第9話 ローザは鞄でお昼寝中
ほとんど設定説明です。地文ばかりですみません…。
「さぁ次や!! ドンドン来いやぁ〜!!」
セロが吼えた。
そんなセロにキバは冷たい視線を送る。
「黙れ!」
「なんでやねん! 何でモンスターが出て来うへんねん! こういうのって一匹居れば、三十匹居るんちゃうんか!?」
「そりゃ台所の嫌われ者“G”の事だろ!」
(こいつ! 何て良えツッコミしとるんや!!)
セロがキバの将来に介入しようとしていることや、この世界にもGが存在している事実は置いておきたい。
さて、冒頭のセロの叫びだが、声高らかに響き渡るその声は、天井すらない頭上の暗闇へと消えていった。
これまで小一時間程かけて、世界樹の五階層まで登ってきた二人だったが、出会ったモンスターといえば最初の青ムニちゃん達だけなのだ。
セロとしては十五階に行くまでにせめてレベル十五ぐらいになっておきたいのだが、倒す魔物と出会えないのだから、そうもいかない。
「アカンて!」
「何が?」
「このままじゃレベル足らんやろ? 十五階行くのには心もとないで。」
「レベル? 何か関係あんのか?」
「は? もしかして十五階の推奨レベルってごっつ低いんか?」
「ん?? 水晶レベル??」
「んん??」
奇妙な空気が場を包む。
「えっ!? 自分レベルなんぼなん?」
「知らねぇよ、わざわざ確認なんかしてねえ。そんなの知ってて意味あんのか?」
「っっ!!」
開いた口が塞がらない。
「レベルが関係ないんやったら、何で互いの強さ測るんや!?」
「互いの強さ?」
「対人戦でどっちが強いとかや!」
「そんなの戦ってみなきゃわからんだろ? 体調やら何やらで、状況は変わるしよ?」
「いや! …まぁそうなんやけど…。ほな! アレわい? モンスターの強さを測るんはどないしてんねん?」
「ん? そんなの一階層上がってくごとに強くなるんだよ。言っただろ?」
「いやまぁそれは聞いたんやけどな…。」
またしても常識の違いである。
自分の伝えたいことが上手く伝わらないもどかしさにセロがうなだれた。
結果、キバのレベルは六で、セロは青ムニ戦で一つ上がって十二だった。
この世界で強さの基準はレベルではなく、世界樹の踏破階層で決まるらしい。レベルなどは年齢のように知らぬ間に上がっているものという認識なのだそうだ。
確かにほとんど魔物に出会わないような状況では、経験値を得る機会も減るためレベルなどそうそう上がるものではない。しかも体格や、数値に現れない技術でも強さに差が出るのだから、そんな認識になってもおかしくはない。
世界樹の冒険といえば、ほとんど出会わない魔物すら避けて、コソ泥紛いに宝箱だけ漁っては、五階層ごとに設置されている帰還用魔法陣で街に帰るを繰り返すのが一般的なのだそうだ。そんなもので強さを推し量るのはどうなのかという思いもあるのだが、それはそれで、全くモンスターに出会わないということでもないので、ある程度の基準にはなるらしい。
ちなみに、世界樹は十階を目安に行って帰ってくる者が多いらしく、平均レベルもキバと同様にレベル六前後といったところなのだ。セロの考えでは、熟練の冒険者と呼ばれる者でもレベル二十は越えていないのではないかと考えられる。それはひとえに、熟練=危険回避能力、との考え方が大きいためだろう。つまりは生き残ることが最優先となっているのだ。死んでもすぐにコンテニュー、といったことが出来ないのだから当然だろう。
現在の最高踏破階層は三十五階で獣人族、龍人種の“シェン”が成し遂げた偉業らしい。
「今でもこの遥か上にはシェンさんが居るんだろうな…。」
頭上の暗闇に尊敬の眼差しを向けるキバ。
獣人族であって、唯一、マトモな生活を送っているシェンは、獣人の子ども達の中で生きる英雄になっているのだ。
しかも、奴隷であった時に腕っぷし一つでのし上がり、自分の自由を自分で買い取ったというのだから、キバが尊敬するのも当然だ。
「解放奴隷ってことか、そりゃ凄いな。」
「自立者だ!! 言葉に気を付けろ!」
奴隷という言葉に難色があるため、獣人族は解放奴隷のことを“自立者”と呼ぶ。
そんな“自立”という言葉に何処か遠い目をしながら昔を思い出すセロ。元の世界では“自立”という言葉の意味に悩み、躍らされ、翻弄された。
今でもその言葉の意味に固着して、自分の生き方、あり方に悩む青き春の住人は多いだろう。
この世界では、衣食住に困らない生活を自分で送ることが出来ていれば自立者だという。単純なだけに分かりやすいが、それは、そんな生活を送れない人々が多いということでもある。
こちらの世界でも“自立”という言葉が持つ意味は重そうだ。
「それでな、元の世界じゃレベルが、まぁ結局はレベルに付随して上昇するパラメーター、力とか防御力のことやな、が大事にされとってダンジョンとか魔物によって推奨される最低ラインとかを引く時に利用されとるんやわ。」
「ふ〜ん、数字一つの上がり下がりに、いちいち騒ぐのか。」
キバの言うことは的を得ている。ゲーム開始時の一つの差は意外に大きいが、終盤ともなり、レベル上限が百を超えるモノとなると、一つのパラメーターの違いなど些細なものとなるのだ。
「まぁ、せやけど上限まで上げてた方がなんかカッコ良えやろ?」
「そうか? 良く分からんが、その能力をどう使うかの方が意味があるんじゃないのか? いくら力が強くとも、盗賊などをカッコ良いとは思わねぇぞ?」
「ん、まぁそりゃそうやわな。」
ゲームであれば、主人公の目的は決まっている。制限されていると言い換えてもいいだろう。しかし、この世界ではキャラクターの自由度に際限がないのだから、それを悪い方に利用することも、また、己の能力に気付かずに豚に真珠にすることも可能であろう。
「それで? 十五階層に行くまでに今より強くなっておきたいってことでいいのか?」
「そや! 剣技うんぬんの技術は、戦闘経験で養うしかあらへんけど、能力値の底上げはレベルで何とか出来るはずやからな!」
「ふ〜ん…。」
セロの言いたいことは理解出来るものの、キバには、その違いの実感がない。攻撃された時に受けるダメージが目に見えず、体感でしかわからぬ上に、平均レベルが低いのだから当然なのかもしれない。
「んで、それにはモンスターと出会わな話になれへんねやけど、良えとこ知らんか?」
「知らん。」
やっと最初に戻るが、それでも話が進みそうにないのが頭が痛いところだ。
「ほなあれは? 魔物を引き寄せるアイテムとかはないんか? 口笛吹いたら寄ってくるとか?」
「ない。」
「時間帯はどや? 夜中とか早朝は魔物が多いとか?」
「あるわけない。」
「あぁ〜…。ほな、歩けば経験値が勝手に入ってくるアイテムとかはどや?」
「だから、あるわけないだろ!」
「経験値の収得量がやたらと多くて、なかなか攻撃当たらんくせに、防御力がアホみたいに高い銀色のモンスターとかはおらんか?」
「ない! ない! ない!! なんか、これだけ具体的だな?」
「何でや? なんかあるやろ?」
「一階のようなモンスターハウスにかかるしか俺は知らん。ちなみに宝箱は一階層に平均三個、一度開けたら入り直すまで空のまま。ブザートラップは、俺はこれまで一度しかかかったことがない。」
それはつまり、一階のようなモンスターハウスに出会う確率はかなり低いということだ。
どんどんと案が潰されていくことに、不安を覚えるセロ。セロは上げれるだけレベルを上げてから先に進むタイプなのだ。今のレベルで十五階層に挑むには、不安が残り過ぎる。
「何とかならんか?」
「ならん! どっちにしろ、レベルなんて早々に上がるものじゃないだろう? 諦めて進むだけだ!!」
妹の為に命を投げ出す覚悟は出来ている。もともと、レベルの概念など考慮していないこの世界、始めから十五階層まで行くと決めて来たキバにとっては、いまさら何の問題もない。
「アホか!? 十階層でもギリギリなんやろ? 死にに行くだけやないか!」
「勝手に決めるな! 俺達はまだ十階にすら着いてもいない! 俺は成長してるんだ! 絶対今日中に十五階層まで行って、幻の秘薬を手に入れてやる!」
「それがアホやて言うんや! 予想出来る壁があるなら、ぶち壊す為の準備しとかなアカンやろが!」
「それが出来ないんだろ? だったら進むしかない! ミミには時間がないんだ!」
平行線を辿る二人。違いはミミへの想いの強さだろうか。いや、セロもミミを救いたい気持ちは強い、ただ、死を確実に遠ざける為に出来ることを全てやっておきたいのだ。
といっても、キバにしても、死ぬ気は毛頭ない。生きて薬を届けたい気持ちが動力源なのだから。ただ、時間が惜しいのだ。ずっと床に伏せってきたミミに、どれほどの時間が残されているというのだろうか。二、三日我慢すればいいというなら、黙ってセロに従っていたかもしれない。しかし、現状で思いつくレベル上げは全てが、時間や運を際限なく要するのだ。
それならば立ち止まるという選択肢はキバにはない。
「ミミには薬が必要だ。だから俺は行く。十五階層で待ち受けているのが何なのかなんて、踏破人数が少なくて正確なところはわからない。だからよ、簡単に薬が手に入るかもしれないだろ? だから行く。
お前は嫌なら着いてくるな。もともと、お前の戦力などアテにしてねぇ。ついて来なくても、別に恨まねぇよ。」
「そうか…。」
キバの意思は揺るぎそうにない。
セロは説得を諦めた。
「期間用魔法陣はこの階のどっかにあるから勝手に探せ。じゃぁな!」
後ろ手に立ち去ろうとした、キバが歩みを止めて振り返る。
「…薬屋ではありがとうよ。」
これがセロとの最期の会話かもしれないと、言葉をつなげる。キバも口で言う程楽天的には考えていないようだ。
「なんや? お別れみたいな言い方して? 僕も行くで??」
せっかくキバがしおらしい空気を作ったのに、台無しである。
「なっ!? お前! あんだけ嫌がってたじゃねぇか!?」
「そりゃ十分な時間があったら準備するのは当たり前や。せやけど、ないならないで仕方ない。僕が帰るにしても、こりゃヤバイって実感してからやな。こんな中途半端なとこで帰るわけがあらへんやろ?」
「…。」
それはつまり死ぬ気はないが、その瀬戸際までは迷わずに戦うということである。
ミミの為に。
幼い獣人族の為に。
キバは言葉を出せない。声の出し方を忘れてしまったようだ。
「とりあえず、この階層のボスは倒しとこ。手に入るもんは手に入れて行こうや。」
「…。」
「そういや、ここのボスってどんな奴や?」
「……ド…っ…泥の手だ。地面から生えてる。」
少し潤んだ声を隠すようにキバが怒鳴る。
「なっ!? なんやて!!?」
コレは思わぬところから果報が漏れた。キバは戦ったことなどないというが、もしその泥の手がセロの思っている通りならば、あれぼど悩んだレベル上げが出来る。しかも、割と短時間で。
俄然やる気を取り戻したセロ。
実は男前な台詞を話しながら、隠れて膝を震わせていたのだ。
二人は雑談しながら泥の手を探し始めた。
「なぁキバ“なんでやねん”って言ってみてくれへんか?」
「何でだ?」
「ちゃうちゃう、なんでやねん、や。リピートアフターミー“な〜んでやねぇ〜ん”。」
……………。