7話 おじいちゃんの昔話
「ほっほっほっ。これはこれは。志緒ちゃんに亜紀乃ちゃんに愛來ちゃんじゃないですか。今日はお休みですかな?」
平穏平凡、平日の朝。いつもの日課である散歩に出かける最中、じいやこと武者小路傳藏は珍しい3人組を見つけてつい声をかけた。それに気付いた志緒が誰よりも早くに応える。
「あ、じいや!おはよう!!」
今日は数少ない志緒の休息日であった。彰は芳柳と共にお出かけ(おそらく俳句の会)。ユースはお仕事。帆麻と麗華はお買い物。美世と颯は珍しく仕事に行っているようだ。引きこもりはいつも通り引き籠っていて、その幼馴染が甲斐甲斐しく世話を焼いている。出は出で意中の白猫を探すために外出中。残ったのはこのメンバーと言うわけであった。
「そうなのじいや!今日はゆっくりできるー!!」
「こんなに穏やかなエノキコーポラスは珍しいですね」
「それでね!今からこの3人で女子会しようと思ってたのー」
3人できゃっきゃっとはしゃぐ姿に、傳藏はもともと無いに等しい目を更に細める。彼にしてみれば、彼女たちは孫のような者なのだろう。ジャマをしては悪いと早々に立ち去ろうとしたじいやに、あっ!と亜紀乃が声をかけた。
「あ、じいやも入る?」
「ほ?」
突然の誘いに、なんとも間の抜けた返事を返してしまう。肯定とも否定とも取れないその言葉に、亜紀乃はニコニコと笑みを増す。
「じいやの癒し成分はほぼ女子力によるものだと思われますが」
「いやいや、何言ってんですか亜紀乃さん」
「じいやさんが……女子会………」
「ちょ!?愛來ちゃん?!」
割とノリノリな二人を前にして、志緒も言葉を失った。確かにじいやは癒し成分満載で、お茶だって美味しく入れられるし、お菓子も常に常備してて………あれ?女子?
それまで3人の様子を見守っていたじいやは、亜紀乃がノリだけで声をかけた訳でないと分かるといつものように柔らかく笑い出した。彼も取り立てて用事があるわけではない。久々にゆっくりとみんなでお話するというのもいいものだ。
「ほっほっほっ。女子会に招待されるなんて光栄ですな。じいやも今日は暇でしたし。是非ともご一緒させてもらえますかな?」
「じいや〜」
モテる。これはモテる。3人が確信した。少なくともこの3人は惚れ惚れとした表情になっていた。さすが、エノキコーポラスのじいや、紳士だ。
「と言っても、女子会なんてねー」
「ただ3人で集まってお菓子食べようぐらいでしたよね」
「結局じいやの部屋になるわけかー」
「ほっほっほっ」
いつもの流れのように、4人はじいやの部屋へと集まっていた。日課の散歩は諦めて、いそいそとお茶会の準備を始めるじいや。急の誘いでも、お菓子もお茶も準備万端である。
「あーでもー、人数増えたら楽しそうじゃない?」
「絶対に騒がしいだけですって」
「男女別……とか、どうですか?」
「あ、それ面白そう!!」
「何気に乗り気だね愛來ちゃん」
用意されたお菓子をつまみつつ、話に花を咲かせていく。わきゃわきゃとたわいない話を楽しそうにしている姿はいつもの喧騒からは想像つかない。それを見ているだけで、じいやは幸せであった。ら
「ほっほっほっ」
というか、話に入れなかった。エノキコーポラス内での話から最近のドラマの話、ファッションやらゲームやらショッピングやら…………。じいやにはさっぱりわからない。楽しそうに会話は進んでいく。寂しげにお茶を啜るじいや。、
「ほっほっほっ。それではじいやがちょっと昔話でもして差し上げましょう」
3人の会話が一区切り付いたのを見計らって、じいやが言った。3人ももう話のネタが尽きたのか、会話も先程までの弾みがない。
「昔話?」
早速食いついた亜紀乃に笑いかける。これでやっとじいやも話に参加できる。
「ほっほっほっ。と言っても、じいやの子供の頃のお話ですよ。じいやがまだ中学生ほどの頃のお話です」
ただの昔話ではないと知って、志緒と愛來も身を乗り出してきた。その様子に満足したようにうなずくと、じいやは語り始めた。
まず初めに、お三方は霞部組というのを知っていますか?……。そうです。昔ここらではちょっと有名なヤクザの団体です。ずっと昔はそれはそれは恐れられる存在でしたが、今では周辺地域の治安も守ってくれる、本当の意味での極道の者たちです。
じいやが中学生ぐらいの頃、同じクラスに霞部雷臧という男子生徒がいました。その少年が、その霞部組の総組長なのです。当時はそこまで知りませんでしたが、後になってその子に聞いたにはこういった経緯があったようでした。その霞部組の先々代組長、霞部大次郎が双子の兄弟を産んだところ、その兄弟はとても相反した性格の持ち主でした。兄は正しく、強く、真っ直ぐで、弟は醜く、歪んで、卑怯でした。大次郎は兄弟のどちらに組を継がせるか考え、そしてある賭けをしました。そしてその賭けに兄が勝ちました。見事組を継ぐことに決まった兄は、今まで人々を恐れさせていた霞部組を人と人が共存するための組織に変えていきました。中にはその考えに反対するものもいましたが、そういったものはみんな弟について行きました。
そんなに兄が組長になって数年経ちました。ある日、兄はある女性に恋に落ちました。その女性はある企業の長女であり、そして雷臧の姉でした。タカギに恋をした兄は悩みました。そして、足を洗うことに決めました。全てを話して、雷臧の姉に告白をしました。その想いに、彼女は頷きました。しかし、霞部組はそれを許しませんでした。部下たちはあの弟が後を継ぐことが我慢なりませんでした。兄を必死に止めようとしました。けれど2人は深い愛で結ばれ、そのためならば世界を敵に回しても構わないというほどになりふり構わないものでした。このままだとどうしても誰かが不幸になってしまう。それは避けられないもののようでした。
その時に、雷臧が言いました。自分が霞部組を継ぎましょう、と。雷臧は姉に幸せになってもらいたかったのです。義理の兄になろうとする彼の事だって嫌いではありませんでした。霞部組の者たちは、その決断に泣いて感動しました。こんなにも他人を思った決断が出来るものはいるでしょうか。2人は結婚しました。雷臧は霞部組の組長となりました。そしてこの問題は丸く収まりました。霞部組の部下たちは、雷臧に未来永劫従うことを誓いました。
「ーーーと、前置きはここまでにして」
「え、今のが昔話じゃなくて?!」
驚く志緒の声に、じいやは満足そうに笑った。
「ほっほっほっ。まだまだ本題には入っていませんよ」
いや、これだけでも十分すごい話なのだが。誰もが思った言葉を飲み込んで、じいやの声に耳を傾けた。
さてさてじいやが中学生のころは、そんな事があったなんて梅雨ほども知りません。霞部雷臧は名字がたまたま有名な極道と同じの、ただの大人しい少年のように思っていました。人とあまり関わらず、体育の授業では参加もしません。プールの日なんてものはいつもプールサイドで見学してして、いつもつまらなそうに空を仰いでいました。今思うとあれは、極道の証である刺青を隠すためのものだったのかもしれませんね。そしてそんな日が何日も続きました。誰もが彼を気にしないまま、生きていました。彼もそのことについてなんとも思っていないようでした。………ただ、私たちがわからないだけで。
そんなある日、霞部組ととある組が、喧騒を起こしました。それは校内でも話題になっていました。どうやら霞部組の1人が、問題の組の数人に殴るなり何なりして怪我を負わせたようでした。それは入院してしまうほどの大怪我のようでした。話を聞く限りでは、霞部組は間違いを正すための暴力であり、それはその業界での正当なことである様に思えました。しかし、その業界では意趣返しというものも存在します。そして、それは大抵、上の者に向かわれるのです。
その日から数日後。退屈な授業の最中、窓際の席の私の目に、ふとグランドに立ち入っている数人の見慣れない男たちが止まりました。それは3階の教室から覗きて見ても、尋常ではない様子なのはわかりました。私は、グランドに不審人物がいると教師に伝えました。教師はすぐさま確認に行きました。数人の教師がその男たちを捉えにグランドに向かいました。けれど、そんなものは屁でもないように、男たちは進んでいきます。誰にも止められませんでした。ふと、そこに新たな小さい人影があるのを確認しできました。
それは霞部雷臧でした。その教室にいた誰もが、彼がいつ出て行ったのかわかりませんでした。生徒たちには恐怖心もありましたが、それよりも好奇心の方が勝りました。グランドに出て遠巻きで見ているものもいました。私もそのうちの1人でした。
お前が霞部組の総長か?男の1人が、雷臧に聞きましたら。そうだ、と彼は短く答えました。今まで聞いたこともない、力強い声でした。お前のとこの若い奴が、うちの組を荒らしたんだ。落とし前をつけろ。……男はおそらくそんなことを言っていたと思います。それを聞いて、雷臧は答えました。
それはすまなかった。けれど、それと、この学校を巻き込むことに何のつながりがある。お前たちは、掟を理解し守っていない。それはわかっているのだろう?俺の組には、意味のないことをする奴はいない。
そう言うと、制服をはだけさせ、右肩を出しました。現れた背中には鮮やかな刺青が腕まで続いていました。それは……大鳥の刺青でした。色鮮やかな羽と、長く伸びたツルが腕に絡んでいるように見えました。そしていつ用意したのかわからない竹刀をスッと構えました。今まで感じたことのない緊張感でした。
勝敗はあっという間に決まりました。彼は、剣道の有段者のようでした。自分よりも幾分も年上の男どもを転がして、払って時に突いて。全員が地面に転がるまでに、10分も経ちませんでした。みんな、初めは呼吸の仕方を突然思い出したかのように、詰めていた息を吐き出しました。誰も動きだそうとしませんでした。みんながみんな、彼に対する評価を改めていたしまた。ただの大人しく、存在感のない少年ではありませんでした。自分たちを守るために、全てを隠しているのでした。けれど、同時に彼に対する恐怖も生まれました。只者ではない者が、自分たちと同じ場所で今まで過ごしていたのかと。
気付いた時には、彼はもういませんでした。もう2度と、彼は私たちの前に現れませんでした。翌日、担任から彼が転校したことを知らされました。どこの学校かはわかりませんでした。彼は私たちと自分の心を守るために、姿を消しました。その決断は、重いものだったのでしょう。彼の唯一の友人が、彼への手紙を書きました。それでも返事は来ませんでした。届いているのかもわかりませんでした。
そして数年後、その霞部組である問題が起きたのを風の噂で聞きました。私ももう大人になったある日でした。かつて彼の義兄との賭けに敗れ組から去ったあの弟が、霞部組を返せと宣ったのです。その理由は義兄の死にありました。もう、雷蔵は霞部組との繋がりがなくなってしまっていました。けれど部下たちは、それを許しませんでした。激しい喧騒が繰り広げられました。
詳しくはわかりませんが、その喧騒は治まったようした。そして、雷蔵はその弟を見事改心させたようでした。そして、彼は足を洗ったようでした。改心したその弟には、組を任せても何も問題ないと思ったのでしょう。部下もそれには反対しましたが、従いました。誰もが彼を信用していたからです。
そして、月日が流れました。彼はおそらく生きているのでしょう。私と同い年ですなあ。今でも彼を慕うものは多いでしょう。彼は、そんな者たちを大切に思っているのでしょう。じいやも、彼をもっと知ろうとしてみれば良かったのかもしれませんなぁ。
「…………」
「なんか、すごい話だったね」
「漫画や小説みたいでした」
「ほっほっほっ」
各々の感想を聞いて、じいやも楽しそうに笑っている。
「とまあ、これがじいやの昔読んだ本のお話です」
「え、本当に作り話だったの!?」
亜紀乃が珍しくツッコむ。愛來は何故か少し残念そうだ。
志緒は、何故かずっと黙ったままだった。
「ほっほっほっ。それではじいやは散歩にでも行ってきます。皆さんは気にせずに女子会をなさっててくださいな」
「はーい」
元気良く亜紀乃が返事をすると、じいやは散歩へと言ってしまう。その後も、じいやの昔話の話題で持ちきりな二人であった。
「にしても、じいやには騙されたわー」
「本当に見てきたみたいに語っていましたね」
興奮やら感動やらで語り尽くせない思いを満足するで語る二人。その横で、志緒は神妙な面持ちで体育座りをしている。
「志緒ちゃーん?どしたの?」
「志緒さん?」
その様子に流石に不思議に思った二人が声をかける。けれど、志緒の応えはよくわからないものだった。
「いや……うん。ちょっとね………。じいやの話聞いて思い出したんだけど」
「え、なになに?」
亜紀乃が興味津々に質問を続ける。志緒は困ったように唸ると、ハッと思いついたように叫んだ。
「え、映画の話……だよ!!」
「あー!なんか最近志緒ちゃんそういう映画見てたもんね!あれって面白いの?」
「男の人がカッコよくていいですよね」
あははは、と笑いながらも、志緒は内心笑えていなかった。じいやの昔話の中には、なんだが覚えのあるものがある。
まだ志緒が小さかった頃、じいやとはよく遊んでいた。その時に、確か背中にはなにか霞んだ刺青があったようななかったような……。柄は流石に覚えてないが、色とりどりな羽があったようななかったような…………。
慌ててその考えを打ち消す。まさか、じいやがね。だってあのエノキコーポラスの癒しのじいやだよ?女子会に参加しちゃうようなじいやだよ?それが、やのつく職業に就てたなんてーーー。
その時に、ふと昔の会話を思い出した。まだ、母親が生きていて、ここにはじいやしか住んでいなくて、自分もうんと幼かった頃の事だ。いつものような、そんな日常の会話だった。
ーーー……べさん。……霞部さん。お体の調子はいかがですか?
ーーー歌織さん、その名前で呼ぶのはやめてくれないか
ーーーでも……
ーーーもう、その名前は置いてきたんだ
ーーー……。わかりましたわ。武者小路さん。……ちょっと長いわね。これからはじいやって呼ぶわ
ーーー私はまだそんな歳じゃない
ーーーいいじゃない、ほら、志緒。じいやって呼んであげて?
ーーーじいや!
ーーーおい!
そして母、歌織と志緒は笑い出したんだ。ついには武者小路傳藏も根負けして、じいやと呼ばれることを良しとした。なんとも微笑ましい思い出だ。だがしかし。
霞部さん。と、確かに呼ばれていた。じいやが。霞部傳藏。
「志緒ちゃーん?」
とうとう動かなくなった志緒を心配そうに覗き込む亜紀乃と愛來。この2人には、真実を話すべきかどうか。ぐるぐると回った思考はついにストップし、志緒はそのままちゃぶ台に突っ伏してしまった。理由のわからない2人は慌てる慌てる。
しばらくして、甘い物でもどうです?とケーキ片手に戻ってきたじいやの声に、何も悩むことはないかと志緒は跳ね起きた。やはりじいやはじいやで、このエノキコーポラスの癒しであり、ときに頼りになる相談相手であり、大切な家族なのだから。
じいやのケーキ選びのセンスも抜群で、3人は美味しいと唸りながら15個のケーキをおよそ3分ほどで食べ切った。それを見つめるじいやこと武者小路傳藏は、まるで孫を見つめるおじいちゃんのようであった。
「ヤクザのドンと同級生の男子中学生………これは、いける」
「愛來ちゃん、ぶつぶつ呟いてどうしたの?」




