第16話 I have a dream.
「あ、あ〜。オホンッ!」
ミミは家の中、一人で発声練習をしている。
「まぁ〜まぁ〜、まぁ〜。」
昨日の晩、何か言い争いながら帰って来たキバとセロ。キバはもの凄く嫌そうな顔をしていたが、セロはご機嫌だった。
救世主と慕うセロがご機嫌ならば、キバなどどうでもいいミミは、無事に帰って来た二人に安堵の表情を浮かべる。そして、さっそくとばかりに愚痴を漏らした。
ミミが水汲みに家を出ている間に、二人が消えたためとても心配していたのだ。衛兵の話を聞いた直後だったので、なおさらである。
そんなミミの言葉を遮り、セロからもたらされた提案にミミは驚いた。店を開くので、その売り子になって欲しいというのだ。尊敬するセロが自分を頼ってくれているのが嬉しくて、置いていかれた不満など一瞬で消えて、二つ返事で承諾した。
ミミの体調を心配するキバの言葉は向かい宅の鳥種少女しか聞いていなかったようだ。
「ありがとうございました。
少々お待ち下さい。
かしこまりました。
申し訳ございません。
お待たせいたしました。
恐れ入ります。
いらっしゃいませ。
失礼いたします。」
ということで、さっそくとばかりに“ハ大接客用語”を教え込んだのである。
ミミは慣れない言葉に戸惑いながらも、朝から必死になって練習する。ラ音の高さが一番印象のいい音だと聞いて、発声練習も欠かさない。
ハ大接客用語よりも大切な言葉というものも教わった。語呂合わせは確か“おせちにかまぼこも”だ。
「思い切って半額でいきまひょ。
殺生な。
ちっこい男やの。
兄ちゃんまけてぇな。
堪忍してぇな。
まいどおおきに。
ボチボチでんなぁ。
これナンボ。
儲かりまっか。」
口にすると何となく楽しくなってくるこの“ナニワの九大用語”ーーセロが適当に思い付いたものーーミミはこちらの方が気に入ったようだ。
「儲かりまっか? ボチボチでんなぁ。」
「これナンボ? ん〜思い切って半額でいきまひょ!」
「そんな殺生な!? 堪忍してぇな。」
「兄ちゃんまけてぇな。…ちっこい男やの!」
「まいどおおきに!」
使用用途を想像して、一人二役でちゃんと予習している辺りが素晴らしい。
さて、鳥種少女がミミの発声練習に何事かと、目を見開かせている時、セロとキバは北東の平原地帯にいた。北東平原、別名“叶わぬ恋の園”はセロも見知った草花であるクローバーが咲き乱れ、ついつい四つ葉を探したくなってしまう量が群生している。ここで四つ葉のクローバーを見つけた者は、その片思いが成就するのだそうだ。
そんなどこにでもあるような草原で、澄み切った空気を裂くような声が聞こえてくる。
「あ〜た〜らしい朝が来た。希望の〜…。」
夏休みの早朝にお馴染みとなっている国民的な歌だった。しかも、歌っているのはキバだ。顔を真っ赤に赤らめて、恥ずかしそうに歌っている。
「キバ! もぉちょい声出し! なんも寄って来ぉへんやないか。」
キバの歌に引き寄せられてきたモンスターを一撃に伏してやろうと、セロは待ち構えているのだが、恥ずかしそうに歌う声では遠くまでは届かず、モンスターの影もない。
「くそっ…、俺にも運があればよ…。」
「なんやて?」
「何でもない!! 歌えばいいんだろ!」
「デッカい声で頼むで。」
キバは半ば焼け鉢になりながら、がなるような声で歌い始めた。安眠を貪っていたモンスターも今日の獲物を探していたモンスターも、何やら騒音のするセロ達の下へと、軒並みやってくる。
「きおった!! さぁ、クローバーの肥料にしたるわ!!」
迫り来るモンスター達に、猛然と走り込んで行くセロは、何とか剣の重さに慣れてきた程度という、まだまだ剣術とは呼べない様子で剣を振る。それでも、この平原にはセロのレベルを超えるモンスターなど、滅多にいない。剣を振るうごとにクローバーの上を綺麗な光の粒が吹き荒れる。
あっと言う間に第一陣は塵と変わり、続く第二陣にセロは向き直る。
キバの話を聞き、実際に世界樹を体験したセロは世界樹のダンジョン内よりも街の外の方がモンスターが多いことに気付いていた。そもそも、ユグドラシルの街に入るまでの短時間で七匹ものモンスターと出会ったのだから、早く気付けば良かった。
そうすれば初期のレベル上げには草原を用いたであろうに。もちろん今回はレベル上げが目的ではない。単純に店の商品として役立ちそうなアイテムを集めているのだ。
「おい!」
「なんや?」
「俺も戦いたいぞ!」
「文字通り、アンラッキーやったな。もうしばらくは歌い続けてくれ!」
「くそっ…。」
草原には、すでに戦闘経験のある青ムニや一角ウサギの他にも、意外と多くの種類のモンスターが生息しているようであった。
牛のような体と顔をしているくせに、鶏の羽根や豚の尻尾を生やした“ケイトンゴ”というモンスター、見た目は猛牛のように猛り狂っているが、意外と弱い。
ダンボールぐらいの大きさの、見た目はジャガイモそのまんまのモンスター、“ダンシャク”はひげ根を器用に操り歩いている。頭から生やした小さな花からは、毒を含んだ花粉を撒き散らすのでなかなか苦労した。
他にも蛇やら猪やら猿やらと、色んな動物もどきのモンスターが現れた。
貴重なアイテムを手に入れる為、それらを全て一人で倒して行くセロ。
「あかんっ。もう疲れたわ。ちょっと休憩や昼ご飯にしよ。」
早朝から狩り続けてさすがに疲れたセロは早めの昼食の準備に入る。お弁当は、乾燥肉と秘薬スープの余りだ。春の暖かな気候の中で、数日前の物を口にするのは抵抗のあるセロだったが、お尋ね者を探すように衛兵が歩き回っているために、買い物すら出来ないのだ。
「なんとかせなアカンなぁ…。」
「何が?」
「買い物やがな。店開いて金稼いでも買い物出来へんだら意味ないやないか。」
「別にたいして悪い事してねぇんだから、一回捕まってこいよ。確か事情聴取だけ済ませて終わりなんだろ? それで何もかも解決するじゃねぇかよ。」
この少し前に第一待機所で起こったことを彼らは知らない。そのせいで、セロの背負った罪状がとんでもないことになっていることを知らない。
「どうしたら良えかなぁ〜。」
「だからよ、一回…。」
「何か良え方法ないかなぁ、誰かを犠牲に差し出す真似せんでええ方法が…。」
「ああ、そうかよ。ヘタレ野郎が!」
「う〜ん…。」
今のセロの認識では、大した罪は犯していない。しかしそんな軽微な罪であっても、どうしても犠牲になりたくはないセロは、衛兵に捕まることなく、無事に日々の生活を送っていく方法を考える。どうにも良い案が出てきそうにないが、このままでは買い物はおろか、世界樹のダンジョンに登ることも出来ず、最悪な事はローザの飼い主探しすらままならないということであろう。
ちなみにローザは寝起きにスープを飲み干して、再度寝込むという、プー太郎のごとき様相を見せている。クローバーのベッドの上で悪夢でも見ているのか、額にシワを寄せて、たまに叫び声のようなものまであげている。何か睡眠障害にでもなったんだろうか、セロは少し心配になってしまう。
「そういや、何でキバは僕と一緒におるんや?」
「何だよ唐突に?」
本当に脈絡のない発言にキバは眉間に皺を寄せる。セロとしては、罪人である自分にキバが付いてくるというのが不思議だと感じたのだ。キバ自身も窃盗などの犯罪を犯している犯罪者なのだが、それでもセロについてくるという理由にはならない。
「僕ヘタレやんか?」
「そうだな。」
「…もぉちょい否定とかしてもええんちゃう?」
「は? お前はヘタレで、バカで変態だろ?」
「はぁ…。 まぁええわ。」
「なんだよ?」
「…あのさ、僕のお金でミミちゃんの薬が買えたってのはあるんやろうけど、それの代金って魔物小屋への道案内で終わってた筈やろ? 何でまだ一緒におってくれて、居候しとっても文句もなんも言わんのかなぁって、ふと思ったんや。」
「…。」
「僕はありがたいんやで? 雨風しのげて、それに友達になってくれて。だから、ありがとう。」
何となく湿っぽい雰囲気になってきた。下を向いて何かを考えていたキバが、真っ直ぐにセロと向き合う。
「…。俺、俺はよ。」
言いたい事があるのだけれど、口にするのが躊躇われる。真っ直ぐセロを見れなくて、キバはまたうつむく。
「俺は…よ。」
こんなとき、セロは微笑みながら続く言葉を黙って待つ。
短い付き合いながらも、キバにはそんなセロが容易に想像出来てしまう。何を言っても受け入れる準備は出来ている、だから気にせず話せ。そんな風に言われている気がして、温かなそれでいてむず痒い感覚がキバを包む。
「俺さ。」
「うん。」
「皆を助けたいんだよ! 獣人の仲間を!! 獣人ってだけで差別される世の中なんて絶対おかしいよ!? そうだろ? だから、そんな偏見俺が変えてやりたいんだよ!」
「…そうか。」
キバは秘めたる思いを話しつつ、否定されないことを一言一句確かめながら、セロに向き直る。自分の身の丈を超えた願いを笑いたいなら笑えばいい。そんな風にセロを見つめるが、少しブレーキの効かなくなった熱い思いを、やっぱりセロは微笑みながら受け止める。
「やっぱ、ムリだよな。」
「なんでや?」
「俺は弱いから…さ。」
「“今は”弱いわな。でも将来のことはまだ決まってないわな。」
目を見開いてセロを見つめる。
「お前と! …お前はレベルのことを知ってたしよ、それに! …なんか、お前といると“強い”って何なのかがわかるような気がするんだよ。」
何だ、やっぱり大丈夫なんじゃないか。セロはやっぱり自分想いを否定しないじゃないか。そう思ったとたん、キバは更なる想いを伝え始める。
「そうか、だから僕を必要としてくれてるんやな。…ありがとう。」
「でもよ、あの…さ、俺、わかんねぇんだよ。どうやったら差別ってのが無くなるのか、ただ昔はシェンさんみたいに強くなって名を上げて、獣人はお前らヒュームがバカに出来るようなモンじゃないんだぞっ!! って、言ってやりたいと思ってた。けど、何か違うんだよ。何か最近、本当にそれでいいのか? って、それで差別は無くなるのか? ってさ、思っちまうんだよ。」
そこまで言うと黙り込む。きっと何度も考えて何度も立ち止まってしまう場所なんだろう。
「聞いて良えか?」
「なんだよ?」
「獣人差別がなくなったとしてや、キバはヒュームとの関係をどうするつもりや?」
「ヒューム…? わからねぇ、考えたこともねぇ。」
「今、考えてみてくれへんか?」
「…。」
ーー力をつけて、ヒュームに存在を認めさせる。そして、獣人差別を撤廃させる。
その後どうする? ヒュームと同じ場所に居ることも嫌だ。逆にこっちがヒュームを差別してやればいい、シェンさんや俺、ヒュームが神聖視する世界樹の頂部へ近付けるのは獣人だけなのだと罵ってやればいい。…でも、そしたら…。ーー
「どや? 答え出たか?」
「…わからねぇ。差別はやめさせたい。けど、その先がわからねぇ。」
「そか。」
「…。」
「ほな、僕とキバの関係はどうや?」
「え? ん…そうか、そうだな…。でもそれは…。」
セロが言わんとしていたことを、キバは自分で気が付いた。そのことにセロは安心する。
「私には夢がある!!」
突然のセロの大声にキバは驚く。
「このセリフは、有名な人の演説や。その人は差別されとった。」
「えっ!? ヒュームが? 誰に?」
数でも力でも、その頭脳でも今のヒュームを抜く者がいるだろうか? いるとすれば神ぐらいなのではないのだろうか? そんな疑問がキバの中で渦巻く。
「その人は、同じ人間から差別されとったんや。生まれや、皮膚や目の色が理由で。」
「…っ!?」
「アホやろ? そんなんで何を別けたかったんやろな?」
「それで!? どうなった?」
「その人か? その人はな、僕には四人の小さな子どもがおる。その子らの将来の為にこんな差別は無さなアカンのや。って演説して、被差別者と闘ったんや。」
「殺したのかっ!? 戦って、勝ったから有名になったんだな?」
「違う!!」
「えっ? 何が?」
「その人がホンマに凄かったんは、決して暴力は使わんと、その行動で差別撤廃を訴え続けたことなんや!! 差別されとる人間が、そんな演説しとったら殺されてしまうかもしれんって知っていながら、先頭に立って皆の意識に語り続けたことや!! 」
「戦わずに闘った?」
「そうや!」
「…それでどうなったんだ!? 差別はなくなったのか?」
「…。差別はまだ完全には無くなってない。」
「…そうか。」
「けどな、確実に変わった。今では、差別されてた人種が国のトップになるほどや!」
「国王に!? 凄ぇ!! その演説の人が国王になったのか!?」
「いや、その人は殺された。なったんはもう少し後の人や。」
「…そうか。」
「キバ、僕が言いたいんはな、その人は決して暴力を使わんかったってことや。ずっと闘って、闘って、闘い続けた。子ども達の為に理想の未来を作りたかったからや。そして多分、その人は被差別者の上に立とうと思ったんでもない! ただ、対等に接したかった、そうして欲しかったんや。言いたいことわかるか?」
「…多分わかると思う。」
「うん、それで良え。」
「…わかった! 俺、とりあえず闘い続けるよ。何をどうやったら良いのかすらわからねぇけど、ミミの為に差別をなくしてやる!」
「その意気や!!」
「俺はその為だったら何でも出来るぞ!!」
「よっしゃ!! よう言うた!! ほな、早速やけどコレ装備してくれ。」
「は??」
「何や? 今、何でもやる言うた所やろ? 出来へんのか?」
「だからって何の関係があるだよ!? その“幸運の装備品”に!?」
そう、一角ウサギのドロップアイテム、幸運の七点セット。一式まとめて装備すると運がバカみたいに上がると言われるこの装備だが、身につけると運が三十に固定されるというアイテムなのだ。セロには意味がなかったが、キバが身につければ三十倍のラッキーを手に入れることとなる!
そうして陽が暮れるまでの間、叶わぬ恋の園と呼ばれる平原ではヒュームとウサギが平原のモンスターを狩りまくっている姿がチラホラ確認されることとなるのであった。
「人前では絶対に着ないからなっ!! 絶対だ!!」
「ウサちゃん可愛いで! 似合っとる!」
「黙れ!!」
次話の更新はかなり間が空くと思います。