第13話 見た目は重要な模様!
「んっ」
木戸が閉まる窓の隙間から差し込む光が俺の顔に降り注ぐ。それと同時に何やら湿った物が顔を這うのに気がついた。寝ぼけ眼を開くと、一面にハルの顔が入り込み思わずビクッと体を震わせてしまう。胸の上に乗ってその様子を見たハルが、首を傾げてベロリと俺の鼻面を舐めた。どうやら先ほどから感じていた湿り気は、ハルが舐めていたからだったようだ。気だるい体をハルが落ちないように抱えてから起こすと、大人しく俺に抱えられたハルは尻尾を振りながら顔を見上げて来た。
「おはよう。ハル」
俺の挨拶に答える様にハルが一声鳴く。優しく体を撫でてやると嬉しそうに頭をすり寄せて来るのがとても可愛い。ハルの毛は昨日、体を洗ってやったおかげでフサフサだ。でも、少し湿った状態で寝たせいか右側の毛が盛大に跳ね上がっていた。その寝癖に思わず笑ってしまうと、キュ〜ンとすねたように鳴かれる。一緒にいてよく思うが、ハルは俺の言葉を理解しているのだろうか?いつもタイミングが絶妙なのだ。
ふと隣の二つのベットを見る。そこはすでにも抜け空で、俺が起きる前に外に出て行ったらしい。ひとまず脱ぎ捨てていたシャツを着てハルを肩に乗せて部屋を出る。宿の廊下を歩いていると下から声が聞こえて来た。どうやら、俺が寝坊しただけのようだ。宿は既に通常運転で、階段を下りた先では朝食を食べる多くの冒険者達が所狭しに座って何やら話をしている。どうやら冒険者同士での情報交換がここでも行なわれているらしい。チラリと耳に入った話では、北の森にゴブリンが住み込んで人的被害が出ているといったものだ。ここにくるまで魔物と言ったものを見た事が無かったから未だに実感が無かったが、意外と普通に出没しているようだ。
俺は酒場の中を見る。数人が酒場に下りて来た俺に気がつきじろじろと見てくるが何なのだろう。とりあえず、声をかけてくる様子は無い様なので、酒場の中に目的の人物を見つけると真っ直ぐその席向かった。
「エリック、バルカおはよう」
酒場の隅に座って朝食を食べていた二人に声をかける。二人は上着を脱いで首に布をかけていて、腰には剣を付けていた。どうやら朝から剣で打ち合い稽古をしていたようだ。
「おはようございます、新人さん!今日は随分と酷い寝癖ッスね!」
「ブフッ!だな!ハルとお揃いですごい事になってるぞ?」
言われて気づく。慌てて髪を撫でると確かに酷い跳ね具合だ。ハルを笑っている場合ではなかった。
肩に乗っているハルはブンブンと尻尾を振って嬉しがっているが、これは先ほどの仕返しのつもりなのだろうか。尻尾が微妙に頭にペシペシと当たる。
「気づかなかった」
周りがこちらを見て来たのはそう言った理由だろう。何だかとても居たたまれない。恥ずかしくなりながらも俺は椅子を引いて腰をおろす。
「ぎゃ!?怒ったッスか!?すみません!マジすみません!」
「え?いや……怒ってないぞ?」
「疑問系ッスか!?それは今は怒ってないけど後で覚えておけよってゆう犯行予告ッスか!?」
何やら勘違いしたバルカが飛躍した解釈をはじめた。それに合わせて周りから何故か冷ややかな視線を送られてしまう。このままではまた勘違い街道まっしぐら間違いなしだ。だが……
「この、バカが!」
「ギャン!?」
オロオロと対応に困っていたらエリックの鉄拳がバルカに炸裂した。随分と手荒い静止だが、おかげで周りの視線が俺からエリックに移る。
「落ち着きやがれ!だいたい黒すけがんなみみっちい事で怒るはずねぇだろ」
「えっ!?めちゃくちゃ眉寄ってたんッスよ?」
「あ〜、あれは恥ずかしがってただけだな」
「マジっすか!?あの顔で照れてたんすか!?」
「……あまり大きい声で言わないでくれないか?」
身を乗り出したバルカの勢いに思わずサッと顔を背けてしまう。そんな俺を、驚いた表情でまじまじ観察してくる。
「でぇぇ!?まさか今も照れてるっすか!?マジで!?本当に!?」
「やかましい!!」
「ぐふっ!」
あまりの声音に容赦なくエリックの鉄拳が再びバルカに飛ぶ。激しい鉄拳の勢いに乗って盛大に椅子から転げ落ち、バルカはベチョっと地面に突っ伏し倒れ込んだ。そして、俺の肩に乗っていたハルは、何を思ったのかシュタッと地面に降り立つとバルカめがけて駆けて行き、投げ出された足にむかって思いっきり噛み付いたのである。
あまりに非道な追い打ちに悲鳴を上げるバルカにたいしてエリックがもっとやれ!とはやしたて、俺はあわててハルを引き離す。ハルとエリックが少々不満そうな表情をよこしてくるが、救われたバルカは涙ながらに感謝された。そして、騒ぐ俺たちに見かねた女将さんが怒声を上げ包丁を投げてよこしたので、三人は慌てて頭を下げたのであった。
あの後、無事に朝食にありつけた俺は身支度を整え、エリックとバルカの三人でギルドに出向いていた。 宿を出る前に、ディーダとノエルが朝食に下りてこないのが気になったので部屋を覗きに行こうかと考えていると、既にディーダと会ったらしいエリックがノエルが熱を出したらしいと教えてくれた。どうやら部屋に連れ込まれたあと熱が上がったようで、朝のうちにエリックの召喚獣が回復魔法をかけておいたとの事だ。迷惑をかけてごめんなさいと謝られたが、体調が良くなるまで宿に寝かしておいた方がいいだろうということになったらしい。今まで気が張っていた分の疲れが出たのだろう。
なので、俺たちはノエルをディーダに任せる事にして、ギルドのカウンターで先にギルドカードを受け取る事にしたのだった。
「では、こちらがギルドカードになります。このカードがあればどの都市のどのギルドでも依頼を受ける事ができます。また、身分証明にもなりますので、くれぐれも紛失しないようご注意ください。万が一紛失、また破損してしまった場合は再発行に金貨1枚を頂いております。」
昨日会ったギルド役員の男が今日も俺たちの対応をしてくれる。聞くと、この人が今後俺たちの担当になってくれるそうだ。
「そりゃ、偉く高い金額だなぁ」
「紛失しても、すぐ発行すれば良いと粗雑に扱う輩が多くてですね、発行作業に時間が取られて仕事にならなかったんで、思い切ってこの値段設定になったんです。ですから無くさないで下さいね?」
そう言って爽やかに笑い有無を言わせないギルド役員の男が一人一人にカードを手渡す。言外に仕事増やしたら分かってんだろなァ、オラァ!と聞こえるのは気のせいだろうか?
ギルドカードは首に下げるタイプのもので、一目で俺たちが冒険者だという事が分かる仕様だった。そして、銀色のプレートには名前が刻まれ、鎖にはプレートの他にもGを象った銅色のチャームが付いている。
「お気づきかも思いますが、氏名の書かれたプレートと一緒に付いているチャームですが、これが今のあなた達のギルドランクを示しています。現在は最下位のGランクです。G、F、Eは下位ランクですのでチャームの色が銅になります。以降D、C、Bは中級で色は銀。上級のA、Sは金のチャームとなります。また、上級のA、SランクにはAランク、AAランク、AAAランクと三段階のランクが存在します。そしてSランク以上の方にはギルド創設の権利が与えられ、所属するギルド会員の報酬の3%を受け取る事ができます。」
このギルドに沢山依頼を集めて、優秀な冒険者に依頼を受けてもらうのには結構苦労してるんですよ、っとギルド役員の男が苦く笑う。良い冒険者を囲うのも大変なのだろう。
「てぇ事は、俺達は今はここのギルドに所属してるってことになるのか?」
「はい。もし、他の都市に移動される場合は移動した街のギルドカウンターでホームギルドの変更を行なってくださればよろしいかと。指名依頼が来た場合、ホーム設定がされていると速やかに連絡を取る事ができますから。」
「旅して歩いている場合、他のギルドの依頼を掛け持ちもしたりできるッスか?」
「できます。報告はお近くのギルドに一括でして頂いてかまいません。しかし、その場合は報酬支払いに少々お時間をいただく事になります。そうですねぇ、長くて3日ってところでしょうか」
男はクイッと眼鏡を上げると、ペラペラと冊子をめくった後にこちらに渡してくる。
「詳しい契約事項はこちらの冊子に掲載されていますので、一度目を通してください。こちらに書かれている事で規約に反した場合、それなりの処置を受けて頂く事になります。最悪、ギルドからの除名処置を行なってから、しかる法的手段による罰を受ける事になりますのでご注意ください。」
俺はその冊子を受け取り、表紙をめくる。そして、最初に記入されていたのは、ギルドは依頼を受けた過程で死亡した場合、その責任をギルドは保証しない。といったものだった。つまり、ギルドの依頼の中には命の危険にさらされるものがあるという事だ。
「では、依頼の受け方をご説明しましょう。冒険者達はまず掲示板に貼られている依頼書を選び、その依頼書を受付カウンターに持って来てもらいます。選ぶ際はご自分のランクの上は1つ、下は3つまでのランクからお選びください。依頼を受注されたら記載された依頼内容をこなし、輸送や警護、といった依頼主がいる場合は依頼完了の札を依頼終了後に依頼主から受け取って、報告カウンターへお持ちください。
採取と、Eランクから入ってきます討伐依頼の報告はカウンターに報告後、指定部位を鑑定科に提示してください。鑑定科はギルドの2階になります。鑑定科では素材の買い取りも行なっていますので、依頼以外に採取したものなどありましたらそちらにお持ちください。
あと、依頼の失敗、放棄は報酬の半額を請求させて頂きますのでお気をつけ下さい。さらに失敗が3回連続しますとランクを降格、悪質な場合は除名となります。
また、依頼受注数が各ランクに設定されています。ひと月に受ける最低依頼数を下回った場合これも除名処分となり、1年間はギルドカードの発行をする事ができませんので注意してください」
そして最後に、と前置きをして男がこちらを見る。
「パーティーについてですが、パーティーを組む場合パーティーリーダーは最低Eランクが必要となります。また、Gランクではパーティーを組む事自体できませんのでお気をつけ下さい。以上、長い説明は終わりですかね」
そういってフウっとギルド役員の男が息をはいた。俺が視線を他に移すとバルカは立ったまま船を漕いでいる。随分と器用だが、あの様子だときっと話の半分も聞いていないだろう。俺はもらった冊子はひとまず麻袋に入れて後で読む事にした。
「えっと、早速だけど依頼を受けても良いのか?」
「はい。構いません。あちらの掲示板にある依頼書をお選びください」
そう言われて示された掲示板に俺たちはゾロゾロと移動する。
見るとGランクの依頼は簡単なものが多く、ネコ探しや家の修理、客寄せなど冒険者ではなく何でも屋なのでは?と思うものばかりだった。
「俺はとりあえずこれにするかな」
「オレはこれッス!」
そう言って二人はさっさと依頼を選んだ。俺も急いで掲示板を見回す。
そして、ある依頼に目が止まった。
——ウエイター募集ーー
調理ができる方歓迎
日給:銀貨2枚
これは!これこそ俺が今できる最高の仕事だ。
これ以外考えられない!
そして、俺は迷わずその依頼書を取ろうとし……
「まて、黒すけ。本当にそれをやる気か?」
無情にもその延ばした手を掴まれる。俺の腕を掴んだエリックのその表情はあまりに切羽詰まったもので、諭す様に首を横に振られた。
「悪い事は言わない。黒すけはそういった類いの依頼は受けるな」
「なぜだ?」
「……黒すけ。お前が店に立ったときの様子を考えてみろ」
とりあえず、店で働く想像をしてみた。
まず、依頼人に会う。怖がられる。注文を取る。悲鳴を上げられる。客寄せをする。避けられる……
「仕事にならないッスね……」
「だろ?」
俺は店での状況を想像し、もの凄く凹んだ。もう膝を地面に付くくらいの絶望だ。
俺の技能はこの異世界でほとんど日の目を見る事が無いと突きつけられたのと同義だ。
そんな様子の俺にエリックとバルカには哀れみの表情を向けたのであった……
その後、無難に薬草採取の依頼に決め、俺たちは街にくり出した。そして、メインストリート沿いにあった武器屋に足を運ぶ。
目的は俺の武器や防具を買う事だ。流石に冒険者をするのに武器の一本も持っていないのは問題だ。だから、何かしら買おうと思ったのだが、武器や防具については全く知識が無い。だから俺はエリックとバルカに一通り選んでもらうよう頼む事にしたのだ。そして選ばれた防具は皮を使った動きやすい軽装タイプのもので、左胸の一部はプレートが貼付けてあった。これがあると急所をガード出来るそうだ。付けてみると少し違和感があるが着づらいものではないのでわりと気に入った。
そして武器はなんと、刃渡り160cm、重量50kgはあると思われる超重量級の大剣だった。
この化け物サイズの剣は店の親父がシャレで作った一品で、誰が買うとも思わずに店先に並べていたものだそうだ。
視覚効果抜群のそれを俺に持てと二人に押しつけられ、つい片手で持ち上げたのが間違いだった。それを見た店の親父が格安で譲ってやるから是非、使ってくれ!と半ば強引に手渡されあれよあれよのうちに買わされてしまったのだ。まあ、もの凄く良心的な値段だったのだが。
身の丈もある大剣を背負うと、ただでさえ周りの視線が痛いのに悪目立ちしてしょうがない。なぜ、薬草を採りに行くだけなのに、こんな大剣を背負うはめになったのだろうか……
今の状況に困惑しつつ、武器屋で懐に入るくらいのナイフも一本買う。流石にこの大剣で細々とした作業はできないからだ。
俺は周囲からもの凄く痛い視線を送られながら店をでる。そして、そんな事を気にしない店の親父は俺たちが人ごみに消えるまで手を振り続けたのであった。
街の西門近くに来た俺たちはそれぞれの依頼場所に向かうため別れた。二人を見送った後、俺は大剣を背負ったまま西門を潜り外へと向かう。途中、昨日の門兵に声をかけられ、貰ったばかりのギルドカードを見せるともの凄い驚かれた。俺の持っている大剣とカードを見ながら信じられんと何度も口にして、間抜けな表情を通行人にさらしていたが、ハッとしてから奇麗な敬礼をしてご無事で!と送り出される。何事かとこちらを見る人たちを見てみぬふりをしてかわしながら、俺は目的地の北のへと足を向け、異世界に来てから初めての仕事に心を躍らせるのだった。
日付前に書き終わらなかったぁぁ!!
お待たせしてしまい申し訳ないです;