第1話 望まない転生
(やっぱ、どない見てもステータス画面やよなぁ…。)
どこかしらの草原。
そこに、一人の男が立ち呆けていた。
生前の彼の名前は柳葉勇人、27歳の男性だった。
(何で僕なんやろ、僕はもう何もしたないのに…。)
視界の右半分を覆うように表示されている自身のステータス。柳葉は呆然とそれを眺めていた。見たくなくとも勝手に視界に入ってくるのだから仕方ない。
生前の彼は、関西のとある場所で事務職として働いていた。
特に仕事が出来るわけでも出来ないわけでもない、パッとしない人間であったが、ある出来事がキッカケで眠っていた熱意を思い出し、とある運動を始めたのだった。
しかし、自分の想いを他人に伝えるのが下手な柳葉は、人間関係に悩み、心を病んでしまった。柳葉は志半ばで自ら最期を選択したのだった。
彼は今の状況をある程度理解している。
自分の事を決してオタクとは認めない柳葉であったが、万を越える漫画やライトノベルに囲まれ、至る所でゲームに熱中する姿は、他人から見れば十分にオタクであった。
彼が自信をオタクと認めないのは、オタクを蔑んでいるからではない。むしろ真逆で、各分野の専門知識を多量に有するオタクの方々には、自分ごときの知識は遠く及ばないという思いからであったのだ。
そんな柳葉は死後転生のライトノベルも数える程は読んでいる。
視界を埋めるステータス画面も、元の世界でのゲーム世界で見慣れている。ここがゲームの世界に似た世界であることも、自分がそんな世界に転生したことにも気付いているのだ。
(何もせんとここで寝とったら死ねるかな…。)
多くの者が歓喜に身を震わせるような状況にも関わらず、彼は憂鬱気味にうつむく。
世の中のしがらみから逃げ出したかった柳葉にとって、異世界であれ、何であれ、それが続くことが嫌なのだ。生気溢れる新たな身体に嫌気がさすのはそういう理由だった。
悩む事にも嫌気が差した柳葉は、穏やかな陽光を受ける草原の上で、仰向けに寝転がり空を見上げる。
普通の人ならば五分で春風の中に寝息を奏でるだろう陽光の中、細い目で見るともなく流れゆく雲を見つめ続ける。
(セロ・ポジテ、LV:11…。)
何も考えずに空だけを見ていたくとも、視界のステータス画面は消えてくれない。生気溢れる身体は何かしらの行動がしたい! と純粋な欲求をぶつけてくる。柳葉は仕方なく、そこに映し出される文字を読み始めた。
(ポジティブがゼロってことかな? どんな名前やねん…。)
ステータス画面に映し出される自分の名前は見たことも、聞いたこともない。そんな名前なのに、妙に自分を言い得ていることが可笑しくて、苦笑を漏らした。
(まぁ、勇気の人、よかはええわな。)
柳葉は親が与えてくれた名前が好きではなかった。自分にもう少し勇気があれば…。何度そう思ったことか。
(こんな世界に来たい奴なんて山程おるやろうに、何で僕なんかなぁ。
しかも、LV:11って…。こういうのって、世界を救う為に、チートな、あり得ん程の高いパラメータがあるもんやないんか?
はぁ…アホらし、考えんのやめよ。)
雲が風に流されゆっくりと動いていく。もう2時間はたっただろうか。
柳葉は空を見上げたまま、ピクリとも動かなかった。
(僕の体、どないなったんかな…。葬式には誰が来てくれたんやろか…。)
何も考えないよう努めていても、生きている限り、そう上手くはいかないもので、柳葉は元の世界に残してきた体のことを考え出す。
(父さんはツレの連絡先なんか知らんわな。ほな、家族葬か…。まぁ、金もかからんしそれがええ。姉ちゃんらは元気でやっとんかな…。
泣いとるやろな…。)
元の世界から逃げ出した柳葉はヘタレだ。しかし、同時にとても優しかった。
過去、母の遺体を前に感じた想い、それを、もう一度家族に味合わせてしまったことを後悔しているのだ。
(僕は何でこの世界に来たんやろか。何かに、誰かに必要とされたんやろか…。)
今日何度目かの同じ問い、答えの出ないその問いを考えていた時、近くの茂みが動く音がした。柳葉は反射的に身を起こす。
「誰や!?」
…。
「誰もおらんのか?」
音に向かって声をかけても返事はない。
柳葉は腰に下げていた剣を握りしめ、音のした茂みへと近寄っていく。
(やめとけや。モンスターとかやったらどないすんねんな。…いや、別にええか。僕は死にたいねんもんな…。)
緊張の中で思考が目まぐるしく回っている。
茂みの目の前まで来た柳葉は、音のしない様にゆっくりと鞘から剣を抜き出すと、横に切り裂くように一気に剣を振るった。
キュピィィィ〜!!!
切り裂かれたというよりも、力任せにちぎり取られた青葉がバラバラと舞い散り、開けた視界には、鼻の先から尻尾の先まで全身白一色の小さなドラゴンが逃げ出して行くのが写った。
「子ども…か。」
現実にドラゴンの姿など見たことあるはずもないが、アレはゲームで良く知るドラゴンの姿だった。それもバレーボールほどの大きさのドラゴンなど、子どもで間違いないだろう。
とりあえず、敵ではなかったことに安心する柳葉。
「食事中やったんか…邪魔してもうたな。」
真っ白な小ドラゴンは落ちていた果実を食べていたようで、半分程かじられた赤い果実が地面に転がっていた。
「そういや、腹減ったな…。この木の実、人間でも食べれるんかな…?」
あれ? 今の僕って人間やったっけ?
何てことを考えながら、柳葉は木を見上げる。木には真っ赤に熟した果実が大量に実っていた。
木に登り、赤い果実を五、六個もいだ柳葉は、根元に寄りかかり座り込む。楽な姿勢になると、トマトの様な薄皮に包まれた、柔らかい果実の匂いを嗅いだ。
グゥ〜
甘い香りを漂わす、水気たっぷりの果実が柳葉の腹を鳴らす。何時間も寝転んだままだった柳葉は、喉が渇きお腹も空いていた。
得体の知れない果実を前に、食べたい気持ちと戦う柳葉。
「どうせ死んでも本望やっ!!」
柳葉は決意は固まった。どう転んでも望みの結末であろう事で、吹っ切れたのだ。決意の表情で大口を開いた柳葉は、一気に果実にかぶりつく。
「うまいっ!!」
果実特有の酸味を効かせつつも、十分な甘みが感じられる赤い実はとても美味しかった。
柳葉は二つ、三つとどんどんかぶりついていく。四つ目を食べ終え、腹八分目といった所でようやく一息つくのだった。
「もう少しだけ、生きてみようかな…。」
腹が膨れれば、気持ちも前向きになるもので、柳葉も新しい世界に小さな希望が見えてきた。
クピュるるる…。
そんな柳葉の前に、小ドラゴンが恐る恐る顔を出す。
先程のお詫びにと、果実を差し出す柳葉。
小ドラゴンは喜んで近寄って来た。
柳葉のヒザの上まで来た小ドラゴンは、とても幸せそうに果実をかじり始める。
「お前、人懐っこいなぁ…。誰かに飼われてたんか?」
野生ではあり得ない小ドラゴンの行動に、主人の姿を思い描く。
「とりあえず、お前の飼い主探しでもやったろか…。」
さっきまで生きることに執着のなかった柳葉にとって、生きる目的など何でも良い。それが誰かの為なら、なお良いと思う。
柳葉は小さなドラゴンに微笑みかける。
「僕の名前は柳…、セロ!
セロ・ポジテや! よろしゅうな。」
小ドラゴンの頭を撫でながら、セロは新たな人生を歩むと決めた。