第17話 噂は広がりを見せる模様!
現在、俺の目の前にはお茶を優雅に口にするクラウスさんがいた。
ギルドの奥の部屋に通された俺は柔らかい革張りのソファーに座っていた。
室内は茶とベージュを基調とした落ち着いた雰囲気に整えられている。
対面に座るクラウスさんは長い足を組み、ずり落ちた眼鏡をクイッと上げながらお茶の入ったカップをソーサーに置くとこちらに爽やかに微笑みながら話題を切り出して来た。
「さて、本日こちらに来て頂いたのには訳がありますが、お心当たりはありますでしょうか?」
「あの……。はい、一応……。先ほど噂がどうとかこうとか……」
「そうですね。では、まずそちらからお話ししましょうか」
眼鏡の奥で目を光らせながら向き合う姿は、何とも言えない空気を纏っていて、自然と背筋が伸びる。俺はハルを前に抱きながら緊張した面持ちで頷いた。
ハルはウトウトと居眠りしていたが……
「トーヤさん。あなたは一昨日はじめてこの街にいらしたと思いますが、既にその時から一部の人間の間で話題になっていました」
「どうゆう事ですか?」
「そうですね、簡単に言うとグランディーナからの間諜の疑いをあなた達にかけられていた……という事です」
思わず絶句する。まさかそのように思われていたとは思わなかったのだ。だが、たしかに俺達一行は周りから見ても怪しかったのだろう。町中からイヤな視線を向けられたのには、きっとそうゆう事もあったのだ。
「国境を超える際にカーヴァインの関所を通過したと思いますが、その時から明らかに怪しいあなた達はマークされていました。もちろんこのギルドでも観察対象となってました」
しかし、クラウスさんが言った言葉は俺が考えていた事にたいして既に結論を出した様な口ぶりだった。
「されていた……と言う事は今は疑いが晴れたんですか?」
「そうですね。晴れてはいませんが、可能性が低いとは判断されました。そもそも、間諜にしてトーヤさんなんて目立ち過ぎますしね」
「そう……ですか……」
思わぬもので判断されていた。目立ちすぎるから違うだろうなんて、何とも微妙な判断材料だ。俺としては目立ちたくて目立っているわけではないのだから。喜ばしい事なのに素直に喜べない……
「決定的だったのが、グランディーナ側からのあなた達の入国確認が来た時ですね。こちらに来た一般人をわざわざ国が確認するなんてありえません。あるなら、その国にとって都合の悪い人間の逃亡をまんまと許した場合と私たちは推測しました。」
流石に数日もたてばあちらも気がついたのだろう。流石にいつまでも検問に引っかからなければ疑問に思うはずだ。あちらは既にエリックとの関係にも気がついていると思っても良さそうだ。
「もちろん、こちらとしては正規のルートで入国したあなた方を引き渡すような事はしませんし、あちらも引き渡す様には言えないでしょう。せいぜい情報提示を要求する程度です。しかし、あなた方はかなりの厄介事を持ち込んだ事を理解して欲しいのです。私たちはあちらの国との関係を悪化させるわけにはいきません」
「つまり、俺たちを差し出したりはしないが、求められれば情報は開示していくって事でしょうか?」
「そうです。あなた方は現時点では厄介事でしかありません。私たちに益のない者を庇う事は出来ないという事です」
「つまり、俺たちがそちらにとって有益な何かを示せれば、協力もやぶさかではないと?」
「察しがいいですね」
クラウスさんがにこやかに微笑む。それを見た瞬間ゾワゾワとした感覚が体を駆け巡った。腕には鳥肌が立っている事だろう。
きっと、これは俺たちにとっての勝負所なのだ。返答によって生きるも死ぬも変わってくる。なぜならクラウスさんの顔は笑っているが、目が肉食獣のように鋭くこちらを射抜いて来たからだ。
「私たちが提案する事は3つ。まず、あなた方がこちらでの信用を得る事。これはギルドでの依頼を受けてもらい、最低Bランクの獲得と護衛任務を任されるほどの実力を兼ね備える事。二つ目は情報開示。何故あなた方がこちらに来たのかの詳細を教えて頂きたい。三つ目は貢献。これは、私たちギルドがあなた方に対して、有事の際に力を貸して頂くものになります」
提示されたのは3つ。しかし、それをすべて言葉通りに受け取るには難があった。
「一つ目は問題ないと思います。俺たちの目的にも合ってますから。ただ二つ目と三つ目は俺だけでは判断出来ません。特に三つ目は程度が分かりません。それは一生になるのか、保証はどうなるのか、拒否は出来るのか。今考えただけでも簡単に頷けるものではありません」
「そうですね」
クラウスさんが少し空気を和らげす。ここで簡単に頷くようでは流石に問題ありと判断したのだろう。ひとまず、危機は回避できたようだ。
「あなた方でよく話し合ってもらって構いません。貢献関してはこちらも詳細を詰めておきましょう」
「ありがとうございます」
この話は持ち越しという事にしたが、実際に詳細を決める時にはさらに気をつけないといけないだろう。 クラウスさんも話だけでも通った事に満足したのか今の所は特に追求するつもりもないらしい。
「いいえ。こちらも取引として提示しているわけですから。ただこれだけは覚えておいてください。ギルドからの指名依頼というものは一種のステータスになりうるものという事です。こちらの要望を聞いて頂ければ、それだけ周りからの信用度と知名度が上がります。そうなれば、あなた方をあちらから守る事も出来るかもしれませんよ?」
確かにこちらにも利点がある話だ。だが、この話には厄介な部分が数多く潜んでいる。その危険性を今後見抜いて交渉しなくてはいけない。
「……わかりました。心の片隅にでもとどめておきます」
「よろしくお願いしますね?」
クラウスさんも分かっているのだろう。こちらが何に警戒しているか……
しかし、そんな事を微塵にも感じさせずに微笑む。そして……
「では、次の噂話についてですが……」
「ま、まって下さい。まだ噂があるんですか」
今ので噂に関して終わったと思ったのにまだ何かあるらしい。
「ええ、今までのはあなた方全員にたいしてですが、今度のはトーヤさん個人にたいしてです。色々ありますよ?」
そう言われて思わず苦い顔をする。ある意味分かりきった物だからだ。
「……大体想像つきますが」
「そうですね。ですが、むしろこちらの方がトーヤさんの知りたかった事だと思いますよ?それでですねトーヤさんの噂ですが、街の人間からですと、極悪人疑惑って物がありますね。見た目というかオーラが堅気じゃなさそうですし、何か考えているときの表情が怖いですし、そりゃもう近寄りがたい」
「ぐふっ………」
想像していた通りの噂以上に、悪人と思われている事によろめく。周りが避けに避けまくっていたのはどうやら俺に関わりたくなかったようだ。
もしこの噂を鵜呑みにした依頼人に会いに行っていたら……
考えただけで泣きそうだ……
エリックとバルカが止めたのはこの事があったからだろう。
「商人からは油断できない人間。または凄腕の冒険者、味方に付ければ百人力だが敵に回れば跡形もなく消されるといった、まぁ裏の人間って思われている節がありますね。特に昨日からそちらの大剣を背負っていらっしゃるでしょ?威圧感が倍増して怪しさ爆発って感じでしょうか」
「…………」
皆は一体、俺の事を何だと思っているんだ。これでもまだ17歳なのに裏の人間って……
「ちなみに同じ冒険者達からは、かなりの人数からパーティーへの仲介依頼が来ていますね。」
「それはどうして?」
今までの噂の中でなぜそのような状況になっているのかは分からないが、頼られるのは嬉しい。
しかし、その動機は勘違いな上に不純だった。
「よくある話ですよ。上級の冒険者を入れてパーティーランクを上げて通常では受けられない依頼を受けようって話ですよ。そうすれば通常より多くの収入が見込めますから」
「でも、俺はGランクなんですけど…………」
「その通り。ですのでパーティーをあなたと組めない事をお伝えしたのですが、何故だかギルド秘蔵の冒険者扱いと勘違いされている方が多いんですよね。ただランクが低くてパーティーを組む事が出来ないだけなのに」
「つまり?」
「周りからは実力が違い過ぎてパーティーを組む事が出来ない実力者って思われてます」
どうしてそうなった!クラウスさんの事だから俺のランクも伝えているのだろうに、なぜそうなった!
「さらにその話に拍車をかけたのが昨日のゴブリン討伐です。」
「それ、俺は報告してないですが……」
そう、俺は話していない。そもそもゴブリンを譲ったので俺にはその証拠が無いのだ。
「ええ。でもザグ達のパーティーが報告して来た時に、大声でジャンがあなたの事で文句を言って来たのでね、話が広まったんですよ」
あのときの少年がそれはもう大々的に言い放ったそうだ。
俺が大剣を振り回り自分たちが倒すはずだったゴブリンを横取りしたと。
「すみません。俺、ザグ達が危なそうだったので手助けに入っただけなんです」
「分かってます。ザグ本人から状況は聞いてますし、証言もありましたから。そもそもあのゴブリン討伐はジャンとラディネアが受けられるレベルの依頼ではなかったんですよ。2人はEランクに上がったばかりの戦闘に関してはまだ素人でしたし」
「ならなんでその依頼を受けられたんですか?」
「Cランクのザグがパーティーリーダだったからです。そのためパーティランクが上がり、Bランクの依頼を受注したとゆうわけです。まぁ、ジャンが勝手に依頼を選んだようですが」
「また、無謀な事を……」
そういった依頼は普通パーティーで相談した上で決定するものだ。それなのにジャンは依頼を受け、討伐に向かったのだと言う。
「私もそう思います。ゴブリン10体なんてCランクの冒険者が最低でも3人は欲しいくらいですのに。その倍の20体を倒すなんて無謀です」
「つまり、もとから危険だったのに、実際はもっと数が多かったってことですか?」
「はい。確認した数と実際の数に大きな誤差がありました。それはこちらのミスです。それを確認したザグはいったん引き返そうとしたらしいのですが、ジャンが先走り結果としてザグが庇い負傷。その後何とか撤退しようと紛争中にトーヤさん助けられたということです。」
「そうだったんですか。それにしてもよくそこまで聞き出しましたね。普通自分たちのミスは隠しておきたい物じゃないですか?」
「それについては私が不振に思い質問しました。ああ、トーヤさんは知らないんでしたね」
そういってクラウスさんは付けていた腕輪をクルリと回転させ、腕を横に薙いだ。
するとローテーブルに魔方陣が浮かび上がり紫色に輝くとそこに一体の獣を出現させた。
召喚獣は全長が1.5mはありそうな鷹の様な獣で白と灰の体に長い虹色の羽角を持っていた。
「これが私の召喚獣ウェーリです。使える能力は嘘と真実。つまり私の質問に対して嘘がつけないって事ですよ」
クラウスさんが肩にとまったウェーリを撫でながら自分の召喚獣の能力を言う。
「……いいんですか?自分の召喚獣の能力なんて話して」
「構いません。むしろ知らないのはトーヤさんの様な新参者だけですので」
そういって微笑む。つまり、自分の能力を知らしめる事でギルドでの不正を抑止する効果もたせているのだろう。
「ザグ達は18体ものゴブリン討伐部位を持ってきました。これは明らかに彼らの実力ではなし得ないものです。しかし、討伐部位の所有印は確かに彼らのものとなっていました。ですので私は彼らに本当に自分たちで倒したものなのか聞きました」
クラウスさんはこちらに向き直り苦笑いをする。
「嘘をつけないのを分かっている彼らは話さざるえなかったのですが、その時にジャンがあなたの事をろくでもない人物とわめいたんですよ。あなたがいなくても自分だけで勝てたってね。流石に場数を踏んだザグは危なかった事を理解していたようですし、トーヤさんに感謝していたようですが」
「それは良かったです」
「で、そんなこんなで、あなたが20匹相当のゴブリンをソロで討伐したって事がギルド中に広まりましてね、Aランク相当の凄腕ではないかと噂されたわけですよ」
「……俺、討伐なんて初めての新人なのに……」
はぁ、とお互い溜め息をつく。
「……ええ。貴方が嘘を言っていない事が分かるぶん、信じられない事ですけどね。おかげでギルド内はちょっとした混乱中です。仕事が増えて大変なんですよ」
眼鏡がキラリと光り、クラウスさんがとてもいい笑顔で笑った。
言外にふざけてんじゃねぇぞコラァァ!!って聞こえる。
俺は思わず直立して、角度が90度の礼で頭を下げていた。
「すみませんでした!!」
クラウスさんはそんな俺を座れと手で促しながら呆れた表情が混じった顔で微笑んだ。
「本当に。なぜ皆、勘違いするのでしょうかね。見た目と違って本人は至って普通。むしろ自分も危険なのに相手を助けてしまう善人なのに。本当に不思議です」
「俺にもわかりません……」
トーヤさんも苦労しますねと声をかけてくれる。
しかし、こうやって俺自身を見てくれる人はあまりいないので、むしろコチラに来てからの方が理解者が増えた気がする。
だから、苦労していたの方が正しいかもしれない。ただ、こちらの方が少々物騒な勘違いが多いいが……
「まぁ、ただのGランクがBランク討伐をソロで挑んで成功するなんて普通じゃないんですけどね。トーヤさんの能力による所なのでしょうか」
「重力操作の事ですか?」
たしかに、この能力のおかげで大剣を振り回せるのだから俺の能力のおかげと言って問題ないだろう。
そう考えていた俺はクラウスさんが言った次の言葉に息をのんだ。
「ええ。その力は貴方自身の物でしょう?あの黒い子犬は貴方の召喚獣なんかではない」
「!?」
あまりに突然くり出された言葉にハルを抱きしめたまま固まる。
この事は俺たちしか知らない事なのに、なぜこの人に知られてしまったのか理解できなかった。
「ふふっ、動揺が隠せてませんよ?あと、私には嘘は言えません。口を噤む事は出来ますけど。でも、今はそこまで聞きませんから安心してください。そこの所を含めて、後日あなた方のお話を聞きたい所ではありますけどね」
「……」
「警戒しないでください。これでも友好関係を築きたいと思っているんですから」
ここまで言われてしまうと頷かないわけにはいかない。
「分かりました。お心遣い感謝します」
「いえいえ」
俺は内心、ドギマギして相当混乱していた。
この事は他のメンバーにも話しておく必要があるだろう。早急に対策をしなくてはならない。
「さて、お茶も冷めてしまった事ですし、本日のお話はここまでとしましょうか」
そう言ってクラウスさんは残っていたお茶を飲み干す。俺もカップを持ち上げ口に付けていなかったお茶を口に含んだ。
お茶は冷たく冷え、カラカラに乾いた喉をスッと潤してくれた。
爽やかな花の香りがする美味しいお茶だった……
「そうそう、依頼の方は受付ておきましたので、よろしくお願いしますね」
「はい」
俺はのみ終えたカップをソーサに戻し、眠ったハルを抱き上げるとソファーから立ち上がった。
クラウスさんは既に部屋のドアの所に立って俺の仕草を観察している。
「あと、そちらの子供ですが……」
俺が頭を下げ、ドアを潜ろうとした所でフっとクラウスさんが口を開いた。
「すでにギルド中の噂の的ですよ?」
爽やかな笑顔で告げられた内容に落胆する。
俺はその言葉を理解すると同時に、また厄介な勘違いを生み出してしまった事を理解したのだった。
遅れました!お楽しみの方すみません!
細かいプロット考えないで心行くまま書いていたので、今回悩んでしました……
とりあえず、奴らは州都でしばらく活躍しそうです。