第11話 国境越えは波乱な模様!
精霊達と別れたあと、俺たちはその場に残った首輪を焼き捨ててから先を進む。奴隷商人が戻って来た時に、外せないはずの首輪だけが残っていたら怪しまれるからだ。
ちなみに俺の転移術は早々に封印する事を決めた。所有印に関係なく使える技なんて持っていたら、あらぬ疑いをかけられるだろう。知られない方が身のためだ。
俺が世話する事に決めた黒い子犬のハルは、移動中ずっと俺の腕の中でスピスピと寝息をたてていた。気になっていた怪我も、幸いたいしたものではなく、エリックの召喚獣が回復魔法で傷口を塞いでくれた。自己治癒力を少しばかり上げてくれる魔法らしく、この程度なら次の日には元気になるだろうとのことだった。これで一応、一安心だ。
そして、エリックの宣言通り、朝にはすっかり元気になって奇麗な金色の瞳を俺に見せてくれた。俺の横に丸まって寝ていたハルはお腹がすいたのか、俺の顔中をぺろぺろと舐め回し、あぐあぐと耳を噛んでくる。ミルクは持ち合せていないので、代わりを探したが、水で溶かした携帯食料しかあげられる物がなかった。心配になりながらも出してみたが、心配をよそに、ハルは黙々と3人前をぺろりと間食した。この食べっぷりなら、もう少し大きくなったら固形物も食べられる様になるだろう。
いっぱい食べたおかげで、ハルのお腹はポンポコで全体的に丸まるになった。かろうじて足がつく感じの愛らしい姿に、俺とエリックが地面に突っ伏して悶えたのは仕方ないことだろう。
そんな和やかな朝を迎えた俺たちは目的地、グランディーナとカーヴァインとの国境へ近づいていた。言俺の容姿はエリックがいうには激しく目立つらしいので、マフラーに付いていたフードを目深にかぶり、髪を隠す。ディーダもそれは目立つ風貌なので同じく変装をさせられたが、本人は不満な様だ。あまり窮屈で目立たない格好は嫌らしい。ノエルのために渋々と言った感じだった。
国境越えの難問は、手前にあるグランディーナの関所を通過して、出国許可を貰う事にある。これさえ手に入れば、国が俺たちの出国を許可した事と同義であり、たとえ送還依頼を出そうとしてもグランディーナに、その権利はない。さらに他国の身分国籍を取得してしまえばその国が身を守ってくれるとのことだ。
だから、国境を厳重警戒される前にドクとレイでここまで来たのだ。問題は、正面から行って無事に通れるか……
「五分五分だなぁ。ここはヴィンベット洲なんだが、州都から結構離れてるんだ。だから伝達がくるまでまだ少しかかるとは思うんだがな……」
「僕たちの顔を知っているひとがいたらアウトですね……」
「そうゆうこっちゃ」
俺は無事でも、軍にいたエリックや国でも有名なディーダの主であるノエルは厳しいかもしれない。でも、あのままルヴェリアに進んでいたらきっと捕まっていただろうから、こちらの方が勝算は高い。後は運を天に任せるだけだ。
そして、眼前に城壁が迫って来ていた。
緊張する面々。もし気づかれた場合は一生お尋ね者の逃亡生活なのを覚悟しなくてはならない。
だが、俺たちのそんな緊張は一瞬にして壊された。
「隊長ー!!隊長隊長、た・い・ちょー!!」
「ぐっ!?」
城門から誰か出て来たと思ったら、ドクから下りたエリックに向かって、叫びながら思いっきり突っ込んでいった。あまりに突然の出来事に、エリックはそのまま地面に受け身も取れず倒れ込む。ドカっと音がしたからきっと何処かをぶつけているだろう。側にいた守護獣が回復魔法をすかさずかけていた。
「じゃまだアホがぁ!!」
「ぎゃっ!?」
回復したエリックが体にスリスリとすがりついていた男に向かって鉄拳を振り下ろす。男は痛みに悶え青い瞳に涙を浮かべた。
「隊長ー!酷いッス!俺、隊長に無事に会えてチョー嬉しかったのに!!」
「な・ん・で、お前がここにいる!」
「そりゃ、隊長の行きそうな所を予想して、先回りしたからッス!」
「俺は逃げろって言ったよな、あァん?なのに、付いて来るバカが何処にいるんだ!」
「ここにいるッス!って、ぎゃー!?痛いッス!マジ痛いッス!タンコブ握りしめないで!」
エリックがギリギリと男の頭を握りしめる。男は数センチ浮き上がり、ぶらぶらと振り子の様に揺れる。
「ぎゃうっ!あっ!いつぞやの新人さん!ヘルプ!ヘルプっす!」
「あ〜エリック?そろそろ死にそうだから止めてやれ」
「大丈夫だ。コイツは気がつけば何処にでもいるゴキブリ並みの生命力だから、これ位じゃ死なん」
と、突き放す様には言いつつも、エリックは男を地面に下ろした。グスグスと涙を流す男。ドクとレイがそんな男を慰める様にザリザリ舐める。見る見るうちに男の頬が赤く腫れ上がっていった。
「下僕1、このバカは何なんだ?」
「バカだ。俺に関わらないよう逃げる様に言ったんだが、付いてきやがった」
「バカじゃないッス!!バルカッス!そもそも隊長に向かって下僕とは何なんすか!」
「バカはずいぶんと威勢がいいな。バカなだけに」
楽しそうなディーダにからかわれてキー!と地団駄を踏むバルカ。そんな風景を見ていたエリックは、はぁと盛大に溜め息をはいた。
「っで?お前、なんでここにいるんだ?」
「隊長!俺の事置いてったでしょ!腹がったったんで付いてきました!」
えっへんっと胸を反らすバルカに再度溜め息をつくエリック。
「アホかお前は!だいたい、危険だから置いて来たってのに……」
「そんなの酷いッス!どうせ、関わったなら最後まで付き合わせてほしいッス!」
「今からでも遅くない。お前一人なら逃げれるだろ?」
「もう無理ッスよ?なんでオレが先回りしたと思ってるんッスか」
そう言うとバルカは城門の方に来るよう俺たちを促した。言葉の意味は分からないが、ここを通らないわけにはいかないので、一行はバルカの後を付いていく。そして、そこには目を疑う光景が広がっていた。
「これぞ作戦名、酒池肉林!!」
「おいおい、こりゃ……」
堂々と宣言した作戦名に恥じぬ光景だ。至る所で兵士と言う兵士が泥酔し、意識もままならない状態だった。その場に立っているのは俺達のみだ。
「ここまでしたッスよ?これでもう共犯ッスよね?」
バルカがニコリとエリックを仰ぎ見る。ほめてほめてと尻尾を振っている様だ。
「普通……益もないのに自ら共犯になる奴がいるか?」
「ここにいるッス!」
ビシッと手を挙げたバルカにエリックはハァっと、本日3度目の溜め息をはいた。
「バカが………。いいか?この先いくら危険な事があっても、自分の身は自分で守るんだぞ?」
「了解っす!」
「本当に分かってるのやら……たく、仕方ないから俺たちと一緒に来い。」
「!!はいッス!」
クシャリと頭を撫でられ、満面の笑みを浮かべて浮かれるバルカの様子に、さらに不安を募らせるエリックであった。
俺たちはバルカのおかげであっさりとグランディーナの関所を抜けた。あっさりと言っても出国許可証を作るのに少しばかり時間を取られたが、その程度だ。書類を作ったのは俺たちだが、公式な手続きを自分たちでしただけだ。偽造や隠蔽はしていない。だから、もし俺たちが国外に出た事を砦側が追求されても俺たちのせいにはできないだろう。それに、誰が好き好んで、酒に溺れて出国許可出したかどうか分かりませんなどと、自分の失態を口にできるだろうか。言うなら連絡が遅かった国側が悪いと言うくらいだろう。
「それにしても、よくまぁ俺たちがこっちの関所を通るって分かったな」
エリックがおもむろにつぶやく。俺たちは今、カーヴァイン側の関所に向かっている最中なのだが、その間の雑談としてバルカの紹介とここに来るまでの経緯を話していた。白いリンドドレイクのアルフに乗って先導していたバルカがエリックのつぶやきを聞き、こちらに振り向く。
「はい!それはッスねぇ、こっちの方が確率高いと思ったのと、ポケに協力してもらったッス!」
そう言うとバルカがドグが乗せていた荷物を指差す。すると、そこからピョコっと青い毛並みのハムスターが出て来た。俺はハルを抱いていない方の手でそのハムスターをすくい上げると前にいるエリックの方へ渡す。ハムスターのポケはエリックの手の上に乗るとよじよじポテポテと腕を這い上がり、肩口に陣取ると、くしくしと毛繕いを始めた。
「気づかなかった……」
「そりゃ、そっち方面特化の守護獣ッスからね!気がつかれたら落ち込むッス!」
ポケは隠密とGPS的な能力を持っていて、事前に荷物に引っ付けておいたとのこと。これで半径40kmくらいなら正確に居場所を把握すること出来、なおかつ視覚も共有できるそうだ。
「新人さん、マジぱねぇッス!オレ感動したッス!首輪が取れて解放されていく召喚獣達にマジ泣けたっす!新人さんは侮れない人と思ってたッスけど、見た目よりいい人ッスね!」
どうやら、昨日の騒動も視覚圏内だったのか、全部見られていた様だ。あまりに賞賛されるものだから思わず照れる。すると、怪訝そうな顔でどうしたッスか?具合悪いッスか?と聞かれてしまった。まだまだ、意思の疎通は難しいようだ。
「毎回思うけど何でお前、諜報部じゃなくて守備隊にいたんだ……」
「なっ!脂ぎった貴族の行く場所何か知ったって、嬉しくないじゃないっすか!それならよっぽど隊長と一緒に訓練してた方が自分のためになるッスよ!」
「アホだな」
「……。宝の持ち腐れですね……」
「バカはストーカーだな」
「ポケは可愛いのにすごいな」
皆バラバラな意見にバルカは盛大に落ち込み、その落ち込みが鬱陶しかったのかアルフがバルカを振るい落とす。その姿を、話題の中心のポケがコテリと首を傾げて見つめるだけだった。
無事カーヴァイン側の関所についた俺たちは、作った書類を見せた。その書類を見た兵士達は俺たちを一瞥すると、この国に来た理由を聞き入国を許可した。
入国理由は戦争が起きそうだからというモノにしておいた。最近そう言った理由で入国する人たちが多いんだそうだ。一瞬俺の方を見られたが、それ以外は特に怪しまれたりせずにすみ、俺たちは関所の外へ向かって歩きはじめた。
グランディーナの首都を出てから4日目。空は昨日に次いで晴れやかな晴天。
俺たちはカーヴァイン関所を抜ける。グランディーナ帝国に捕われ続けていたノエル達は一時の安らぎに心を落ち着かせているだろう。異世界に来てからここまで色々あったが、これから本格的にもとの世界に帰る方法を探す旅となる。ここまでに増えた同行者達を見て、俺はこの冒険をうんと楽しみたいと思った。
ドクやレイ、そしてアルフに乗って駆けるカーヴァインの大地は、グランディーナとは違い奇麗に舗装された道だった。さすが商業大国と言った所だ。馬車が通るこういった道の整備は、端から端まで隅々と行き届いているのだろう。
——この速度なら思ったより速く目的地に付きそうだ。
視界に捕らえはじめた州都を見てそう思う。リンドドレイクの中でも最速を誇る、フェアヴェーエン種で約半日の位置にあるカーヴァイン共和国ザナリア州、州都。商人が行き交い、ギルド支部が存在するこの街に俺たちは足を踏み入れようとしていた。
国境越えは波乱と言いつつ、あっさりと通過。
陰で頑張ったのがバルカでしょうか?バルカは黒くないですよ?ただ、隊長のためならえんやこらなだけですよ?えぇ、けしてすべて狙ってやってるわけではありません!本気出せばできる子なんです!
そして、ついに来ました、新たな仲間を加えて商業大国カーヴァイン。
様々なギルドが点在する冒険者達の楽園。
あれ?ギルドに辿り着かなかった!?
うそだぁ〜!冒険がぁ〜金儲けがぁ〜