。
「この世界には、個人情報保護なんて考えはあらへんのですか?」
ホログラムによって浮かび上がる文字は、セロの位置からでも読み取れるほどハッキリと映し出されている。離れた距離から気付かれないように覗きこもうと思えば簡単に出来そうだ。
「個人情報? こんな情報なんて、身なりをみりゃ大体わかるだろうさね。わざわざ隠す必要なんかあるのかい?」
個人情報にやかましくなっている元の世界では考えられないことではあるが、この世界では当たり前なのかもしれない。
「いえ、つまらん事を聞きました。続けて下さい。」
おかしな質問に首を傾げながら、ジローナは作業を続ける。
確かに、地方ごとで服装や方言等も特徴が現れるであろう。何処でも同じ様な衣類やその他の諸々が手に入る、実際の距離よりも狭くなった現代社会でもなければ、出生は隠したくとも隠せないというものなのだろう。
「あらまっ、大事なことを忘れていたよ。アンタ、その子の使役登録なんてしてないよね?」
ホログラムで最終確認を行っていたジローナが、渡し忘れていた魔物使役登録情報記載要項の用紙を持って戻ってくる。
「使役登録って何ですか?」
「肩の上でアンタに甘えてるその子の身元登録だよ。それがなきゃ、街中で魔物を連れ歩くことは出来ないのさね。」
「はぁ、そないなもんですか。せやけど、ローザは僕のやないんで、登録なんか出来へんのです。コイツの主人を探しにこの街に来たんですわ。」
「なんだい。それを早く言いなよ。登録情報を見たら飼い主探しなんて一発さね。」
戸惑うセロを置き去りに、ジローナは颯爽とローザを抱え上げ、足の裏や、羽根に登録証がないかと探し始めた。
「一発か…。」
ローザと出会って、新たな世界で生きていく目的を見つけたセロにとって、簡単に目的が叶ってしまうことには、少なからず複雑な思いがあるようだ。
「何か言ったかい?」
「あっ、いえ、何もありません。それでどないですか? 主人、分かりましたか?」
独り言を捉えられて、ドキッとしながらも、セロは、結果を聞きかえす。胸の内では、本当の主人とすぐに再出来ることは喜ばしいことなのだ、と必死に言い聞かせている。あとは、生きていく目的に頭を悩ませるのは、ローザに幸せを運んだ後でもいいのだ。
「それがねぇ、登録印がないんだよね。この子に前の主人なんていたのかい?」
羽根の裏から首の付け根まで、ローザの全身をくまなく調べたジローナなが、ため息を漏らす。
「はぁ…飼い主おったっていう確証はないんやけど、ローザは出会った頃からいきなり懐いて来たんですわ。なんで(なので)、前に誰かに飼われてたかと思とったんですけど、それは分からんのですか?」
「そうなのかい? そりゃ、野生のドラゴンにはあり得ない話だねぇ…。でも、登録がされてなきゃ、さすがのジルさんも調べようがないんだよ。主人探しにしてもこの街に入らなきゃいけないから、とりあえずアンタ登録しときな。」
主人が見つからず、ローザとの旅が続くことに、少し安堵するセロだったが、それはそれで問題が残る。
「いや、それは出来ませんて。僕はローザを主人に会わせる為に旅してきたんです。ローザの為にも自分のものには出来ません。」
旅と言ってもまだ一日もたっていないのだが、セロはそれなりの決意をしてから動き出したのだ。むしろその決意を一日もたたずに変える方が無理がある。
可愛いローザを自分のものに。
もちろんそれは、セロにとっても有難い話であった。自分にもよく懐いてくれているローザを引き取れと言われるならば、小躍りしてそうするだろう。
しかしそれは、前の主人と、なによりもローザの同意があってのことだ。出来ることならば、ローザをこんなに良い子に育てた主人に返してあげたい。短い付き合いながら、その人懐っこいローザのことをセロは大好きになってしまっていた。
「それは大丈夫だよ。使役登録は解除も変更も出来るからね。見つかるまでの代理主人ってことで登録しとくといいさな。」
「代理ですか…。それなら、大丈夫…かな?」
すぐに飼い主に返すことが出来るならば、本当の主人に出会った時にでも事情を説明すれば問題はないように思える。それに、一時的にでもローザの主になれるのはとても喜ばしいことだった。
しかし、ローザはそれでいいのだろうか。心配そうに目を向けるセロに、ローザは大きく頷いていた。
「分かりました!
ほな、使役登録をお願いします!」
それを同意と受け取ったセロは、力強く願い出る。
「あいよ! って言ってやりたいけどね、ここじゃ無理さね。管轄が違うのさ。街中の魔物小屋に連れて行って登録してやんな。
それまでは、仮認証を付けといてあげるから、早めに魔物小屋に行くんだよ。」
ジローナはローザを水晶まで連れて行くと、今だセロの情報が浮かび上がる光の中に左足をかざした。
片手でローザを抱えながら、もう一方で備え付けのキーボードの様なものに、何やら打ち込んでいく。
水晶からは、セロの情報が消え、変わりに赤い光がローザの足を包む。
足を包む光は絡みつくように収束していき、光りが吸い込まれていった場所には、赤色の紋章が刻まれた。
「はいよっ。これで完成だ。これだけでも三日間は問題ないけどね、それを過ぎると紋章が近くの衛兵に警告を告げるんだ。
そしたら、アンタは危険な魔物を連れ歩いた罪で賠償金、もしくわ投獄されるからね。
絶対に三日以内、出来るだけ早めに使役登録を済ませるんだよ。」
「三日ですか…。分かりました。」
セロはローザを受け取ると紋章に目をやる。見た目でハッキリと刻まれているが、痛くはないのだろうか。
そんなセロの心配を他所に、ローザは元気に羽ばたいて、元いた肩で丸くなる。
どうやら、心配なさそうだ。
「なんだか心配だねぇ、アンタ頼りなさそうだし…。金はあんのかい?」
ジローナは無邪気な微笑みを浮かべるセロのことが心配になった。この世界では十五で成人と成るのだが、このセロという迷い人は、十歳ぐらいでも通りそうな顔付きをしている。正直、この世界に似つかわしくないほど邪気がないのだ。
「えっお金ですか?」
言われてすぐに確認するセロ。
そんなセロを見ながら、やっぱりかとため息をつくジローナ。
「530Gありますわ。これで足りますか?」
「はぁ…全然足りないね。そんな金じゃあ宿に一泊と腹ごなしで精一杯さね。使役登録には38,000Gいるのさ。」
「さんまんっ!?? …そりゃ僕にとっては大金ですね。」
この世界の単価は大体で、日本円の十倍程度の換算となる。つまり私たちの世界では使役登録に38万円もの金銭がかかるのだ。
また、ジローナは常識過ぎて説明の必要がないとはぶいたのだが、使役登録は毎年の更新が必要で、その度に38,000Gもの金を支払う必要がある。
どちらにしても、530Gしか持ち合わせのないセロにとっては、すぐに動かす当てのない大金である。
「はぁ…。まぁそうなんだけどね。
使役されてる魔物が街中で暴れた時とかの被害対策費に回されるんだよ。
もちろん損害物に関しては別途、登録主が全額負担させられるんだけどね。取り押さえに行く人件費とかが以外にかかってねぇ。
まぁ、使役してるってだけで、いくらかのステータスになるから、金持ちは無意味に魔物を連れ歩いてるよ。金がなきゃ、使役は諦めな。」
「そんな…どないしよ、なんか路上で芸でもしたろかな。」
全くヘコんだ様子なくそんなことを口走るセロ。
「あっはっはっは! 何でそんな発想になるんだい? アンタ本当に変わり者だね。何か売れる物でもないのかい? まぁ、登録費用まではいかなくとも、いくらか元手にはなるだろうさね。」
バカなことをとジローナは笑い飛ばしたが、セロは本気だ。路上で歌でも歌って小銭を稼ごうと思っていたのだ。
路上ライブにも、ギターのような音が出るものがあった方が、人の目を惹きやすい。それがなくとも、何が何でも稼いでやる気だったが、セロは売れる物がないか、急いでアイテム欄を確認する。
「うわっ…!!」
「どうかしたのかい? まさか、アイテムすら何も無いのかい?」
アイテム欄を見つめて絶句するセロに、心配そうなジローナが問いかける。
こんなにも頼りないくせに、何処か放って置けない雰囲気のセロ。
世話好きのジローナは足りない費用は貸してもいいと思っているのだ。
この世界では共働きの家は珍しい。
ジローナとバルの夫婦は日常生活には事欠かない収入を得ているのだ。
そんなジローナの優しさなど知らないセロは、未だに絶句を続けている。
「コンプリートしてもうた…。」
「はっ?」
意味のわからない呟きに困惑するジローナ。
「いやね、僕がこの世界来てから狩ったモンスター言うたら、角生えたウサギぐらなんやけど…。」
セロの言葉でジローナは心中を察する。
一角ウサギが落とすアイテムは、薬草か木製板ぐらいだ。売っても食費の足しぐらいにしかならない。
「そうかい、それじゃぁ金は足りないね。よし分かった! 使役登録の費用は…。」
「いやちゃうんです!!」
せっかく、男前なセリフをジローナが言いかけたのに、セロは大事な所で水を指す。
「一角バニーちゃんに誰でもなれてしまうんです!」
「ん???」
セロが言葉を遮ってまで伝えたかったことが良く理解出来ないジローナは、思いっきり不満の声を漏らす。
「言ってる意味がわかんないよ。それはアンタの世界の言葉かい? 分かるように言っておくれさ。」
ジローナの求めに応じてセロはウィンドウに映されているアイテム名を口に出して読み上げた。
ウサギの耳
バニースーツ
ラビットパンチ
網タイツ
ラビットフット
幸運の尻尾
ウサギの一角
セロのアイテム欄には、一角ウサギのコスプレ一式が輝いていた。
「なっ…何だって!!?」
ジローナが大声で叫ぶ。
「まさかっ!! あの幸運の七点セットを全部揃えたって言うのかいっ!?」
驚きに見開かれたジローナの目の中で、青い瞳がドンドン上へと上がって行く。
「わぁぁぁ〜!! ジローナさんっ!!?」
放って置いたら、そのまま気を失うのではないかというほど、白目だけになったジローナに、セロは慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか? どないしましたん?」
ジローナは気を失う事は避けれたものの、焦点の合わない瞳で、口をパクパク動かしている。
「ジローナさん、しっかりしてください!」
セロは、気付けの為にと背中をドンッと叩く。
衝撃で咳き込むジローナだったが、意識はしっかりと元に戻ったようだ。
「アンタ、一角ウサギを何匹狩ったってんだい!?」
気付いて、いの一番の問いがそれだった。
「何匹って、え〜と。ちょうど七匹ですわ。」
「七匹っ!!?」
またも大きく見開かれた瞳。
しかし、今度はなんとか正気を保っているようだ。
「あり得ないっ!! そのウサギシリーズは幻のラッキーアイテムでね、一式セットで装備すると、運が馬鹿みたいに上昇するっていう代物さね。
特に尻尾は人気で、それだけでも、80万を超える金が入ってくるのさ!
セットなら、一生ぐらいは遊んで暮らせる金が転がり込むよ!
なんせ、ツキ過ぎる為に、ラーガスのカジノじゃ、出禁を食らっちまう程さね。」
先程までのジローナからは想像も出来ない情熱で、ウサギセットの偉大さを説明する。興奮の為か、若干頬が赤く染まっている。
「いや〜、そない熱く語られても、僕はウサギ七匹狩っただけですし…。」
情熱の伝わらないセロに激怒したジローナは、この後小一時間ほどの追加説明をセロに与えるのだった。
そんな予想もしていなかった展開で、セロの入国審査が終わる頃には、太陽が沈み始めようとしていた。
「本当にいいのかいっ!? 本当に、ほんとっっっうにいいんだね?」
「もちろんええですよ。こんだけお金があれば、使役登録終わらせて、しばらくの滞在費もありますし、僕には十分過ぎる程です。
それにしてもカジノで出禁になるんやったら、このセット何に使うんです?」
セロはジローナの熱弁から逃れる為にと、幸運の七点セットを格安で譲ると申し出たのだ。
驚愕の申し出に過呼吸を引き起こしたジローナだったが、今はすっかり落ち着いてーー未だに興奮の渦中にはあるがーー手に入れたウサギセットに魅入っている。
「そりゃアンタ…。バルが…ね…。」
「バルさん? 門番の旦那さんですか?」
「あぁ、アタシの旦那がこういうの好きなんだよ…。あの、これを着て…その…。」
「わぁぁぁ〜〜!!! もっ…もういいですわ! 十分にわかりました。それ以上は言わんで下さい!!」
セロはその場を想像しかけて、大声でかき消す。金の都合に走って行ったジローナが、バルと夫婦でどんなやり取りを行ったかは知らないが、5万Gもの大金を三十分もしないうちに持って帰ってきたのだ。
セットでは80倍以上の値段がすることを差し引いても、二人が相当な趣味なのだということがわかる。
「僕は登録費用としばらくの滞在費だけあれば良かったんです。これでも多いぐらいですわ。まぁ、人の趣味はそれぞれですんで、気に入ってもらえたんなら、僕としても嬉しいです。
それ着て、今晩からキバッたって下さい。」
そこまで言って後悔するセロ。
自分の言葉でバル達夫婦の営みを再度想像してしまった。
「でも、本当にいいのかい? たった、5万Gで。」
ジローナにしてみれば、80倍の代物を有り得ないほどの安値で手に入れることに、先の不安が残る。
「ええですって。」
ジローナが将来のタカリに不安を抱くのも当然なのだが、欲のないセロにしてみれば、たいした労力も使わずに5万G手に入れただけで十分であった。
「あっ、そうだね。この街に滞在する間はウチに泊まるってのはどうだい? バルなんかに嫌とは言わせないよ、アタシが黙り込ませてやるさね。」
「い…いやっ!!
それは絶対にあきません!!
それだけは許されることやありません!」
とんでもないことを言い出したジローナに対して、全身を震わせて強固に拒否するセロ。
「そんなに嫌がらなくったっていいじゃないか、アタシの料理は絶品だって評判なんだよ?
それに、昼間は二人共、働きに出てるから、好きに使ってくれていいさね。」
「いえ、ホンマに大丈夫です。十分なお金も頂きましたので。」
セロが心配しているのは昼間ではなく、夜間なのだ。
今晩から繰り広げられるであろうアレコレを知っていて、どうして泊まりたいと思えるだろうか。
「そうかい…。それじゃまっ、何か困った事があったらアタシらを頼ってくんな! 全力で力になるからさ!」
「ありがとうございます。見知らぬ土地では頼れる身近な存在が一番有難いですわ。街の地図もホンマにありがとうございます。」
どこか淋しそうな表情を浮かべるジローナに、助かった気持ちでいっぱいのセロ。
「それぐらい、たいした事じゃないよっ。宿代がなくなったら、いつでも泊りにおいでさ。」
「あははは…。」
しつこいぐらいの勧誘を苦笑で誤魔化したセロは、話が戻ってしまう前に逃げるように詰所を後にするのだった。
ついに入国の時が来た。
街門で、ジローナに付けてもらった証印から、入国許可証兼、身分証をホログラムのように映し出そうと差し出した左手。
バルがその手を力強くつかんで、半分泣きながら感謝を述べられた時も、セロは走って逃げ出すのだった。