第16話 仲間に逃げられた模様!
あの可愛かった子犬のハルが急成長をとげた今日この頃。
10歳くらいの少年の人の姿を取ったハルに衝撃を受け慌てふためいた俺は、ただいま絶賛困惑中だった。 普通なら子供に泣かれて逃げられて、あらぬ疑いを周りからかけられるのだが、今は何故か周りからそれはそれは何とも言えない微妙な視線を貰っている。
何が原因かと言うと……
朝食を食べ終わったハルは何を思ったのか、子犬の時と同様に俺の背を登りはじめたのが問題だった。
ハルは定位置だった頭の上に登ろうとしたのだろう。だが、子犬サイズの時に乗れた場所も人間の子供では乗る事は出来ない。しかし、あきらめきれなかったのか、ハルは俺の首に腕を回し、背中に張り付いたのである。もちろん、ちゃんとした服を着ていないハルをそのまま外に連れ出せるわけがない。俺はハルをいったん待たせて、服を買いに出かけようと思ったのだが、ハルは何故か俺を掴んで離さない。宥めるエリック達を威嚇するくらいガッチリと……
仕方ないので俺はバルカにお金を渡して子供服の調達を頼んだ。数分後渡された服を何とか着させたまでは良かったのだが、またもやハルは俺の背中に張り付いたまま動かない。ディーダが言うにはまだ子供だから、自分で犬の姿に戻ったりすることが出来ないようなのだ。それにまだまだ成長途中だから今後もっと大きくなっていくらしい。
というわけで、俺は今ハルを背中にぶら下げている状況なのだが、じっとしているわけにはいかないので仕方なくそのままギルドに向かう事にしたのだ。
やはりと言うか、周りからは奇異の目で見られる。ハルには一応帽子と尻尾が隠せる長めの上着を着せているのだが、大剣を背負ってさらに子供をぶら下げた見た目怖そうな俺がメインストリートを歩いているのだ。それはもう怪しさ満点だろう。何かの犯罪ではないかと周りが不振な顔をして背中に付いたハルを見るが、ハルは特に怯えたりといった表情でないためいまいち判断しかねているようだ。そして、心なしかノエルやエリック達が俺から一歩引いている様な気がする……
気のせいだろうか……
周囲の痛い視線を感じながら俺たちは目的地のギルドに辿り着く。ノエルとディーダは説明を受けるために先にカウンターへ向かっていった。それを見送りながら俺は掲示板を確認することにした。
Gクラスは週に3つは依頼をこなさなくてはならないのでなるべく余裕を持って行動しなくてはならない。採取依頼くらいしか受けられない俺は素材を見つけられなかったときの事を考えても、正直時間に余裕がないのだ。
「昨日は配達依頼をしたッスから今日は何にするッスかね」
「俺はこれとこれにしとくわ」
「二つも受けられるのか?」
「おう!クラウスが問題ないって言ってたからな」
「……あのカウンターの人クラウスって名前だったんッスね」
バルカがぶるりと体を震わせる。昨日何かあったのだろうか……
しかし、依頼を重複できる事を忘れていた。説明を受けた時に、確か他のギルドと掛け持ちできるって言っていたはずだ。つまり、採取場所が近い所ならついで別の依頼を受けて取ってくればいいわけだ。
「じゃあ、俺はキリの葉とメリの実と、後はニルスの根にでもするか」
「随分と欲張りッスねぇ」
「まあな。でも昨日、北の森に行った時に全部見かけた素材だから大丈夫だろ」
「でも持ちきれないんじゃないか?」
「そうだなぁ。重いのは大丈夫だが嵩張るかもしれないな。木の根とか。でも持って帰れないほどじゃないから平気だろう」
「お前なぁ。」
エリックが俺の額にビシッと手刀を入れる。ちょっと痛い……
「外で両手が塞がるってどんだけ危ないか分かってるのか?昨日はゴブリンとやり合ったばっかだろうが!」
言われた事が正論だったから反論できない。
俺がエリックの言葉を噛み締めている時、背中に乗ったハルはエリックの手を払いのけようとペシペシと叩いている。しかし、腕が短いのと目測が甘いのとで届かず、代わりに俺の耳辺りにハルの腕がガツガツと当たった。これも地味に痛い……
「じゃあニルスの根は諦めるか」
「いんや、大丈夫じゃないッスか?アルフ達を連れて行けばいいんッスよ!」
横で俺たちの話を聞いていたバルカが提案してくる。それを聞いたエリックが一つ頷いて同意する。
「そうだなぁ。アルフは気性が激しいから無理だろうけど、ドクなら何度か一緒に乗ってるから大丈夫だろう。乗れなくても引いていけば良いしな」
「いいのか?」
願ってもない提案に嬉しく思う。しかし、本当にドグを連れて行っていいのだろうか?エリックの事を親代わりに慕っているドク達を引き離してしまうのは少し心苦しい。でも、そんな心配をよそに、エリックがニカっと笑う。
「ああ。あいつらも体動かせないとストレスが溜まるからな、適当に外に連れ出してやらないとだめなんだ。だから外行くならいつでも連れてってやってくれ」
ドグのためだと聞き、それならばと頷いた。
「そうゆう事なら有り難く借りていくよ」
「おう!でも、くれぐれも無茶だけはしてくれるなよ?」
「わかった。ドクには怪我一つさせない」
まかせろ!と安心させるために言うと、何故かエリックが溜め息をつく。どことなく呆れた表情だ。
「……お前も気をつけてくれよ。今はハルがそんなんなんだし」
そう言うとエリックがハルの頭をグリグリと少し乱暴に撫でる。ハルは素直に撫でられるままで、被された帽子が中にある犬耳でフルフルと震える。俺は慌てて手を後ろに回し、ハルの尻尾を押さえた。思った通り上着がワッサワッサ動いてる。
危ない所だった。壁を背にしてたおかげで誰にも見られなかったようだ。
「ハ、ハル?少し落ち着いてくれるか?」
きょとんとしているが本当に落ち着いて欲しい。今も足をぷらぷらと振って、少し興奮しているようだ。俺としてはもう、ひやひやものだ……
ノエル達が言うには、犬人間は見た事や聞いた事がないらしいので、もし周りにバレたら大変なのだ。
「と、とりあえず気をつけろよ?色々………」
「ああ……」
俺たちは冷や汗をかきながら依頼を受けるためカウンターに向かう。
カウンターでは説明を受け終わったノエルとディーダ、そしてギルド役員の男、クラウスさんがこちらに気がついて視線を向けてくる。
「よう!そっちは説明終わったか?」
「ええ、恙無く。これから掲示板を見て、今日の所は宿に帰ろうかと思います」
「まだ本調子じゃないって言ってたっすからね」
ノエルが苦笑いする。どうやらディーダが心配したのだろう。今日一日、様子を見るために休養を取らせるようだ。
「と、いうわけだ。行くぞノエル」
「えっ!?ま、まってよ!」
そう言うや否やディーダが引きずる様にノエルを引っ張っていく。
最近ノエルが連れ去られる現場を良く目にするが気のせいだろうか……
「依頼の方はお決まりですか?」
カウンターに座ったクラウスに声をかけられ振り向く。
クラウスさんはズレた眼鏡をクイッと上げながら俺たちに、にこやかに笑いかけた。
「あ!俺はこれッス!」
「俺はこれだ」
エリックとバルカが紙を提出する。クラウスさんはそれを受け取ると、さらっと目を通しそれぞれにサインを施した。
「受付を完了しました。昨日は初めての依頼だったようですがいかがでしたか?」
「ああ、意外と簡単だったな。ただの荷物運びだったし。でも、良い話は結構聞けたぜ?」
「そうッスね!隣の国の情勢とかみんな詳しいっすよね。さすが商人さんッス!」
その会話に俺は衝撃を受けた。
「ふふっ。それは良かったですね。では、特に問題はない様なので今後もよろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそよろしく」
「よろしくッス!」
どうやらエリック達は依頼をこなしながら情報収集までしていたようなのだ。
この様子ならコネ作りもしているかもしれない。確かに俺たちの目的はギルドで冒険者になる事ではなく、ルヴェリアにどうにかして入国する事なのだ。それには採取依頼よりも人と関わる依頼の方が何かと都合がいい。その事に思いいたって俺は反省した。
「すまない。エリック達にばっかり負担を負わせて」
俺は2人に頭を下げる。エリックは悪戯が見つかった子供の様に笑い、バルカは慌てふためいた。それを見たクラウスが驚いた顔をし、俺たちをまじまじと観察してくる。
「黒すけんな事は出来る奴がやりゃ良いんだよ。だから気にするなって!」
「そうっすよ!新人さんに頭下げられたら居心地悪すぎるッス!」
「でも……。やっぱり俺もそっち系の仕事にした方が良いよな」
そう言って掲示板のもとに戻ろうとすると、2人が慌てて俺を押さえにかかった。
「うわぁぁ!待ってくださいッス!」
「そうだ、落ち着けって!」
「何で止めるんだ?俺も情報収集した方が効率的だろ?」
必死になって俺の事を止める2人に振り向きながら聞く。端から見たら、怪しい子供をぶら下げた男が2人の男にしがみつかれているかなりシュールな光景だろう。
「黒すけ!人間には向き不向きがあるんだ!」
「そうッスよ!ただでさえちょっと噂になってるのに!」
「噂?」
『!!?』
2人はマズいと言った顔で固まる。バルカに至っては自分の失言にオロオロと視線をさまよわした。明らかに何かをこの街で聞いて、俺に隠しているのだ。3人は押し黙り、方や忘れてくれないかなと視線を反らし、方や話すまで逃さないと2人を見つめた。
そんな3人の姿を周りは気まずそうな顔で見守り、数人はヒソヒソと会話する。
俺の後ろに垂れ下がったハルはあくびを噛み締め俺たちの経過を見守っていた。
「噂については私が話しましょうか?トーヤさんには2、3聞きたい事がありますしね」
そんな中、沈黙を破り固まった2人を助けたのは意外にもクラウスさんだった。
クラウスはカウンターから立ち上がり、こちらに歩いてくると俺たちの間に立って爽やかに笑いかける。
ただし、目は抜かりなく光っているが……
「トーヤさん、どうです?私と奥で少々お茶でもしませんか?」
俺は頬にタラリと汗が伝うのを感じる。どうにもこのクラウスさんに意味もなく恐怖心を抱いてしまうのだ。
「いいですね?」
有無を言わさぬ柔らかい口調に体がブルりと震える。心配したハルが俺の耳をアグアグと甘噛みしてくるが、正直今は動かないで欲しい。
「お、俺たちは受付もすんだ事だし行くな!」
「じゃ、じゃあまた後で会うッス!」
「えっ!?」
この空気に耐えかねたエリックとバルカがそそくさと俺を置いてギルドを出て行く。俺が2人に伸ばした手はむなしく空を切り落ちる。後ろではニコニコ笑うクラウスさんが待ち構えており、正直振り向きたくない。
「トーヤさん」
「はい!」
突如呼ばれた名前に思わず姿勢を正す。ギリギリと首を回すとこちらに近づいてくるクラウスさんが見えた。
「ここでは目立ちますので、どうぞこちらへ」
「……はい」
置いていかれたショックと、これから身に起こる事を思いながら諦めを含んだ返事を返す。きっと少し涙目であっただろう。
そして俺は、満足そうに微笑むクラウスさんに腕を掴まれ、引きずられるようにしてギルドの奥へと誘われたのであった。
モブのつもりだったクラウスがキャラ立ちして来た。
あっれぇ〜?