思いの鎖は
長編だと、敷居が高そうなので、王道っぽいショート書いてみました。
細かなジャンルは、自分でも良く分かりません。
良いお話系?
「昨日、北部でエチオピア軍とイスラム法廷会議が衝突したらしい。それで俺は、ケニアにまで退避した」
「そうか、治安は大丈夫なのか?」
「ケニアは問題ない。こっちは安定しているからな」
通話を終えた俺は、旧式の携帯電話をテーブルの上に置く。
親友、高峰宏也は、混沌としたソマリアへ人道援助要員として出向いていた。
正規の募集ではなく、独力でだ。
正直、アメリカ主体の国連が撤退した後のソマリアは、暫定政府、イスラム法廷会議の二大勢力に別れ、更にはエチオピアやエルトリアが武力介入を狙う状況にある。かなり危険な地域だ。多分、日本からのパイプなど殆ど無いんじゃないかと思う。
高峰は、そんな場所に望んで赴く奴だった。
有能で正義感の強かったアイツは、子供の頃から独力で周囲の理不尽や悪に立ち向かい、毅然と乗り越えてきた。その過程で、アイツの恋人だった小杉由美子も、そして幼馴染の俺も、幾度となく救われて来たんだ。
人望の厚い高峰を慕う奴は両手の指では数えられないだろう。面と向かっては口に出来ないが、アイツは俺の誇りでもあった。
翌日、俺は、会社を休んで横須賀に向かい葬儀に出席した。
その後、部屋に戻った俺は、白いコートを脱ぎ、黒のスーツをハンガーに掛ける。テレビをつけると、ソマリアの紛争が小さく取り上げられた。アイツの言っている事が現実なのだと理解できた。
その深夜も旧式の携帯が鳴った。出なくとも分かる。高峰からだ。この携帯に掛けてくるのはアイツしかいない。
「ここ数日で難民キャンプに怪我人が溢れている――。国境際で足止めされた人々が、虐殺されているらしい。酷い有様だ。全く、どいつもこいつも、この状況を傍観している。本当に、この世の中、間違ってやがる。とにかく今は、負傷者をケアするくらいしか方法がない状態だ」
人々の為に憤り嘆く。理不尽に苛まれる人々の為に、一心を注ぐ。
アイツの正義感は、俺の宝だ。俺自身が望んでも手に入らない眩いばかりの至宝だ。
だから、アイツの正義感を目にするたび、耳にするたび心が震えるんだ。
小杉由美子もきっと、俺と近い感情を抱いていたに違いない。だからこそ、俺と由美子は、高峰を取り巻く同士でもあったし、由美子はアイツに惹かれたんだろう。
高峰の事を俺は好きだ。だから、このままアイツの慰みにずっと付き合ったっていいとも思える。だけど、それはアイツの為にはならない事も分かっている。
次の日もやはり、高峰は連絡してきた。
高峰は、きっと今も心が定まってないのだ。だから、こうも毎夜俺に連絡をしてくるのだろう。
そして、由美子の事に一切触れようとしないアイツの煮え切らないその態度が、心の迷いを如実に物語っていると思えた。
しばらく、アイツのソマリアの情勢話に耳を傾けた後、俺は心を鬼にして切り出す。
「なあ、お前、由美子に一度も連絡せずにいたんだろう?」
高峰は、押し黙った。
「俺はさ、お前の話を幾らでも聞いてやっても良い。だが、あえて言わせてもらう。お前が連絡すべきだったのは、俺じゃない筈だ」
仮初の平穏の終焉を気取ったのだろう。高峰はそれに「……由美子に、どう話していいか分からなかった」と小さく本音を漏らした。
「――なあ、俺が今から言う事を、お前が変わりに伝えてくれないか?」
ため息の後に口にしたそれは、アイツらしくないか弱い声だった。
「馬鹿! お前が、そんな弱々しい事を口にするな! お前は今でも俺の憧れの男なんだ。だから、自分で直接伝えるんだ。お前自身が、その未練を解消しなきゃ意味ないだろ! 俺をがっかりさせないでくれ……」
どうしようもなく声が上ずる。溢れそうになる涙を堪え、部屋に呼び出していた由美子に携帯を手渡した。由美子は、必死になって携帯の向こうにいる高峰に声を掛ける。
「宏也! 宏也! 本当に宏也なのね!」
携帯を由美子に預けた途端、俺は、抑え続けていた悲しみを我慢できずに漏らした。溢れる塩辛い涙と鼻水の代わりに、嗚咽だけを飲み込んだ。
五日前から今日まで続いていた高峰からの連絡は、本来ならありえない出来事だったんだ。
何故なら――。
親友、高峰宏也は、すでに一週間前にはソマリアで戦火に巻き込まれ死亡していたのだから……。
昨日の葬儀でソマリアから戻ってきたアイツの痛々しい遺体は、埋葬されているのだ。
それだけじゃない。アイツからの連絡を受けているその旧式の携帯電話は、去年にはすでに契約が切れ充電すらされていなかった。だから、実際には、この携帯で通話など出来るわけも無い。
「……うん。うん。そうだね。分かってる」
側で一心不乱に、携帯に話しかける由美子の声が、悲しみに耐えるようにか細くゆれていた。泣き崩れてしまっては、高峰との最後の会話が出来ないと彼女もわかっていたのだろう。
最後に彼女は、表情をくしゃくしゃにしつつも、気丈に「じゃあね」と口にした。そして、床に携帯を落とすと、堰を切ったように泣き崩れた。
アイツは最後の言葉を、由美子に伝えられたのだ――。
高峰からの電話は、それっきり掛かってくる事はなかった。
俺は、あの現象が奇跡とか心霊現象だとか、勝手な枠組みでくくろうとは思わない。そんな事は全くの無意味なんだ。重要なのは、あの電話が高峰宏也からだったとの事実。それを俺と由美子が共有していると言う現実なのだから。
例の携帯は、今も二人の宝物として大事にしまってある。
そうだ。言い忘れていたが、俺と由美子は結婚して、三男二女を儲ける事となった。
ただ――、残念な事に由美子は、良い思い出となった今でも、あの時の高峰との会話を教えてはくれない。何時もの『秘密』と断るしぐさが可愛らしくて、俺は、それ以上追求できずにいる。
きっと俺は、何時まで経っても聞きだすことが出来ず、由美子は墓場まで持っていくのだろう。
でも俺は、それでもいいと思っているんだよ。
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にしても、今、読み返してみると、序盤中盤と結末が丸分かりかもしれないですね
中盤でそれなにり煙に巻いたつもりだったけど、序盤が強烈過ぎて、意味無かったかもしれない
もっと、最初から割り切って煙を巻いた方がいいのかもしれないと、正直思った
でもなんだか、ショートって読み手を騙すテクニックを磨いているような気持になるな・・