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転生しても頼りない…  作者: 真地 かいな
第2章 宗教と正義(仮称)
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第14話 キバが見たもの

今回は少し短めです。



一晩過ぎれば、粗熱も冷める。

昨日の余韻もすっかり消えて、獣人地区にはいつもの静寂とも、陰気臭さともいう絶妙な空気が漂って…。


「ここにゃ、そんな奴はいにゃいと言うておろうが! そもそも、獣人街ここを訪れるヒュームにゃど、この街にゃおらん事は、ソチらの方が知っておるにゃろ!」


「黙れ! 亀の癖にニャーニャーうるさいぞ!!」


「にゃんじゃと!! 群れにゃければ何も出来ん臆病にゃ種族がワレににゃんと言ったにょじゃ!!?」


獣人街に早朝から響き渡る罵詈雑言でキバは目覚めた。

昨日までの疲れが溜まっているのか、身体が重い。固まった体を軽くほぐしながら、外に出て騒ぎの原因を見に行くキバ。


「ええい、さっさと教えろ! このまま全員しょっ引いてやっても良いんだぞ!?」


人集りの中心には、獣人街には珍しく、街の衛兵が四人来ていた。どうやら誰かを探している様子なのだが、話しをしているうちに口論に発展したようだ。獣人とヒュームの言い争いなど珍しくも何ともないため、キバは欠伸をしながら家の中に戻っていく。


「この獣人街にヒュームの男が潜伏しているはずだ! 容貌は十代半ばから二十代前半、ひょろ長い印象で、糸のような細目が特徴の男だ! その格好から職業は戦士で、方言からは北の大地出身だと考えられる。この中でその人物を知っている者はいないかっ!? いたら名乗り出て欲しい!!」


おそらくこの衛兵達のリーダーなのだろう、老婆と言い争いをしていた大柄な衛兵とは別の、顔に傷のある衛兵が、毅然たる態度で獣人族に情報提供を募っている。

その言葉が耳に入ったキバは歩みを止める。どうやらもう少し様子を見なければならないようだ。


「ヒュームがここにいるわけねぇって、タケ婆が言ってるだろ!? 用事は済んだんだ、帰れよ!」


四人の衛兵達は困惑していた。いつもならばこの地区は死にかけた獣人が転がっているだけで、嫌われ者のヒュームであっも、盗人行為にさえ気を付けていれば騒ぎに合うこともあまりない。

付け加えれば、ここで衛兵が人探しをする時、僅かでも報奨金をチラつかせればデマも含めて大量の情報提供があるはずだった。またそれ故、ヒュームであっても衛兵に危害を加える獣人族は滅多におらず、ましてや今にも襲いかかって来そうな集団に囲まれる筈がないのだ。


その筈なのに…。


「そいつが何をしたのかなんて知らねぇが、ここにはいねぇよ! さっさと帰れ!!」


「ソチらに用のある同胞などおらぬのじゃ! けーれ!!」


「「そうだ! 帰れ!! 帰れ!!」」


おかしい。

衛兵達が到着した頃には、いつもとさほど変わらぬ様子であったのに、捜索対象の特徴を伝えた途端に殺気立った男衆に囲まれたのだ。ーー何故か戦えそうもない年寄り亀がその先頭に立っているのだがーーしかも、いつものように衰弱して倒れこんでいると思い込んでいた者達は、早朝故にただ寝ていただけで、死にかけの獣民が存在しなくなってしまったのだから、混乱は増す。




衛兵達は昨日、いくつかの商店から大量の物資を脅すようにして買い占めていった人物を探していた。それも、詐欺行為を働いたわけでもないため、少しの間事情聴取をしようと捜しに来ただけだったのだ。

しかし、これは想像以上に由々しき事件が計画されているのかもしれない。


四人の衛兵全員にそんな疑惑を抱かせるほど、今の獣人街も、その獣民もあり得ない行動をしているのだった。


「俺達は、情報提供を募りたいだけだ。もちろん有力な情報には報奨金も出す!! ヨツアシの方々を傷付けるつもりは毛頭ないのだ!!」


出っ歯の衛兵が自分が思っている最高の丁寧な口調で情報を募る。


「よっ…ヨツアシだとっ!!?」


しかし、その言葉に獣人族は憤怒の表情を浮べた。丁寧に話していたつもりであったが、日頃、仲間内で獣人を示す蔑称を、こんな緊迫した場面で出してしまった。

自分の失態を自覚した出っ歯の衛兵は、余計にその歯を飛び出させて青ざめる。自分がバカにしてしまったヨツアシ達に周囲を囲まれているのだから当然だった。


後悔する出っ歯の衛兵めがけて、血気に溢れる猿人種の若者が怒りの拳を振り上げて駆け寄って来ていた。

傷の衛兵が出っ歯の衛兵の襟を摑んで、素早く後ろに下がらせる。いきなりの攻撃に身を強張らせて動けなくなっていた出っ歯の衛兵は、予期せぬベクトルに地団駄を踏みながら後ずさった。鉄すら容易にひしゃげさせる猿人種の拳が鼻先を掠める。掠めただけで鼻から血を垂れ流す出っ歯の衛兵は、背中に冷汗の滝を作った。


仲間の機転がなければ、今頃冥府の淵を彷徨っていたかもしれない。


「貴様ぁ〜!! 人間様に歯向かうつもりかぁ!!」


亀の老婆、タケ婆と言い争っていた大柄の衛兵が剣の柄に手をかける。


「止めろっ、ジノス!!」


傷の衛兵は、ジノスという衛兵に目線で周囲を見渡させる。猿人種だけでなく、他の獣民達も誇りを傷付けるような蔑称を耳に、怒りに燃えて、抗戦体制を整えていた。

衛兵達を取り囲む輪がだんだんと狭まって行く。鼻血を流す出っ歯の衛兵は自分の失言が招いた窮地に怯えて震え出す。事態は収取のつかない処まで転じてしまったようだ。


「我らを戦争に利用した報いにゃのじゃ。覚悟せい!!」


自分たちの身を守る為に身を寄せ合っている衛兵たちにタケ婆が近づいていく。

タケ婆が手を振り下げたのを合図に、獣民達が一気に迫り寄る。憎きヒュームへの恨みを込めた拳が四人の衛兵に襲いかかる。


「止めるんだぁ〜!!! ょ。」


その時、鼓膜を揺さぶる大声が大通りに通じる路地から発せられた。

鉄すら打ち砕く何十もの拳がピタリと止まり、新たな来訪者に視線が集中した。


「勇敢な獣士諸君、そんな事は止めるんだぁよ。」


門番の熊さんこと、バルだった。

早朝、いつもの仕事に向かう途中、騒がしい獣人街を訪れたバルは、この騒ぎに出会ったのだ。


「ここで、この四人に積年の恨みをぶつけても、意味はないがぁな。ちょっちぐらい気が晴れても、後でデッカいシッペ返しを受けるのはわかってるだろうがぁな。だから止めるんだぁよ。」


怯える四人の衛兵に救いの手が差し伸べられた。気勢が削がれた獣民達は、戦闘を中断している。しかし未だに囲みを解こうとはしない。


「タケ婆、昔の悲劇を繰り返してぇのかぁよ? 改善されん境遇に耐えかねる気持ちはわかるがぁよ、それは今じゃないだろうがぁ。」


バルは真っ直ぐに亀の老婆を見つめる。タケ婆も真っ直ぐ見つめ返す。


「バルよ、同胞を捨てたヌシが何の用じゃ。ヌシはヒュームと共に生きて行くと決めたのじゃろうて、この獣人街とは無縁の筈じゃ。口出し無用。」


全ての言葉をシャットアウトするように言い放たれた最後の言葉。

タケ婆の言葉に、獣民達がざわめき立つ。


「タケ婆、そりゃないがぁよ。確かに俺は獣人街を出て、ヒュームの嫁さんを貰ったがぁよ、俺には同胞の血が流れとぉよ。気持ちは同胞と共にある。俺は戦う場所を変えただけだぁよ。」


そう、バルは熊種の獣人とヒュームの混血だった。初めての出会いでセロが熊と見間違えたのも当然かもしれない。

その出生も人に語れるようなものではなく、バルの誕生を喜んだ者は実の両親を含めて一人もいなかった。ヒュームと獣人、互いに卑下し合う間に産まれたのだから当然だろう。両親も望んだ子どもではないバルを簡単に捨てた。


そんな、ヒュームからも獣人からも嫌われ者だったバルを育ててくれたのが、獣人街で最高齢のご意見番、タケ婆だった。しかし、バルはヒュームの女性であるジローナと恋に落ち、獣人地区を、タケ婆の懐を去った。獣人族の未来を支える為に手塩に育てたタケ婆はバルに裏切られたと受け取っているのだ。


先程、周囲の獣民達が動揺したのはタケ婆がバルを本当の孫のように溺愛していたのを知っていたからである。バルの存在を獣人族に認めさせたのは、他の誰でもないタケ婆だったのだから。


「…ヌシがワシらを裏切ったことに変わりはにゃい。しかしじゃ、一時にょ感情で死を弄ぶ行為は、ケダモノにも劣る暴挙じゃ。にゃから、今回は大人しく引いてやる。」


「タケ婆…。」


「勇姿達よ、宴は御開きじゃ!! 其処な臆病族にゃぞ、いつでも叩けようぞ。今は血気を保ちつつ、次の機会に備えるにょじゃ!」


タケ婆はそれだけ言い残すと、呆然と見つめる面々を残して、早々に去っていく。

年齢を感じさせる、おぼつかない足取りで去って行く義母の背中を、ただ見守ることしか出来ないバル。追いかけて背負いたい、手足に成りたい。そんな小さな願いは一蹴されてしまうだろう。タケ婆の頑固さを一番知っているのはバルなのだから。


「帰るか…。」


誰かが呟いた一言で、集まっていた獣民達もポツポツと帰って行く。

残された四人の衛兵は安堵のため息をつく。余程恐ろしかったのか、出っ歯の衛兵は鼻血を垂らしながら膝から崩れ落ち、涙を流して気のない笑顔を浮かべている。


「お前さん達、大丈夫だったかぁよ? 一体何があったんだぁ?」


バルは笑顔を浮かべて、未だ青ざめたままの四人に近付いていく。


「寄るな、半獣!! ケモノ臭さが移るだろうが!!」


バルが差し出した手に触れることなく、むしろその空間を避けるようにして衛兵達は帰っていった。


「…。」


バルは宙を漂う手を握り締め、仕事場に向かってトボトボ歩き出す。


大丈夫、俺にはジルがいる。仕事仲間のセリムがいる。少しずつで良い。少しずつ進んで行けばそれで良いんだ。


人生で何度繰り返したかわからない言葉。義母のタケ婆から教わった言葉。そんな言葉に身体を預け、バルはトボトボ歩いて行った。







そんな早朝の騒乱を一部始終を見ていた者がいた。

全身が汚れてわからないが、白地に黒ジマのキバである。


「…何か大変だな。…ん? 何が大変何だ?」


自問自答して首を傾げながら、キバは家へと戻る。

家の中にはミミを抱き枕のようにギュッと抱き締めているセロが、スヤスヤ寝息で眠っていた。


「くっ…。この変態野郎がぁぁ!! ローリングヒールドロップ!!」


「ぐぇっ!!」


前方かかえ込み宙返りーー通称前宙ーーからの全体重を乗せたカカト落とし。セロのみぞおちにジャストミートしたその技は、キバが初めて自分で編み出した決め技だった。

この後、悶絶するセロを目覚めたミミが優しく介抱したことは言うまでもない。



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