第17話 白髪の司祭
予想していたよりも長くかかってしまいました…。待っていてくれていた方には本当に申し訳ありません。そして、見捨てないでいて下さり、本当にありがとうございます。
とりあえず、最新話の更新です。
また、これまでの作品の内容を少し変更する為、随時更新していきます。
若干セリフや設定が変わることになると思います。混乱させてしまうこととは思いますが、作品向上のため、ご理解下さい。
セロとキバは夜の草原を獣人街に向けて帰って行く。公言通りにキバの姿はウサちゃんではない、いつもの土色装備に戻っている。
「ウサちゃん可愛かったのになぁ〜、キバウサちゃんが見たいなぁ〜。」
「…。」
「見たいなぁ〜。見たいんやけどなぁ〜。皆にも見せてあげたいなぁ〜、ミミちゃんとか泣いて喜ぶやろなぁ〜。」
「だぁ〜!! うっせぇんだよ! わざわざ言葉の後に上目遣いでこっち見てんじゃねぇ!! キモいんだよ! ウザいんだよ!」
何とかしてキバウサちゃんでいさせようと道中せがみ倒してくるセロにキバは無視を決め込んでいたのだが、いちいち目前で立ち止まり、瞳を輝かせて上目を向けるのには耐えかねたようだ。
「だってぇ〜、セロちゃんはキバウサちゃんが大好きなんだもんっ!」
「頬っぺたプクッ。じゃねぇ〜んだよ! てめえはプリシラか!! ぶりぶりしやがって、一回殴ってやる。頭出せ!!」
「きゃ〜っ! キバウサちゃんが怒ったぁ〜。いや〜ん! こわいぃ〜。」
そのまま、お嬢様走りで逃げ出すセロ。からかう為だけにぶりっ子に成り切るとは、芸の為なら女も泣かすとの言葉を地で行っている。
「気持ち悪りぃ、本当に気持ち悪りぃ。」
そんなこんなで北東の門、というか街壁の穴に辿り着いた二人。ヒュームとの接触をなるべく避けたいセロにとって、獣人街に直接続くこの穴は最高の抜け道だった。
しかし、その穴の近くの茂みでセロ達を待ち構えている二つの影があった。
「ひひひ! やっぱりこの穴に張ってて正解だったろ?」
「かぁ〜、くっそぉ。お前ら!! 何でこんなとこ通ってんだよ。 ザーマに賭けで負けちまったじゃねぇか!」
「吠えるなよジノス。晩飯お前のおごりだからな。」
笑い声混じりの雑談をしながら、待ち伏せていた衛兵が姿を現す。セロを探していたのであろう二人は獲物がノコノコやってくるのを確認すると、抜き身の剣を輝かせて藪から出てきた。
「何でこうなるんや…ツキ過ぎやろ。」
「セロ、逃げろ!!」
「何だ? ヨツアシちゃんが俺達とやる気だよ!」
「あっはっは。これだから脳足りんのケダモノは面白いんだ。」
自分には幸運だけでなく不運まで付きまとっているのかと、自虐混じりに嘆いたセロ。
キバは項垂れるセロを一瞥すると、近づいて来る衛兵と固まるセロの間に立ち塞がったのだ。
「キバ、アカン! 非暴力や!!」
臨戦態勢のキバを引き止めるセロ。セロは恐怖で固まっていたのではなく、諦めて大人しく連行されるつもりだったのだ。
衛兵がどれほどの手練れなのかは知らないが、平均レベルの二倍以上あるセロ達だ。大して問題なく片付けられるだろうし、逃げることも出来るだろう。セロにそれをさせなかったのは、そろそろユグドラシルの街を自由に歩きたかったからだ。自首をするほどの罪を犯した訳でもなく、殺されるほどの罰を与えられることもないだろうと考えて。
衛兵達がツイていたとすれば、不意打ちを行わなかったことであろう。それもセロ達を舐め切ってのことではあるが、不意を付かれて攻撃されれば、セロ達は否応無く衛兵を叩き潰していたはずだ。
「さっきまで、犠牲は嫌だなんだって言ってたくせによ。」
キバはそんなセロの態度を理解して、途端にやる気をなくす。せっかく命を張ってセロを逃がそうとしていたのに、その雰囲気が台無しだった。
そりゃキバのように感じるのも仕方ない。
「良し良し。それでいいんだよ、大人しく捕まりな。」
待ち伏せの賭けに勝った、出っ歯の衛兵、ザーマと呼ばれた衛兵が、大人しいままのセロを後ろ手に縛り始める。
「僕はそれで良えけど、キバはどうするつもりや?」
「ハッ! お前ケダモノの事をワザワザ名前で呼んでんのか??」
「さすがに犯罪者は考えることがぶっ飛んでるな! あっはっは。あんなのはユグドラシルの外周に勝手に住み着いた害獣だ。勝手に野垂れ死ねばいいのさ。」
大柄の衛兵、ジノスと呼ばれていた衛兵の言葉を訳するならば、逃がしてくれるということだろう。ヒュームにとって、獣人は考える力も持たない本能だけのケダモノとして捉えられているようだ。危険視している様子もないので、肉体的にも下位の存在と認識しているのだろうか…。
「そっちの方が僕にはわからん考え方やけどなぁ…。世界って広いな。」
セロは、異世界の常識に頭を捻りながら、大事なローザをキバに預けて抵抗すらしない。
そして頭の中では衛兵達の言葉を反すうさせている。生前の認識では獣人族というものは、人間よりも数は少ないが獣の力を秘めた肉体は脅威であり、誇り高い一族というものだった。明らかに人間より下位の存在と認識されているこの世界の常識がわからないのだ。
衛兵達にされるがままのセロは、気付けば、手枷に足枷、猿ぐつわまでされて、重犯罪者のように身動きすら出来ない状態になっていた。
「にしても、本当にこいつが犯人なのか?」
「確かにな、聞いてた以上に頼りねぇ。」
「でもまっ、ケダモノを集めて反乱を企てるような、奴が真面な訳がねぇか。」
「そうだな。ははっ。これで俺達も出世だな。」
自分たちの広めた話がとんでない解釈をされて、セロには余罪がついていた。セロが教会の馬車を襲ったということも、ジノス達にとっては半信半疑ではあるが、他の衛兵はそう信じきっている。そんな大物を捕えた功績は大きい。
「っ!!?」
セロは耳を疑った。自分が国の転覆を狙うクーデターか何かを企んでいるような会話だったからだ。
まさか、店内で素振りをしただけでそんな事になっている訳がない。セロには想像出来ないことだった。
途端に捕まったのは失敗だったと悟り、キバに助けてくれと視線を向ける。
しかし、キバは先程の会話を聞いておらず、やる気のないセロに嫌気がさしているのか、セロを見ていなかった。
「おしっ。それじゃあ行くぞ。詰所まで大人しくしていろよ?」
恐怖の表情を浮かべるセロに、黒い布を被せたザーマは、詰所まで連行するため、そのまま街門へと向かうのだった。
「バカみてぇ…。」
キバは呆れた顔でそれを見送る。
キバの目には、たかが数時間事情聴取する為だけに、やけに大袈裟に縛り付ける人間族が馬鹿らしく映ったのだ。
しかも先程ちょうど非暴力の話を聞いていた為に、ここは我慢の時だと判断したのだ。
「さっさと帰ってこいよ、バカ野郎…。まだ色々教えて欲しいんだからよ。」
連行姿のあまりの仰々しさに少し不安を抱きながら、セロが連行されて行くのをキバは見守る。そのままセロ達が離れて行くのを確認した後、キバさっさと抜け穴を通ってミミの待つ家に帰って行くのだった。
ーーー
連行されるセロは視界を塞ぐ黒い布の中で青ざめていた。
この先に待つ運命に絶望していた。
混乱していた。
ーークーデター? そんなん企んだ覚えはないで。なんでそんな話になってんの? 説明して通じるもんなん? えっ、なんでこなことになってんの?ーー
「あっ! てめぇ、逃げるんじゃねぇ!!」
先のことも考えずに捕まったことを後悔するセロは逃げ出そうと走り出した。しかし、足枷がある為に簡単に捕まる。
足枷に足を取られて地面に倒れ、そのままジノスに取り押さえられる。
セロは強引に顔を地面に押し付けられていた。
二人係でセロを取り押さえたジノス達は手間をかけさせたお返しにと、突っ伏したままのセロを蹴飛ばす。布に覆われたままの顔も、腹も、何処だろうとお構いなく蹴り飛ばし、踏みつけ、殴り付ける。
セロは布の中で血反吐を吐いていた。身体中が酷く痛む、肋骨が折れた気がする。内臓も痛むでいるかもしれない。
呼吸が苦しい。
猿ぐつわのせいで、余計に苦しい。
苦悶の声すら満足に出せない。
「手間かけさせやがって! 運ばなきゃいけなくなったじゃねぇーかよ。」
「お前がやり過ぎなんだよ。」
「お前も手加減してたようには見えなかったぞ。」
もはや自力で歩けなくなったセロは、ジノスに担がれて街門をくぐる。
「よぉジノス、何だそいつは?」
「よぉセリム、大物捕まえたんだぜ。」
街門を通りがでら、セロを担いだジノスが、門衛をしているセリムに自慢気に胸を張る。
「ふーん。そいつ何したんだ?」
「何でも、聖教会の馬車を襲ったんだとよ。」
「はっ馬鹿だな。そんな事する人間がまだ残ってたのか。」
「あぁ、こいつは人間族の癖にケダモノ贔屓の狂ったやつだ。何でもやるだろうよ。」
その言葉にセリムはチラッとバルを見る。バルは気にするなと手を振っていた。
ザーマは、バルに気付いて嫌悪の視線を向ける。その後は存在を無視するかのように振舞って、そのまま街門から去っていった。
この時、バルがセロに気付いていれば、また違った展開もあったかもしれない。
すでに気を失っているセロには、どうすることも出来なかっただろうが。
ーーー
【ユグドラシル自衛団】
ユグドラシルの街門をくぐってすぐ、そこには衛兵が詰めている“第一待機所”と呼ばれる詰所があった。その隣には強固な岩石で造られた牢獄がある。これは建前上、何処の国にも属さないユグドラシルが備えておかなければならない最低限の施設で、重犯罪人を長期間捕らえておける自前の牢獄だった。
その司法においてもユグドラシル独自の体制を築いており、その断罪の判断は街の衛兵組織である“ユグドラシル自衛団”が担っている。バルも所属は第三待機所というところではあるが、衛兵としてこの自警団に所属しているのだ。
セロはそんな自警団の裁決を待つ為に、牢獄に投獄されたのだった。
ポツ…ポツ…ポツ
地下に造られた牢屋の中、日光が届かないそこは、外よりも気温が低い。暖かな外気が牢屋に入ると、空気中の水分が凝結していき、牢屋を形造る岩壁に水滴が現れる。天井に水滴がついたなら、その岩固有の凹凸を伝って集まっていき、重力に耐えきれなくなった時、下へと落ちる。
ポツ…ポツ…ポツ
セロの入れられた牢で、そんな水滴が音を奏でる。
地面に出来た小さな水溜りに落ちる水滴は、その音を聴いている者を焦らすような間隔で演奏を続ける。
セロは天井や岩壁から垂れ下がる鎖で手足を繋がれている。気を失ったまま項垂れるセロだったが、そんな鎖が地面に突っ伏すのを許さない。地面に接する足にも力の入らないセロは、鎖に全体重を預けて垂れ下がっているのだ。
ポツ…ポツ…ポツ
セロの口から漏れる呼吸音はヒューヒューと、息苦しそうな音を出す。折れた肋骨が肺に小さな傷を付けたのかもしれない。顔にはまだ赤みが指していることから、すぐさま命に関わるような状態では無いだろうが、危険な状態には変わりない。
セロの意識が戻った時には、激しい激痛が全身を襲うであろう。それ程身体の中はボロボロだった。その後には身に覚えのない罪で裁かれるのだ。
セロの意識が戻ったならば…の話であるが…。
ーーー
「おい見ろよ。ケイトンゴの卵だぜハムも有りやがら。」
「こっちにはダンシャクの焼酎だ。こりゃすげぇ。全く、聖教会の奴らは希少な食材の全てを自分達の物にするつもりなのかね。」
「全くだ、市場に並ばないような高級食材ばっかじゃねぇかよ。何が隣人に愛を、だよ独占欲が丸わかりじゃねぇか。」
「にしても、本当にアイツが犯人だったんだな。頼りない見た目の癖にたした犯罪者様だよ。」
「違いねぇ。」
牢獄の詰所、ジノス達がセロの手荷物検査を行っていた。
セロの荷物には庶民には金があっても手に入らないような希少な美味が入っている。もちろん、それらはセロの強運がもたらした産物で、自力で手に入れたものなのだが、そんな事を知らないジノス達は、エルダ教の馬車強盗の犯人はセロだと確信してしまっていた。
「んで、どうするよ?」
ジノスが相方のザーマに意味深な目配せを送る。
「 …あぁ、そうだな! これもご褒美だ。どうせ全部アイツの責任だからな!」
「そうゆうことだな!」
二人はセロの荷物を物色し始めた。先程までの検閲とは異なり、欲望のままに希少な食材を漁っている。そのまま自分の鞄の中へと放り込んでいくのだ。
下卑た笑みを浮かべながら、今回の戦利品を満足そうに手にするジノス達。ユグドラシルの重役ですら食べたことのない食材を手に、今日の晩酌を想像してヨダレを飲み込むのだった。
「失礼する。」
そんな部屋に女性の声が響いた。
「誰だ!」
ザーマは、予期せぬ来訪者に慌ててふためく。戦利品をたっぷりと入れ込んだ自分達の鞄を、身体で隠すように立ち上がり、入ってきた女性に目を向けた。
「私は聖教会エルダの司祭ミラーシアだ。ここで背教者を捕らえたと連絡があって様子を見に来た。…ところで、お前達は何をやっている?」
ザーマの顔から血の気が引いていく。
ミラーシアと名乗る女性は白髪を携え、エルダ教会の関係者しか使用することを許されていない“白”を基調としたローブを身に纏い、簡素ながらも司祭の帽子“カミラフカ”まで被っている。そして腰にはミスリルで造られた聖騎士団の騎士剣を携えていた。
エルダ教は、その教徒に対しては慈愛の信徒と讃えられ、背教者に対しては過剰なまでの武力を持って神罰を与えることで有名であった。その教義は全ての人間がエルダ教の信徒にならねば世界の安寧が訪れぬというものであり、それを成す為には暴力すらもいとわない。それゆえに、エルダ教で司祭に登り詰める者は剣の腕も求められている。最低三年間は聖騎士としての訓練、従軍をせねばならないからだ。他国には隠蔽された独自の訓練施設で腕を磨く聖騎士は、そこらの冒険者など足元にも及ばない。聖騎士一人で冒険者十人を手玉に取れると言われているほどだ。
武力と慈愛、相反するものに見えるのだが、他の宗教の教えを認めない、一神教であるエルダ教としては双方の力を有する者のみが神に愛されると説いているのだった。
ジノス達はミラーシアの突然の来訪に戸惑いながらも、その質問に応えられない。
自分達が聖教会の供物に手を出したことがバレてしまえば司祭の怒りを買うであろうことは明白だったからだ。
なんとかこの場での体裁を整えようと必死に頭を回転させていたのだ。
「…ふんっ。」
そんなジノス達の様子を見ながら、ミラーシアはつまらなそうに鼻を鳴らした。
机に並べられた希少な食材達に目をやり、ジノス達が必死で隠そうとしている鞄を見れば、ここで何が行われていたかなど一目瞭然であったからだ。
「あっ…あの…。」
司祭に気付かれたとは思っていないザーマだったが、司祭の放つ圧力に気押されながら恐る恐る話かける。
「卓上にあるのが今回取り返した供物でして、量が少ないのは捕らえた背教者が一部を何処かに隠しているからだと推測しております…。それゆえに、自衛団長の許可を頂いてから、背後関係や他の供物の行方などを取り調べようと…。」
「どうでも良い。」
「はっ…?」
自分でもなかなか良い言い訳が出来たと感じていたザーマだったが、司祭に一言で切り捨てられてしまい困惑する。
「あ…あの? どうでも良いとは?」
背教者に関して苛烈なまでの報復を与えるエルダ教とは思えぬ発言に、戸惑いしか出てこず、ついぞ問いかけた。
「それらは今回の供物に含まれていないものだ。それらがどうなろうと私には関係ない。」
ジノス達は顔を見合わせた。
これらが供物でなければ捕らえた背教者ーーいや、そうであるならば背教者であるかどうかもわからないのだがーーは何処で手に入れたのだろうか。こんなにも希少な品々を個人で保有している者は極々少ないのだけは確かだが…。
互いに冤罪の可能性を脳裏に浮かべるが、それよりもこの場で司祭に切り捨てられることが無くなったことに安堵する。
「それで、その捕らえた者は何処にいるのだ?」
「あっ…はい!重犯罪者用の牢につないであります。」
「案内しろ。」
「はい! どうぞ。」
「お…おい!」
司祭を牢に通そうとするザーマに、残されたジノスが戸惑いを見せる。すでに地下へ続く階段へと片足を進めていたザーマは、戸惑う相方を一瞥するが、特に気にした様子も見せずに降りて行った。
「…俺は知らねぇぞ。」
強者にへつらうザーマの背中を見送りながら、ジノスはどうにでもなれというように椅子にドカッと座り崩れるのだった。
カツカツ カツカツ
「こちらです。すぐに開けますので少々お待ちください。」
通路を歩く軽快な音が近付いてくると、セロのいる牢屋に一条の光が差し込んだ。牢の扉が開いて廊下の証明が入って来たのだ。
そんな光を背中に受けながら、白髪の女性がセロの牢へと入って来た。
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