第11話 BOSSたる由縁
二人は、モンスターのいない階層を一気に駆け抜ける。十階につくまでに三十分もかからなかった事が、どれほどモンスターが少ないのかを示しているのだろう。
途中、レベルの足しにと、十階のボスも倒した。ヘドロのような身体で刺激臭がするそのボスに、キバの鼻は耐えられなかった。結局、ほとんどセロ一人で倒すことになったのだが、落としたアイテムも臭い玉という用途のしれない粗悪品。ボスの臭いを凝縮したようなその玉を、堪らず鞄に突っ込むセロ。流石のローザもその玉まで飲み込むことはしなかった。
しかし、強烈な臭いのする玉を鞄に突っ込んでも起きてこないローザに逆に心配になってしまうセロ。胸が上下に動いてるため生きていることはわかるのだが、石ころを四つも飲み込んだのだ心配にもなる。
とりあえず、衣服の残り香を気にしながらも先急ぐ二人は、目的の十五階に着いたのだった。
「ついたな…。」
「やっとやで。これからが問題や、モンスターに出会いさえすればイケると思うんやけどな。」
「それも運でなんとかなるんじゃないのか?」
「まぁ運やからな、僕の意思ではどうにもならん。気長に探そか。」
「俺が見つけても、お前がトドメをさすんだな?」
「そや、トドメ刺した奴にしかドロップアイテム手に入らんのなら、そうするしかないやろ?」
「あぁ、悔しいが任せる。」
「任せとき!」
キバは自分の力ではミミに必要な薬を手に入れられない、それが悔しい。それも、時間や単純なパワーを鍛えてもどうにもならないのが、余計に腹立たしい。
すでに、この街の平均レベルより二倍以上の力があるだろうことが、さらに胸のモヤモヤを肥大させる。
自分さえ強ければミミを守れると信じていたのに…。
「何考えてるか知らんけど、今、自分がやるべきことは、今あるもので何が出来るかを考えることやぞ? 僕と出会えたんは、間違いなくキバの運やからな?」
意外な盲点、確かにそれはキバの運である。まだモヤモヤは残っているが、やるべきことをやらなければ。
ミミが待っているのだから。
「ほな、探そか。」
「あぁ、わかってるよ。」
探し物は、十五階で出会うにはかなりの運が必要なモンスターだ。しかし、運だけで良いのならば、今の二人には十分な勝機がある。キバと比べれば、神とミジンコのような運がセロにはあるのだから、問題はきちんとセロがトドメを刺すことだけだ。
適当に歩いていれば遭遇するだろうと、気を緩めながら歩く二人。一応周囲に目を配りながら、ものすごい早足で進んでいく。
二人とも内心では焦りを感じていたのだ。
キバはわかるが、何故セロも? と思った方のために、セロの心境を簡単に説明しておこう。
この街に来てそれほどの時間がたっていないにも関わらず、数々のテンプレなイベントに遭遇したセロは、キバと出会い、秘薬を求めて世界樹に入った、ミミの為に。これは何かしらのクエストが始まったと考えるべきであり、そうなると、ミミの生死は今回の結果に大きく左右される筈だ。
しかも、キバの口からミミの余命の話が出た。
となれば、時間制限もあるかもしれない。遅くとも今日中に結果を出さなければ、頭の中の筋書きが最悪なものと成るかもしれない。
それは全て、自分がミミと出会ったことが始まりなのだ…。
「くそっ! どういうことや!?」
「お前何かしたんじゃねぇだろうな?」
「何かってなんや?」
「運の女神に嫌われるような何かだよ!!」
探索を始めて、はや二時間が経とうとしていた。既に十五階層は隅々まで探している。
それなのに、モンスターと全く出会わないのだ。
「くそっ! 運なんてアテにした俺がバカだったぜ!」
セロが運そのものであるかのように、苦々しい表情で睨み付けるキバ。
「何を言うんや、僕がおらんくても結局は運頼りやったやろうに! 何もかも僕の責任にしやんといてくれや! 僕だって精一杯やっとんのやぞ!」
「お前が任せとけって言ったんだろうが!? 精一杯やったかどうかなんてどうでもいい、こっちは妹の命がかかってんだからな!」
イライラをぶつけ合う二人。
秘薬を求めて三千里、たとえそうなろうともキバは逃げ出すわけにはいかないのだ。
「…すまん。もう少し運が良かったら出会えたかもしれんのに、勝手に頭打ちや言うてレベル上げから引き上げてもうた。それは僕の責任や。本当にすまん。」
「…そ、そんな素直に頭下げられても困るんだけどよ…。」
キバの言葉遣いが悪くなったのには理由がある。そうでなければ生きてゆけなかったからだ。
獣人というだけで周囲には敵だらけ、出生を呪ってみても、変えられる筈もない。全てを誰かのせいにして、全てを拒否する。そうしなければ、心が砕かれていただろう、…柳葉勇人のように。
キバを支えているのは身内だけ、独りだったならば心が砕かれようが構わなかった。その唯一、絶対の宝物がキバの根幹なのだ。
「…俺にとってミミは何よりも大切な妹だ。秘薬が手に入らないのは許せることじゃない。」
「…。」
セロは黙して頭を下げ続ける。
「けど、お前に当たったのはやり過ぎだったかもしれない。運は誰かの意思でどうこう出来ないってのは、俺でもわかるからよ。」
キバは言葉を続けようとして、なかなか出て来てくれないことにおどろく。「すまない。」、喉まで出かけているその言葉、言わなければならないと思うその言葉、でも出ない。南京錠でもかけられたのか、急に喉が閉じてしまった。言葉を出そうとする程にカラカラと乾燥してくる。
「そうや!」
「っ!? 何だよ!?」
言葉と同時に前を向くセロ、自分の何かと必死に闘っていたキバは驚きで狼狽える。
本当に出したい言葉は出ないくせに、他の言葉はスルスルと出てくるのだから。
「運は自分の意思ではどうにもならん。せやけど、僕の運が高いんはまず間違いない!」
でなければ、幸運のウサギセットを簡単に入手出来た筈がない。
「だったら何なんだよ!!」
相手を責め立てる言葉はどうして簡単に紡げるのだろうか。
「つまりや、運ではどうも出来んことが秘薬入手に関係しとるってことや!!」
「そうなのか?」
「そうや! そうとしか考えられん!
キバが秘薬入手の話、聞いた時のこともっと詳しく教えてくれ!」
僅かな希望が見えて来た。
キバもセロもせくようにアレコレと話し合う。どうすれば十五階で秘薬が手に入いるのか、ミミが救えるのか。
過去、ここで秘薬を手に入れたのは、獣人達が憧れるシェン唯一人。
しかし細かな経緯は噂話では流れない。
「だから、わかんねぇんだよ。」
「そりゃしゃ〜ないわ。むしろ、手に入れたんがシェンやって特定出来てるだけでも凄いわ。んで、シェンについては詳しいんやろ?」
「あったり前だ! シェンさんの事を一番知ってるのは、絶対にこの俺だ!!」
「いや、そんなん誰も対抗せやんから、どうでも良え。他の人はやらんような、シェンの行動を教えてくれ。特徴的なやつ!」
「特徴か…。」
「そや! 違いがわかれば、真似したら良えだけやろ?」
「ん〜…。そうかっ!! 今思えばシェンさんはレベルの重要性に気付いてた、たった一人の獣人かもしれねぇ!」
「何でや?」
「やってたんだよ! 五階で俺たちがやってたような事を! マドッテ相手に!」
「なんやねん。それやったらレベル上げの方法悩まんで良かったやないか、すぐに思い出せたやろうに。」
「何だよ! お前はシェンさんのこと知らねぇからそう言うんだよ! いつもぶったまげるようなことばっかするんだから、レベル上げとソレとが結びつかなかったんだよ!」
「そない言うてもなぁ〜、意味ぐらいは考えるもんやろ?」
「意味はある! シェンさんは獣人族の未来を思って、常に目立つ成果を追い求めているんだ! だからレベル上げとは関係ない、と思っても仕方がないんだよ!」
「分かった分かった、んで話戻すけど、シェンがレベルの事知っとんのと、秘薬の事と何か関係あるんか?」
「あぁ! あの人は必ずボスを倒すんだ! しかも一人で!!」
「えっ? …ボス…か…。」
ボスと聞いてうなだれるセロの前で、自分の事のようにドヤ顔を突き付けるキバ。
色んな所で対照的な二人である。
ボスとの闘いなどセロの予定にはなかった、その階層で頭一つ突き抜けた強さを誇るのがボスがBOSSたる由縁だ。そんなものと対峙するのなら、どれほど時間がかかろうと、あと五レベルは上げていただろう。
「アカンて…。それはアカンて…。」
急に弱気になったセロを目をしばしばさせて見つめるキバ。
「何だよ?」
「ボスやろ? ここ十五階やろ? そら負けるて。」
「ん? 何で? まだ戦ってもねぇぞ?」
「アカンて…。」
理屈なく、セロの頭がボスを拒否する。今の自分達なら必ず負ける。つまり死ぬ。そんな負のループを繰り返し呟くのだ。
キバにはセロがどうしてそんな態度になるのだろうか。ついさっきまで、乗り気だったのに、ボスという言葉を聞いただけでここまで落胆の表情を浮べる意味が分からない。そんなセロの態度にだんだんと腹が立ってくる。ボスを倒すことが困難であることはキバでもなんとなくわかる。しかし、それも現実はボスがどれほどの強さなのかなんてわからないのだ。
二人は今日一日でかなり強くなった。キバにしてみれば数年来で訪れた強烈な成長に、全能感に似た感覚を得ているかもしれない。
何にせよキバには目の前でブツブツとネガティブなことをつぶやき続ける男が許せない。ヘタレたこの男は、意味のわからない不安に恐怖を抱いて、ミミのことすら考えていないように見えるからだ。
「黙れぇ〜!! 黙って立てネクラ野郎!」
視線をキョロキョロと動かしながら、ウジウジと呟き続けるセロにキバが切れた。首元を掴み上げ、睨み付ける。
何もやる気がないような表情が返ってくる。焦点の合わない暗い目だ。
「ふざけるな! 何の為のレベル上げだよ!? 強く成る為じゃねぇーのか? 何で死ぬって決め付けるんだ!」
「ボスは強い…僕らは死ぬ…キバも逃げ出せ。」
焦点の合わない目でキバを見つめる。囁くような呟きがキバにも何とか届いた。突然のセロの変貌にキバの理解は追いつかない。なぜこんなにも突然に激しい感情の起伏が起こるのかがわからない。しかしそんなことはどうでもいい。
ブチブチブチッ
血管が切れる音が聞こえてきそうだ。青筋を浮かべたキバは無言で歩き出した。動く気のないセロに有無を言わせず引き摺りながら。
目指すのは白い扉。
呻き続けるセロを引きずり、キバがポイッと投げ飛ばしたのは、ボスの間へ続く入り口だった。
「今からこの扉を開ける。相手の顔見てそれでも逃げたいなら逃げればいいさ。お前なんてハナからアテにしてないからよ…。」
二度目の言葉は真実からは程遠いものだったろう。それでもキバは伝えたかった、セロにその言葉を伝えたかった。
投げられたままに突っ伏すセロは何の言葉も返さない。虚ろな目には白い扉が映っている。
「…人形かよ…。」
あまりに生気を感じられないセロ。何がセロを変貌させたのか、何度考えてもキバにはわからない。おそらく多くの人がわからない。心に大きな傷を負ったことのない者には、こんなにも突然の変容など理解出来るはずがない。それが小さな切っ掛けであればあるほど、理解が不可能になってしまう。
「…開けるからな。」
キバはもはや、痙攣するように震えるだけになってしまったセロを見下ろす。出来れば、恐怖を抱いた時のように突然に元に戻って欲しい。そんな淡い希望を抱いていたが、やはり期待できないようだ。
白い扉は開かれた。
キバが少し押しただけなのに、音もなく開いていく扉は、中に誘う手招きに見えた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぉぁ!!」
されるがままだったセロが悲鳴を上げた。
ボスの間には真っ黒の狼が居た。
体長五メートルは越える巨大な狼だ。その顎が開かれれば、セロを一飲みにしても余る大きさがあるだろう。巨大な黒狼は、扉の向こうにキバ達の姿が目に入った瞬間に素早く動き出した。
やはり、ボスの間からは出られないのだろう、部屋の中で動き回るだけでこちらに襲いかかってくる気配がない。まぁ、すでに黒狼は目に止めることが叶わぬほどの速度で動き回っているのだから、それが正しいかどうかは不明だが。
セロが思い浮かべていたような強力なボス、その体毛が放つ色は死の雰囲気を放ち、実感させる。セロからさらなる恐怖を引き出したのだ。
セロは走り出した。
明後日の方向に向かって。
キバを置いてけぼりにして。
キバはそんなセロの背中を無言で見つめる。
そんなの事は関係ないと黒狼に向き帰る。
いつも独りで戦ってきたんだ、今更元に戻っても何でもない。
でも何故だろう、気分が落ち込む。
「腰抜け野郎がっ …。」
扉をくぐるキバの頬を一筋の涙が流れていた。
キバはその事に気付いていたのだろうか…。
暗くなる話しを書いていると、受け入れられるかどうかが不安になります。
また、誰かを傷付けたりしないように気をつけてはいますが、至らない点があれば教えて下さい。善処します。