第4話 潜伏してみた模様!
次の日の朝。
早めに目が覚め自分が汚れたままベットの上で寝こけてしまったことに驚いた。記憶がなくなるほど寝込むのは久しぶりだ。おかげでベットは泥だらけのシミだらけ。服も生乾きで寝癖が最高に悪い。
毛布などは宿が貸し出してくれた物だが、ここまで汚してしまっては何だか罪悪感が湧いてくる。俺は汚れた薄っぺらい布団と、少しくたびれた毛布代わりの布を持ち、村から少し離れた森の中にある川を目指すことにした。場所は宿の主人が教えてくれたのだが、なぜか奥の部屋からこちらを覗くだけで、こちらには出て来てくれない。何か失礼な事をしたのだろか……怯えた目をされた……
本日は昨日の天気とは違い晴天だった。早朝の森林浴はとても気持ちがよく、とても清々しい。村人が頻繁に通るからか、道は思ったほど草に浸食されてはいなかった。これなら洗った汚れ物も汚さずに持ち帰れそうだ。せっかく洗ったのにまた汚れたら悲しいから安心だ。
川は渓流といった様な場所で、岩が多く、思ったより流れが速そうな場所だった。昨日が雨だったので水質が心配だったが、水は奇麗で透き通っている。どうやら上流の方にはあまり降らなかったようだ。これなら余計に汚す事も無く、きれいに洗えるだろう。水が綺麗なのは自然が多く残っている異世界だからこそとも言える。
浅瀬で早速、布団など汚れてしまった物を洗い出す。手頃な岩があったのでそれを布に叩きつけながら汚れを浮かし、丁寧に洗い流して行く。そうしているうちに段々と、布団の中に入り込んでしまった泥が溶け出し次第にシミが目立たなくなった。これなら文句なしの洗い上がりだろう。
昨日ノエルに借りていた黒いローブもついでに洗う。こちらも汚れていたが、それよりも問題は裾が裂けてしまっていた事だ。昨日逃げる途中で何処かに引っ掛けてしまったのだろう。盛大に破けてしまっていたことに落ちこんでしまう。借り物だったのでなおさらだ。
一通り洗濯を終えてそれらを適当な岩の上に干して行く。後で宿に戻ってちゃんと干すが、とりあえずはこれでいいだろう。
一仕事を終えた俺は服を脱いで、服を持ったまま川の中に入って行った。さすがに最初は冷たく感じ、背筋にゾクゾクとした感覚が走るが少しずつ慣れて、そのまま全身つかる。慣れるとこの冷たさが心地いい。 この世界では風呂が簡単には入れないらしい事は屋敷や宿を見ていたから知っていた。風呂らしい設備が無いのだ。水道も一部を除き、ほとんど整備されていない。井戸があったから、そこから水を汲んだりするのだろうか……
後で聞いたら水の召喚獣と火の召喚獣がいないと風呂など簡単には入れないとの事だった。
召喚獣に頼りっぱなしの人間が、自ら大量の水を運び入れるわけがないらしい。確かに、水道が整備されていないならかなり大変だろう。
とりあえず脱いだ服で体を洗って行く。汚れや汗が落ちてとても気持ちがいい。酷い寝癖の髪も、水に頭から突っ込み洗う。黒い髪から茶色い雫が垂れ、自分がどれだけ汚れていたのかが分かる。とりあえず、ガシガシと少し乱暴に頭を掻いた。
心ゆくまで水に浸かり、さっぱりと体を隅々まで洗い終わると岸に向かって泳ぎ始めた。そして、いざ川を出ようとした時、ある重大な事に気がつく。俺は着る服を持って来ていなかったのだ。元々着ていたさっき洗ったズボンは長ズボンで、濡れた状態だと履くのは非常に困難だ。次に、着ていた上だがTシャツなので全身を隠しきれる程長くない。そしてどちらもこちらには無い異界の物だ。あまり異なる服装は避けるべきだろう。ローブは盛大に裂けてるしと考えた結果、消去法で宿で借りた毛布を腰に巻く事になった。ただ、腰に巻くには布が少々大きくロングスカートの様になってしまった感じがあるが…… まぁ、ローブ宿に帰って直すか、新しい服が手に入るまでの辛抱だ。幸い毛布の生地は薄く、気にならない位乾いてくれていたのが救いだ。
元の獣道を洗濯物を持って通り、宿に戻ると宿の主人に裏手の物干を使わしてもらえるようお願いする。主人はこちらを見ると、先ほどとは違い何とも不思議そうな、そして不振な目を向けてくる。怯えられるよりましなので、気にしない事にした。ついでに針を貸してもらい、外に出るといそいそと、シワにならないようにローブ以外の洗濯物を叩きながら干していく。そして壁際にあった手頃な樽を見つけて腰を下ろすと、持っていたローブの裂けた部分から糸を一本抜き取り、それを針に通す。糸の強度を確認すると、そのままローブをちくちくと縫い始める。
すると、ブフォっと盛大に吹き出す音が聞こえてきた。
「ぎゃはははぁ!!ひぃっ!な、なんだそれ!予想外すぎる!やっ……やばい……!!は、はらっ、はらいたひ!主婦だ!主婦がいる!!」
突然の笑い声に驚いて振り向くと、悶え苦しみ、鎧の独特な鉄のこする音を響かせ、ガンガンと地面を叩く不振な人がいた。
こちらを指差し、腹を抱えてこちらを盛大に笑う失礼な人だ。
だがそれよりも今重要なのはその人が屋敷で出会ったフルプレートの兵士だったということだ・・・。
俺が一目散に逃げてしまったのは仕方のないことだと思う。
笑いこけている男の横をすり抜け、無我夢中で宿の中に入る。
いち早く兵士が現れた事を知らせないと危険だ。
焦る気持ちを抑えながら、ギシギシと悲鳴をあげる階段を駆け上がり、宿泊していた部屋のドアを勢いよく開けた。
「おい!大変だ!追手がきた……ぞって……お前ら、…………何やってるんだ?」
部屋に入って最初に見た光景が、ディーダがノエルを膝の上に座らせ、後ろから羽交い締めにしている姿だった。頭が真っ白になりながらも、質問しきれた事を褒めてやりたい。俺が動揺している間にもディーダの左腕は腰に回され、右手で器用に服を脱がしてゆく。ノエルは必死に抵抗しているようだが、服が乱れているだけで全く抜け出せていない。
「どう見ても、お楽しみの真っ最中だが?」
「ふわあぁぁん!違います!誤解です!むしろ助けてください!って、トーヤさんなんて格好してるんですか!」
ノエルは顔を真っ赤にさせて視線を彷徨わす。そう、俺の格好はしっとりと濡れた髪に、下半身に布を巻いただけなのである。流石にまずい格好だっただろうか......
「トーヤさん!服きてください。服を!あと、ぼ、僕はただ、体を拭こうとしていただけなんですぅ!」
「俺様の前で服を脱ぐって事はそうゆうことだろ?なあ?人間よ、空気読め」
「って!違いますからあぁぁ!」
「———そうか......邪魔したな」
「うわぁぁん!納得しないで!戻ってきて!」
ディーダを敵に回したほうが面倒だと、素直にドアを閉めようとしたところで、背後の気配に気が付き振り向く。衝撃的な瞬間を見てしまい、かなり動揺していたようだ。追手の存在を忘れていたのを思い出す。
「よう!お前らお尋ね者のくせに、随分と呑気なもんだなぁ?」
フルプレートの兵士はすぐ俺の後ろにいた。慌てて距離を置こうとするが、それよりも先に兵士の手が俺の腕を掴み捻りあげた。間接に鈍い痛みが走り、抵抗らしい抵抗ができぬまま、部屋の中に押し入られ、後ろでドアを閉めるられる。ガチャリと音がしたのできっと鍵もかけられたのだろう。
「どういうつもりだ?こっちには3人もいるのに1人で乗り込んで来るなんてずいぶんと軽率じゃないのか?」
「まあまあ、黒すけや、落ち着って!頼むからそんな怖い顔すんなよ。黒すけはただでさえ威圧感半端無いのに睨まれると怖いんだよ。これでも一応協力者だぜ?俺は」
怖いという言葉に地味に傷つく。でも今そんな場合ではない。この兵士の男が言っている協力者という言葉が気になっていた。
「協力者?どういう事だ?」
「あん?おい、赤の旦那。まだ何の説明もしてないのか?」
「俺様が話さずとも、きさまが話すだろ。二度手間する気はない。ノエルとの時間が減るだけだ。さっさと今後の順序を言え」
フルプレートは俺を離すと、はぁぁ〜と盛大なため息をつき、天を仰いだ。ディーダと兵士はどうやら顔見知りのようだ。とりあえず、追手ではない事に安心する。
「おいおい……全部丸投げかよ……。信頼されてるんだか、面倒ごと押し付けられてるんだか……」
兵士のあまりに消えそうなつぶやきに、あぁ、ディーダに振り回された哀れな人か……と俺とノエルは納得し、同情とノエルにいたっては微妙な仲間意識の混じった生温い視線を送ったのである。