3話 武器禁止令発令!
それはエノキコーポラスの日常風景でもあったし、風物詩でもあった。平和な日本のマンションからは到底発せられるはずのない発砲音と、それに合わせるようになにか喚く声。遠くから状況を想像すれば、それはなんとも物騒な事だろうと結論付くであろう。実際にこんな非日常的なことからは縁もなさそうなオンボロマンションであるエノキコーポラスでは、国際指名手配犯として各国から追われている自称何でも屋のユース・コックスと実は有名な武術の達人の弟子の蓼丸彰が死闘を繰り広げていた。厳密に言うとユースが銃をぶっ放しながら彰を追いかけ、その彰はというとエノキコーポラス中を必死で逃げ回っている。最近再開した武術修行の成果を持ってしても彰はユースから逃げるだけで精一杯であり、師である芳柳は「これも修行の一環」と高みの見物を決め込んでいた。それは偏にユースが本気で彰を殺してしまおうなんて思っていないことを理解しているからだろう。悲しい事にユースが少しでも実力を出そうとすれば、彰は明日を迎えずにこの世を去ることになるだろう。まあ実際にそんなことになれば芳柳は止めに入るであろうし、その芳柳にとって自分は到底敵う相手ではないとユースも充分わかっている。さて、ここまでの説明で分かることは彰の脆弱さであるが、一つ彼の名誉挽回の為に言えることは、彼はユースが放った渾身の一発を躱した事があるということだ。そしてユースもその実力を認めているということもその一つだ。
しかし、その暗殺ごっこの被害者は、なにも彰だけではなかった。このエノキコーポラスの管理人である桜志緒も、この危険な遊戯の犠牲者であった。彼女は今日も、壁に増えていく弾痕を指でなぞっては深い深いため息を洩らす、発砲音が五月蠅いとのクレームに頭を悩ます、散らばった空薬莢を住民の安全の為に処理をする、と言った1日を迎えている。正直、我慢の限界であった。例えユースが一度エノキコーポラスの危機を救ってくれた恩人であっても、やはり限度というものがある。まあ今まで許していたこと自体がおかしな事でもあるが。
「ストーップ!!」
大声をあげ、志緒は二人の間に割って入った。逃げ回っていた彰は遂に反撃をしようと身を翻して拳を構え、ユースは中距離用ライフルから至近距離用のリヴォルバーへと銃を持ち替え、彰の額へと銃口を向けようとしているところであった。突然の乱入者に、二人は寸でのところで動きを止める。彰の拳は志緒の頬の3ミリメートル手前で止まり、ユースの銃は真っ直ぐに彼女のこめかみに向いていて、後数秒で引き金に指が掛かるところであった。
「ーーーなに考えてんだお前は!!」
「ッ桜さん、危ないですよ。下がってーーーー」
「だまらっしゃい!!!!」
志緒の怒号に、二人は肩を震わせて黙り込む。この時の志緒には逆らってはいけないし逆らえない。それは短くとも濃すぎる付き合いで実に良く把握していた。
「お二人とも、ここがどこだかわかってますよね?」
「………東の海に位置する日本という国にあるエノキコーポラスというマンションです」
「そうですここは日本です!それに、ここは平和なマンション、エノキコーポラス!じゃあ今あなたたちがやっていたことは?」
「お、追いかけっこデス」
「は?随分と物騒な追いかけっこですねえ?実弾なんか使っちゃって、壁にボコボコ穴開けて。死んじゃうんじゃないですか?死の鬼ごっこでもやってんですか?」
「アハハハハ………」
「全然面白くないですッ!!」
ピタリと笑い声が止まった。ツカツカと志緒が二人に近づき、ビシッと壁に空いた穴を指差す。
「壁の修理代金、今月に入っていくらまできたと思いますか?30万ですよ!?」
今度は頭を抱えて天を仰ぐ。
「クレームだってねぇ!マンショの内からは50件。お隣さんから会うたびに言われて、あのトリュフの人にまで散々聞かされてるんですよ!!」
最後は床に散らばった空薬莢を指差した。
「それにあまつさえ自分が散らかしたゴミを片付けないで……。知ってますか?空薬莢って火傷するほど熱いんですよ!?ホマホマとかが触ったり亜紀乃さんとこのペットが食べちゃったりしたらどうするんですか!?」
ぐうの音も出ないまま、二人は押し黙った、知らず知らずのうちに、正座をしている。空薬莢を指差した指をそのままユースに向ける。良い子は人を指差してはいけません。
「取り敢えず、ユースさんはしばらく武器禁止ですから!」
「え!そんな!!」
情けない声で非難しようとも、ギロリと睨みつけられてすぐさま黙る。その様子を見て、彰は鼻で嗤った。
「へっ、ざまぁ」
「彰さんは芳柳さんのお世話ですからね」
「マジかよ!!」
ずっと山で暮らしてきた芳柳には、ほとんど常識がない。そのため日常生活での支障はもう数え切れないほどだ。それはそれは骨の折れることだろう。なんで俺まで!と声を上げると、連帯責任!!と間髪入れずに怒鳴られる。ユースは到底笑えなかった。
そして、志緒は二人にトドメを刺す。
「ちゃんと反省するまで、そのままですからね!!」
その言葉に、宿敵同士である二人は顔を見合わせた。その顔には解決策が点で見つからないと書かれている。そんなことなど放っておくように、志緒はユースの首根っこを掴んで引きずり歩いた。大の大人を片手で引きずる女子大学生。その様子を呆然と見守っていた彰だが、慌てて立ち上がると志緒に精一杯反省の色を見せるためにも芳柳の部屋へと急いだ。
あっ、そんな!!そんなとこまで見るんですか!ああっ、そこはダメですっ!!あ、やめてくださいっ!!っあぁ!そんな!いや!やめてください!!中、見ないでぇ!!いや!いや!触らないでください!そこはだめぇ!!っあ!っそ、そんなあああぁぁぁぁ!!!……などという、ちょっと何が起きているのかわからない声が207号室から聞こえてくる。前を通る麗華は怪訝そうな顔をして、すぐさま隣を歩く帆麻の耳を塞いだ。
少しすると、少しフラつきながらユースが部屋から出て来た。溢れるほどあった銃器や鈍器鋭器なども、空いていた隣の部屋に移されてしまっている。
「これで全部ですか?」
「ハイソウデス……」
生気が全て吸い取られてしまったようであった。そのままヨロヨロとエノキコーポラスから出て行こうとするユースの肩を、ガシッと志緒は掴む。
「ちょっと待ってください!」
「はい?」
カクカクと、まるで油がささっていないブリキのオモチャのようにゆっくりも振り返った。まるでアニメみたいだと志緒は思う。多分その前髪の向こうで、忙しなく目が泳いでいるのだろう。
これはまだ武器を隠しているな。そう、志緒は確信した。
「一応、靴の中も確認させてもらいますね」
そう言うと、目で見てわかるように顔色が一瞬で悪くなった。冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
「……抜け目がないですね」
「予習してきましたから」
正直、ここまで余裕のないユースは初めてであった。いつもはもっと飄々としていて、つかみどころがなく、喰えない、なんて印象を抱かせるような人物だ。いろんな騒動は高みの見物、たまに楽しくしてやろう。そんな風を装っている。しかし今はなんかとても、情けない、というか、哀れ、というか。
「武器が無くたって、仕事はあるでしょう?」
そう言いながら、さっさとユースにブーツを脱がせる。真っ黒な革のショートブーツであった。踵の部分を触ると、不自然に硬い。
「いや、でも私は今までそうやって生きてきたものでーーー」
ベリッと、とても簡単に布生地が剥がれた。中から出てきたのは15cmの刃、もう片方にはそれと組み立てる用の柄の部分が入っていた。ユースは驚きで口が塞がらないようであった。おそらく、ここまでバレるとは思っていなかったのだろう。
「因みに、一体何を参考にしたんです?」
「えーっと、スパイ映画とか、アサシン映画とか、そんな感じです」
はいっと、ブーツを戻される。剥がされた布生地はもともと剥がれるように出来ていたため、跡が分からないほど自然に戻されていた。柔らかくなった踵部分を指でフニャフニャ潰す。はぁ、と深い溜息が出た。
「これはお手上げですね」
所変わって彰と芳柳のいる部屋へ。彼らは常識育成のための授業の真っ最中であった。いつもと逆転する師弟関係に、些かやりずらそうである。
彰自身も、エノキコーポラスに訪れた当初は常識なんて皆無であった。蛇口を捻れば水が出る。出っ張りを押せば明かりがつく。それだけでも驚くことばかりだというのに、世間のルールというのはとても複雑だ。当時彼の教育係であった志緒は本当に頭を抱えて指導していたが、その苦労を彰は身を持って体験した。
そしてなんと今日は、芳柳は外に出かけるという。いつの間にか地域にある小さな俳句の会の会員になった彼は、今日はその集まりがあるのだと言った。彰を探している最中に入会したそうだ。本当に探す気があったのか、と心の中でツッコム。
「それぐらいわかりますよ。何も来なければ渡っていいんですよね?」
「ちげーよ信号が青になってら渡るんだよ」
今までよく警察のお世話にならなかったもんだ。とこれまた心でツッコム。それは優しさではなく自分の身を案じてのことであった。いちいち反応していたら自分の身が持たないだろう。
「スーパーとかで野菜とか肉とかを買うんだよ。因みに水曜日が安い」
「え……。外の木になっている果物は、勝手に食べてはいけないのですか?」
「喰ったのかよ!? よく今まで無事だったな!!」
つい、声をあげてしまう。これが何日も続くのかと頭を抱えた彰の前を、生気の抜けたユースが横切る。目があった瞬間、今までに感じたことのない仲間意識が強く芽生えた。
「さて、お仕事道具を失ってしまった私は、これから何をしたらいいのでしょうか?」
少しだけ皮肉気味に、ユースは大袈裟なジェスチャーを付けて訴えた。それはまるで想像できていたかのように、志緒はすぐさま答える。
「ユースさんには私から依頼があります。買い物の荷物持ちです」
荷物持ち。天下の何でも屋(間違っても殺し屋じゃないよ!)のユース・コックス。国際刑事警察機構に指名手配され、世界各国で首を狙われているユース・コックス。依頼の成功率現在100%のユース・コックス。月明かりに反射する白髪がセクシーなユース・コックス。前髪で隠れた表情がミステリアスなユース・コックス。そんなユース・コックスが、荷物持ち。
「ほ、報酬はいかほど………?」
それを聞くと、志緒は考え込むようにして顎に手を当てた。うーんと唸ると廊下を短く行ったり来たりし始める。
「そうですねー。まず先々月からの家賃支払いに壁の修繕費、クレームの処理etc etc……。これだけ払ったらお釣りがもらえますよね?」
「オテツダイシマス」
すぐさま土下座するような勢いであった。普通に考えてよく追い出されなかったものだと、本人でも思う所はある。志緒の心の広さは、正に山よりも高く、海よりも深い。そしてユースには、この物騒な裏職業に就く際自分に定めた掟があった。一つ、依頼以外には殺さない。一つ、殺しの依頼は二つ以上取らない。一つ、真っ当な人間をターゲットにしない。一つ、仕事に一般人を巻き込まない。
一般人を巻き込まない。否巻き込んでます、一般人。
「じゃあ行きますよ」
「え、今からですか?」
ユースの腕を掴んで、志緒は歩き出す。その行動の速さに驚きの声をあげると、志緒は何を言っているんですか!と振り向いた。
「今日は水曜日ですよ!早くしないと売り切れちゃいます!!」
ああ成る程と一人手を打つユースを引きずって、志緒はエノキコーポラスを後にした。残された彰と芳柳の常識育成授業も全く終わりが見えない。
午後18:30からの始まるSALEは正に戦場。波のように押し寄せるオバさんたちを慣れたように除けて、人のあまりいない食品売り場に急ぐ。確かにSALEも安いが水曜日はただでさえ食品が安く売られる日だ。オバさんがSALEに気を取られている間に早く食品をキープしておかなければならない。
「ユースさんは好きな食べ物とかないんですか?」
ニンジン、キャベツ、と手に取って比べている姿は正にお母さん。志緒は重さや本数などを確認してなるべく得をしようしている。その様子にユースは、いろんな意味で感心して苦笑を漏らす。
「好きな食べ物ですかー。うーん。あまり食に関してはこだわらないんですよね」
ツナ缶を手に取って眺める。少し油っこいのを我慢すれば、このまま食べることだってユースは出来る。
「食べれればいいやーとか。栄養あればいいやーとか、あんまり考えてないです。一ヶ月ずっとバランス栄養食とか、簡易食料とかで済ませる時もありますねぇ」
仕事が仕事のため、あまりゆっくり食事などして来れなかった。何も食べれなかった時期もある。味なんて気にしていたら生きていけなかった。贅沢なんて言えなかった。
「でも、たまに食べたくなる料理とかないんですか
?」
その言葉に、少しだけ考え込む。自分の為にわざわざ料理なんて作らない。外食なんて、行けるわけがない。後は携帯食料やカップ麺などのインスタントばかりで、特別食べたいとも思わない。その思考の中でふと浮かんだのは、昔作ってもらったあの料理だった。
「強いて言うなら……スプリ、ですね」
「なんですかそれ?」
聞きなれない料理名に志緒が聞き返す。どう表現したものかと、ユースは考えた。
「うーん、イタリア版焼きおにぎり……ですかね」
へー、そんな料理あるんですねー。なんて言いながら、志緒は品定めに戻る。
スプリか、久しく食べていませんね。なんて、ユースは少し懐かしく思う。あのサクッとした食感。そこから溢れ出る香り。顔にかかる湯気。挽肉の入ったトマトソースのリゾット。長く糸を引く濃厚なチーズ。
……なんだか食べたくなってきたしたね。
「材料はなんですか?焼きおにぎりならお米ですよねー」
「え?」
「今日のお手伝いのお礼ですよ、作ってあげますから」
なんだか思考を読まれたような奇妙さに、不思議と笑みが浮かぶ。空いた距離を急いで大股で縮めた。少しだけ軽快に。
「パン粉を付けて揚げるんです。中にチーズや好きな物を入れて」
「へー、なんかコロッケみたいですね」
「あ、あー。ライスコロッケとも言うような……」
でも私作り方知らないですなんて言うと、志緒は驚いたように声をあげる。それが面白くてまた、ユースは笑った。
夕方。辺りはとっくに暗くなってしまった。人通りの少ない道を、ユースは大荷物を持って歩く。少し先に志緒がいた。
すぐ近くには少し広い川があった。橋が幾つも架かっている。
「重い……デス」
ガンッと、ほぼ手から滑り落ちるようにその大荷物が地面に置かれる。ユースは膝に手を置いて肩で息をする。両手を空に向けて伸びをし、腰を拳でトントンと叩く姿はまるで老人のようだった。
「頑張ってくださーい!お家に着いたらスプリが待ってますよー」
遠くで無邪気に手を振る志緒が叫ぶ。ああ平和だななんて笑みが零れる。こんな穏やかな時間は嫌いじゃない。
「じゃあ、頑張りましょうか」
よっ、と声を出して荷物を持ち上げる。顔を上げて志緒を向こうとした。その時、志緒の遥か後ろに何か人影が映った。目を凝らす。次の瞬間、目を見開いて叫んだ。
「桜さんッ!!」
重い荷物を投げ捨てて、志緒に飛びつく。そのまま土手を滑り降りると、瞬間に聞こえる発砲音。滑り落ちた先で志緒の肩を抱いて走り、橋の下に走り込む。追いかけていた銃声が止んだ。
「ユースさん、一体何が……」
「静かに」
そう言うと、ユースはは幾つもあるポケットの一つからなにやら小さな望遠鏡のような物を取り出す。しばらく覗き込んだ後に小さく溜息をついて、志緒に向き直った。
「ほら、私って有名人じゃないですか。それって表の世界でも裏の世界でも一緒なんですよー。たまにあーゆー困ったファンがいて、迷惑かかっているんです」
「あの、ユースさん、その」
「桜さんはそのままエノキコーポラスに帰ってください。ファンの方々には帰ってもらいましょう」
イタズラっぽくニヤッと笑う。またポケットから真っ黒な革手袋を取り出すと、グイッとはめる。その手を志緒の肩に置いて、言い聞かせるように顔を近づけた。
「私が飛び出したら、桜さんはあっちに走ってください。彼らの目的は私なので、桜さんは大丈夫のはずです。そしたら、振り返らずに走ること。わかりましたか?」
土手の上の帰り道を指して、ユースは言う。
「そんな、ユースさんを置いて……」
「桜さんがいても、できることなんで何もないんですよ」
いいですか、行きますよ。そう言うと、すぐさまユースは飛び出した。銃弾が後を追う。
「私に、出来ること……」
呟いてみたが、確かにここにいることがユースの為になるとは思えなかった。寧ろ荷物になってしまうだろう。そして、ユースは今武器を持っていない。自分が取り上げてしまった。そのせいで、危険な目にあってしまっている。
「私ができることを、やる!」
志緒は何かを決心し飛び出すと、振り返らずに走り去った。銃声の鳴り響く、川を後にして。
志緒がしっかりと逃げ切ったのを確認すると、ユースはまた別の橋の下に逃げ込む。先ほどスコープから覗き込んだ先にいたのは3.4人の銃を持った男。おそらく、遠くから狙っているあと1人がいるだろう。
「さて、久々に暴れますか」
そう言うと、徐にブーツを脱ぎ出す。靴底を持ちやや乱暴に剥ぐと、その裏には刃渡り15cmほどの刃が隠されてあった。反対の靴底にはそのナイフの柄があるのだろう。
「惜しかったですね、桜さん」
なんてニヒルに笑いながら、ナイフを組み立てる。少し長いそれであっても、銃を持っている相手に対しては少し心許ない。靴底を持っていたライターで溶かしてそのまま靴全体を燃やす。ある程度原型がわからなくなってから川に投げ捨てた。最後にキュッと、革手袋をはめ直す。
「Iniziamo.」
飛び出した先には、予想通りの人数の男が待ち構えていた。一斉に銃口を向けてくる。そして、引き金を引いた。
一斉になり出す銃声。ユースは銃弾が飛び交う中、1人の男に狙いを定めて走っていく。男はまさか向かってくるとは思わずに驚き、焦って見当違いの方向に銃の弾を散らした。そんな不安定な弾を避けるなんてユースにとっては造作もない。あっという間に距離を縮めると、銃を蹴飛ばすしてその手首をナイフで深く抉った。男は悲鳴をあげて傷口を抑える。しかし、すぐさまユースに飛びかかってきた。それを無駄のない動きで避けると、男の後頭部に踵を落とす。男は動かなくなった。1人目。
仲間を撃つ気がないところは好感が持てる、なんて思いながら、もう一人の男に狙いをつける。少しだけ距離を置いて、男たちは止まない銃弾を浴びせてくる。よけ切れずに弾が肌を掠めるが、対した怪我ではない。ナイフを逆手に持ち、低い姿勢で走る。男は逃げ惑った。これではどちらが狙う側なのかわからない。
タイミング悪く、男の銃が弾切れを起こす。慌てて装弾しようとするが、手元が狂って上手くいかない。それを狙って、ユースはさらに速度を上げて追い詰めた。
男は震える手で弾を込め終わった。慌てて構え直したが、目の前にはターゲットが見当たらない。その瞬間、肩から指先にかけて激痛。膝から崩れ落ちたその後ろには、ユースが立っていた。力の抜けた手から、銃が滑り落ちる。ユースはその銃を奪うと、男の動きを完全に封じるために脚を撃った。2人目。
これでこの2人は、戦闘不能に追い込んだ。手や腕を深く傷付けられた二人は、もう二度と銃を扱うことが出来ないだろう。
残り2人。その内の1人がユースに銃を向ける。ユースは躊躇わずに、相手の足元を狙って撃った。除けた男は暗がりに走る。
「f○n○u○o……!」
到底綺麗ではない言葉は、風に消えた。返り血を浴びた顔を拭う。月明かりだけでてらされた暗い河原に、人影が走る。それを目敏く見つけて、走る。まるで獲物を追う虎のように。
「ヒィッ!」
小さな悲鳴をあげて、慌てて銃を向ける。そんな男に、ユースはゆっくりと近づいて行った。銃声が響く。しかし、ユースには当たらない。何発も何発も。
「クソ!!」
とうとう弾切れを起こした銃を投げ捨てて、男はユースに背を向け走り去る。しかし、それをユースは許さなかった。素早く拳銃を構えると、脚を撃ち抜く。そしてナイフで鋭く指を切り落とした。 悲鳴を上げる転ぶ回る男の肩を足で抑える。恐怖で震える男の首筋に、銃口を押し付けた。
「こんなに強いなんて、聞いてない!!」
「それは申し訳ありませんね」
サラッと応える。そして脅しに男の耳元で銃を一発撃った。一瞬で震えが止まった男に、ユースは尋ねた。
「依頼主は誰ですか?」
「それは言えない!! わかるだろう? 言えないんだ!!」
銃声の痛さに、叫ぶように答える。首を痛いぐらいに横に振り、助けてくれと懇願していた。それをユースは冷ややかに見下ろす。
「そうですか、とても残念です」
そして冷たく、言葉を放った。
「それじゃあ、あなたに用はありません」
その瞬間、引き金を引いた。幾つもの発砲音が響く。うるさい悲鳴を塞ぐように口を押さえて、ユースは相手の男の両腕を撃ち続けた。
カチッと鳴る音が、弾切れを伝える。男は既に気絶していた。返り血でユースも汚れている。
このまま放置したら、この男は出血多量で死んでしまうだろう。ユースはそっと息を吐き、着ていたジャケットを脱いで細長く裂いた。それを使って男の止血を始める。
ターゲット以外は殺さない。それが、ただの殺人鬼と自分のような仕事人との境目であるとユースは思っている。彼らは確かに自分の命を狙って来たが、殺すほどの相手ではない。そんな相手は殺さない。
男の腕の止血と足の止血を終えると、立ち上がる。恐らくあと一人いる。その前にあの2人の様子を確認しなくては。そう歩き出した瞬間、ユースの頬を弾丸が掠めた。とっさに距離を取るが、弾丸は後をつけるように穴を開けていく。どこから狙っているか確認しようにも、辺りが暗すぎて遠くが全く見えない。仕方がなく、一旦は仲間であろう男を盾にして防ごうとする。先ほどの仲間を極力撃たないように気を使った戦い方をみて、恐らく仲間意識の高い組織であることは見て取れた。発砲は止むであろう。そういう連中は嫌いではないが、恐らくそれを相手が気にしていなければもっとユース苦戦をしいられていただろう。
「!?」
しかし、その目論見は失敗する。なんとこの男の仲間であろう狙撃手は、仲間ごとユースを撃とうと銃声を止めることはしなかった。幾つもの銃弾が男を貫く。それはそのままユースの右腕もを撃ち抜いた。慌てて男を投げ捨てて逃げると、闇に隠れるために走る。最後の1人は、任務の為には手段を選ばないようだ。そういう人間は仕事人としては申し分ないとは思うが、ユースは好まない。厄介な相手が残ってしまったと、頭を悩ませる。自ら盾にしたとは言え、もう息の根のない男を振り返ると多少の罪悪感があった。自分が卑怯な真似をしなければ、きっとこの男は生きていただろうを
その時、足音が聞こえた。まだ刺客が潜んでいたのかと耳を澄ますと、聞き覚えのある声がする。
「ユースさーん!」
その声は志緒のものであった。何やら抱えているようだ。血に染まったユースを見ると、目を見開く。
「ユースさん!!血がーーー」
「なんで、戻ってきたんですかっ!!!」
ここまで声を荒げるユースは珍しいが、それも志緒の身を案じてのことであった。少しだけ身を震わせた志緒はスッとユースに抱えていた物を手渡す。
「これを、持ってきたんです」
それは、ユース愛用の長距離用ライフル銃であった。彰とエノキコーポラスで追いかけっこをする時に、ごく稀に使っているものだ。恐らく志緒はそれを覚えていたのだろう。ユースは驚きに目を見開く。
「これ、使ってください」
申し訳なさそうに、志緒は俯く。数秒の後、納得したようにユースは頷くと、装弾数を確認した。
残り一発。
「それじゃあ……」
「いいえ、これで十分です」
込められた弾の少なさに志緒が心配そうな声を出すと、ユースがそれを遮る。その顔はいつものような余裕のあるものであった。
月が雲に隠れて、辺りは本当に真っ暗になった。音もなく、光もない。少しの音でも、相手に場所を知らしめる事になってしまう。知らずのうちに、息を詰める。
橋の下から、志緒は辺りを確認しようと身を少しだけ乗り出していた。しかし、辺りは暗闇が広がるだけで、何も見えない。風の音も虫の音も聞こえない。まるで世界に取り残されたようであった。
ユースは、この橋の下から動かないように言って、暗闇の中を走って行ってしまった。すぐにユースの姿は闇と一つになる。走り去った音さえも残さない。
すると、辺りがゆっくりと明るくなっていく。月が雲から顔を出したのだろう。だんた周りの景色がはっきりとしてくる。そして完全に月が顔を出した頃、志緒は1本の橋の上に立つユースを見つけることができた。
その瞬間、重なるように2つの銃声が響く。
「ユースさん!!」
志緒は慌てて飛び出した。橋まで走って行く。
ユースは右肩を抑えて橋の真ん中に立っていた。その手の下からは止まらない血が流れている。暫く遠くを見つめていたが、首を折るようにして俯くと、呟いた。
「scarso……」
馬鹿にするように鼻で嗤う。志緒に気付くと、顔を上げた。
「もう大丈夫ですよ、桜さん」
「あ、ああ。え、えっと……」
志緒は口ごもる。その銃は煙を吐いていて、使用後だという事を表していた。そして、もう銃声は聞こえない。ということはユースはその銃で相手を仕留めたのだろう。自分の持ってきた、その銃で。
「大丈夫です。桜さんが持ってき銃は麻酔銃なんです。きっと今頃彼は寝てます」
志緒の心を読んだように、ユースが言った。映画で見たように銃口からです煙をフーッと吹いて、口だけで笑ってみせる。それを見て、志緒は安堵のため息をついた。人殺しの加担は、流石にしたくはない。
「でも、この後はどうしますか?」
「そうですねぇー。とりあえず、私の古い友人に頼む事にしますか」
そう言うと、ポケットの中から今は懐かしいガラパゴスケータイを取り出す。そしてどこかに電話をかけ始めた。
「Hi Wez! How are you? Thiーーー」
どうやら相手は外国人のようだ。スラスラと流暢な英語を話すユースに呆気にとられ、志緒はただ見守っていた。
「 ーーーou think so? ……bye!」
長い通話後が終わると、ユースはそのままケータイをバキッと二つに折ると川に投げ捨てたを。驚きで声も出ない志緒に近づくと、そっと耳打ちをする。
「少し我慢してくださいね」
そして抵抗する隙も与えずに、横抱きして川に飛び込んだ。その間僅か3秒。流されて行く景色に、志緒もついに意識を手放した。
「一体何度目だと思ってるんだ、これで4回だぞ!」
誰かが、話している声が聞こえる。思い瞼をゆっくりと開けた。
「すみませんって足立さん。今度から気をつけますって」
目に映ったのは見慣れない天井だった。何故か頭が痛い。少しだけ寒い。
「だいたいなんであの子を連れてきたんだ。あまり人に知られたくないってお前も知ってるだろ?」
「すみません。でも、今回は仕方がなかったんですよ」
声のする方に頭を巡らせた。壁と壁の隙間から、二人の人物が話しているのが見える。
「だからってーーーDude, Lei ti ha svegliato !」
一人が叫んだ。どこの言葉が理解できない。もう一人がこちらに歩いてくる。
「大丈夫ですよ、まだ寝ています」
また強い眠気が襲ってきた。頭が鈍く痛い。瞼がどんどん下がっていく。
「今日は疲れましたよね、ごめんなさい。ゆっくり休んでくださいね」
優しく髪を梳かれた気がした。それすらも曖昧なまま、志緒は意識を手放した。
全開に開けられたカーテンの間から、明るい陽の光が入ってくる。6畳ワンルームの部屋には、何やら美味しそうな匂いで充満していた。ジュワッと、揚げ物を作る音もする。ヒョコッと廊下と一体化しているキッチンから顔を覗かせたのはユースだ。昨日の傷が包帯で余計に痛々しい。小さなベッドで寝ている志緒に声をかける。
「桜さーん。ご飯できましたよー」
志緒は少し唸ると、その声から逃げるように寝返りをうった。
「あと30分……」
「長いですね。じゃなくて、もう12時過ぎなんですけど」
「12時!?」
叫んで飛び起きた志緒にユースがニコリと笑いかけた。
「おはようございます、桜さん。よく眠れましたか?」
そんな挨拶を無視すると、志緒は掛け時計の時間とカレンダーを何度も何度も何度も確認するように頭を忙しなく動かす。とうとう頭を抱えると唸り出した。
「ああ、どうしよう。講義が……」
「今日は休んだ方がいいですよ、昨日の今日じゃないですか」
ああ、そういえば……と頭を抑えると、なんだか痛む気がする。少し寒気もする。これは風邪を引いたのかもしれない。川になんか飛び込むからだ。
そういえばそのあと一体どうなったのだろう。それを聞こうと口を開けると、コトンとコタツの上に何かが置かれる。俵状のなんだかコロッケのようなもの。それと何故か牛乳。
「これ、何ですか?」
「スプリです」
「あぁ、これが」
昨日の平和だったときの会話を思い出す。確かユースの好きなものだ。それを作ると約束をしたような……。その前に買った物はどうなったんだろう。ああ勿体無い。ぐるぐると思考が止まらない。とりあえず落ち着こうと、そのスプリなる食べ物を一口口に運ぶ。
「ん、チーズと……ジャガイモ?」
「はい。同居人がジャガイモが好きで、よく入れていたので。サフランが入っているとアランチーニという別の料理になるんです」
ユースは少し行儀悪くも手摑みでそれを食べていた。その表情は嗚呼、美味……と言うようなものではない。食べれるから食べる、それだけ。と書かれているようだ。好物ですらそんなんだから、なんだかご馳走してあげる気がなくなる。
志緒はスプリを箸でつまんで見つめる。サクサクのパン粉をまぶした、これは恐らくリゾット。その中にはトローリと糸が伸びるチーズと何故かマッシュポテト。そしてこれは絶対に焼いているのではなくて揚げている。
「どっちかというと、揚げおにぎりですね」
「あー、確かにそうですね」
対して感心なさそうな、気の無い返事が返って来る。食べ終わってぱんこだらけの手のひらを皿の上で叩いた。
「どうでしたか?」
「美味しかったです」
それは良かった、とユースは笑った。だが、その口頬には昨日の乱闘の跡が残っている。それを見て、志緒は顔を歪めた。
「ユースさん、あの、ごめんなさい。今回、私の浅はかな考えで危険な目に合わせてしまって」
「い、いえ、そんな。そもそも巻き込んでしまったのは私の方ですから」
あれぐらい慣れっこですよ。ユースは笑った。その右肩の真新しい包帯には血が滲んでいる。
もしも、志緒がユースから武器を全て取り上げていなかったら。きっとそんな怪我などしなくて済んだのだろう。ユースは志緒の計り知れない世界で生きている。それを理解せずに、ユースの唯一の身を守る手段を奪ってしまった。
「それで、ちょっと考えたんですけど。……やっぱりあの武器は全部ユースさんにお返しします」
それを聞いたユースの、動きが一瞬止まる。そして次の瞬間、叫び出した。
「え、本当ですか!?Wow! 嬉しい!嘘じゃないですよね!?Evviva! Siiiiiiiiiiii!!!!!!!!!!!」
拳を振り上げて叫ぶ。そこまで興奮したユースは、今までに見たことがない。その様子に驚きながらも、志緒はちゃんと言うべきことを忘れない。
「で・す・が。その代わりーーー」
その後のエノキコーポラス。燦々と降り注ぐ陽の光が、住人たちを暖かく包み込んでいる。
「さあ蓼丸さん!今日こそ決着を付けましょうか!!」
その日は、いつもと変わらない1日であった。一つ、ユースを除いては。
「お前は本当懲りないな!!」
叫ぶ彰の声も虚しく響く。それを追いかけるユースの手に、銃器は握られていなかった。昨日志緒が出した条件は、エノキコーポラス内での銃器の使用を禁ずることであったのだ。これで志緒はユースによる悩みをかなり軽減できる。そう信じていた。
しかし。
「そんな物騒なもん振り回すな!!」
ユースは今、ナイフを持って彰を追いかけている。たまに投げている。よけられたナイフが壁に深く突き刺さっている。
いや確かに銃器は使うなって言いましたよ。確かにユースは銃器使ってません。だけどナイフ使いました。
「そういう意味じゃなあーーーい!!!!」
その後、二人志緒に正座させられたとか、3時間に及ぶ説教を食らったとか。とりあえずいろいろありましたが、今日もエノキコーポラスは平和です。
「そう言えば、ユースさんの部屋って本当に武器しか置いてませんでしたよね。どうやって生活してるんですか?」
「……秘密です☆」




