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転生しても頼りない…  作者: 真地 かいな
第1章 秘薬マンドラゴラ
3/20

第3話 門番の熊さん


「なぁードラゴン? どや? 顔の汚れ落ちたか?」


近くの小川、カピカピに張り付いた汚れを落としたセロは、ついでに皮袋に水を入れていた。


キュピ〜!!!


「そか、良かったわ! にしても、ドラゴンとかお前とかやのうて、ちゃんとした名前で呼んだげたいなぁ…。」


首を傾げる小ドラゴンの首をコリコリ掻きながら、元の飼い主がどんな名前を着けていたのかを考えだす。


「…ドラキー!!」


キュピ〜?


「ちゃうか…。う〜ん、真っ白やから、シロか?」


クピュ〜?


思い付いた名前で呼んでみるセロだったが、小ドラゴンの首はどんどん曲がっていくだけだ。


「これもちゃうんか…。お前は一体誰なんだっ!!」


ピシリと伸ばされた人さし指が、曲がった顔に突き付けられる。

突きつけた指を小ドラゴンにパクッと咥えられ、甘噛みとザラザラした舌がくすぐったい。


「あはははっ! こしょばいわっ!

もぉ、お前の名前はなんなんやねんな。」


わざわざ空中で考える人のポーズを取るセロ。プルプル震える足が、無意味な努力を嘆いている。


クピュ〜!!!


「おっ、オモロイか? どや、どや? オモロイか?」


クピュッピュ〜!!


飛び跳ねて喜ぶその姿に気を良くしたセロは、今度は奇妙なお話風のポーズを連続する。


「どや? これはどうや? イケるか?

ほな、これわい? イケる口やなっ!?」


どれもこれもが小ドラゴンのお気に入りのようだ。戦闘後のやさぐれていた気持ちも、どんどん和やかになっていく。


「ほな、次はこれや! 懐かしの技やで! ローズウィップ!!」


そこらに落ちてた木のツルを片手に、周囲をバラの花が舞っているかのごとく、セロが思う最高に美しいポーズを決める。


キュッ!


「ん? なんや?」


キュ?


先程までとは違った反応を見せる小ドラゴン。


「これアカンか? ローズ…。」


キュッ!


「ん?…あっ、お前の名前か? ローズか?」


キュュゥ…。


「ちゃうんか? ローズに近いやつか? ローダ?…ローマ…老婆!!?」


キュイ!


思い付いた端から口に出して、老婆はさすがに無いだろうと思ったのだが、意外と反応が良い。もしかしたら、最後は濁点が付くのだろうか。


「ローガ、ローギ、ローグ、ローゲ、ロン毛? ローゴ、ローザ、ローゼ…えっロン毛?」


最後を濁点にして、早口で口に出していくと、何処かで良い反応が見られた、だがロン毛では無いようだ。ちなみに、セロの髪型は暗褐色の短髪だ。


「…ローザ、か?」


キュキュュゥ!!!


どうやら正解したらしい。ローザのテンションが急上昇したようで、嬉しそうにセロの周りを走り回っている。


「はしゃぎ過ぎやで。」


相当な喜びだったようで、あまりのはしゃぎっぷりに苦笑を浮かべる。


初めて呼ばれた自分の名前に、ローザの興奮は最高潮に達する。飛び跳ね、飛び跳ね、飛び跳ねて、更なる高みへ羽ばたいた。


「飛びよった!!」


大空を駆けるローザの姿を、地上でただただ見上げるセロ。ローザは人生初のフライトを、名前を呼ばれた喜びに表現したのだった。


「そか、ローザか。ローザ、改めてよろしくなっ!」


飛べるようになったローザ、それでもローザは左肩の居心地が良いようで、いつもの場所に座り込んだ。嬉しそうに首筋に頭を摺り寄せてくるローザを連れて、セロは再度、街を目指すのだった。


なるべくモンスターに出会わないよう、音を立てずに小走りで動く。道中、見たことのない草花を見かけたが遠目にモンスターの姿も見ていた為、立ち止まることなく歩き続けた。


「にしても、デッカい樹やなぁ〜…。」


セロは遂に、街まで辿り着いた。


セロが後ろに倒れそうな程上を見上げているのは、街から伸びる巨大な樹のてっぺんを見ようとしているからだ。その樹の先は雲に隠れて見えもしない。セロが全く迷うことなく、街まで辿り着けたのは、遮蔽物でもない限り見落とす方が難しいこの大樹のおかげであった。


セロはそんな樹の根元に栄える街の門をくぐる為、街門へと歩み寄る。


「はいよっ、兄ちゃんちょっち待ちなよ。」


街門の両端には衛兵らしき人物が立っていた。


「何でいきなし、街に入ろうとしてんのよ。ちゃぁんと入国証を見える所に出しなぁよ。」


入国証の提示を求める強面の衛兵。

ごっつい身体に毛むくじゃら。熊のような印象を与えるその衛兵にセロは戸惑う。


「えっ!? にゅーこくしょう?」


「あんだい兄ちゃん、ユグドラシルは初めてかい? とりあえず、左手出しなぁよ。」


「っ手!?」


ユグドラシルとはこの街の名前であろうが、手を差し出せとは、どういうことだ。この場で切り落として身分証の代わりにでもする気なのだろうか。


素通り出来ると思っていた街門で恐怖の時間がまっていた。いとも容易く混乱がピークに達したセロの頭は湯気を吹く。衛兵の見た目が腕を切り落としてもおかしく無いのだから、余計に頭が混ぜ混ぜだ。


「なんだぁ? 兄ちゃん怪しい奴かい?」


明らかに怪しい態度のセロを睨みつける衛兵。セロは蛇に睨まれた蛙のごとく、冷や汗を流して動けない。


そんなセロに熊さんがどんどん近づいてくる。


どんどん、どんどん。


「そのイヤリング、僕のじゃありませんからっ!!」


どんどん迫ってくる熊さんの圧力に耐えられず、逃げ出したくなるセロ。こんがらがった頭で童謡でも思い出したのか、意味不明なことを叫び出した。


「がっはっは。ちょっち待ちなよ。驚かせただけじゃねぇか。」


熊さんが何やら人間の言葉を話していらっしゃる。


「バル、お前の顔は怖すぎるんだよ!」


「うるせぇなぁ、セリムは引っ込んでなよ!」


門の反対側にいる人間が、熊さんと仲良さげだ。あの人の飼い熊だろうか。


「兄ちゃん、見たとこ駆け出しの冒険者だな? うっとこの世界樹に挑戦しに来たんだろうがよ、街に入るにゃ手続きっちゅーもんをせにゃならんのだぁよ。」


ギリギリまで近づけた強面を、無理矢理笑顔にする熊さん。

それが余計に怖い。


「にゃ〜こくしんさやよね? 受けて来きますわっ!!」


セロは言いながら、草原向かって逃げ出した。根がヘタレなセロがここまで耐えたのだから、まだマシな方かもしれない。


「ちょっち待てって、そっちにゃ詰所はねぇがぁよ。」


熊さんに、簡単に首根っこを掴まれたセロはズルズル引きづられる。セロは恐怖で息が詰まる。


「セリム、ちょっち詰所に案内してくらぁな。」


「あいよっ。そりゃいいが、その新人泡吹いてるぞ。」


見ると、蟹の様に口から泡が溢れていた。


「あんだぁ? 肝っ玉のちっせぇ奴だな。こんなんで世界樹に登れんのかね…。」


気を失ったセロを片手で軽々担ぎ上げ、詰所に運ぶバル。

モンスターが少ないとはいっても世界樹は上に登るほど強敵が待ち受けるダンジョンだ、気弱な新人をバルは心配そうに見ながら歩いていった。


セロが逃げ出す途中で肩から振り落とされたローザは、飛べばいいものを、羽をバタつかせながら、スタコラさっさと進んで行く熊さんをトコトコ必死に追いかけるのだった。


ーーー


「きゃ〜っっ!!」


普段、滅多に人の訪れることのない詰所に、甲高い悲鳴が響きわたった。


「うぉっぃ!! びっくりしたなぁよ、女みたいな声出してんじゃねぇがよ!」


目覚めたセロの目の前には、心配そうに覗き込む熊さんの顔があった。


「熊さんっ!!」


寝覚めの状況が理解出来ずに、混乱するセロ。そもそも、セロは自分が気を失ったことすら理解していない。


「あっはっはっは! アンタっ! 熊さんだってよっ! あっはっはっは!!!」


熊さんとは別の笑い声がして即座にセロが顔を向ける。そこでは熊さんに負けず劣らず豪快そうな恰幅の女性が、手を叩いて喜んでいた。


見渡せば、そこは書類が整然と並ぶデスクの様な所だった。スッキリとした雰囲気のそれほど広くもない空間に、面談用だろうか、机とソファーが置いてあり、窓口のそばには豪快そうな女性が事務仕事をするための机が置いてあった。


セロはそんなソファーの上に寝かされていたようだ。太ももの上には、心配そうな顔をしたローザがいた。


「新人さん、おはようさんっ!

アタシはジローナ、この詰所で入国手続きを担当してるよっ。よろしく!」


ジローナは、デスクから立ち上がり、ソファーに近寄って挨拶を交わす。元気過ぎる大きな声に、一瞬身じろぐセロ。


「あっ、、、よろしくです。」


セロは熊さんから、ジリジリ離れながらジローナとは目も合わせずに、言葉だけ返す。


「あっはっはっは!! 大丈夫! この大熊は見た目はゴッツイが、中身は気弱ないい奴だ。何にもしないよ。

ちなみに、アタシの旦那なんだがね。」


「あぁはい…っえぇ!!?」


いくら何でも、熊さんと結婚出来る訳がない。

驚きの声を上げて、ちらりとジローナなを見るセロ。もう一度しっかりと上から下まで見直したが、ジローナは本当に人間のようだ。セロはやっとバルも人間だと意識したようだった。


「あっ…あの、運んでくれてありがとうです。」


「おうよっ!ちょっち心配したが、礼はちゃんと言えるみてぇだぁな。」


熊の様なバルの豪快な笑顔も、見慣れれば愛嬌のある素敵な笑顔だ。


「さっきは、すみませんでした…。あの、熊さんだなんて呼んでしまって…。」


人間だと理解出来れば、先程までの非礼の数々が頭を過る。セロは無礼な人間ではない。


「あっはっはっは。気にするこたないよっ、こいつの見た目が悪いんだっ。バルっ! だから、髭ぐらい毎日剃りなって言ってるだろっ!」


「ジル、そりゃねぇよ。剃刀負けするからって、髭剃り全部捨てちまったのはジルじゃねぇかぁよ。」


奥さんには弱いのか、バルは身体を小さくしながら、反論する。


「そりゃそうだった。あっはっはっは。まぁ、どっちにしろアンタの見た目は変わりゃしないよ。ほら、アンタはさっさと仕事に戻りな。この新人さんの入国手続きはアタシがしっかり面倒みとくからさっ!」


好き勝手言われながらも、バルは笑いながら詰所を後にする。


「兄ちゃん、ジルに任せときゃ万事解決だ。こいつは本当に出来た奴だからぁな。安心して、手続き受けなぁよ。」


「いいから、さっさと戻りなって。」


目前で繰り広げられる微笑ましい会話に、セロの動揺も、緊張もすっかり解けていった。自然と笑顔が顔を出して、仲睦まじい夫婦のやり取りを見守っている。


ローザもそれで安心したのか、起き上がったセロの肩に戻り、耳を甘噛みしていた。


「さてと、熊さんも去ってったことだし、さっさと入国審査でもしちまおうさね。」


ヤレヤレといった様子でバルを見送ったジローナは、自分のデスクからテキパキと書類を用意して、セロが待つソファーへと腰掛けた。


「さっそくだけど、新人さん、出身地と名前をここに書いてくんなっ。

全く、何で同じことを何度も書かなきゃならないのかね、こんなの一枚にまとめた方が楽だろうに。」


ジローナが差し出した八枚の書類、そのうち四枚に名前等の記入欄があった。

事務関係の書類が面倒くさいのは、こちらの世界でも変わらないようだ。


「あの、ジローナさん…。」


「ああ、ジルでいいよっ。アタシのことは皆そう呼ぶから。」


必要な説明は何だっかなと考えながら、書類に目をやるジローナはセロに気軽に応える。


「ジルさん。僕、名前は、セロ・ポジテ、十六歳の戦士なんです。なんですが、出身地は…。」


「なんだい? 言えないのかい?

残念だけど、必要事項はちゃんと埋めとかないと証書は発行出来ないよ。秘密にしときたいなら、適当な名前でも書いときな。」


欄が埋まっていれば適当でもいいのかーーという思いを抱いたセロだが、伝えたかったのは、そんな事ではない。


しかし、異世界から来たことをそのまま伝えてもいいのだろうか。伝えれば奇異の目をむけられる、もしかしたら異常者と思われてしまうかもしれない。しばらくはこの街でローザの主人探しをする以上、そんな事は避けたいセロは口を濁す。


「いや、その…。」


「なんだい? 適当なのが思いつかないかい? なら、バイアスにでもしときな。ちっちゃなドラゴンちゃんにはピッタリだ。それとも、エルダがいいかね。あんた、気弱そうだから司祭みたいな職業の方が合ってるよ。そうだね、エルダにしときなよ。」


良くわからないことを言うジローナ、エルダは司祭が多いお国柄なのだろうか。


「いえっ、ぼ…僕は異世界から来たんです。」


適当な名前でもいいと言われているのに、真っ正直に答えるセロ。

出来る限り嘘はつきたくない。

それがセロの生き方だった。そんな彼だから、嘘で固められたような元の世界では生き辛かったのだろう。


それを繰り返す愚を犯したセロだったが、ジローナ達なら受け入れてくれそうな気がした。


「あぁ、迷い人だったのかい。じゃぁ、北の大地って書いてくんな。」


セロの意を決した言葉に、さも当然のように答えが返ってきた。


「驚かへんのですか?」


「何がだい?」


「ここには、異世界からの人間がぎょうさんおるんですか?」


「あぁ、その事かい。まぁ多くはないけど、いないこともないよ。アタシは十五年ここで仕事してるけど、アンタで二十人目ぐらいかね。」


ジローナを信じるならば、年間で一人以上が異世界から、この街を訪れていることになる。

確かに多くはないが、特別驚く程でもない数だ。


「そうなんですか…。ほな、北の大地ってのは何ですか?」


「北の大地ってのは、大昔、世界が分かれる前に合った大陸のことだよ。昔はこの大陸に神が住んでてね、その神がいなくなっちまってから、北の大地が忽然と姿を消したそうなんだよ。」


「神がいたんですかっ!?」


「なんだい、北の大地には、神話も伝わってないのかい? 大昔、何万年も前の話だから、真実かどうかは知らないけどね、未だに信じている奴は多いし、エルダって国には神の奇跡を体現しちまう司教や司祭がゴロゴロいるね。だからこそ、真実だとは思うよ。」


何万年という、途方もない単位に、気が遠くなりそうなセロ。それ程長い期間、全く姿を見せない神を信じ続けている人々にも敬意を感じる。


元の世界でも数千年前に奇跡の体現者がいただけで、ずっと信仰され続ける宗教があるのだから、体現者がまだいるこの世界では、当然なのかもしれないが。


「僕は多分、北の大地と呼ばれとる所からの迷い人ではないんです。この世界から全く関係あらへん世界から来ました。僕みたいな人は他にもおりますか?」


ここまでくれば、ジローナを信用せずにはいられない。セロは思いの丈をぶちまけた。

元の世界に戻る気はさらさらないがーーそもそも死んでいるのだから、戻れる筈もないのだがーー同じ状況にある人間の事は気にかかる。会えるならばあっておきたいのだ。


「他の異世界? さぁねぇ、もしかしたら居たかもしれないが、アタシゃ知らないねぇ。聞いたこともない。それじゃもしかして文字とかも読めないのかい?」


セロの思いなど他所にして、ジローナは手続き方法を変えなければならないかもしれないことを心配する。

セロは同郷に会えない事を知り、何処か安堵した自分がいることに気付いていた。


「文字は読めるみたいですわ。見たこともない文字ですけど、意味はわかります。」


書類に書かれた文字は元の世界で見たこともない文字だった。しかし、それを見ると頭の中で黙読する時のように、言葉の意味が浮かんでくるのだ。


「それじゃぁ問題ないねっ。まぁ、異界人は北の大地って記入することになってるから、そこはそう書いてくんな。まぁ、迷い人ってのを隠しときたいなら、エルダって国がお勧めだよ。」


なぜか、何処までもエルダ国民にしたがるジローナ。


「そういえば、文字が書けるかどうかは分かりませんわ。」


頭に意味が浮かんできても、知らない文字を書けるかどうかはわからない。試しに必要事項に名前を書いてみるセロ。


「良かった、文字も書けるみたいだね。じゃぁ、同じように後の書類も記入をお願いするよ。」


元の言葉で書こうとしたセロだったが、書かれた文字は異世界のものだった。身体が勝手に動くような不思議な感覚に戸惑いながらも、これで、この世界でも不自由なく過ごせることを知ったセロは安堵する。


セロは言われるがままに、書類にサインし、入国の説明を受けるのだった。



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