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転生しても頼りない…  作者: 真地 かいな
第2章 宗教と正義(仮称)
16/20

第15話 イッパイいっぱい

後半に説明文を加えました。(H26.9.29)



「なぁ、ホントに良いのか?」


「何がいな?」


キバとセロの二人は、バル夫婦を訪ようと陽が沈んだ獣人街を歩いていた。さすがに貧困街の獣人地区には大通りのような街灯はなく。真っ暗闇のなか、わずかな星の光を頼りに歩いている。


今朝方の騒ぎをキバから聞いたセロは、見事なまでのヘタレっぷりを発揮して家から一歩も出たくないと散々泣き言をわめき散らしていたのだ。

それなのに、夜になって急に外出しようと自分から言い出したことがキバの不安を呼んでいる。

あまりに起伏の激しい感情は周囲の人間を不安にさせて、その他人の行動にすら影響を与えることを覚えておかなければならない。


「バルさんとこ獣人地区ここ出てすぐなんやろ?」


「あぁ。そうだけどよ、衛兵に見つかったら厄介な事に成るんじゃねぇのか?」


セロがうわ言のように繰り返した言葉をそのまま返すキバ。

キバは、そんなヘタレっぷりに呆れて、なんども世界樹でレベルを上げて強くなろうと誘ったものの、いざ外出となると、衛兵に見つかった時のことが怖い。そんな状況で世界樹の黒狼の時のように逃げ出されでもしたら最悪だ。この街は獣人が生きていくには酷なのだから。


「まぁ、大丈夫やろ。人通りが多いとこまで出るわけやないし。」


「でもよぉ。お前が言ってたんだぜ?」


「あんまし言わんといてくれや。僕だって内心ビクビクしとんや、せやけどいつまでも外出しやんのも無理やから、大一番でキバっとんねや。」


「ああ…。」


キバは話を聞きながら、こんな事を大一番と呼ぶのはどうかと思いながらも、先の事まで考えて勇気を振り絞っているセロには何も言えない。


「にしても、バルさん夫婦が貧困街に住んどるとはなぁ。」


「…ああ。」


キバはバルが半獣人だからそこに住まざるおえないのだと、容易に想像出来るが口に出したくはない。

セロも知っているだろうに、その辺りに気を遣ってくれても良いものを。


共働きで裕福層にも手が掛かろうかという程の金銭を持っているバル夫婦。

だいたいが公勤務に就く者は不自由ない生活をしてお釣りがくるのだ。それに加えてバル夫婦は共働きであり、単純に二倍の収入があるのだから、バルに出生の件があっても貧困街に住んでいるというのはやはり納得がいかない。


単純に貧困街がある、獣人地区に近い土地をバルが望んだ事もあるのだが、そんなことをセロ達は知らないのだ。


「ここが、バルさんの家だ。」


キバに案内されていなければ、怪し過ぎて通り過ぎていたかも知れないような家。大きさ自体は一般家屋よりもふた周り程大きいのだが、見るからに老朽化した柱や、カビの生えている壁などが、人を寄せ付けない雰囲気を放っている。

家全体にツタが絡まり、周りよりも湿気が一段高くなっている気がする。


「まぁ、なんや…風情があるとも言えなくはない。…かな?」


「このボロ家が?」


せっかく口を濁したのに、丁寧に言い直してくるキバにセロが苦笑する。

一応庭付きのようだが、雑草だらけで碌な手入れはされていないようだ。セロ達は玄関まで続く石畳を進んでいくのだった。


「すいませ〜ん!! セロですけどバルさんかジルさん、居はりますかぁ〜??」


呼び鈴のようなものが見つからず、ノックをしながら来訪者の名前を告げる。返事は直ぐにやってきた。


「あいよぉ〜! ちょっち待ってくれぇな。」


ギシギシと床を軋ませながら、バルの元気な声が返ってくる。すぐさま凄い勢いで扉が開かれる。


ガシャン!


「あ痛ぁ〜、 ジル!! また扉壊しちまったぁよ!」


「あっはっはっはっは! またかい? そんなのほっときゃ勝手に治っちまうさね。」


「いや、勝手には治らねぇよ!!」


ついぞツッコミを入れてしまう辺り、キバはセロに染まってきたようだ。

バルの力で勢い良く開かれれば、木製の扉など蝶番ちょうつがいから簡単に壊れてしまう。ジローナの反応を見てみれば、これが茶飯事な事が理解出来る筈だ。


「おうよ? キバも一緒かぁよ。お前がヒュームと一緒たぁ珍しい。まぁ入りなぁよ。

ジル!! セロと、あとキバも一緒だぁ〜!!」


二人を招き入れたバルは慣れた手つきで型ハメのように扉を閉めると、隙間風などどこ吹く風と、ジローナの待つ居間へと案内する。


「いやぁ、良く来たね! やっぱりアタシの手料理が食べたくなったのかい?」


ジローナはセロを一目見て喜色を浮かべる。セロはそんなジローナの背後に並べられた食事に目が釘付けになっていた。


事前に連絡など入れていないのだから、セロ達の訪問を予期出来た筈もない。それなのに、食卓にはこれから近所の主婦友達でも呼んで飲み会でも始めようかという量の料理がズラリと並んでいた。

二メートル近い身長のバルがその上に寝転んでも問題なさそうな机、そこに隙間なく料理が並んでいるのだ。


「あっはっはっは! 量に驚いてんのかい? まぁなんだ、バルの体格だろ? 見た目通り良く食べるんだよ。あっはっはっはっは!」


居間に入った瞬間に固まった二人を軽快に笑い飛ばすジローナだっが、食卓に並ぶ大量の食事はキチンと二等分されている。ジローナの恰幅かっぷくがバルに劣らないのも納得出来るというものだ。

セロ達は促されるまま席に着き、寄せ集めで悪いけどと言いながら自分達の皿から食事を取り分けるジローナを眺める。


「育ち盛りなのに、少なくて悪いね、突然の来訪には慣れていなくてね。あっはっはっはっは!」


セロ達の前にこんもりと盛られた寄せ集めは、キバ達兄妹の一週間分に匹敵する量だった。食べる前から顔を青ざめさせる二人。


「不躾な訪問にも、もてなしてもうてすんません。」


適当に挨拶を済ませた後、取り敢えず勧められた料理に手を付ける。

日本育ちのセロが礼に背く事など出来るはずがない。盛られた料理を残さず食べようと試みるが、三分の一も食べられずに根を上げた。


しかし、ジローナの手料理は言葉以上に美味だった。目にする量からは考えられないような繊細な味で、盛り方こそ、大雑把だが、その味は生前一度だけ口にしたフランス料理のフルコースを思い出させる。

バルの身体を気付かって、肉好きの大食いが胃痛で困らないようにと、異世界で消化促進に良いとされている食材が盛り込まれ、色合いを意識した料理は、決して生前の職人にも負けないようなものだった。

しかし、栄養バランスが取れるようにと準備されてはいるが各皿の上には富士山も驚く程の量が山と盛られており、評価するのが難しい。


それらを全てペロリと食べて、食後のデザートに菓子パンまで食べ始めるのだから、見ているこっちが気持ち悪くなってくる。


「おい…、ヒュームって足まで胃があるのか?」


「んなアホな。バルさんの半分は獣人やないか。」


「でもよぉ…。」


毎日この量の食事を続けていれば、貧困街でしか生活出来ないのも何と無く納得出来てしまう。恐ろしい金額が毎日の食費で消えていくであろう。セロは異世界へ続く道は、バル夫婦の胃袋にあるのではないかと考えさせられた。


「さてと、そろそろ食事は終わりにしようかね。」


「そうだな、腹八分目ってのもあるからな。ガッハッハ。」


「なっ! …。」


ドンッ!


「聞き流すとこや。」


「で、用件は何だい? 別に食事にありつこうって訳じゃないだろうさね?」


「ガッハッハ。それでも俺は構わねぇがぁよ。キバ、ちゃんと飯食ってるかぁ? 腹一杯食わなきゃ強くはなれねぇぞ?」


「えっ!? あぁ…。」


まぁ、キバの生活では腹一杯どころか、といったところだ。もちろん元獣民であったバルがその生活を知らない筈がない。


「毎日でも良えから腹減ったらウチに来なぁよ。妹さんも連れてぇよ。」


「あぁ…ありがとう。」


バルの気兼ねし無い物腰は、簡単に人を信用させる。誇るべき才能だろう。


「で? セロの方かね、用があるのは?」


「あっ、はい! 僕はお願いがあって来させてもらいました。…あっ! すんません。食事のお礼もせんと用件言うてしもて。せっかく用意してもろたもん、残してもぉてすんませんでした、ホンマに美味しかったです。ご馳走様でした。」


「…ご馳走さん。」


頭を下げないキバを押さえつけながら礼を伝えるセロ。ちなみに、セロ達が残した料理はバルが綺麗に平らげている。


「良いさね。いちいちそんな事気にしてちゃ男じゃないよ! アンタはただでさえ頼りない雰囲気なんだから、内面ぐらい胸張って生きな!」


「はあ、やっぱり頼りないですか。」


「ゴボウ何かより遥かに頼りないね! あっはっは!」


「ガッハッハ! そりゃゴボウに失礼だぁよ! あれでもゴボウは美味いんだぁ。」


セロをからかい盛り上がる二人。

セロも自分が頼りないことは自覚しているが、ゴボウと比べられる程なのかと、少しショックを受けていた。少なくとも手足はそれなりに肉付きもいいのだが…。しかし、目の前のバルとは比べるまでもない、あの丸太のような腕と比較すると、自分ぬ腕がゴボウに例えられても仕方なかった。


「それで、セロ達が来た目的ってのは何だい? 何か私らにお願いでもあるんじゃないのかい?」


「あっ、そやそやお願い事の話ですわ。えっと…。」


自分の腕を眺めていたセロはようやく目的を思い出した。

バルから聞いていたようだが、ジローナにも今朝の話をかいつまんで話し、捜索対象は自分だったのだと伝える。そして、その理由についても話そうとするのだが。


「おうよ、あいつらセロを探してたのかぁよ。」


「あっはっは! そりゃ大変だったね。それで、私らに匿って欲しいってんなら、大歓迎だよ! だから最初からウチに泊まれば良いって言ってたのさ。どうするさね? キバちゃんも泊まってくかい?」


どんどん話が進められた。セロの思惑とは違った方向へと。

ジローナは立ち上がり、着替えや寝床を準備しようとし始めた。


「あの、ジローナさん!!」


「ジルって呼んでくれって言ってるじゃないか。布団は花柄しかないけど、構わないよね? さてと、枕は良いとして、寝巻きになるようなモンはあったかねぇ。」


「おうよ、俺の上着が長衣に丁度良いんじゃないかぁよ?」


「いや、あの…。」


「アンタのじゃ、腹が出過ぎだよ! まぁ他にはないさね。悪いけどそれで我慢しておくれぇさ。臭かったら破り捨てても良いからさ。」


「ちょっ、ちょと待って…。えっ、破り捨てて良えの?」


「あっ!! 大変だよ、キバちゃん、アンタ病気の妹がいたんだったかね? その子も連れてこなきゃ!! 仲間はずれは可哀想だよ。」


「いや、待って…。」


「おうさ! 俺がひとっ走り言ってくらぁな。」


「まっ…て…お願い…。」


「バルさん、 ジローナ、ちょと待ってくれよ。こいつの話聞いてやってくれ。」


セロが二人の間であたふたしているのも楽しかったが、もうそろそろ良いだろうと、キバが代わりに待ったをかける。


「何だい? 大事な妹だから、自分で連れて来たいってのかい? 全く、とんたシスコンだねぇ。いつかはお嫁に貰われるんだから…。」


「ちっがぁーう!! 」


ジローナ達の世話焼き癖には助けられたが、それも使いようなのだな、としみじみと感じる。


「ん? どうしたんだい、 花柄の布団じゃ不満かい。ちなみに枕も花柄だよ。」


「いや、もう布団のことはどうでも良えんです。泊まるつもりもないですし、匿って欲しいってことやなくて、一度に大量のやり取りする人間や、キバだけで買い物に行っても問題ないような店を教えて欲しいんです。ジローナさん、商組合に顔聞くみたいなんで、信頼のおける方をご存知かと思いまして。出来れば獣人街から近い所でお願い出来れたらと。」


再度、話の途中でジローナ達に邪魔されないように、セロは一気に話した。


「何だい、そんな事かい。それなら早く言ってくれさね。せっかくお花畑で眠れる準備をしたかったのに残念さね。」


どこのお花畑だろうか、場所に寄ってはかなりの覚悟をしなければならない。


「ガッハッハ、早とちりもジルの良いとこだぁよ。愛してるぜ。」


「で、アンタは何で追われてるんだい?」


「そういやそうだな、お前、買い物しただけで何で追われてるんだよ?」


「ガッハッハッハ!!」


「いやまぁ、僕も何で追いかけられてるんかはわからへんねやけどね…。」


セロは昨日、行く先々の商店で一悶着を起こしてきた。

どこの店主も、個人との大量取引など経験したことが無いようで、いちいち首を突っ込んできては、真面に答えないセロを怪しんだのだ。

そもそもセロは、世界樹から取ってきたと説明をしているのに商人達は信じなかったのだ。それは、世界樹の常識を考えれば仕方のないことかもしれない。モンスターとの戦闘を避けて、一階層に平均三個の宝箱だけでは大量の物資を手に入れられるわけがないのだから。商人達にとっても、自分達の知らないルートから物流が生まれては困るのだ。なんとか真実を話させたかったに違いない。


終いには衛兵を呼ぶだのどうだのと、商談すら出来ず、仕方なく違う手段に討ってでた。

セロ曰く、違う手段といっても、対したことはしていないそうで、衛兵に苦情がいくことは考えられないらしい。


「商人達が一番信じてくれへんかったんが、頼りなさそうな僕が世界樹で大量に稼いで来たってことやったから、チョット剣抜いて素振りして見せただけやで? そしたら、モンスター相手に戦ってきたってことがようわかるやろ?」


「ガッハッハ。そりゃ対したことじゃねぇなぁ。」


「バカだねアンタは、大概問題あるさね。」


「お前バカだろ?」


キバが深々とため息をつく。


普段は気が弱すぎて鬱陶しいぐらいのくせして、良くもそんな事が出来たものだ。

狭い店内で素振りをしたのだから、店主の鼻先を剣が掠めることもあったであろう。怪我がなかったから大事には至らなかったようだが、そんな事をされたら、訴える所まで行かずとも商組合のブラックリストに載らぬ筈がない。

衛兵としても、情報を精査して今後の憂いを晴らして起きたい気持ちに成るだろう。


「僕が悪いんか?? えぇ〜!!」


わかっていながら、わざとらしく言葉にするのが、また意地汚い。

そんなこんなで、事情を察したジローナが、問題解決の為に、とある提案を出してくる。


「アンタ、そんなに大量の物資があるなら、自分で店開けば良いんじゃないかい?」


商人達との諍いの根本は物資の獲得手段やそのルートである。ジローナの提案は到底解決の道筋とは言い難い。


「ガッハッハ!! 違げぇねぇわなぁ、売る程あるなら売っちまえばいいがぁ。そしたら金も稼げるわなぁ。」


「なるほど! 確かにそうですわ。何で気付かんかったんかなぁ〜。」


「お前何言ってんだ? 店を出す?? どうやって? じゃあローザの主人探しはどうすんだよ? バカだろ?」


それなのに、おバカな人たちは簡単に話にのってしまう。せっかくキバが的確な疑問を投げかけても、セロは意図して答えない。

自分の店に行き交う客が増えれば、自然と情報が集まってくる。まさに一石二鳥ではないかと、セロが感じてしまったせいだ。


「おいっ! おバカ! 聞こえてるか? 店開く土地はどうすんだ? 売り子は? 商組合ってのにも加入しなきゃいけないんじゃないのか? お前、絶対ムリだろ。そんだけ嫌われてんだからよ。お〜い!! もしも〜し!!」


ダメだセロは楽しい妄想の時間に入ってしまった。


ーーそうだ、ローザを店のマスコットにしよう。それなら主人探しと宣伝の両方が出来るじゃないか! ローザの可愛さなら一日に1,000人は来客するぞ! いやもっと多いか? 売り子の制服は何が良いだろうか? 個人的にはメイド服が良いんだけど、そんなの売ってるのかな?


「お〜い!!」


「諦めな、今はムリさね。少年の瞳になっちまったよ。そこらの難題はアタシも協力してやるからさ、まぁどうやったら店が開けるのかだけ考えさぁな。」


ジローナも半分冗談で提案したのに、セロの食い付きが良すぎて若干引いてしまう。よく考えれば、セロは使役登録の費用を稼ごうと路上で芸をすることを考えるような人間だ。軽率な自分の発言に苦笑する。


「マジかよっ! 何で行き当たりばったりでこんな事になるんだよ!」


「ガッハッハ!!」


こうして、話の流れだけセロは出店することに決めるのだった。


この後に何が待っているのかも知らないままに…。




ーーー



所変わって、ユグドラシルの衛兵たちが詰めている“第一待機所”と呼ばれる場所での話。


セロがバカな妄想を抱いていた翌朝、第一待機所では前日に起こった獣人地区での騒動で盛り上がっていた。

それは、自分たちのプライドを守ろうとした少数の衛兵たちがもたらした偽りの情報。そんな些細なことから始まった。


「そうなだよ、だからよヨツアシ族は俺たち人間様に刃向う為に何かしらの準備をしているみたいだぜ。しかもそれを先導してんのが、俺たちが捜索してた人間だって話なんだよ。」


「おいジノスそれが本当なら、反乱ってことじゃねぇかよ。大問題だぞ!?」


ジノスと呼ばれた大柄な男から話を聞いていた衛兵が、驚愕の声をあげる。


「そうさ、だからこれは大問題なのさ。何十匹もの武装したヨツアシに囲まれてよ、何とか数匹は打倒したんだが、さすがに逃げることしかできなかったのよ。」


出勤の準備に訪れた衛兵たちに聞こえるように、出っ歯の衛兵が補足する。


「そうか、そりゃそんな状況じゃ撤退するのが正しい判断だよ。いくらヨツアシ共が弱いとはいっても、そんな数で囲まれちゃ不味い。マイルズ、さっきは臆病者だ何だって言って悪かったな。」


そんな周囲の声に、マイルズと呼ばれた顔に傷のある衛兵が大きく頷いた。この傷のある衛兵が獣人地区を担当しているチームをまとめているようだ。

朝の支度を続けていた男たちが、聞こえてくる会話に興味を持ったようで、どんどん周りに集まってきていた。大勢の者が口々に意見を言い合い、到底収集のつかない様相を呈してきている。


「ヨツアシが反乱?」


「そりゃ穏やかじゃねぇな。」


「マイルズ達は、北の大地からの馬鹿な旅人を追ってたんじゃねぇのか?」


「それが、ただの馬鹿じゃなくて、国家転覆を企むような大馬鹿だって話なんだよ。」


「ヨツアシを使ってか? 何匹集めようがヨツアシはヨツアシだろ? 馬鹿だなぁ。」


「でも何だってヨツアシ共は反乱なんて企ててんだ? この街の外周に居座ることを許してもらているだけでも十分な恩恵を受けているだろうに。」


「そりゃそこは、ヨツアシだぜ? そんな恩恵にも慣れちまって、もっと欲しくなったんだろうよ。欲望のままにしか動けねぇ獣らしい行動だ。」


「それにもしかしたらだが、ヨツアシ達は今の境遇が不毛とでも思っているのかもしれんな。」


「でも人間族も関わってんのか?」


「らしいぜ、だからそいつは頭がオカシイに違いないって話してるだろ。昨日は商店の中で剣を振り回していたらしいからな。」


「んなバカな? 犬だって、住処を与えられりゃ尻尾振って喜ぶんだぞ? 獣人族ってのはそんなにバカなのか?」


「あぁ、まさしく犬畜生にも劣るやつらだな。」


「でもよぉ、俺には納得出来ねぇよ。ヨツアシなんてよ、エルダ教の教えでは存在自体が許されていないんだぜ? 生かしてもらってるだけで大恩じゃねぇかよ。会話が出来る奴もいるってのによ、そんなこともわからねぇのかよ。」


「…ッ! まさか逆恨みじゃねぇだろうな。あいつら神の教え事態を恨んでるんじゃねぇか?」


「なっ!!?」


ざわめいていた詰所の中に沈黙が訪れた。その場にいる衛兵は一様に驚きの表情を浮かべる。


・・・・・・・・・・


ここで少し、宗教の勉強をしよう。

この大陸ではエルダ教とリヴァイア教の二つの宗教が大陸を二分するように普及しているのだが、リヴァイア教はエルダ教から派生した宗教であり、崇める神が慈愛神エルダということは変わらない。そんな中でも少し大きな違いを纏めるならならばーー


【エルダ教】では、慈愛の神エルダが唯一絶対の神であり、その創造物である人間は互いに支え合って生きなければならないとされており、その行動指針は、絶対神であるエルダが残した教義に記してある。その為、その教義が至高の生活指針であり、それが全てである。


【リヴァイア教】では、慈愛神エルダの恩恵で生まれた人間は、その生を全うする為に自分の望みを第一に考えねばならず、余裕がある者はより余裕の少なき他者への施しを行わなければならないとしており、その判断基準に関しては、エルダが創造された人間個々人の意思を尊重するとしている。


つまり、エルダ教会が発行している聖典に則って行動しているのがエルダ教徒であるのだ。対して、リヴァイア教には細かな行動基準が示されているわけではない。誰もがそれとわかるような罪が描かれた教本が存在していても、細かな善悪の価値観を個々人で判断すべしという教えであるのだ。その為、二つの善悪感については大きな違いが生まれるかと思われる。が、人間には集団心理といものが働く。そして、リヴァイア教徒は個人での考えはあっても、集団でのまとまった考えというものは存在しがたく、エルダ教徒は多勢で同等の価値観を共有していた。結局は二つに分かれて争っていても、その価値観に大きな違いが生まれないのだ。


それに付け加えて、獣人に対する両者の考え方を説明する。

エルダ教の経典には獣人族の存在が描かれていない。その為、エルダ教徒は獣人族の事を絶対神であるエルダが認識していない存在としており、神の創造された世界に存命しているのがふさわしくないと考えられている。

リヴァイア教では、獣人の存在は、前述の通り個々人の判断に委ねられているのだが、多くの物がエルダ教の教えに流されているのが現状である。しかし、リヴァイア教の示す罪の中に“命あるものを無碍に奪うことなかれ”という教えがある為、エルダ教のように極端な考えを有している者は少ないのだ。


そして、このユグドラシルという街は双方の教会がほぼ釣り合った力関係で存在している稀有な街であった。


・・・・・・・・・・


この第一待機所での多くの発言はエルダ教徒のものである。この場の衛兵の中にも、獣人族を卑下していない者もおり、獣人族が世間一般で言われているほど愚かでも、良くもないという認識の者もいるのだが、多勢の前では沈黙を貫くのみであろう。


そして、事態はさらに進む。

第一待機所で日勤の準備をしていた衛兵たちの視線が、突然もの凄い勢いで開かれた扉に注がれた。


「大変だ!! 馬車が襲われた!」


待機所の床を転がるように入ってきた男に全員の目線が注がれる、危険な兆候に即時に動けるようにと意識を切り替える。


「なんだとっ、どこの商人だ!?」


「違う! エルダ教の供物運送馬車だ!!」


「まさかっ、もう反乱が始まったってのか!?」


“獣人族が反乱を企んでいる”直前までの会話が衛兵たちの頭に響いた。

あるいは、情報伝達がこのように取り乱した町人からもたらされたものでなければ、ちゃんとした盲目的な判断をしなかった者がもっと多かったことだろう。あるいは、襲われたのが商人の馬車であれば、どこぞの野党の責任で終わったであろう。しかし、人間は間違える。その状況が常識外であればあるほど、そんな常識外の情報が続けば続くほど、人間の思考は偏った方向にまとまっていく。なぜならば、常識外の情報は常識外の情報でまとめる方が、納得出来てしまうからである。


それがよくよく考えればおかしいことであったとしても、自分たちが間違えていることに気付けないまま行動を開始してしまえばもう遅い。

この時間帯が日勤を行う者が集まる時間帯だったのも問題だろう。植え付けられたその認識がたとえ間違いであったとしても、大勢の共通認識になってしまえば、それが正となるのだ。


事件の起こった現場を聞いた衛兵たちは、あわただしく待機所から飛び出していく。


情報を持ってきた男が誰も知らない顔だったとしても、それを咎める者はもういない。



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