第6話 旅立つ模様!
数分後、頭を振り過ぎたせいか、ノエルはディーダの首筋に頭をも垂れかけていた。棚から牡丹餅な状況にディーダの機嫌もひとまず直り、落ち着いた一行はやっとエリックの話が聞ける状況になった。
「詳しい話は道中に話すが、とりあえず直ぐにでもここを立つ準備を始めてくれ。向かう先はルヴェリアじゃなくカーヴァインだ」
目的地を切り出したエリックにノエルが怪訝そうな顔をする。
「なぜですか?カーヴァインに行く必要は無いと思うのですが」
「だからこそだ。このままあっさりルヴェリアへ行ってみろ。待ち伏せされるのがおちだ。この国でお前たち見たいのが行こうとする場所はそこしか無いからな」
これだからお坊ちゃんは……っと少々呆れ気味に頭を横に振るエリック。ノエルはそんな自分の甘さにシュン……っと項垂れてしまった。
そんなエリックの頭をとても嬉しそうに撫でるディーダ。なぜ、そんなに嬉しそうなんだ。慰めるならもっと心配そうな顔をしたほうが好かれると思うのだが、これがディーダの性癖なのだったらノエルに気持ちを気づいてもらえるのはまだまだ先になるだろう。
「つまり、捕まりたくなかったら時間がかかっても別の国を経由したほうが良いってことか?」
ひとまず二人目を離し、エリックに確認を取る。
「まぁ、そういうこった。それにカーヴァインに行くのにも意味がある。この国からルヴェリアに入国するには結構厳しい入国審査があるんだなこりゃ。身元が不確かだと入国することすらできん」
「そう……だったんですか……」
「それは厄介だな。でもだったらカーヴァインからルヴェリアに入国するのも変わらないんじゃないのか?」
「そうだなぁ。通常ならあまり変わらない。だが、カーヴァインにはギルドがある。そこで登録してある程度のランク得ればギルドが身元保証をしてくれるんだ。そもそもルヴェリアが他国の入国に厳しいのは人間至上主義な国から国民を守るためでもあるんだ。その国柄のため亜人なんかが多く集まるんだが亜人狩りなんかが入ってきて一時期治安がものすごく荒れたんだと。で、苦肉の策で入国規制を敷いたみたいだな。ルヴェリアは独自の文化が発達しているみたいでな、ルヴェリア製品は性能が高く多くの商人たちなんかが買い付けに行ってたんだが、今じゃルヴェリアに認められた一部の商会のみが取引しているだけだ。」
「つまり、ギルドで身元保証してもらい、できれば商会とコンタクトを取って護衛として同行させてもらうってことか。」
「そっ!そゆこと。」
そう言ってなぜか俺の頭をワシャワシャと撫でる。はい、よくできました!と子供のような扱いだが、なでられるのは嫌いじゃないからされるままにしておくことにした。もしかしたら、さっきノエルが撫でられたのを見ていた俺を、撫でられるのを羨ましそうに見ている子と勘違いしたのだろうか。これはこれで今までと違った勘違いのされ方だ。
「カーヴァイン行きはわかりました。でも、だったらこの国からカーヴァインへ入国するのも難しんじゃないんですか?」
「そこは問題なし。カーヴァインもこの国と同様に人間至上主義だからそこまで厳しくない。この国との違いといえばこの国みたく軍事国家じゃなく、利益や金を信用する商業国家ってことだ。利用できると思えば敵とも手を組める、したたかなお国柄ってことだな。だからルヴェリアとも取引があるんだけどな」
「じゃあ、行き先と目的は決まったみたいだし、カーヴァインに行くってことで問題ないな?」
「ええ。それで大丈夫です。では、時間もないことですし早速支度をしましょう。」
そう言うとノエルは手をかざし、だいぶ見慣れた召喚術を使おうとしたが、その手をディーダが掴み押しとどめた。そのせいで、半分ほど出来上がっていた魔法陣が無残に砕け散ってしまう。
「ディーダ。どうしたの?」
「物を取り出すな。気づかれる」
そう言われるとはっとノエルがディーダに振り向く。
ノエルに召喚術で物を引き寄せる所を見せてもらった事があるが、確かその物の存在を認識していないと使えないものだったはずだ。つまり、引き寄せるためには予め物がある場所を知っていなくてはいけないから必然的にノエルの住んでいた部屋からの召喚だったのだろう。
「たしかに。今俺らはお尋ねものだからなぁ。もう坊の部屋は相手方の手に落ちていると言っていいだろ。」
「何か召喚後を追跡できるような物があるのか?」
「簡単なのがある。呼びよせれられそうな物に召喚獣をくっつけとくんだ。すると、物と一緒に相手方の召喚獣もついてきて、あとは奇襲されるか相手方が召喚獣呼び戻して居場所を知られるかだな」
召喚獣はそんなふうにも使われるのか。犯人は現場に戻るというがこれはうかつに自分の物を取り出せないだろう。地道だが確実な方法だ。
「そっか。そうですよね。ディーダありがとう、危うくみんなを危険な目にさらすところでした。」
「ノエルを守るためだ。他の人間など気にする必要はない。」
ディーダが腕に閉じ込めたノエルを強くだき、顎を捕らえて自分の方にむかせる。そして、ほほすり寄せるようにして耳元に唇を寄せ……
「そうだな礼なら、からっ……」
スパンッ!!
「ディーダ、めっ!」
あえなく何処からともなく取り出したノエルのハリセン?で撃沈する。ノエルはそのままディーダの膝の上から、ぴょんっと飛び降りると、俺の隣に開いていた椅子にストンと座った。
「もう。真剣な話の途中でしょ!おふざけしないの!」
「……」
ノエルのこれは、狙ってやっていることなのだろうか……
いや、あの状況の後に、わざわざ俺の隣に座るという行為がどれほどの被害をもたらすか分かっていないのだろう。だがもう少し考えてほしい。
「……」
痛いのだ。ティーダから俺に注がれる視線がものすごく痛いのだ!ノエルがむくれている場合ではないほど危険な視線なのだ。どうにかしてフォローして欲しい、切実に。
「なぁ、黒すけ……坊は無自覚か?」
「多分……」
エリックが呆れるのもよく分かる。こんなあからさますぎる態度を取られてなぜノエルは気が付かないのだろうか。そして、いつまで殺人光線を浴び続けなければいけないのだろうか。
「……おい、人間。」
「な、なんだ?」
ディーダがやけににこやかな笑顔を向けてくる。そう、今まで見たことのないくらいのさわやかな笑顔でだ。いつも何か企むような笑いしか見たことがないのにこの笑顔……
正直、俺は死ぬかもしれない……
「人間風情がノエルに手を出してみろ……。後悔する間もあたえずに殺す!」
死ぬの決定事項なのか!?そんな笑顔で怖いこと言うな!
「いやいや!まて、俺はノエルとは仲良くしたいと思っているが、お前が思っているような物じゃない!むしろ応援するから落ち着け!」
「黒すけは、意外と特殊な人間関係を普通に受け入れてんだな。」
エリックは俺を助けてくれる気は無いらしい。それとも話をそらすためにあえてこの話題なのだろうか。とりあえずこの危機的状況を先延ばしにすることにする。
「そうゆうのは人それぞれだろ?俺の母さんだって周りからの大反対を押し切って親父と一緒になったくらいだし。本当に大切なら壁がいくつあっても関係ないだろ?」
「でも、同性だし相手人間だし普通は止めるだろ」
「好きな奴のために戦に行こうなんて、普通はできないだろ。それだけ本気ってことだ。なら応援するしか無いとおもうが?」
そうなのだ。だから俺はディーダがノエルのことを好きでアプローチをかけていても見て見ぬふりもするし、応援もする。ノエルのために自分が不利になっても行動するディーダは、とても格好良くて尊敬する。
俺自身がなかなか他人と関われるような器用さを持っていないから余計に、空振ってもアタックし続けるディーダに期待してしまうのかもしれない。思いはいつか報われると……
「ん?何の話ですか?物資補給を済ませなくちゃいけないんですから、グズグズしてられませんよ?」
「……そうだな。そろそろ行くか。」
とりあえず、怒りを収めてくれたらしい。これでまだ生きていける。
あのなんとも言えない笑顔も収まり、通常運転に戻ってくれたようだ。
「そうだなぁ。脱線はしたが、ひとまずもうここに居る理由は無くなったことだしなぁ。」
エリックも異論はないようだ。気だるげに頭を掻きながら俺たちに確認の視線を投げてくる。
「そうそう、黒すけにはこれをやろう。」
ふと、俺と目を合わせたエリックはおもむろに手をかざし、召喚術を行使する。
召喚術で召喚されたものをポイッと渡される。危なげなく受け取り見ると、そこにあったものはこの世界の洋服だった。黒や灰色を基調としたシンプルな上下に茶のベルトにブーツ。更に革手袋とベルトに付けるタイプの小さめのウエストポーチ。あとはマフラーとフードをくっつけたようなものまである。
「これは?」
「ああ、いつまでもそんな寒そうな格好じゃイカンだろ。そんなんで外で歩いたら露出狂まっしぐらだぞ?それやるから、ちゃっちゃと着替えちまいな。」
どうやらいつまでも裸にローブなのを気にしてくれたらしい。
ここでの常識なら、召喚で取り出せるのが当たり前なので、それをしない俺に何かしら事情があると思ってくれたのかもしれない。ありがたいことだ。でも……
「できればもう少し早くやればよかったのにな!」
ディーダが余計なことを言う。ニヤニヤ笑いながら。
「敵だと思って警戒してた黒すけに渡せるわけねぇだろ!それに、色々とタイミングを逃したんだよ!」
どうやらずっと気になっていたらしい。顔を背けながらムスッと口を尖らせている。できればノエルにローブを貸してもらうタイミングでくれれば裸ローブを免れたのだが、そこは仕方ない。
こうして、人から物をもらえるだけで嬉しい。
「すまない、ありがとう。全部洗ったばっかでどうしようかと思ってたんだ。すごくありがたいよ。でも、平気なのか?召喚なんかして。」
「ん?あぁ大丈夫だ。それは俺の隠れ家の一つから飛ばしたやつだし、もう俺が着れないのだから、気兼ねなく使えよな!」
そう言ってカラカラと笑う。懸念したことも問題ないようだ。だから……
「それなら良かった。あと、一つだけお願いがあるんだが……」
「なんだ?」
「…………下着もくれないだろうか……」
「……」
とても言いにくいが仕方ない。全部洗ってしまったのだから当然下着も干してる最中だ。
案の定、一瞬呆けた顔をされ、言葉の意味を理解すると苦笑いされながらうなずいてくれた。
着替えを終えて、俺達は宿を出た。まだ多少濡れている服などをノエルが持っていた麻袋を貰い受け、そこに詰めていく。ここには向こうから持ってきてしまったフライ返しも一緒に入っている。
残りの物は宿のものなので、このまま干させてもらうことにした。宿のおじさんにその事を一応伝えたが、うなずくだけでやはり遠くの隅から見てくるだけだった。
最後の俺が宿から出ると、皆が村の入口にもう集まっていた。
「遅いぞ、下僕その2。いつまで待たせるんだ」
「ディーダのことは気にしないでください!それよりも忘れ物はありませんか?」
「忘れ物って言っても、黒すけは大した物持ってないよな!下着も無いくらい!」
「……もうその事は忘れてくれ。」
昨日とは打って変わって晴れ晴れとした天気の中、追われているのにとてもそうは思えない和やかな空気が漂う。
そして、そんな一時と別れを告げお互い顔を引き締めると、お尋ね者2人にお人よし協力者1人、さらに異世界人の俺の合計4人は目的地カーヴァインに向けて長い道のりを歩き始めたのだった。