第15話 驚きは突然な模様!
目の前のこれは何の冗談だろうか。
確か……朝練に混ぜてもらうために昨日は早めに寝たはずだ。その時には特に問題なかった。それに、隣にはハルが丸まっていて一緒に寝たはずなのだ。
それがどうだろう…………。
俺はダラダラと流れ出る汗を拭う事なく、俺の体にしがみついている物を見た。
ピョコンと揺れる黒い犬耳。
ツンツンと跳ねる黒い毛。
ここまでは、いつも見ているハルと同じなのだが、その視線を下にずらしていくと、何故か整った目鼻立ちと長い睫毛の幼い子供の顔が見えた。すやすやと眠りながら俺の体にヒシっとくっ付き、スピ〜スピ〜と規則正しい寝息をたてているのだ。
俺はその子供を置いて部屋を飛び出した。それはもう、人生の中でも数本に入るほどのダッシュだっただろう。
当然そんな俺は、頭がグルグルと混乱していて何も考えられない。思い浮かべたのは誰かに助けて欲しいという事だった。
そして、無我夢中で廊下を走り、目についたノエルの部屋に駆け込んだ。
バタンっといきなり開いたドアに、ベットに座ったノエルがビクッと驚いて、唖然とした表情でこちらに顔を向けてきた。そして、隣で椅子に腰掛けて果物に齧りついていたディーダは不機嫌そうな顔で睨みつけて来る。
「下僕2。朝っぱらから何のようだ?まだ本調子でないノエルの休養を邪魔しにくるとは、いい度胸だな」
「ディーダ!めっ! あの、トーヤさんおはようございます。昨日はご心配をおかけしました。それで、どうしたんですか?そんなに慌てて……で、えぇぇぇ!?」
言葉を切り、目を見開いたノエルが俺の後ろの方を見ながら声を上げる。
バッと後ろを振り向くとそこには先ほどの少年が眠そうな顔で目を擦りながら立っていた。
そして、ヨロヨロとこちらに歩いてくると俺の服の裾をギュッと掴み、金色の瞳を開けてこちらを見上げて来る。
ダラダラと今の状況にパニックになりつつある俺はある事に気がつき驚愕する。
ぽけぽけとした雰囲気を醸し出しながらコテンと首を傾げる少年は、よく見るとすっぽんポンで服を一枚も身につけていなかったのだ。
「で!?うわぁぁぁ!!」
俺は急いでその少年を抱き上げると部屋のドアを閉める。こんな格好の少年を宿内で見られたらそりゃもう大問題に発展しかねない。しかし、俺がそんな焦りを浮かべている中なのに、少年は気にもとめた風もなく、嬉しそうに頭を振りながら犬耳をピョコピョコと動かしていた。
「ど、どうしよう!!」
「え、ちょっ、落ちついてください!まず、服着を着せてあげてください!」
すっぽんポンのまま、何故か俺の肩によじ上ってくる少年を牽制しながらノエルの言葉にコクコクと頷く。ひとまず引きはがそうと少年の腰辺りを掴むが不満そうな顔をして逆に引っ付いて来た。
俺と少年の攻防に見かねたノエルが布を持っていこうとしてくれるが、ティーダ押し止められ代わりにディーダがその布を投げてよこす。俺はその渡された布でいそいそと少年を包み、何とか引っ付き虫状態から引きはがすと前に抱え直したのであった。
「面白い事になってるな」
ニヤニヤとしたディーダが椅子にふんぞり返りながら俺と少年を交互に確認し、正直もう頭の中が一杯一杯の俺を明らかに楽しんで見ている。
「そ、その子どうしたんですか?」
「それ、が……。あ、朝起きたら隣にいたんだ」
近年稀に見る吃り口調でわけがわからないと首を振る。そして、問題の少年はスリスリと体をすり寄せ、何故か俺に懐いていた。そんな少年の行動に絆され、思わず頭をハルにする様に撫でてやる。すると手にピョコっと動く耳が当たり、柔らかく暖かい犬耳は本当に頭から生えているものだと再確認することとなった。信じられないことだが……
「その犬は魔族なんだからな」
「えっ?」
「はっ?」
まるで今の状況を当たり前だと言わんばかりのディーダの態度に、二人して驚きを隠せない。
「なんだ、気づいていないのか?魔族は成長すると人の形を取る生き物だぞ?」
抱きかかえた少年をよく見る。俺は最近一緒にいた黒い子犬を思い出しながら少年に面影を探していった。そして、それはどれも思い当たる事ばかリだと気がつく。
「……ま、まさか。ハル……なのか?」
ハルと呼ばれた少年はキョトンとした顔で見上げて、嬉しそうに笑うとコクリと一つ頷いた。あまりに嬉しかったのか俺の顔に手を伸ばし頬を掴むと、あろう事かそのままペロペロと顔を舐めてくる。人の姿のままで…………
俺は衝撃を受けながら、ハルをあわてて引き離した。
犬の姿ならわかるが人の姿だと精神的にかなり痛い。もう、神経がガリガリと削られていくようだ。
しかし、無理に引き離したせいかハルが耳を垂れてシュンと悲しそうにされる。心なしか目がウルウルとして、ダメ?ダメなの?と訴えているようだ。これはこれでとても心苦しい。
キュ〜ンと犬の時のように鳴くハルとハルを抱き上げて固まる俺の膠着状態はしばらく続き、そしてその沈黙の時間はある一人の人間の手によって崩されたのである。
「おはようございまッス!ノエルさんご気分はいかがッスか!……て、でぇぇぇ!?新人さん子供誘拐は犯罪ッスぅぅぅ!!」
部屋のドアを開け入って来たのは、朝食に下りてこないノエル達を心配してやって来たバルカである。そして、早とちりが多いいこの男のせいで、一時的に俺が犯罪者扱いされてしまう事になったのであった。
数分後…………
「んで?どうゆう状況なんだこりゃ?」
バルカの叫び声を聞きつけたエリックが、バルカに対し鉄拳制裁を加えてはや数分。俺達は運んでもらった朝食を食べながらエリック事情聴取を受けていた。
「見てわからないのか?犬が人間の様に二足歩行しただけだ。そんな事も分からないのか?」
「まてまて。そんなの見りゃ分かるって!俺はあのハルが何で人形になってるのか知りたいんだが?」
「魔族だからだ。そんな事も知らんのか人間は」
「あのなぁ。魔族って俺たちの中じゃ謎の種族扱いなんだぞ?大陸中探してもルヴェリアにかろうじて生存している事しか分かってないのに、魔族だからってだけで理解出来るわけないだろ」
「つまり、人間の知識なんぞ豆粒程度しかないってことだな」
ディーダはハァっと盛大に溜め息をついて、首を横に振る。どうやらもの凄く小馬鹿にしているようだ。
「人間とはこうも記憶力が足らない物なのか……」
「ディーダ。僕も知りたいなぁ魔族の事」
朝食を食べていた手を止めてノエルが会話に入ってくる。どうやらノエルも魔族について興味をそそられるようだ。
もちろんノエルの頼みだ。ディーダが断るはずがない。
「よし、ノエルがそこまで言うなら俺様が教えてやろう。ノエル以外のその他人間達、光栄に思え!」
そう言って偉そうに宣言すると、ディーダは何故かノエルの方に向き直りその顎をすくい上げ、自分と目線を合わさせる。
「もちろんノエルは俺様に礼をしてくれるのだろうな?昨日はお預けをくらったのだ、今日の分も合わせて倍返ししてくれるのだろ?」
「あっ。…………えっ!?そ、それは……どうかなぁ」
「ククッ。ノエルは焦らすのが上手いな。だが、後で覚悟しておけ」
思わぬ墓穴にフルフルと震えるノエル。どうやら熱を出したおかげで回避したらしい”ディーダにお礼”を再発動してしまったようだ。どんなお礼をさせられるのかは分からないが、この悲痛の表情を見る限りろくな事ではないのだろう。俺にはノエルの無事の帰還を祈るしかない。
「でだ、貴様らはその犬の事を何処まで知っている?」
「どこっていわれてもなぁ。黒いモフモフした子犬」
「オレはよく噛みつかれるッス……」
皆のハルへの印象はあくまで犬としてのもののようだ。だから特に思い当たる様な物がない。
「そうだな。恣意て言えば、よく食べて成長が早い所か?昨日は何か子犬から小型犬位になってたし」
昨日の夜のハルを思い出す。1日で20cmくらい体が大きくなったのは異世界の犬だからと思っていたが、もしかしたら違ったのかもしれない。
「貴様ら人間の知識なんぞ聞くのではなかった。そもそも、魔族とは一種の突然変異の事だ」
「……突然変異?」
「そうだ。人間は魔素を生み出す事が出来る。自ら魔素を生み出せない同胞達はそれを糧に力を貸す。そして、同胞達は大気混じる精製されていない魔素を吸いすぎると毒され魔獣化する。だが、いくら精製されていない魔素を取り入れても自我を失わないのがいる。それが魔族だ」
つまり、人間でも召喚獣でもない別の生態をもった種という事だろうか。話を聞くと召喚獣の進化系のようだが、どうやら魔法などは使えないらしい。そうすると魔族は人間の変異体のようなものにも思えてくる。
おれはチラリとハルを見る。朝ご飯をモキュモキュと頬一杯に入れて食べている姿は人間のものだが、そこに人間にはない犬の耳や尻尾がついている。召喚獣と人間の合の存在。いわば獣人と言った所だろうか?
そして、オレがハルについて考えている間もディーダの話は続く。
「つまりッスね……。どうゆう事ッスか?」
「さすがはバカだ。バカは脳みそが足らない」
「むっ……!!反論出来ないのが悔しいッス!」
「ついに認めるたのかよ、オメェは……」
ついに自分の事をバカと認めてしまったバルカは、むむむっと難しい顔をしながら腕を組む。
俺はそんな様子を見ながら、バカ扱いされても話を聞き、理解出来なくても考えるバルカの事を結構好きだなと思う。
「では、バカに分かりやすく話してやろう。」
ディーダもその姿勢を評価したのか、珍しく酷い嫌みなど言わずに会話を先に進めた。
「簡単に言うとだな、魔族とは魔素を吸収する事によって成長する種族って事だ。昨日、急成長したって事は何か魔力の高い物を食ったんだろう」
何となく理解したらしいバルカがフンフンと頷く。
しかし、今の俺はそれどころではなかった。
ディーダの言った事が本当なら、昨日ハルが変な物を食べたとゆう疑惑が浮上する。でも、ハルにそんな物を食べさせた覚えはないし、側にいたら食べさせたりしないだろう。
俺が昨日の事について色々と考え込んでいると、ハルがご飯で頬を膨らませながら、キョトンとした顔でこちらを見ていた。もしかしたら自分の状況がよく分かっていないのかもしれない。
「でも、昨日は普通にここのご飯を食べただけだぞ?」
「いや、必ず何かしら口にしているはずだ。死んだ物の魔素は分散しやすい。料理食ったからといって大した量は取れんだろう。生き物の魔素は血液なんかの体液に多く含まれているからな。その事から考えても、その犬は生きた何かを捕食したはずだ」
「生きたままって……。昨日はゴブリン倒したくらいしかしてないぞ?」
「黒すけ……。いつのまにそんな事を……」
俺の昨日の所業にエリックが呆れた声を出す。確かに俺もゴブリンと戦う事になるとは思わなかったが。あれは、不可抗力……じゃないかもしれない……
そしてそれを聞いたディーダは確信を得たといった顔をして頷く。
「なら、そのときだな」
「ゴ、ゴブリンなんてハルは食べてないぞ!?」
キッパリと断定するディーダ。俺はあわてて否定した。ゴブリンなんてたいして美味しそうでもない、むしろ生で食べたらお腹を壊しそうな物をハルに食べさせるわけないのである。
だが、ディーダは組んでいた腕を崩し、俺の方に指を指して来た。
「ちがう。その頬の傷だ」
そう言われて、慌てて頬を触る。そこには確かゴブリンの矢で射られた時の傷だったはずだ。つまり……
「大方、舐められたりでもしたんだな」
俺は知らぬ間にハルに食われていたらしい……
ハルが成長!
ケモ耳少年に!?
わんコロ好きなのです。